第34話 妖精王子-連戦-
際限なく現れる亡者たちから逃げ出した一行は東へ向かって走り出した。
グランドリーの石橋まで辿り着き、警備中のボルティカーレ公の兵士に亡者に襲われた事を伝えた。
その際、アルトゥールがまたお前かと応対を受けていた。彼は何度もスパーニア兵に見とがめられていたので人相書きが出回っている。
公の部隊は亡者の話をなかなか信じなかったが、司令部に伝えてから一応偵察部隊を派遣するという。
そして一行はさっさと立ち去れといわれてウルゴンヌ国内に舞い戻った。
兵士達から離れてマイヤーがアルトゥールに問う。
「おぬし、いったい連中と何があったんじゃ」
「それが・・・何度かスパーニアの兵士達と遭遇して身分照会を受けてる間に、連中の司令部からもういいから通行証を発行してやれといわれて・・・」
出奔中とはいえ相手はフランデアンの魔導騎士。
何度も逮捕し、ボルティカーレ公は厄介毎を避ける為にアルトゥールに通行証を発行してやったのだった。
「お主・・・そりゃフランデアンとスパーニアは戦争しとるわけではないが、マリア殿が拘束されて無理やり結婚させられそうになっていた件は聞いたか?ほぼ無効状態の婚約になってしまったとはいえ、明らかにフランデアンに喧嘩売っとるぞ。そんな連中に便宜図ってもらうのはさすがにどうかと思うぞ」
シャールミンがアルトゥールを無視している為、仕方なくマイヤーが質問した。
決闘が邪魔された事もどうやらうやむやになってしまったようでアルトゥールはすっかりどうしたものかと混乱していた。
マイヤーは帝国側の情勢を知らなかったアルトゥールに今は私怨で行動している状況ではない事を語り仇討ちは後回しにするよう説得した。
「儂は道化の事はしらんがの、シャールミンは後ろから人を刺すような男ではない。この状況でもわざわざ通りすがりの女子供を助ける為に10数名の兵士達に殴り込みをかけたり、倒れたお前をかばって亡者どもと戦うような男じゃ」
「シャールミン?」
「今はジャール人の傭兵シャールミンとしておる。お主もまさか主君の息子を敵国に売り渡したりすまいな?」
マイヤーはアルトゥールに釘を刺した。
アルトゥールはまだ混乱して考えが整理できない。
「あー、決闘の邪魔をした俺がいうのもなんだが。殿下を殺すならその前に俺が背中から刺してやるぞ」
「なんじゃ、アルシッド。お主シャールミンに仕える事にでもしたのか?」
「いや、周辺国で信頼できる同盟者になりそうなのは殿下くらいしかいないからな。死なれちゃ困る。無事にマリアさんと戻って王位を継いでもらいたい」
ヴェッカーハーフェンの事はともかくパスカルフローはスパーニアともともと潜在的な敵対関係だ。アルシッドはせっかくできたコネを最大限利用したかった。
「道化の事は信じるとしても、その状況にしたのは殿下だ。その責任はある」
シャールミンは眉をぴくりと動かしたが、マイヤーに任せた。
「その状況にしたというなら、ギュイにも責任はあろう。もちろんスパーニアにも。公王が生きていればこんな事にはなっていない。お主にも責任はあるのではないか?多少行動が浅はかだったとしてもシャールミンが悪事を働いたとでも本当に思うか?」
「それは・・・」
アルトゥールは言いよどんだ。
シャールミンが幼いころからエルマンとは親交を持っており、彼が好きでエルマンを殺す事はないとはよくわかっている。
しかし、それでも父の仇。
「婚約者を助ける為にすべてを投げうって敵地に向かうとか、もう今時珍しいそんな騎士的行為はいずれ後世でさぞかし美談として称えられるんじゃないか?邪魔した連中はさぞかし吟遊詩人達にあしざまに語って広められるだろうな」
アルシッドもマイヤーの説得に同調した。
「わかった・・・いや納得はしない。決定を保留にするだけだ。もし殿下が騎士の道に外れるような事をすればその時はやはり決闘を挑む。そして道化についてはかならず裁判で、いやこの手で報いを受けさせる」
