第41話 妖精王子-別れ-
マイヤーとシャールミン、上王と蛮族、そして踏み込んできた兵士達の三者が睨みあう中、場違いな声が響き渡る。
「ややや、これは何事であるか?」
ギルバートもこの場に現れた。
ギルバートは別口で辺境伯領へ向かう途中の表敬訪問という名目で宮殿内に滞在していた。マイヤーから騒ぎがあった時は駆けつけてこちらに有利になるよう振舞って欲しいと頼まれていたが、政治的活動をすると皇室会議に睨まれて本土追放どころでは済まなくなってしまうと断った。
マイヤーからは重ねて第三者としてたまたま現場に遭遇しただけでもよいと言われてまあそれならと請け負っていた。
というわけでギルバートは高貴な賓客として上王からほど近い客室に滞在し、騒ぎが聞こえるや否や駆けつけた。
ただそれだけである。
だが、上王には口封じに抹殺する事もできない相手だった。
「ギュンナを捕らえよ」
上王は蛮族の女性と離れ、兵士達に命じた。
「貴方っ?」
「黙れ、蛮族め。よくも今まで私を騙してくれたな。衛兵、そこの子供もだ。エイラボース共々捕らえよ、いや即刻処刑せい」
「はっ」
どうしたものかとマイヤーの話を聞いていた兵士達も上王から明確な命令が出たことで動き出した。だが、勇敢にもエイラボースに向かっていった兵士達は槍を折られて、喉を鋭い爪で掻っ切られ血を吹いて倒れた。子供の方は大人たちの騒ぎに怯えて部屋の隅に逃げていて、兵士達はその子供にまで槍を突き出した。
「待てっ」
シャールミンが割って入ってその槍を打ち払う。
「シャールミン!蛮族に味方するのか!?」
マイヤーが非難する。
「まだ子供だろう?」
「角が生えた子供がいるか!」
「抵抗する力もない子供を殺す事は神もお許しにならない」
「獣共に神はいない!」
「野の獣だって子供を狩る猟師はいない!!」
「蛮族は別だ!」
マイヤーと共に兵士達もシャールミンを非難した。
マーヤと呼ばれた少女にも牙があり、小さなまだ尖っていない角が生えていた。
だが、シャールミンの狩猟の常識ではたとえ害獣でも幼い命は絶たずに親だけ殺し、自然淘汰に任せるものだった。
「逃げなさい、マーヤ!」
ギュンナという蛮族の女性は風の魔術で兵士達を吹き飛ばしその隙に蛮族の子供は小窓から身を乗り出して羽を伸ばし大きく飛んで逃げた。
ギュンナの側には窓が無く、兵士達に囲まれている。
騒ぎを聞きつけてギルバート以外にも廷臣、諸王議会に参加する為、宮殿に滞在していた小王やその代理人も次々と集まって来ていた。もはや上王エトワルドに弁解の余地はない。マイヤーが再び彼らの前で蛮族の暗躍を説明し、命令した。
「これから辺境伯領より法務省の監察隊を呼ぶ。上王エドワルドの権限は全て停止される。法務省の調査に協力的であれば必要以上の過酷な処罰は無い。大人しく従え」
帝国の監察隊に睨まれれば例え帝国貴族であろうと処分される。
帝国最大の貴族であり最大の兵力を持つ辺境伯領にはその監察隊が常駐してそれは公表されていたが、正体を隠して各国の内偵もしていた。その部隊がこれから来ると聞いて疚しいところがある小王の中には咄嗟に宮廷を逃げ出したものまでいる
上王の居室で蛮族と対峙した兵士達は蛮族の魔術に対抗できず次々と倒されてしまった為、マイヤーがエイラボースに相対した。
蛮族であっても魔術を行使するやり方は同じなようで、二人の魔術師の勝負はお互いマナを手繰り寄せて支配下に置く地味な戦いだ。
自身の周囲のマナを奪われないようにしっかり固めてお互いの間に障壁を作る。
その範囲をじりじりと相手の方に拡大していく。
