表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誓約の騎士と霧の女王  作者: OWL
第一部 第三章 誓約を守る者
116/320

第26話 妖精王子-イーネフィール公領-

 シャールミン達が読んだ新聞では戦況はスパーニア優勢で進行しつつあり、冬の休戦期くらいで戦争は終結しウルゴンヌは賠償金を支払い、三女のマリアをスパーニア王家に嫁がせ持参金としてグランマース伯の旧領など建国前から慣習的に存在していたスパーニアの正当な領土を割譲することになるだろうとの見立てが報道されていた。


「もう勝った気でいるな。伯爵の軍は全滅したくせに」


当初はスパーニアと争う気はなかったシャールミンもマリアの扱いについて勝手に決められて報道されるとスパーニア人への憎しみがつのっていった。


「スパーニアの全国紙じゃからな、全九十八州の一地方で領地の多くを失い格下げされていた伯爵家なんぞの私兵が負けた所で国としては痛くもかゆくもない」


マイヤーは州都を出た後も定期的に新聞や宿で居合わせた商人などから情報を仕入れる事に余念が無かった。ここまでの道中でスパーニア王家の直轄領の要塞都市フォル・サベルの間近を通りスパーニアがさらに兵を招集している事を目の当たりにしている。

スパーニアの軍装は国から支給されたものなのか掲げる旗こそ違えど統一されていて、てんでばらばらの軍装の諸侯連合に過ぎないフランデアンとの違いが明瞭だった。都市の郊外には闘技場があり、帝国のように剣闘士の戦いは人気だったが死んだ剣闘士の肝臓は精力剤として売られていてマイヤーを驚かせた。

強力な人間の内臓を食べればその力が乗り移る、健康になれると信じられていたのだ。


「こんな大国が未だにこんな根拠もない迷信を信じているとは」

「強さにあやかりたいとこそんなところか、まあそんな事はどうでもいい。それより自由都市連盟発行の新聞だと帝国軍は蛮族相手に大分苦戦しているようだが」

「最近の連中は巧妙になってきたからのう。しかし東方からも軍団をかき集めなければならんとは今の北方方面軍司令は情けない奴じゃわい」


マイヤーはやれやれと自国の軍団の不甲斐なさを、シャールミンは迷惑な話だとそれぞれ嘆いた。一行は一度内陸側の封鎖されていない白の街道の三級街道に入ったのち、沿岸部の街道でスパーニアの王都へ近づいて行った。

その途中一度、城壁のような一級街道を横切っているが、相変わらず交通規制が行われていた。


「我々少人数くらい通るのは問題ない筈なのに」

「上役が開放するの忘れてるんじゃないか?官僚は指示が無いと命令にないことはしたがらないし、逆に命令されれば貴族相手でも高圧的になるが」

「そこまで指揮系統が混乱しとることはないと思うがのう。開放すると溜まってた物資が一気に流入してしまうと糞詰ふんづまるとか、後からまた規制する必要が出てきてしまうと軍団を通過させるのが面倒とかじゃなかろか」


アルシッドはそんなものかね、と肩を竦めた。


「二級三級は使えとるし、地域経済は多少の損害で済むじゃろ」

「どうにもならない事は仕方ない。それよりこのイーネフィール公領の穀倉地帯というのは聞きしに勝るな。見渡す限りの広さが全てひとつの農園か・・・。パスカルフローの旧領もこの地域だったのだろう?」


シャールミンは稲穂で埋め尽くされた黄金の豊かな大地を羨んだ。


「もっと北西だ。ギョーム公の領地は今は王家の直轄領で良港も多かった」


それゆえ旧領奪還はパスカルフローの悲願である。


「イーネフィールの大公といえば前に聞いたが、前の王家と仲が悪く現王家と共に打倒したとかどうとか、しかし評判が悪くて王位にはつけんかったのだっけかのう」

「そうそう、よくご存じで。王位を譲る代わりに大臣や宮廷魔術師を多く出して宮廷への影響力が大きい。イルラータ公も評判が悪いからスパーニア統一王朝が出来て以来まだ一度も王位に誰も送り込めていないし要職にもつけていない」

「で、王家としては協力者のイルラータ公に遠慮があるから多少の我儘も聞くというわけか」


シャールミンはアスパシアから得た情報を思い出しながら情勢を整理した。


「王家というか爺さんのペルセペランだな。実際に切り盛りしてるのは。国王は病床にあるとか発狂しちまったとかいわれて、太后やイーネフィールから来た宮廷魔術師のモーゼリンクスだとかが表向き仕切って重要な決定はペルセベランが下す」


アルシッドの話でアスパシアの情報の正確性も確認できた。

しばらく情報交換した後、マイヤーが疲れたと言って休憩を取る事にして一行は街道沿いで馬を止めた。昼食を取りマイヤーは昼寝、二人は腰を下ろして休息していると徒歩の女性の一団が通り過ぎた。見た感じ巡礼者のように見えたがそれにしては服装がなかなか色彩豊かで派手だった。