そういってアルトゥールは監視の為にシャールミンに着いてくる事になった。
「まったく東方騎士は面倒じゃのう・・・。フランデアンが特殊なだけかもしれんが。スパーニアについてはどう考えておるのじゃ?」
ボルティカーレ公の対応からみてスパーニアの現地部隊はフランデアンと事を荒立てるのを避けようとはしているようだった。
「公王を得体のしれない毒物で殺したスパーニアにもいずれ報いを受けさせる」
「毒物?」
「ああ、公王は矢傷を受けて陣営地まで戻った。矢に毒でも塗ってあったらしく、戦場では強がっていた公王も陣営地で力尽きて、私に故国へ帰還するよう命じられた。その顔は真っ青になっていて医師は何かの毒物だと言っていたが、私は亡くなる所までは傍にいなかった」
「むう、矢に毒を塗るのは協定違反じゃな。帝国は全選帝侯と戦争における毒物使用の禁止について条約を交わし各地方で守らせるように徹底させておる。・・・だが、どうもおかしい。矢に毒を塗れば流れ矢が戦場にあちこち落ちかねん。全てを拾って確実に回収できるとは限らんし・・・さすがにそんな物証が残るものをスパーニアがやるかのう・・・」
「だが、明らかにあれは異常な容態だった!」
毒矢は勘違いではないかというマイヤーにアルトゥールは反論した。
人づてに聞いても少々顔が青ざめていたくらいに思っただろうが、そんな程度ではなく本当に青くなって目から青い血のようなものまで流れていたという。
「青い血が目から?・・・まさか『青の涙』か?あれはかなり高位の魔術師でなくては錬成できない毒薬で、貴重な触媒を多数使った高価なもの。もともと毒薬として使うために開発されたわけでもなく魔力の宝玉を作っている最中に生まれた偶然の産物。矢に塗って使うには貴重過ぎる」
マイヤーが魔術師の知識を披露して不審な点を指摘した。
「なら、陣地に戻ってから誰かに毒を盛られたんじゃないか?」
アルシッドが別口での毒殺について考慮を巡らせた。
「陣地でか・・・なら裏切者がいたのかもしれん。アルトゥールよ、公王の身の回りに何か怪しい人物はいなかったか。そなたは公王のもとに派遣されて少しは周囲の人間を知っておったのじゃろう?」
「別に・・・側近は皆公王の中央集権化策に理解を示していた改革派で固められていた。側近以外で近づける者としては・・・現地の指揮官だったグランドリー男爵家の使用人がいる。領地は没収されたとはいえ、長年男爵家に使えていた人間達だし陣地に勤めていた医師や人足も現地のものが多かった」
アルトゥールは記憶を思い出して不審人物がいなかったか思い出したが、特に心当たりはなかった。現地のグランドリー男爵はそもそも公王に助けを求めた人物だ。
「ふうむ、それかな。陰謀論のようじゃが、ヴェッカーハーフェンの爆破事件、スパーニア王家の親族殺しと大公の反乱。公王の不審死と、帝国を恐れない過剰な侵攻、きな臭い事件が多すぎる。ウルゴンヌ公国の建国が半世紀前といってもまだ当時の人間も生きていよう。男爵はともかく部下に旧領と合併して復権することを期待している人間がいてもおかしくない」
公王は大分恨まれていたというからな、とマイヤーはひとり納得していたがシャールミンには死因は興味無かった。
「真実などどうでもいい。私はマリアを安全な所に退避させられればそれで良い。真実は帝国に余裕が出来たら調査すればいい」
「お主は本当にマリア殿が大事なんじゃなあ・・・、そこまで行くと多少異常にも思えるぞ。何でそこまで大事にする。顔も知らん婚約者で、フランデアンに比べればどうってことのない小国ではないか。そなたならもっと良い条件の妻が見つかる筈じゃ」
「帝国人のあんたには理解できないかもしれないが。古代でも圧倒的に劣る戦力で我々が帝国に対抗できたのは誓約によって神のご加護を得ていたからだと信じるものが多い。騎士の誓いも主君だけではなく神々にも誓う。私も今までさんざん神のご加護を頂いてきたのに、自分の都合でマリアを見捨てる事は出来ない。幼いあの日にアウラやエイラシーオ、祖先達、そして妖精宮の主たる森の神々にも誓ったのだ」
