第39話 妖精王子-開戦交渉-
フランデアンからリーアンまではアル・アシオン辺境伯領に向かう傭兵という事で通した。リーアンの小王は三年に一度の諸侯会議が開かれる為、リーアンの王宮に集まっていたのでシャールミン達もまっすぐにリーアンの宮廷まで向かった。
そこで、アルトゥールを遍歴の魔導騎士という事にして彼が小王ザルトゥーと面会したいということで会ってもらう約束を取り付け、それから本来の身分を明かした。ギルバートは何かの役に立つかと思ったが、政治的活動が禁じられているので何の役にも立たずシャールミンを落胆させた。
アルトゥールから身分を証明されると、早速シャールミンは父の葬儀に来てくれて以来、親しい関係の小王との会談に臨んだ。
「ようこそいらっしゃいました殿下。お久しぶりですな」
「はい、陛下。その節はご訪問ありがとうございました」
シャールミンは父が逝去した際に弔問にやってきてくれたことがあるリーアン連合王国を構成する小王国のひとつホルドー王ザルトゥーとリーアンの王宮で面会していた。
「ウルトゥーも帰国していたのか、学院はどうした?」
シャールミンはこの後どう転んでも学院に戻る気は無かったが、彼は学院で平年通り過ごしていた筈だった。
「マックス。今年は任意の通学に切り替わったんだよ。知らなかったかい?」
「そうなのか、出発した時はまだ春で何も聞いていなかった。帝都の情勢はどんな感じか知ってる?」
帝都留学中も親交のあった近隣国の友人なのでシャールミンも気安い。
ウルトゥは二つ年上だが同学年だった。対等な友人というのは自国では出来なかった為貴重な関係だった。
「蛮族の大侵攻の事くらいは知っているだろうけど、今年は結局20個軍団の新編成が間に合うかどうかって所だね。来年はさらに40個軍団を新編成する計画みたいだ。徴兵逃れをしようとする市民が色々揉めてたよ」
シャールミンは帝都の情勢を聞いた後、こちらの情勢をザルトゥーに尋ねた。
「こっちは相変わらずですな。人馬族は北東遊牧民達と一進一退。他の蛮族は辺境伯の領地を時折攻めるくらいでいつも通り平穏なものです」
「辺境伯はかなりの数の傭兵を募集していると聞きました」
「ええ、私兵を相当数マッサリアへ連れて行きましたからな。我々も辺境伯の留守を守るために支援しておりますよ。いや、伯だけでなく北方圏の諸侯にも。後ろの彼も遥か東の地から北方候を救援する為に仲間の遊牧民達を率いてやってきたのです」
ザルトゥーは後ろで控えていた中年の男、ラマ族長グスタフを紹介した。
彼は軽く一礼するだけで特に発言する気はないようだ。ザルトゥは苦笑して話を続ける。
「フランデアンからもうちの国からもジャール人が多数参加しておりますよ。できれば殿下には国へ帰っていただいて国をまとめて欲しいものですが」
「婚約者を連れ帰るまでは戻れません」
「やはり今回のご訪問はその件ですか。残念ながら私ではフィアナやベルタ王を止める事は出来ません。・・・ですが、上王陛下へ緊急の面会依頼は出せるでしょう。議会が始まると忙しくなります、三日以内には何とかしましょう」
「お願いします」
シャールミンは頭を下げた。
彼にしては珍しいことだった。フランデアン王に比べるとホルドー王はかなり格が落ちるが、彼はまだ王ではない。
「私に出来るのは面会の約束を取り付けるだけです。陛下は最近出来た愛人に御執心であまり話を聞いて貰えないかもしれません。陛下を説得する材料は何かお持ちですか?」
「・・・いくらかウルゴンヌからリーアンに領土を割譲することになるでしょう」
「それは自身の力で小王達が得るでしょう。材料になりません」
「今、彼らが力づくで奪い取った所で帝国の意に反する行為。力づくで得たものは帝国が蛮族を追い払った後、ウルゴンヌに返却命令を出す事になるでしょう。しかしマリアから譲渡させます」