「女性だけとは珍しい。服装もまったく見たことが無い。何かの巡礼だろうか」

「ありゃパスカルフローの雨乞い巫女達だな」


アルシッドがシャールミンの疑問に答えてやった。


「巫女は神託などの祭儀に専念しているものでは?それにスパーニアとは仲が悪かったのでは?」


シャールミンは女性だけの旅が危険ではないかと心配した。


「あー違う違う。仲が悪いのはベルク系スパーニア人同士。昔から住んでる土着の連中は別だ、彼女らは全員黒髪だろ」

「あぁそういえばそんなこといってたっけ」

「彼女らは古代からずっと夏頃になると雨乞いの儀式をやっていてな、近くの島からわざわざ船で渡ってくる」

「危険はないのか?」

「彼女らに危害を加えるとここらの農民に血祭りにあげられるぞ」


ほうとシャールミンは感心した。


「うちの国でもそういう風習が残っている地方はあるけど、祭りの余興の踊りに過ぎない。ほんとに豊作の為に雨乞いをしてるのは初めて聞いた」

「効果があるのかどうかは知らないが、イーネフィール公の領地はスパーニア最大の穀倉地帯になっている。彼女らも生活費を稼げて助かってるはずだし、お互い良い関係なんじゃないか。うちの女王様にも保護されてるし」


「女王様が何だって?」


むにゃむにゃと昼寝から起きたマイヤーが最後の言葉だけ聞こえたらしく起きてきた。


「もういいのか爺さん、なら出発しよう」

「そうだな、行こう」


地べたで休んでいたシャールミンも立ち上がり騎乗した。


後で眠っている間に黒髪美女の一団とすれ違っていたと聞いてマイヤーはさんざん悔しがった。


「起こしてくれれば良かったのに。しかも巫女さんじゃろ」

「美女とはいってないんだがなあ・・・」

「そういえば公都で会ったオダール男爵とやらの娘さんも黒髪じゃったな」


マイヤーは不幸なお嬢さんを思い出していた。


「スパーニア貴族で黒髪とは珍しい。ここらはベルク人が多いからな。イルラータ公領は特異だが」


スパーニアは詳しいアルシッドもさすがに一男爵家のことまでは知らなかった。


「そんな事より先を急ごう。まだまだ遠いんだから」


シャールミンは大分気が焦っていた。マリアに不幸が起きていないだろうか・・・。


「うむ。じゃが、ここらはもう平和な地域じゃからな。慌てず騒がず、余計な事には首を突っ込まず、じゃ」


マイヤーはシャールミンに釘を刺した。


「わかってる」


シャールミンもさすがに優先順位を考慮せざるを得ない。


「アルシッドはまだ着いてくるのか?」

「いや、爺さんのいう通りどうもいろいろときな臭い。殿下の側にいた方が最終的には回答に近づける気がするんだよ」

「殿下じゃない」


毎度毎度のお約束のようだが、移り気の精霊に悪さをされるシャールミンは自己暗示が必要だった。マイヤーの魔術による影響もあり、毎日自分はシャールミン、自分はシャールミンと言い聞かせて少しずつ暗示は強まっている。


「はいはい」

「私はヴェッカーハーフェンの爆発事件には興味ないからな。犯人を見つけても手を貸したりしないぞ」

「マリア一筋じゃのう」

「ほっといてくれ」

「果報なお姫さんだ」


マイヤーもアルシッドもシャールミンとはあまりまっとうとはいえない大人たちだったが、年齢が離れすぎていたし玉座を投げうっても単身飛び出して婚約者を救いに来た少年をからかわない程度の良識はあった。


「暇があるうちに王都に着いた後の事を相談しようかの。儂は帝国人を当たって情勢を確認してみる。帝国軍の上層部は大分迷走しとるようじゃし」

「俺は傭兵のたまり場を当たろう」

「私は王宮の周辺を偵察する」


老人は渋い顔をした。


「いきなり殴りこんだりはしない。スパーニアがマリアを拘束しているのが旧領回復の口実作り程度なのか、本気で娶るつもりなのか、ウルゴンヌを併合するつもりなのか・・・出方次第でこちらも変わる」

「もし本気で娶るつもりなら?」

「王都も先の州都もスパーニア全土は火の海に沈む」


道行く人々は戦争をしている実感などまるでなさそうだ。

ある家族は子供に肩車をしてやって子供は楽しそうに両手で目の周囲を覆って光が入らないようにして遠くの海を見ている。

海を眺めるのが大好きな子供らしく大はしゃぎだ。

母親は心配そうに子供を見上げているが、子供は父親の頭にしがみついておらず、両足を抑えてくれている父の事を完全に信頼仕切っていて幸せそうな一家だった。小国の不幸などまったく気にも留めていないのだろう。


スパーニアが今の政策を続ければ彼らは無関心の報いを受ける。

シャールミンはしばらく前に会ったグランドリーの子供や吊るされた人々を思い出し、自分の中にまるでもう一人いるような冷静で冷酷な視点であの親子を見ている自分がいるような奇妙な感覚に囚われた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、ご感想頂けると幸いです

2022/2/1
小説家になろうに「いいね」機能が実装されました。
感想書いたりするのはちょっと億劫だな~という方もなんらかのリアクション取っていただけると作者の励みになりますのでよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