第33話 妖精王子-うごめくものたち-
軍馬を駆って突進するアルトゥールの横合いからアルシッドが狩猟用投擲武器を馬の脚めがけて投げ付けた。アルトゥールの騎馬は軍馬として厳しい調教を受けていたが、さすがに全力突進中に横合いから投げ付けられたボーラをかわしようがなく、脚にからまってしまいもんどりうって倒れた。
倒れた馬の脇を走り抜けて戻ってきたシャールミンが戦いの邪魔をされて抗議する。
「アルシッド!邪魔をするな!!」
まあまあとマイヤーが宥めて倒れたアルトゥールを診に行った。
「あー、こりゃ駄目じゃな。気絶しとる。どうする?止めを刺すか?」
兜を外していたせいか、運悪く頭でもぶつけたのかアルトゥールは気絶してしまっていた。
「魔導騎士のくせに情けないやつだ」
ふん、と馬鹿にした目でシャールミンが見下ろす。
「でも今対決してたら殿下は死んでたぜ。完全装備の魔導騎士に正面から突っ込んでいくとか馬鹿じゃないのか?」
「・・・うるさい」
「何やら強弁してたが、実際には迷ってたんだろ・・・?あんた優しいもんな、何の縁も無い子供を救けるくらいには。今だってこいつを殺せないでいる」
無力化した相手が気絶している間に殺すのはシャールミンも躊躇った。
シャールミンならやろうと思えば倒れたアルトゥールを馬上から斬って通り過ぎる事も出来たがそうしなかった。
シャールミンの逡巡をみてマイヤーが助け舟を出した。
「で、とどめを刺さないならどうする。頭に障害でも残っていたりするかもしれんが・・・、野盗や敗残兵にみぐるみ剥がされるのも少々哀れじゃの」
「アルシッドが決めろ。余計な事をしたのはお前だ」
シャールミンはアルシッドに決めさせた。
「俺か?じゃあユッカ村から人を呼んできて手当でもさせよう。近いからそんくらい待てるだろ?」
「いいだろう」
マイヤーがアルトゥールの体を起こして仰向けにしてやったが、呻き声をあげるくらいで目は覚まさない。倒れた馬は幸い骨折したりはしていなかったが打撲がひどく、立ち上がるのにずいぶん苦労していた。
シャールミンに歯をむき出しにして唸ったが、自分の主である騎士を介抱してやっているのを理解したのか軍馬はだんだん落ち着いていった。
「で、シャールミンよ。実際エルマンの事はどう思っているのじゃ?」
「そんなことを今更聞いてどうする。宝剣も神器も持つにふさわしくない人間が持てば不幸が訪れる。よくある伝承の通りの結果だ」
神器である指輪を擦りながらシャールミンは答えた。
アルシッドの指摘通り、内心は職務に忠実だっただけなのに哀れな死に方を遂げたエルマンの事を申し訳なく思っていたが、王者としてそんな感情を表に出す事は無かった。
マイヤーは神器だという指輪に興味を持った。
「その指輪、どんな神器なのじゃ?」
「遥か古代に帝国に提出した宝物録があるから帝国の要人なんだったらそれを見ればいい」
「けちじゃのう。まあ重要な神器なら回収されとるから形式的なものなんじゃろうが」
神代の力を復興させようとする魔術評議会の差し金で各国から神器を帝国に供出させていたが、神器の中には神々のただの生活用品をありがたく伝えてきて王権の権威付けにしている場合もあり、評議会が興味なしと判断したものは帝国が回収せず各国が持ち続ける事を許されていた。
そうこう喋っている間にアルシッドが戻ってきた。
「早かったな、で、村人は?」
「しっ」
アルシッドは指を1本立て、皆に静かにするよう指示して辺りを見回す。
「なんだ、どうした?」
耳を澄ませるが何も聞こえない。朝霧は深く日光もかなり遮られてまだまだ暗い。
まとわりつくような湿気が気持ち悪いが、湖水地方ではよくあることだ。
「何も聞こえないだろ?もう秋になるのに虫の声も、何も。風で揺れる木の葉が擦りあう音さえ」
マイヤーがようやく妙に感じ始めた。
可能な限り急いで宿に逗留せずここまで来たが、州都で周辺の情勢をもう少し確認してから来た方が良かっただろうか。
「何か嫌な予感がする。馬に乗って急いでここを離れよう」
「アルトゥールはどうする?」
シャールミンはアルシッドに尋ねた。助けてやるつもりだったのでは、と。
「馬が無事ならとりあえず強引に乗っけちまって後は軍馬に任せよう」
いい加減な男だった。
しかし移動する前に霧の中からゆったりと近づいてくる人影が見えた。
「お、なんだ人がいたか。おい、あんたこの辺に医者はいないか知らないか?」
アルシッドが声をかけて近づこうとしたが、マイヤーが制止した。
「待て!迂闊に近づくな!!」
「どうした」
振り返る、アルシッド。
「馬鹿もんっ!」
アルシッドの気がそれた一瞬に人影は一気に全身で飛びかかってきた。
間一髪でマナを集めていたマイヤーが、爆風を浴びせて吹き飛ばす。
「な、なんだ?」
浴びせられた爆風で人影はばらばらに飛び散ってしまった。
「脆い・・・、人に宿っているのに動きのないマナ。この脆さ・・・。まさか・・・」
マイヤーはかけよってその死体を検分した。
シャールミン達もばらばらの死体を見る。
「おい、これ腐ってないか。戦場跡とはいえいつまでもずいぶん死臭が酷いとは思っていたが・・・」
「亡者じゃ、まさかんな所で出くわすとは」
「亡者?本当に、物語に出てくるような動く死体だって?」
シャールミンも以前マイヤーから聞いたことはあったが直にみるのは初めてだ。
子供をしつける童話には時々恐ろしげな地獄の亡者の話が出てくるが、世の中に本当に存在するとは思っていなかった。
「おいおい、ばらばらの状態でもなんか動いてるぞ。これ」
異様な光景に熟練の傭兵アルシッドでも気味悪がる。
「頭を潰せ、いや・・・いい早く出発しよう。こんな場所ではどれだけ亡者が沸いても不思議ではない」
マイヤーは地獄の亡者たちについてよく知っているようだった。
だが、シャールミン達が出発する前に亡者たちは次々と襲い掛かってきて一行はなんとか切り払い、手足を切断し頭を叩き潰してやった。
「こんなことなら焚火をまだ残しておくんじゃった。時間さえあれば亡者どもを寄せ付けない魔術も行使できるが・・・」
気絶していたアルトゥールも周囲の戦いの音と軍馬に鼻で顔をくすぐられて目が覚めた。
「起きたか、なら手を貸すがよい」
皆はマイヤーを守るようにして戦っている。
「な、なにが起きてるんだ?」
アルトゥールにとっては何が何だかわからない。
彼はシャールミンに向かって突進していた筈だった。
「後で説明してやるが、この状況でまだ私怨がどうのというなら今度は儂が殺すぞ」
朦朧としていたアルトゥールにもマクシミリアンの一行がウルゴンヌ側の兵士と戦うわけはなくスパーニア側の兵士と戦っているのかと察し、とりあえず武器を構えたがすぐに相手が異様な亡者が相手だと気づいた。
「やはりこんな所で戦ってもがあかん。少しだけ時間を稼げ。街道を全力で駆け抜けよう」
魔術を行使しすぎて周辺のマナが薄くなると魔術の効力は弱まる。
マイヤーは時間をかけてまとまった量のマナを集めてから地系統の魔術で地面を隆起させ、木々を倒し障害物を設置し逃げ出す隙を作った。