帝国の独立保障下にあるウルゴンヌから不当に領土を奪っても帝国の介入があるが、当のウルゴンヌから統治能力が無いので譲渡したいといえば別だ、とシャールミンは言う。
「なるほど。しかしリーアン連合としてはこの窮地の状態の帝国軍を積極的に支援しています。ウルゴンヌが何かされておりますか?我々は帝国への援助に対して報酬を要求する事になるでしょうが、帝国も赤字財政に苦慮しているのでは?」
帝国も報酬はウルゴンヌから割くのが手っ取り早い。ザルトゥーはそれを指摘している。シャールミンを援助しなくてもどうせ得られる報酬だと。
「まだ話は終わっていません。公王が建設させていた大運河が完成の暁には莫大な収入をもたらすでしょう。通商条件についてリーアンを優遇することも出来るでしょう」
「まだまだ遠い将来の話です」
「ええ、その将来をさらに遠くしようとした勢力がいます。ヴェッカーハーフェンで破壊工作がありました。スパーニアが疑われていましたが、その疑いは薄れています」
「リーアンの仕業だと?何か証拠がおありですか?」
ザルトゥーが多少気色ばむ。ウルゴンヌが富み、栄えていく事を妨害しようとする勢力でスパーニアの次に疑わしいのがリーアン連合だと暗に言われているように感じた。
「さて、証拠や犯人はこの際私にはどうでもよい事です。リーアンの軍隊はエンシエーレやサンクト・アナンでかなり非道な事をしています。私はサンクト・アナンで実際に蛮行を目の当たりにしました。城兵、近隣民衆の虐殺もそうです。東方候が聞けば激怒することでしょう。リーアンにはリーアンのやり方があるのでしょうが、東方諸侯会議で各国の王達はどう思うでしょうか?」
リーアンにとって不味い材料をひとつひとつ積み上げていけば、証拠がない別件の事件もリーアンが黒幕だと世論は思い始める。
「身に覚えのない罪まで擦り付けられたくはないですな・・・」
「お許しください陛下。もちろん陛下が関わっているとは思っていません。ですが、世間はリーアン所属ということで同じ目で見てしまうでしょう」
「父上、私もそう思います」
「お前は黙っていろ」
ウルトゥーが口添えしたが、ホルドー王は口を挟まないよう叱責した。
「そこで、スパーニアです。王家は親族殺しの結果、内戦が起きています。前の継承戦争の再開のようなものですが、今回イルラータ公やイーネフィール公は協力しておらずどちらが勝つかわかりません」
「何がいいたいのです?」
「もし反乱軍が勝てば高い確率で先王のしでかした事は全部ストラマーナ家になすりつけてかの家から賠償を支払い撤収するでしょう」
「ふむ、確かに代替わりではよくあることです。ですが現王家が勝利したら?」
「苦戦するようならイルラータ公達が復讐を恐れて援助する可能性があり、確かに親族殺しとはいえ現王家が勝利する可能性はあるでしょう。ですが、可能性の事は置いておいておきます。はっきりしているのはスパーニアは当面国力が低下し、リーアンにも逆襲する絶好の機会。強国ではありますが、フランデアンと共に戦えば勝機は高い。東方候の理解も得られるでしょう」
シャールミンは面倒な罪は全部敗戦国となったスパーニアに押し付けてしまえばいいと仄めかした。リーアンの蛮行についてはフランデアンの仲介で同盟を結ぶ事でウルゴンヌの不満を黙らせる。
「ふむ・・・」
「私はマリアを救出し、王位に着き人非人どもに報いを与えます。帝国もいずれ蛮族との戦いに決着をつけて戻ってきてこちらに参戦し、独立保障に明白に違反したスパーニアに対し懲罰戦争を起こす事になります。私はこちらが優位になってきてからリーアンが味方に加わっても過去の事件について弁護しません。帝国が介入する前に状況を有利に持ち込めるのは今だけです」