第37話 妖精王子-よにんめ-
シャールミンは隙あらばここでイルラータ公を始末してしまおうと機会を見ていたが、彼の魔導騎士は初手で失態を犯して以降は油断なくシャールミンを警戒していた為果たせなかった。
イルラータ公に戦意はないようだが、マイヤーはまだ油断せずマナを自分の周囲に搔き集めながら話を続ける。
「それにしても魔獣を使役するなぞ蛮族のようじゃな」
「へぇ、貴方は帝国の魔術師ですかね?東方では魔獣を軍馬代わりに使っている国もありますが、その発言は我々東方人への侮辱ですか?確か帝国とはお互いの文化を尊重し合う事で合意していた筈」
「儂の個人的な感想じゃ、悪かったな!」
マイヤーの放言にイルラータ公は言い返し、結局フランデアンと敵対するつもりは本当に無かったようで、あっさり魔女を連れて帰っていった。
残った兵士達が仲間の遺体の回収を始めたので、シャールミン達はその場から移動する事にした。
◇◆◇
「どういうことじゃ?」
適当に開けた場所で野営し直す事にして、移動中にマイヤーはシャールミンに疑問を投げかけた。
「あちらの思惑はよくわからないが私の正体は完全に看破されていた、あの大公には」
「はい」
アルトゥールも同意した。
「つまり、どういうことだってばよ」
アルシッドも説明を促した。
「フランデアン王家に伝わる宝刀と、その由来を知っていたかのようでした。受け継ぐ正当な所有者は殿下お一人」
「見ただけでわかるようなものなのか?」
「いや、世間に広まっているのは脚色された話と見た目ばかりだから、本の挿絵なんかと実際の形状はこの通り違う」
「あてずっぽうだったかもしれない。嘘をついた方が良かったのかもしれないが・・・」
シャールミンは自問自答していた。
世間の噂とイルラータ公の印象はやや違っていた。
「いや、結論として向こうはシャールミンを敵視しなかった。よくわからんがあの返答で良かったのじゃろう」
「でも良かったのか、爺さん。スパーニアの真意を聞く絶好の機会だったかもしれないぞ。帝国もスパーニア王家があんなことになっている以上陪臣にまで直接口利きできないし、イルラータ公は誰にも止められないんじゃないか」
アルシッドがマイヤーに問うた。
「まあな、儂も躊躇った。どうも異様な奴じゃった。聞いたら案外あっさり教えてくれたかもしれん・・・。だが、ウルゴンヌを完全に併合するつもりだといわれたらどうする?完全に敵対するしかない。気紛れに急に手のひらを返してやっぱり殺すか、と襲い掛かってくるような危うさがあった。そうは思わんか?」
「まあ、・・・確かに」
「それよりシャールミン。なぜいきなりイルラータ公を殺そうとした?」
いきなり弓矢を射かけたシャールミンの動きはマイヤーも意表を突かれた。
それにイルラータ公とは敵対したくなかった筈だ。
「咄嗟の判断だ。スパーニア王家が内紛状態で、積極的に対外戦争をしたがっているのがイルラータ公だけなら奴を殺せばいい。同盟者のイルラータ公がしねばストラマーナ、イーネフィール、イルラータの同盟関係が崩れて他の二公が反逆しやすくなるかもしれない。連中も王位争いに専念したいだろう」
イルラータ公の子供達はまだ若いようなので、当主が死ねば他の大公に狙われてウルゴンヌを侵略しているどころではなくなるだろう。
あの時、そこまで考えていたわけではないが咄嗟の判断を分析していくとそうなる、とシャールミンは答えた。
「ふむ、そうか。お主は時々大胆な行動にでるのう・・・。下手をすれば皆殺しにされていたかもしれぬのに」
その判断を良しともしなかったが、マイヤーは理由を聞いて特に咎めもせず納得した。
◇◆◇
一行はイルラータ公やボルティカーレ公の部隊を避けて公都への道を進んだ。
各地で部隊がにらみ合っているが今の所要所を確保され、道も狭く、泥濘で通り辛い為、スパーニア側も思い切った進軍は出来ていないらしい。
イルラータ公もフィリップ王子のシエム城を攻囲するボルティカーレ公を支援してはいるが、前線の視察に来ているだけで今の所旗下の領主達に任せて自領からは主力を連れてきていない。
ボルティカーレ公の部隊の主力はシエム城とそこまでの補給線の守備に割いていて公都方面には進出していなかった。周辺の砦を監視する兵と街道を封鎖している部隊がいるくらいだ。だがあらゆる道は閉鎖できないし、アルトゥールの許可証もあるので公都までは問題なく帰還できた。
都ではシエムが陥落したら次は公都の番だ、と市民たちは恐れていた。
ウルゴンヌの半分近い領土が既に敵に浸食されている。市内はシャールミンが以前来た時と違って大混乱、スパーニアとの徹底抗戦を訴えていた時と違って市民の顔も暗い。
「手分けして情報収拾を行ってから宿で会おう。儂はシャールミンと行動する」
シャールミンは頷いて残る二人に指示を出した。
「アルシッドは傭兵達が集まる所に心当たりがあれば行ってくれ。アルトゥールは城代との接触を」
