第36話 妖精王子-伝家の宝刀-
「ば、馬鹿もんっ!そんな防ぎ方をせんでも!!」
自分を庇って爆炎に包まれたシャールミンにマイヤーが嘆きの声を上げる。
これまでの道中で魔術を教えていたマイヤーはシャールミンが耐火の魔術装具を身に着けていなかった事を知っていた。生存を絶望視していたマイヤー達だったが、炎の中で直立する人影はその火を巻き取るかのようにくるくると剣を回した。
シャールミンは無事だった。
火傷一つない。
剣に纏わりついた炎をフン、と振り払ってシャールミンは剣を構え直した。
いつまでも消えない炎をうっとおしく思ったからだが、振り払われて飛んで行った火はまだ火球の魔術としてまだ有効だったようでたまたま流れ弾に命中した不運な兵士が爆発炎上してあっという間に黒焦げになった。
シャールミンが持つその剣はマイヤーが施した偽装が剥がれて柄にはめ込まれた碧玉から強い魔力の光が漏れている。
「何なの一体。その剣は何?」
必殺の一撃を防がれてモーゼリンクスも動揺する。
ウルゴンヌの王子フィリップでさえ大砲の直撃に匹敵するような威力を防ぐ魔剣を持っているだろうか。
「いやあ、肝を冷やしたがやはりしょせんスパーニアの小娘では威力も大したこと無かったようじゃの。慌てて損したわい」
「きゃっ」
「おや、意外と可愛い悲鳴じゃの」
周囲の者が気が付くと、いつの間にかマイヤーはモーゼリンクスのお尻を撫でていた。皆が呆然としている間にマイヤーは幻術で自分の姿を残して、こっそり近づいていたのだった。
「おっと動くな」
マイヤーは杖の先の隠し刃を喉元に突き付けた。
「何が目的?」
モーゼリンクスが睨みつけ、部下たちに下がるよう手ぶりで示す。
「いやな、儂らはいった通りただの通りすがりじゃ。安全に通行することだけが目的じゃ」
「こんな時期にあんな宝剣を持った通りすがりが都合よくいるものですか!」
「いや、本当にな。ただの通りすがりじゃ。別にあんたらに敵対はしておらん。そっちが勝手に喧嘩を売っとるだけなんじゃよ」
モーゼリンクスはその言葉自体は信じなかったが、この宝剣を持つ要人にしては護衛が少ない事は確かに疑問を感じた。
失った際の事を考えると、破壊工作に送り出すにはあまりにもったいない戦力だった。
「モーゼリンクス、どうやら本当に関係ないようですよ」
「ズュンデン、貴方まで来たの?」
「私もたまたま近くまで来ていただけです。こんな偶然あるんですねえ・・・。そこの魔導騎士は部下から聞いています。フランデアンの魔導騎士ですから情勢調査でもしてるんじゃないですか?」
イルラータ大公ズュンデンも督戦の為、ウルゴンヌの前線を視察に来ていた。
「なら密偵行為じゃない」
「別に構わないでしょう。ここは私達の国じゃありませんからね、まだ」
スパーニアにフランデアンの調査団を咎める権利は無い。交戦状態に入ったわけでもない。イルラータ大公が出てきて両側で護る魔導騎士の牽制を受けたマイヤーが杖を降ろしシャールミン達の所へ後ずさる。
「ズュンデン?イルラータ大公か?」
こんな所に?と顔に疑問符を浮かべたシャールミンが構えた剣を降ろして地面に刺す。
突きつけられていた刃から解放されたモーゼリンクスも引き下がり、ズュンデンの顔や口調からも戦意はうかがえず、さて対話かと誰もが思い息をついたその瞬間、シャールミンは剣を降ろした動作からそのまま流れるように弓を取ってイルラータ公目掛けて速射した。
「うおっ」
控えていた護衛の魔導騎士が咄嗟に盾をかざすが間に合わなかった。
だが、その矢はイルラータ公に当たる瞬間に逸れてしまった。
「ちっ風の守りか」
何かの魔術装具で防がれたらしい事を察してシャールミンが舌打ちする。
「おっかない子ですねぇ・・・さすがにヒヤリとしましたよ」
少しばかり大げさに胸に手を当てているズュンデンだが目は笑って余裕な様子。
反対にシャールミンの目は憎々し気だ。
「こちらは別に君たちに興味はありませんからそんな目で見ないで欲しいですねえ」
「では行っても構わないか?」
周囲に満ちる敵兵の気配を感じて睨むシャールミンもそれ以上手を出すのは諦めたようなのでアルトゥールがイルラータ公と話した。
「ええ、でもちょっと待ってください。その剣は?ただの魔剣じゃありませんね」
ズュンデンがシャールミンの剣について指摘した。
人工的な魔剣とは違うと。
「古代の剣だ」
「盗品ですか?」
「先祖代々受け継がれてきた大事な宝剣で、今は私のものだ」
「クーシャントの剣が?」
シャールミンは短く答えていた。
出来るだけ相手に情報を渡すまい、と。
だがどうも気づかれたようだ。
「・・・そうだ」
「どうやって鍛えられたのか知っていますか?」
「さあ・・・、欠けた爪の一部だとか、抜け落ちた牙を削りだしたものとか言われているが」
「なるほど、本体が死んでいたらそこまで強力な力は出ないでしょう。今も?」
「・・・そうだ。我々は共にいる」
「結構、もう行ってください。できれば国に帰って欲しいんですがね」
ズュンデンは兵士達に通してやるよういって自分も引き上げようとした。
