第32話 妖精王子-復讐者③-
シャールミン達は慌ててウルゴンヌへと馬を走らせていた。
スパーニアの王都へ向かう途中に寄った村人に頼まれて獅子の魔獣を狩りに寄り道し、 皆に優先順位はわかっているんじゃなかったのかと呆れられたり、手負いにさせてしまったので止めを刺すべく追跡する最中で村人の隠田を発見してしまったりいろいろあったが、王都に通じる最後の関門嘆きの谷を抜けスパーニアの王都に近づいた時、様々な話が伝わってきた。
曰く、国王一家に不幸があった。
曰く、大公達が反乱を起こした。
その他もろもろの話の中にウルゴンヌ公国の一家が城門に吊るされているという話もあった。アルシッドに調査してもらった所、吊るされていたのはカールとシュテファンだけでマリアはどうも話題に上らない。
マイヤーが王宮の近くに住む人の話を聞いてきたところによるとマリアらしき人を見た事はあるが、最近は幽閉先の塔の窓から外を眺める姿もなくなった事。兵士達が一時期捜索に出ていた事からどうも抜け出したらしいという話だった。
確定情報がなければシャールミンは動くに動けず、やきもきしているうちに、帝国政府がここ最近の蛮族侵攻について報道規制を解除し各社が徐々に情勢を詳細に報道していった。
蛮族と北方圏の勢力争いでは蛮族が北方諸国を突き崩し、一気に北方圏の西端まで進出した所で同盟市民連合と対峙したが、連合は無防備宣言を出し実質的に降伏したことでペリグーからマッサリアまでが蛮族の支配圏となった。
北方方面軍の帝国軍はこれで約20個軍団が敵地に取り残され生存は絶望視されている。
「こりゃあ我が帝国も慌てるわけじゃわい、あと一歩で帝国本土にまで達してしまう」
「それで、各地に情勢を正確に伝えるか迷っていたのかな?」
「じゃろうな」
「こりゃウルゴンヌに構ってられないのも仕方ないな」
アルシッドが収集した情報によれば各地から可能な限り軍団を引き抜き、さらに新規に50以上の軍団を編成する予定らしい。
「今の所高地地方の大族長アヴローラが北方を抑えておるが、それが続くのもノンリート山脈の南側を蛮族が抑えるまでじゃ。サウカンペリオンまで陥落すれば人類は北方圏を失うことになるぞ」
「そこまで押し込まれているならそれこそ、各国へ私戦禁止の通達でも出せばいいのに」
シャールミンの主観ではそうなる。
独立保障をしたウルゴンヌが侵略され、それを放置すれば帝国の威厳、信頼は失墜する。それでも介入できないほど窮地になるのなら全国に私戦禁止命令を出せばいい。
だが、マイヤーは頭を振った。
「帝国も恐れておるのじゃ。帝国の窮地が明らかになり、命令を聞かぬ国が出てくればこの機に次々と離反されることを」
アルシッドもマイヤーの意見に理解を示した。
「どうせ大陸中の全戦力を北方に集める事なんて出来ないからな。それにスパーニアは帝国に忠実で大軍と物資を供与しておるし、むしろスパーニア優位な形で情勢を収めようと動くんじゃないか」
内政干渉は嫌われる。
どこの国も自国の都合の方がよっぽど大事だ。遠い蛮族との争いの為に自国の利益を損なって協力したくはない。
自由都市連盟の新聞社オットマー社の報道はマッサリアに向かった辺境伯の戦況を伝える情報ばかりだが、行方不明だったウルゴンヌの姫が自国に舞い戻った事、改めてウルゴンヌから公王の遺体の返却と即時開戦前の領域まで軍を引かせる事、王子の遺体への侮辱行為への非難声明が出された事も報道していた。
だが、スパーニアは遺体は既に清めて返却済みであること、以前の通り不法にスパーニア国内を侵略した報いであり、賠償金と旧領割譲が最低条件だと突っぱねている事も報道されている。
表向きそんな声明を出していたスパーニア政府だが、実際はそれどころではなかった。ペルセベランが意識の戻らない国王の退位と第三王子フェルナンドの王位継承を閣僚達に宣言した。
すると王弟ティラーノは逆上して謀反を起こしフェルナンドを捕え、ペルセベランも頭部に重傷を負って意識不明。ペルセベランの護衛は王宮で主を守ろうとしたが、王宮近衛兵は職務に従い、ペルセベランの護衛を排除。
まさかの孫の反逆によってストラマーナ大公ペルセベランは強制退場させられたという噂だ。ティラーノは王位につく準備を進めているという。
前の王家だったエイラマンサ大公は僭王に反逆するつもりなのか軍を起こしたと大勢の者が噂していた。
「もう情報は十分だろう。もしエイラマンサ家がここまで攻め上ってきたら帰れなくなるかもしれない」
「そうじゃな、マリア殿はもうここにはいないと判断してよかろう」
「というか誰が何のためにヴェッカーハーフェンを爆破したんだ・・・」