シャールミンはひとまずアスパシアの所へ向かった。
また二人で地下街を通り、娼館に辿り着く。訪れると若干疲れている様子のアスパシアだったが、シャールミンはさっそく情報交換を始めた。
「いらっしゃいマックス。マイヤーさん。どうやら、マリア様とは行き違いになったみたいね」
「む・・・。アスパシアはマリアの肖像画とか持ってないか?」
「あぁ、顔わからないんだ。そりゃそうよね。残念だけど無いわ。お城に飾ってあるのはマックスも知ってる小さい頃の者しかないそうだし」
「そうか・・・」
シャールミンはがっかりした。
再会出来てもすぐに顔がわからなかったら困る。
「まあ、サンクト・アナンまで行けばわかるでしょ」
「サンクト・アナンはまだ無事なのか?」
シャールミンの期待交じりの声にアスパシアは渋い顔をした。
「どうした?」
「市内の様子は見てきたわよね。公妃様が亡くなったのは聞いてる?」
「いや、何があった?」
以前来た道を辿りまっすぐ急いで戻って来たので、まだシャールミンは何も最新の情勢について知らない。市内の情勢についても手分けして集め始めたばかり。
「公妃様が実家から軍勢を招き入れたいとフィリップ様に許可を貰って国内にリーアン軍を入れたんだけど、その軍勢にエンシエーレ城を落とされちゃってね。ああ、エンシエーレはリーアンに嫁いだグロリア様に与えられていた城ね」
「弱り目に祟り目か・・・今度はリーアンが旧領回復に動き出したといわけじゃな。他国の王の死去に付け込むとは」
想定はされていた事だが、それでもシャールミンには衝撃的であり、落胆もした。
マリアの敵が増えた、仁義も無い敵が。
「そういうこと。城代シャルタハル男爵から聞いた話だとその件についてフィリップ様の所に弁解しに公妃様は出かけようとしたけど、市内通過中に怒った市民に引きずり降ろされて・・・そのまま撲殺されちゃったわ」
市民達から見れば敵を呼び込んで自分だけ逃げようとしたかにみえたらしい。
「で、リーアンはなんと?」
「后妃様のご実家のベルタと同盟しているフィアナ小王は怒って宣戦布告してきたわ。上王エトワルドは黙認といったところね。お爺さんに説明しておくとベルタは公妃様の実家、フィアナはグロリア様の嫁ぎ先でリーアンは選挙王政なの。有力者たちが選挙で小王を選びさらに上王を選んで広大なリーアンを治めているの」
アスパシアの説明にシャールミンは舌打ちした。
「結局最初にスパーニアを止めないからこうなるんだ。リーアンがスパーニアに占有されまいとして動く。公妃の事は知らないが、真実裏切っていなかったとしても何かのきっかけにどうせリーアン本国は動いていただろう」
シャールミンには帝国は早期に停戦命令を出すべきだったし、フランデアンも近隣諸国として帝国に協力、リーアンと共に介入する姿勢を見せるだけでもこの結果にはならなかったように思えた。
「結果としてはそうかもしれんのう。とりあえずスパーニアは国家としての統治能力に支障をきたしておる。ひとまずリーアンを止めよう。マリア殿がいるサンクト・アナンがリーアン勢によって危険にさらされておるということで良いかの?」
「そういうこと。お爺さん」
「では、明日にも出発しよう。ここからサンクト・アナンまで敵対勢力に遭遇することはあるか?」
「無いと思うわ。わかると思うけど地図を用意してあげる。明日もう一度来てくれる?」
「どうしてだ?できるだけ先を急ぎたい」
「北上するならアル・アシオン辺境伯への義勇兵を装った方が面倒を避けられるわよ。適当な傭兵団所属で辺境伯軍と契約済みって証明書を用意してあげる」
「なるほど、じゃあ頼む」
アスパシアは地図を持ってきてシャールミンに渡してやり、ふぅと一息ついて椅子に深く腰掛けた。
「大分疲れているみたいだな」
「まあね、最近大変でね」
少し憔悴した様子のアスパシアにシャールミンが声をかけたが、忙しいといわれて言葉に困った。彼女の仕事だと普段は今頃休んでいる所を邪魔してしまったかと。
「ああ、違う違う。お仕事以外の事でね。いや、ある意味仕事関係なんだけど」
「どういうことじゃ?」
表向きの仕事か、裏の仕事か何の事を言っているのかマイヤーにも判断つかなかった。
「前に下であったオダール男爵のお嬢さんの事は覚えてる?」
「ああ、あの不幸なお嬢さんか」
「そう、とうとう思い余って相手を刺し殺しちゃって・・・」
「ここでか、そりゃ厄介じゃのう」
奴隷が客を殺せば、それより下は無い。死刑だ。
「何か手はないのか、哀れな」
親が処刑される原因になった男に買われ続けた女性に皆が同情した。
「今の所、合法的には助ける術はないわね。一応お店が助命嘆願をご城代に出してみるそうだけど、いまのご時世でそんな事に関わって貰えるかどうか分からないわ。でも、ギルバート様も頼んでみてくださるって」
「遊び人の皇族か」
「そ」