第35話 妖精王子-魔術師の戦い-
魔導騎士であるアルトゥールには魔獣退治はお手の物で、シャールミンもすぐに要領を得たが、アルシッドとマイヤーは苦戦していた。
「くっ」
「アルシッド、無事か!?」
「ああ、ちょっと引掻かれただけだ。動物ってのはどうもやりづらいな。あちっ」
アルシッドが外傷を負ったのを見て、マイヤーがそこを素早く魔術で熱して強引に消毒した。彼らは強力して4頭ほど斬り倒すと、奥から松明を持った人間が出てきて指笛を吹く。調教されているのか、魔獣たちはそれでいったん襲い掛かるのを止めて少し距離を取った。
「あれは・・・あの盾の紋章は七つの頭を持つ鼠、イルラータ公の紋章だ。こいつらは直属の魔獣兵団に違いない」
シャールミンの指摘にマイヤーがどうやら最悪の状況のようじゃ、と愚痴った。
「これは投降した方がいいんじゃないか・・・?」
アルシッドがこっそりマイヤーに囁いた、マイヤーは頭を振った。
「わしゃケツに杭を打たれて晒しものなんぞ御免じゃ、飛んで逃げるぞい」
マイヤーは最悪自分だけ飛んで逃げるかと思案していた。
「魔獣どもは、この連中に従っているのか」
「そのようだ。アルトゥールは逃げろ」
軍馬なら蹴散らして逃げ切れるし、アルトゥールはこの連中から通行証を貰っていて無関係なので今のうちに逃げるよう促した。
「無理でしょう。あの魔獣たちは夜目が効くようですから」
アルトゥールはシャールミンへの態度はひとまず主君の息子として扱うようにしたらしい。魔獣たちはまだ5,6頭残っていたが、埒が明かないとみた兵士も加わり包囲の幅を狭めてきた。
そして、兵士達の後ろからさらに新手が現れた。
◇◆◇
「手こずっているようね。魔術師もいるようだし、手を貸しましょうか?」
「モーゼリンクス様、危険です。お下がりください。敗残兵の処理は私どもにお任せを」
シャールミン達からはまだ遠くてその声は聞こえていない。
襲ってきた兵士達をシャールミンが流れるような動きで次々と斬り倒し、アルトゥールが他の二人を守りながら戦っている。アルシッドとマイヤーは二人の補助に徹していた。
「あら、大分手練れみたいね。先に馬を射なさい」
兵士達は暗闇では同士討ちになるので弓の使用は避けていたが、モーゼリンクスと部下の魔術師達が周囲をさらに明るく照らして視界は良好になった。
指示を聞いて後ろに控える兵士達が弓を構え、木につながれたままの馬を狙った。
が、目ざといマイヤーがすかさず弦を切断する。
兵士達の中には首の動脈を切断されて倒れていく者もいた。
動揺する兵士達を見て、仕方なくモーゼリンクスが前に出てマナをかきあつめるマイヤーに対抗し満ちるマナを奪い取り始めた。
「それ以上は許さないわよ、お爺さん」
「ひょっ、スパーニアの魔女か。小娘風情が、儂に勝てるかな?」
「これでもわたくしは東方随一の大国の宮廷魔術師なのよ?こんなちっぽけな国の魔術師にしてはやるようだけど、まだまだね」
年齢だけを傘にきて調子に乗る老人にうんざりしているモーゼリンクスだった。彼女からしてみれば相手はしょせん小国の魔術師、自分の相手にはならないと判断する。貴族の家に生まれても当主になれなかった者が魔術の道を歩む。
小国ではあまりよい待遇は得られないので、大国に腕利きの魔術師が集まる傾向にある。小国に仕えている時点で腕はたかが知れているというのは一般的な見解だった。
そして、自分は小娘といわれるような年ではない、向こうの強がりだろう。
こっちは見た目以上に齢を重ねているが説明してやる義理はない、そうモーゼリンクスは考えてマイヤーを侮った。
だが、それはモーゼリンクスの勘違い、マイヤーはウルゴンヌの魔術師ではなかった。
「お主みたいな小娘が東方一なら儂は大陸一の帝国宮廷魔術師長じゃわい」
「軽口を!」
魔術師同士の戦いは周囲に満ちるマナを奪い合う地味なもので、魔術の効果を発現しようとする度に妨害され、かき消された。
マイヤーにはモーゼリンクスの相手をしながら横合いからくる敵にも魔術を叩きつける余裕があったが、モーゼリンクスは正面でやりあうのが精いっぱいだった。
「何か強力な魔術装具を使っているみたいね。公国の秘宝かしら?」
徐々に集められるマナが薄くなり、余裕が無くなったモーゼリンクスが睨みつける。マイヤーが持つ短杖は偽装の魔術が剥がれてかなりの逸品に見えた。
「いや、普通の自作の杖とそこらで売っとる魔石じゃが?」
マイヤーは隠しもせず答えてやった。
「嘘ね、そんなわけないでしょう。何かフィリップから密命でも受けて行動しているのかしら?」
「いや、お主ら何か勘違いしとるじゃろう。儂らはただの旅人でこの国とは何の関係もないぞよ」
フィリップの河川艦隊が度々後方に上陸しては補給線を脅かし、あちこちに潜む残党がやはり物資集積所を襲う状況を憂慮したスパーニア軍はそれを発見する為魔獣を使った部隊を組織していた。
いっぽうマイヤーは突然襲いかかれて、抵抗しているだけだと言い張った。
が、モーゼリンクスは信じなかった。
「ふうん、そういう事をいって今まで切り抜けてきたのね。でも今日はそうはいかないわよ。このわたくしがいるのですから」
こんな危険地帯をわざわざこのご時世に旅をするわけがない。
魔女の弟子達が後ろに回り込んだのを見計らい、モーゼリンクスの合図でマイヤーに攻撃をしかけ、マイヤーがそれを防いでいる隙に、モーゼリンクスは小さな火蜥蜴の触媒をマイヤーに投げ付け魔術で起爆するとそれは大火球と化した。
「げっ」
余所見した一瞬に行われた思わぬ大魔術に慌てるマイヤー。
モーゼリンクスは柔軟な思考の持ち主だった。力比べで勝てないからといって魔術の腕で劣るというわけではない。魔術の秘薬を作る技術も魔術師としての腕の見せ所である。
そこにあるマナだけでは本来起こり得ない大魔術がみるみるマイヤーに迫る。
彼の窮地を救うべくシャールミンが飛び出して剣を火球に叩きつけると激しい爆発が起き、マイヤーを庇ったシャールミンは炎に包まれた。
その爆風で傍にいた者は地面に叩きつけられるほどの衝撃だった。