「ちょっと、ズュンデン!どういうことよ」
「敵じゃありません、少なくとも私の敵では」
説明が足りないとモーゼリンクスが文句をいうと仕方なくズュンデンは口を開いた。
「あの剣の柄の彫り物を見てわかりませんか。フランデアンは三民族結束を象徴として三色旗にフランデアン建国王の盟友である三つ頭の獅子神獣を国章としていますが、実際には神獣に頭は三つも無いそうですよ。違いますか、少年?」
ズュンデンはシャールミンに話を振った。
「良く知っているな。そこらの伝承や絵本では勇まし気な王と付き従う獣達が描かれてそれが常識なのに。外国人がクーシャントの姿を見た事は何百年も無い筈」
シャールミンは疑わしそうに大公を見る。
世間一般ではクーシャントは三つも頭がある魔獣のように恐ろしく神秘的な存在だと思われている。
「私も隣国の古い家柄ですからね。昔の言い伝えと世間に分かりやすく書かれた物語が乖離している話はよく聞きます」
「そうか」
「つまり何なのよ」
何故か話が通じるらしい二人に再度モーゼリンクスが口を挟む。
「つまり、あの剣の柄に掘られている獅子の頭は一つ。フランデアンの人間なら皆三つ頭のものを使う所を一つしか使わないのはもともとそうだったから。遥か古代からずっと変わっていないということ、フランデアンの魔導騎士が護るように従っている。それなら相手が誰だか分るでしょう」
ようやく魔女も相手が誰だか察した。
そして魔術を使って遮音してこっそりズュンデンに尋ねた。
魔術が使われた事にマイヤーがぴくりと反応し、アルトゥールも警戒するが攻撃的なものではないとマイヤーが判断してちらりとアルシッドを見た。
アルトゥールは頷き黙ってスパーニア人達を見守った。
「ここで倒してしまえばフランデアンは混乱するのではなくて?」
「まさか、冗談でしょう。フランデアンまで敵に回す気ですか?」
モーゼリンクスは唆したがイルラータ公は拒否する。
「思ったより理性的なのね。あなた」
五大公の中で最も恐れられる一族の長で、今回の戦争でも随分攻撃的に拡張しているイルラータ公はもっと破滅的な思考の持ち主かとモーゼリンクスは誤解していた。
彼女は王都にいるとストラマーナ家の家長となり王を僭称するティラーノとエイラマンサ大公の争いに巻き込まれるのでイーネフィール大公から彼女に王都を出てひとまず同盟者のイルラータ公に協力するよう命じられていた。
イーネフィール公としてはイルラータ公が没落し他の大公達も争いあって勢力衰退してくれれば御の字だ。その為モーゼリンクスもフランデアンとイルラータ大公がいがみ合う方へ持っていかせようとしていた。
「私達は完全に包囲しているし周囲には大部隊が控えているのよ?イルラータ大公の護衛騎士達はフランデアンの魔導騎士が相手でも余裕で勝てるでしょう?」
「おい、いつまでも魔術を使って話をするな」
いつまでも目の前で長話をされて何もしないというのも不自然だったのでマイヤーが口先で介入した。
「あ、済みません。彼女がここで貴方達を倒してしまわないかと唆すものでね?」
「ちょっと!」
同盟者でしょ、それは無いでしょとモーゼリンクスが抗議する。
まさか正直に言うとは思わなかったマイヤーも驚く。
アルシッドに読唇術で会話を読み取らせる必要がなくなってしまった。
「いや、私本当に戦う気無いんですよ。そもそも勝てるかどうかもわかりませんし」
「え、この戦力差で?」
モーゼリンクスが素で驚く。
「私の護衛の魔導騎士は二人、相手も魔導騎士が一人とそれに匹敵する少年で五分、魔術師も向こうの方が上」
マイヤーとモーゼリンクスをズュンデンは皮肉気な目で見比べた。
彼はモーゼリンクスの方が腕が劣るとみた。
「フィリップの攪乱部隊を始末する為に十分な数の触媒を揃えているし、部下の魔術師も多数呼び寄せてここにいるわ。質より量よ」
腕は確かに劣るようだが、攻撃用の魔術触媒を持ち込んできている自分の方に分があるし数も十分だと魔女は言い張った。
「ああ、無駄無駄。何人いても同じです。彼が護っている以上魔術師が何人いても意味はありません」
ズュンデンがシャールミンを見てお手上げとばかりに手を振った。
そもそも周辺一帯のマナの濃度が下がれば魔術師は雑兵以下、何の役にもたちはしない。
「そこまで?多少強力な魔剣を持っていたからといって何だというのよ」
モーゼリンクスは理解できないとズュンデンに疑問を呈した。
「剣の力は関係ありませんよ」
ズュンデンは苦笑する。
「フランデアンの先王は数十代ぶりに王家の出身一族である妖精の民から妻を迎えたのだとか。しかしながら産まれた子供は次々と早世。嘆いた王妃は最後に生まれた王子に徹底的に加護を与え無事に育ったといいます。フランデアンが建国された時代から五千年間血筋を守り抜いてきた妖精の民。何度も王朝が変わった帝国よりも遥か古代から続く一族、その長である妖精女王の護りを貴女と弟子たちは打ち破れるので?私は手助けしませんよ?」
本来援助に来てもらったのはイルラータ公なのだが、余計な口出しをしたせいでモーゼリンクスの方が助けて貰う側になってしまっているかのようだった。