「前にスパーニアがそんな事に関わっても利益は無いといわなんだか・・・?」
アルシッドはまだスパーニアの差し金だと思っていたらしいが、もともと不仲な両国関係故の思い込みだろうとマイヤーは指摘した。
「わかった。戻ろう。もうスパーニアには用は無い」
◇◆◇
かくして冒頭に戻り、全員馬を走らせていた。
シャールミンが急ぐので、マイヤーも馬車を捨てて騎乗し、精一杯走らせたので行きほど日数はかからず、すぐにグランマース伯の領地まで戻ってきた。
「それにしてもマリア殿が先に戻ってくれておってよかったな、まさかお主が婚約者の顔も知らんとは思いもよらなんだ」
シャールミンは王都で聞き込みをしたときおおざっぱな容姿しか語れなかった。
どこかに潜んでいても顔を見ても気づかなかったかもしれない。
「7年会っていないんだ。髪の色とか背の高さとか、どんな服が好みだとかしか知らない」
「今度は画家に肖像画でも書いてもらっておけ」
「そうしよう・・・」
すっかり野宿にも慣れた一行が焚火の後始末をして出発してすぐ、朝霧に沈むユッカ村の戦場跡を騎乗したまま眺めている騎士がいた。
あちらもこちらに気づく。
「貴様・・・マクシミリアン!ついに会えたな。探したぞ・・・亡き父の仇を討たせてもらおう。さあ騎士の誇りがあるのなら剣を抜け」
「アルトゥール・・・、アルトゥール・ザルツァか」
アスパシアから出奔したと聞いて想像していたが、やはり自分を探していたようだ。シャールミンは来るべき時が来たと全身に力を漲らせた。
「そうだ、父を背中から刺した卑怯な人殺しめ。貴様にフランデアンの国宝を持つ資格は無い。父から奪った宝剣を返して貰おう」
遺体を検分して死因が背中から刺された傷だとわかったのだろう。その言いようを聞くとシャールミンもかちんとした。盗人だのなんだのいわれのない非難を浴びる覚えはない。
「考え違いをするな愚か者。エルマンは道化に刺されたのだ。私の知った事ではない」
「お前の差し金だろう。言い逃れをするな!」
「考え違いをするな、といっただろう。私の権限はギュイに制限されている。道化は王の職務を預かるギュイの部下。私は宮廷の旧友たちと王宮を脱出する計画をしていたのは皆が知る通り、道化なんぞ関係ない。ギュイの部下同士で勝手に殺しあっただけだ。私にくだらん罪を擦り付けるな」
「それを言い逃れだと言っているのだ!言い訳がましいぞマクシミリアン!!」
シャールミンの説明にもアルトゥールは納得しない。
「何故、王者が言い訳しなければならぬ、お前のような裏切者の小物風情には王者の在り方は理解できないか」
傲然とシャールミンは言い放った。
あくまでもアルトゥールの非難を受け入れるつもりはない。
「う、裏切者だと!?裏切者は貴様ではないか!国を捨てて国家を危険にさらす身勝手な行動をしている貴様こそが!!」
卑怯な手段で父を殺され、仇討ちにきたアルトゥールにとって、裏切り者とは心外ないわれようと感じていた。
「貴様は父にカールの守護を命じられておきながら、騎士の誓いを破り、ひとりおめおめと逃げ帰った」
「ち、違う!公王に帰国するよう命じられたのだ」
「他の騎士は公王を守って全滅した。生き残ったのはお前だけだ」
くっとアルトゥールは言葉に詰まった。
シャールミンの父は子を次々失い、唯一残った男子であるマクシミリアンの嫁となる家の脆弱さを心配して武官を派遣し交流をさせていた。
周辺国への牽制の為であり、公王がフランデアンにとって有害な行動を起こさないよう見張るのも任務だった。アルトゥールはその役目に失敗した。
「貴様は国境封鎖令に違反しギュイの命令も聞かず出奔した。ギュイが私を殺すよう命じたか?」
「いや・・・それは」
「ふむ、それでは私怨じゃな」
ちらりとマイヤーをみてシャールミンはさらに続けた。
「貴様はエルマンと違ってツヴァイリングに仕える騎士ではなかった。我が父フリードリヒを主君として選んだのではなかったのか。その正当な後継ぎである私をつけ狙うとはどうしたことだ」
ギュイの命令も聞かず、かといってシャールミンにも敵対する。
主君の唯一の男子を殺害しようとする、それが騎士の道かと非難した。
「だ、黙れ!黙れ黙れ黙れ!!父の仇を討つのが私怨だと!裏切者だと!?」
「そうだ。自分の都合で誓いを破るのなら騎士になどならねば良かったのだ。騎士の誇りだと?貴様のように自分の都合で誓いを破る薄汚い人間が誇りだなんだと偉そうな事を言うな。貴様が誇りの何を理解しているというのだ。片腹痛いわ!」
「貴様のような子供が騎士の道を語るな!・・・もういい!問答無用!死ね、マクシミリアン!」
アルトゥールは馬の両腹を蹴って駆けだし、シャールミンも剣を抜き遅れて走り出した。