「愛情というより義務感にも思えるな。いや、神の呪いのようにも、な」
「あんたは神をもう信じてないんだろう?」
シャールミンは前にマイヤーから聞いた話を思い出しながら言った。
「ふん、慈愛を司る神々さえどれだけ祈っても、あれ以来二度と奇跡を人に授けたりはしていない。人を守護するような神なんぞもうおらん。神のご加護なんぞ、思い込みに過ぎん」
そんな話をしながら一行はリッセント城まで近づいた。前は攻囲されている最中だったが、今は落城している。辺りの村々からは人気がまったくない。
「どうやって落城させたんだろうな。せっかく攻城砲を殿下がぶっ潰したのに」
「投石器で周辺の村々の人々の遺体を投げ込んだと聞いた」
アルトゥールが一向に教えてやった。彼はこの辺りで何度もスパーニア兵に拘束されてるうちに彼らの動向について詳しくなっていた。
「投石機で石の代わりに遺体を投げたのか・・・」
「ああ、中には病死したものとか、伝染病の隔離患者を探し出して来たりとかしたらしい」
「ひっでえ」
それなりに汚い手を使う事もある傭兵のアルシッドが聞いてもその手段は非道過ぎた。疫病をまき散らす魔獣まで使い、周辺の環境を悪化させていたらしい。
「普通ここまでするものかな。こんな荒廃した土地を手に入れて何になるっていうんだ」
「確かに」
シャールミンが言う通り、土地が荒廃しすぎている。
土地自体から死臭が漂うかのようだった。その夜はリッセント城から出来るだけ離れたかったので、夜遅くになってから野営の準備を始めた。
スパーニア兵はフィリップ王子の籠る城へ進撃しているようなので、シャールミンはいったん公都へ向かう事にした。
マイヤーは手持ちの道具と採集した植物から消毒薬を用意して一行に与えた。
「口元を適当な布で覆っておけ。擦り傷なんかもあったら塗っておくように」
「薬品の知識もあるのか?」
アルシッドが問う。
「儂は魔術師であり錬金術師であり、大賢者でもあるのじゃ」
「それはそれは」
毎度毎度のマイヤーの大言壮語だが、実際そこらの魔術師よりやり手のようなので、アルシッドは肩をすくめつつありがたく薬を受け取った。
◇◆◇
深夜遅くマイヤーが張っていた警告用の魔術装具に反応があり、うとうとしていた皆を起こした。
「何かあったのか?」
「わからん、お前たちならわからんか。何か近づいてくるのはわかっているのじゃが」
シャールミンとアルトゥールは魔力を体に流して聴力を強化してみると確かにがさがさと音がする。それぞれ武器を構えた。
「スパーニア兵か?」
耳を澄ませていたシャールミンは妖精の民の秘薬もあわせて使うと、視界がよりはっきりし、忍び寄ってくる足音が鮮明に聞こえた。
「いや、人間じゃない。四つ足の獣だ」
「今度は馬でも逃げ切れそうにないな」
アルトゥールとシャールミンが教えてやると、マイヤーは焚火から火炎を周囲にまき散らし、地面の草や木を燃やした。燃え上って明かりが拡散されると、獣の姿が見えた。狼くらいの大きさだが、姿は鼠のよう。
「ウォーダンか。この辺りにはこんな魔獣がいるのか」
繁殖力が強く、厄介な病原菌を多数持っている為、人間にとって敵対的な魔獣だった。こういったものと戦い領民を守るのは騎士の義務だった。
「エイラシーオよ。クーシャントよ。森の女神達よ、我にご加護を」
シャールミンは剣を抜いて地面に刺し、一度跪いて戦いに入る前の加護を願った。
「そんなことしてる場合かよ!!」
どんどん周囲に増える魔獣を前にアルシッドが悲鳴のような声でシャールミンに文句を言う。だが、魔獣たちはすぐには襲ってこず遠巻きにしている。
シャールミンが祈りを終えて、立ち上がってからようやくもう死ぬ覚悟はできたかといわんばかりに襲い掛かってきた。