第30話 湖の姫-その後-
マリア達に通りすがりの商人の傭兵が加勢をしてくれた。
所詮普段は鍬で畑を耕しているに過ぎない一般庶民の敗残兵と熟練の傭兵達の戦いは傭兵の圧勝に終わった。
挨拶もそこそこに慌ただしく去っていった傭兵を見送ってフアンはマリアを厳しく叱責した。
「あんた、実は馬鹿だろ」
「なんですか、失礼な」
突然の無礼な物言いにマリアもそんな失礼な口を叩かれたのは初めてなので反駁した。
「お前な、状況はよくわかってるだろ!あの傭兵どもが気まぐれに手助けしてくれなきゃいくら俺でも死んでたぞ。あの弓兵は意外といい腕をしていた。物陰からさぞイルラータの兵を悩ませただろうぜ」
彼を巻き添えにしてしまったのは事実なのでうっ、と言葉につまるマリアだった。
「死にたければ勝手に首を吊れ」
「ひ、ひどい・・・」
一時の興奮状態が冷めてきたマリアはだんだん心細くなり、さらに遺体の前で酷い事を言われてさすがにちょっと泣けてきた。
「お姉ちゃんを虐めるな!」
吊るされた親の遺体を降ろした少女が、フアンの足のつま先を思いっきり踏み抜いた。
「ははは、元気がいいな。親がくたばったってのに」
軍用の硬い靴を履いているフアンは少女の踏み抜きではまったく痛痒としていなかった。余裕で頭を掴んでぐりぐりしてぽいっと放り捨てた。
「そういう厳しい事いう割に何故助けに来てくれたんです」
この隻眼の戦士は意外と人が良いと思っていたけれど、やはりガラは悪い。
「クララへの義理だ」
「真剣に彼女を愛してくれていたんですか?」
「いいや?成り行きだ。まだこっちの方が面白い人生が送れそうだったからな」
割と本当にどっちでも良かったらしいが、ほんの少しだけ気持ちよくなれそうな道を選んだらしい。
「やっぱり貴方も人が良いんですね」
くすっとマリアが笑った。
「人が良いならそもそもティラーノなんかに仕えたりするものか。ちょっとしか付き合いの無い人間をわかったような目で見るな」
「そうですね、失礼しました。でも有難うございます」
「礼はあんたの兄貴から貰うから俺に無駄口叩く分は兄貴への口添えに使え」
じゃあ、馬を連れてくると歩き出そうとしたフアンを少女が後ろから再び襲った。今度は膝裏を棒の先で突いた。
「うおっ」と、態勢を崩したフアンを少女は体当たりで突き飛ばし水たまりに叩き落した。
「やりますね、お嬢さん」
「この糞ガキがっ」
起き上がってきたフアンもさすがに年端もいかない少女にやり返すほど大人げなくも無かったが毒づきはした。
「糞ガキじゃない。あたしはレベッカ」
レベッカと名乗った少女もフアンにそれ以上やろうとはしなかったので、ここらで痛み分けらしい。
「レベッカちゃん、他に家族とか近所の人は?」
「皆死んだか、逃げちゃった」
「良かったら私達と一緒にいく?」
「うん、でも母さん達を弔わないと」
「おいおい、勘弁しろよ・・・これ以上荷物はいらん」
「追加の送料はお支払いします」
レベッカは家族の遺体をちゃんと弔いたかったが、そんなことをしている暇はないというフアンに全員説得されてしまった。敵兵がまたやってくるかもしれない、次は生き残れるかわからない。
そして、どうせ周囲は兵士の死体だらけだ。自分の家族だけ弔うのか、と。
敵対してしまったとはいえ、同郷人。
一部だけ弔って一部だけ放置するのも心苦しかった。
結局、レベッカの家族の上にだけ布切れを被せて立ち去った。