マイヤーには万全の備えがあり自信があった。
ローブの下には強化用に各種の魔術装具を身に着けていたし、最近は大国の宮廷魔術師を簡単にあしらった。
だが。
「お・・・押される!馬鹿な。蛮族如きに!?」
「傲慢な帝国の魔術師め。すぐにお前の所へ行って縊り殺してやる。その後はここにいる人間全て皆殺しよ。エドは最後にしてあげる」
ギュンナは憎しみの目で先ほどまで睦あっていた相手を見た。
「人間はこれだから・・・こんな男を信用するんじゃなかった」
憎しみがより一層力を与えたのか、エイラボースはさらにマイヤーを押し込んだ。
魔女の障壁は拡大してシャールミンの近くにまで達した為、後退しなければならなかった。魔術の事をよくわかっていなかった兵士は迂闊に近づいて魔術で切り刻まれた。
「ま、不味い!これ以上耐えきれん!」
マイヤーが倒されるとここには他に対抗出来るほどの魔術が使えそうなものはいなかった。
アルトゥールならば戦いになるだろうがギルバートの護衛の名目で宮廷に入っていた為、派手な立ち回りはギルバートに迷惑がかかる。
事情をよく知らない衛兵はともかく、シャールミンにはマイヤーの偉そうな言葉にはかなりはったりが含まれている事を知っており、このまま老魔術師が倒されてしまうと場合によっては上王は態度を変えるかもしれなかった。
(仕方ない・・・)
シャールミンはマイヤーを助けるべく、指輪に祈りを捧げて神器発動の合言葉を口にした。
<<アンシブル>>
年に一度の皇帝と各国の代表者との新年祝賀の席で皇帝は魔術師達の障壁の中から観衆に語り掛ける。皇帝が持つ神器の力は魔術を透過して人々まで届く。
シャールミンもそれと同じ力を持っており、その力を頼みに短距離転移を行った。
シャールミンは魔女の後ろに転移して出現すると転移後の意識の特有の揺らぎからなんとか我を取り戻して、手に持った剣を突き出した。彼が揺らぎから我を取り戻すその一瞬の隙に魔女との間に上王エトワルドが割って入り、彼はシャールミンの剣に胸を貫かれてしまった。宝剣の力は強く、簡単に上王の胸を貫通してしまった為、庇われたエイラボースも傷ついて血を流した。
「エ、エド!?」
魔女がどうして?と悲鳴のような声を上げる。
シャールミンが構わず、剣を引き抜くと勢いよくその胸から血が噴き出した。
崩れ落ちる上王を魔女が支える。
「何で、こんな事を・・・貴方は私を捨てたのでは?」
「私はどう・・・転ぼうと、もう終わり・・・だが・・・お前の為にリーアンの民を巻き添えには出来ぬ」
上王エドワルドは最後に一言残し、口からも血を流して愛人に口付けをしてからこと切れた。最後の言葉はシャールミンと魔女にしか聞こえていなかった。
シャールミンは剣を振るい血を払う。蛮族の女をどうしたものかと躊躇った。上王は一度は民の為に愛人を躊躇無く捨てようとしたが、それなりに愛し合っていたらしい。最後の最後で庇われて衝撃を受けている女性を、無防備な状態の彼女に剣を向けられるだろうか。
多少は傷つけたが、まだ戦う力はある。騎士が守るべきか弱き女性ではなく敵だ。
マイヤーにも勝てない相手、大人の魔導騎士に比べれば劣る自分でも今の距離であれば倒せる。だが、呆然としている女を殺せるか。
殺さずに逮捕したとしてもどうやって魔術を防ぐのか。魔術は口を利く必要も、身振りも必要ない。発動体、集束具である杖さえ補助の道具であって必須ではなかった。
躊躇っている間に蛮族の魔女は我を取り戻し、シャールミンの剣と彼を見た。
シャールミンは動揺して剣をかちゃりと鳴らす。
