第40話 妖精王子-潜入-
「何で潜入なんて話になるんだ・・・?」
「お主があんなこというからじゃ」
「そんなに不味い事を言っただろうか?」
ホルドー王は問題なく上王との面会を取り付けてくれた。
三日後には会える。わざわざ面倒を起こす意味がわからない。
「不味い事は言ってない。だが、お主の考えをそのまま上王の家臣の前で伝えるのは危険じゃ。ホルドー王なら共闘してくれるかもしれん。それに緩衝地帯としてウルゴンヌ公国をわざわざ作って帝国が独立保障をかけねばならんほどもともと仲が悪いのじゃし、このままではいずれスパーニアとリーアンがぶつかるのは必至」
「なら」
フランデアンと同盟を結んで共闘した方がいいじゃないか、とシャールミンはいいたい。
「ああ、そうじゃ。お主は正しい。だがお主が正しいからといって宮廷の謁見の間でそなたの説得に従う事は上王には出来んじゃろう」
「そうなるのか?」
「選挙王政というからな。他の小王達に舐められたら終わりじゃろ。お主は王を継ぐものとしてよく教育されておるようじゃが、やはりまだ少年に過ぎん。上王と合意にこぎつけたとしても臣下たちは子供にやり込められたと映って世間に広まる。それを見越して上王も内心納得しても人前では拒否する可能性も出てくる」
マイヤーはこのまま予定通り謁見するのは危険、そう判断した。
「だが、普通忍び込んだら逮捕されるか、その場で処刑されてもおかしくないか?」
「与えた魔術装具があれば心配ない。もっとでかいスパーニアの宮殿に忍び込んでマリア殿を救出するつもりだったくせに、怖じ気づいたのか?」
「それとこれとは話が違う」
シャールミンにはシャールミンで救出には考えがあったのだ。
「ウルゴンヌの公都でアルシッド達に収拾してもらった情報の中にリーアンの上王が何処から来たのかよくわからん新しい嫁さん貰って最近は国政を疎かにして信用を失ってきているという噂もあったじゃろう?」
「だからなんだ」
「いやな、最近妙な事件ばっかりじゃったろ?どうも他人任せで状況が進むのが嫌になって来てな」
「あんた傍観者として着いてくるだけといってたくせに・・・」
我慢の限界が来たらしい。
といって、投げだして帰るのも気がかりが多いと。シャールミンが思い返すともともとあまり我慢していなかった気もする。
「この前帝国軍が白の街道に避難してきた難民を殲滅してしまったという噂もあったじゃろ。おそらくこの状況では事実なんじゃろうが、あまり反帝国感情が民衆に広まるのは困ったものでな」
遷都後の新帝国は共存共栄を掲げて直接支配を緩め、各国の民衆も経済的繁栄を享受してきたというのに、とマイヤーは嘆いた。
ウルゴンヌに浸透してきたスパーニア軍は国境線を封鎖し、北からはリーアンが侵入し、東はフランデアンも国境を封鎖している。
逃げ場が無くなった難民は白の街道によじ登って自由都市を目指したが、帝国軍はそれを殲滅してしまっていたという噂が広まっていた。
「軍人は軍規に従って排除しただけなんだろうが、地元民達からすれば帝国も敵なんだと思って当然だ」
シャールミンは一応ウルゴンヌの民衆の肩を持ったが、為政者としては軍の行動を庇うだろうな、と思った事件だった。
「ま、儂もそう思う。こうして自分の足で各国を巡ってみると余計にの。だが、蛮族の侵攻を受けて苦戦している最中に反帝国感情が広まるのは不味い。もし敗北が続けば人類の生存圏が脅かされてしまう・・・。ちょいとここらで軌道修正せねば」
蛮族と領土を接していないフランデアンにはあまり蛮族に敵意は無かったが、人類の為というお題目で各国をまとめあげてきた帝国である。
帝国は協力しないものは『人類の敵』という分かりやすく支持を得やすい名目で、非協力的な国を叩き潰してしまうのでおいそれと口には出せなかった。
シャールミンは個人的感情はともかくとして現状利害は一致しているので適当にマイヤーに同意し、どうやって上王に近づくのか問うた。
「リーアンは魔術後進国みたいじゃからな、儂の魔術を使えば上王の寝室近くまで近づくのは容易い。ちょっと様子を確かめて非公式会談で合意を取り問題なさそうなら正式な面会で会っても良い。正式な面会の前に上王をたてる形で同盟の合意を取る段取りをつけよう」
「迂遠だな・・・、家臣の前で相手の発言を全て認めるわけにはいかないというのはわかるが、王とは息苦しいものだ・・・」
「はは、王を目指すのが嫌になったか?ま、世の中宴席で客を皆殺しにした事件もある。異文化の国の王に相手が用意した状況下で会うのは少々怖い。まずは様子を伺おう」
様子を見るだけなら一人で行ったらどうだ、とシャールミンは思わないでも無かったが、本来自分の都合なのにマイヤーに丸投げするのも悪いと思って護衛に付いていくことにした。