魔女はそれから周囲を見回し、さらに集まってくる兵士達の気配を察して意を決めた。
次の瞬間彼女は自らの爪で喉を掻き切り、上王エドワルドと共に血だまりに沈んだ。
北の地の深い暗闇の中で、何者かの耳障りだが哀し気なきぃきぃと鳴り響く声があった。
◇◆◇
マイヤー達は蛮族を始末したあと、翌日の朝に全小王の参集を命じてその夜は現場をホルドー王に任せた。マイヤーは小王達に指示を出す前にシャールミンと相談する事があった。
「いやあ、お主の指輪にそんな力があるとはまったく気づかんかったわい」
マイヤーは無事、人類の裏切者を葬って上機嫌だった。
「この指輪の事は魔術師評議会には黙っていてくれないか」
「うん、どうしてじゃ?一度報告済みなんじゃろう?」
征服期を終えて神聖期に移った時、各国の神器は帝国に貢納するよう求められたが、大した力のないものは所持を許されていた。
「評議会はこの神器の力を解析できなかった。ほんの少し体がぶれてみえるだけ。短距離転移を可能にする力には気づかなかった。ただの日用品、宝飾品だと思っている」
神器といっても神話で伝えられている神々の武器とされているものから、遥か古代の神殿に残っていた神々の持ち物とされていたただの日用品まである。木櫛も鏡も何の力もなくても神器である。
妖精宮にはかつて帝国と協議の末、神話を残すことを禁じられた樹木の大神アクシーニと娘達の住まいがあり、その日用品が大量に残っていた。
帝国との協定に反する為シャールミンも細かくは説明できない、古代に一度は帝国に見せている筈だから黙っていてもいいだろうと歴代のフランデアン王達は神器を伝え続けた。
「なるほどの。そういうことならまあ黙っていよう」
「いいのか?」
「わし、もう引退しとるし。評議会の連中とはそりがあわんし」
「やっぱり宮廷魔術師長だなんだというのははったりか」
シャールミンは呆れる。
「イザスネストアスというのは本名じゃぞ。ま、何とかなったじゃろ?評議会は魔術の探求の為なら何でもやるような連中での。正直今のご時世で古代の魔術の復活にそこまで執念燃やしてものう・・・」
マイヤーは皇帝カールマーンと知己であるのは嘘偽りないので心配いらんと目立った行動をしてしまったギルバートの事も何とかすると請け負った。
マイヤーは現代の火砲にも詳しく現代技術を取り込む錬金術師であり、魔術師でもある。奇術や手品さえ使う事に躊躇いもない。
「これから小王達と面会するが、ウルゴンヌに攻め込んでいるフィアナとベルタの王には即時撤収を命じるつもりじゃ。逆らえばその場で逮捕、従うようならそなたはオスラフと共にサンクト・アナンまで行くがよい」
「マイヤーはどうするんだ?」
「こうなってしまったからには儂はここで監察隊が来るのを待つ。蛮族が暗躍しておった以上もう道楽の旅は出来ん。この件はあまり口外せず監察隊に任せよ。情報が漏れるのは仕方ないが一国の王が蛮族と組んだと知れると人類圏全体に動揺を招く。もし、こちらの方面からも帝国に進撃されて辺境伯の本領が突破されてしまうとマッサリアに進出した蛮族軍と相対している集結中の帝国軍が挟撃される。そうなると一気に帝国軍が崩壊してしまう。そうなったら人類社会は本当に終わってしまうのでな」
シャールミンとしては帝国が崩壊したところで別に人類社会が終わるわけじゃないという考えはあったが、それでもマイヤーがマリアを助けるために気遣いをしてくれた事に感謝して余計な事は言わなかった。
「そうか・・・じゃあ、ここでお別れだな」
「うむ、マリア殿と末永くな」
「ありがとう。世話になった」