アルシッドとは別行動だ。マイヤーは念のためにギルバート達の側につけた。
ギルバートはヴェッカーハーフェンは危機的状況にあるので、帝国本土から追放された身であるが、帝国領であるアル・アシオン辺境伯領なら逃亡したと見なされないだろうという判断で移動中ということになっている。
その途中でリーアンの王宮に立ち寄り賓客として遇されている。
マイヤーの魔術で見た目を宮廷警備兵に偽装し、認識阻害の魔術装具をつけて上王の寝室のバルコニーまで忍び込んだ。あまり魔術の盛んな国ではなく術式に対する防備が薄いのが幸いした。
◇◆◇
上王の寝室を覗き込むと中では半裸の男女が寝台の上にいた。
女の方は美しい黒髪に一房の金の髪が混じっている。それがゆらゆらと揺れるのが見えた。
(おい、覗きに来たのではないぞ)
(わかっとる。噂の女とやらに変に誑かされていなければ、ひとまずはそれでよい)
シャールミンは外を警戒し、マイヤーは中を覗いた。
この状態で踏み込んで極秘の話など出来るわけが無い。相手の怒りを買うだけだ。
(おっと、首筋を舐め始めたぞ)
(実況はいらん)
(じゃがまあ、普通の男女の睦事のようじゃな)
(気が済んだなら帰るぞ、上王には面会前に手紙でも代理人でも立てて見解のすり合わせをすればいい)
(おっと待て、もう一人来たぞ・・・って小さいな。おいおいそれはよくないぞ)
「ほら、マーヤ。貴女も頂きなさい」
寝室の人影はかぷりと上王と見られる寝台の男に噛みついた。
(うへえ、激しいのう・・・って吸っとる!?)
中の人影の歯は牙のように長く伸びて大きな女性からは羽が生えていた。
「なんじゃそりゃあ!蛮族の獣人ではないか!!」
(馬鹿っ!声がでかい)
「何者!?」
気が付いた女性が声を上げる。
「マイヤー、逃げよう!」
「もう遅いわ」
マイヤーは逆に寝室に入り込んで、怒りの形相を露わに上王を詰問した。
「蛮族を娶るとはどういうつもりじゃ、リーアン王」
「なんだ貴様は無礼な。衛兵!曲者だ。入れ!」
上王エドワルドは扉の外に控えているであろう衛兵を呼んだ。
扉を少し開けて衛兵が様子を伺う。
「何事ですか陛下」
「曲者だ、捕らえ・・・」
「あれを、見よ!」
マイヤーは上王の言葉を風の魔術を行使してまで遮り、衛兵達に上王の後ろに控えている蛮族の女を指さした。
それと同時に突風を作り出して兵士達側からの視界を遮っていた寝台のカーテンを吹き飛ばして蛮族の女性の姿を露わにする。
演出の為か、マイヤーが身に着けていた服はいつもの旅装ではなくどこかの正規の宮廷魔術師のような立派な典礼用の服装に切り替わっている。元々着ていたのか偽装の魔術が得意だというから見ている人間の目を欺いているのか。シャールミンは突然の状況の変化にまだついていけてなかった。
兵士達はこの女性の正体を知らなかったのか動揺する。
上王の声は口をぱくぱくさせているだけで兵士達には聞こえない。
彼らから見ると帝国の宮廷魔術師らしき人物と立派な宝剣を構えたどこかの王族が突然室内にいた。
マイヤーはシャールミンの宝刀の偽装を解除して、偽装用の魔術装具は宮廷警備兵としてではなく、フランデアン王族の典礼用の衣装用としても仕込んでおりそれを露わにした。
「兵士達よ、上王は見ての通り蛮族に怪しげな術で操られておる。助けて差し上げろ。儂は帝国の宮廷魔術師長にして魔術評議会に名を連ねる大魔導士イザスネストアス。皇帝カールマーン陛下の密命によりリーアン王国に裏切りの可能性ありとして調査に来た。すぐに辺境伯領から帝国法務省の監察隊も来る。さあお前たちの手で蛮族を討て!さもなくば人類の裏切者として九族皆殺しとなりたいか!?」
そこまで言ってから、マイヤーは上王との間の遮音魔術を解いた。
マイヤーの見立てでは薬物投与や魔術で操られている感じはしなかったがそういった方が兵士達は従いやすいと判断し咄嗟に嘘を吐いた。
帝国法務省の監察隊は帝国に対する反抗の芽を摘むため、各国の内偵をし内政干渉と抗議されても徹底的な攻撃を加える事で恐れられている。監察隊には帝国貴族でさえ逆らう事は出来ず強大な軍事力を持つアル・アシオン辺境伯領には常駐して監視業務を行っており隣国であるリーアンからは近く、呼べばすぐにやってくる。
マイヤーにとってもその威を借りることは少々危険な賭けだった。
上王と兵士達の出方次第ではシャールミンを連れて飛んで逃げるしかない。
もしリーアンが国ごと蛮族に与しているのなら、シャールミンがどういおうがアル・アシオン辺境伯領まで逃げてリーアンに対して懲罰戦争を開始しなければならない。