第25話 妖精王子-国力差-
一行はグランマース伯の領地を抜けアロッカ伯の勢力圏に入った。
予定ではアロッカ州の州都に入ってさらに大きな街道に変えて沿岸部に戻りスパーニアの王都へ向かう。
前線から離れると行きかう一般市民も増えていき、逆に行軍中の兵士は見かける事も稀になっていった。アロッカ伯が治める州都は周辺の衛星都市にも市壁があり、その外にも新市街が広がっていた。
「一度市内で情報収集するかの。白の街道が開放されていれば最寄の街道から向かうのが一番早い」
白の街道を行けば大都市間を最短距離で結び石畳で舗装されているので到着までの日数は大幅に減る。市内に入るとき、アルシッドやシャールミンの持つ剣には簡単には抜けないよう封印が施された。そして一行が入市税を払い市内に入ると、大通りは大勢の人でにぎわっていた。
「全然戦争中って感じじゃないな。笑顔で普通の生活を送ってる」
「うむ。あれは・・・なんじゃろ。子供たちが同じ服を着とるが」
マイヤーは道の反対側を歩いている10名ほどの子供たちを見た。
「初等学校の子供たちだな、どうかしたのか?」
アルシッドが疑問に答えてやった。
彼は密偵としてスパーニアには詳しいらしい。
「初等学校・・・スパーニアは州都にそんなものがあるのか」
シャールミンは驚きを隠せない。
自国ではあのくらいの年頃の子供達はもう親の仕事の手伝いをしているものだ。
「ああ、帝国を見習って公教育には力を入れてるんだ」
「かぁ~驚いたのう。舗装された道も高層建築の家々も大したもんじゃ。フランデアンの王都並みかそれ以上じゃな。帝国本土に入ったかと思ったぞ」
「入市した時の役人の話では、周辺の村まで市民登録が正確にされているそうじゃったが」
「フランデアンでは無理だ」
シャールミンも自国とそれほど遠い国ではないにも関わらずここまで差があるとは思わなかった。石造建築物が並ぶ街並みもかなり帝国の影響が大きく、同じ東方園とは思えない。
大半の封建国家ではフランデアン同様、国として人口の管理は出来ていなかった。
同格の貴族達はもちろん君主であってもいつ敵になるかわからないので正確な情報を教えたりはしないし、国王も自身の直轄領以外に対しその権力は届かない。
従来は頻繁に更新される情報を記録する媒体も無かったので税の徴収も徴税官のいい加減な勘定だったのだが、帝国はいち早く効率的な官僚制に移行し彼らの権限、役割を法によって規定し、官僚は皇帝の代理人である為帝国貴族でさえ従わねばならなかった。正確な統計と徴税により民衆の不満は減り帝国はますます発展した。
印刷術の発展と紙の大量生産技術の開発はそれらを大いに助けた。
「スパーニアは全人口の管理が出来とるのか?」
「五大公は他の大公や王に知られたくないから外に情報を出していないだろうけどな」
旧王国単位でなら人口の管理は出来ていそうだと、アルシッドは告げた。
「かぁ~、そりゃフランデアンの王子もイルラータ大公が関わってると聞いて参戦不可能だと判断する筈じゃ。こりゃ勝ち目無いわな」
アルシッドはぎょっとする。
「えっ、そうなのか?」
シャールミンは視線をついと逸らす。
「フランデアンの王様なら何とかなるだろ?」
シャールミンは何も言わない。
「動員速度が違い過ぎるという話じゃった。アル・アシオン辺境伯の最大の援助者でもあるしの。官僚制度が発達しておるようじゃし、フランデアン王の場合そこまで王権は強くないらしいから、貴族達の協力を要請する事になるじゃろう。じゃが、貴族達は危険を冒して出兵しても見合う利益はなく対抗できる兵力を集めるのは無理じゃろな」
「ウルゴンヌは商業的に繁栄してる国だし十分な報酬は得られるんじゃないか?」
「国内貴族達は敵対しているわけでもない国を相手に、いちかばちかで身代を傾けるほど馬鹿じゃない」
戦意の乏しい兵達を率いても勝算は薄い。フランデアンの民衆がスパーニアを敵視し貴族達が積極的に参戦するには十分な大義が必要だった。
「フランデアンが何とか兵をまとめて進出しても、その時にはウルゴンヌはほぼ制圧されとるという予測じゃったが、儂も同感じゃの」
その状態から戦争を開始しても遅い。
用意した兵力を展開できる場所がない。展開出来ても退路がツヴァイリングの山道一か所しかない。敵が優位な状況とみれば貴族達は適当な理由を作ってすぐに戦線離脱するだろう。
「パスカルフローだって協力する筈だぜ。スパーニアが一方的有利とはならない筈だ」
アルシッドは力説するが、シャールミン達は冷やかだった。
「筈・・・か。仮に参戦して上陸してもフランデアンの正面戦力は減らない。スパーニアには十分な予備兵力がある」
「じゃのう、国力差から言ってリーアンとフランデアンが同盟を組んで、ヴェッカーハーフェンからは軍事物資購入の契約を済ませておいてようやく五分かのう」
アルシッドはがくりと肩を落とした。まったくあてにされていない。
ヴェッカーハーフェンの港は大打撃を受けているし、大軍を動員してスパーニアと争うには補給に支障をきたすというフランデアン側の判断はアルシッドにも納得がいった。
「あれは本屋か、貸本屋まであるみたいだし。随分目立ってるな」
「印刷所や製紙工場がどんどん出来てるからな。製鉄所も続々と建設されたおかげで禿山が増えたらしいが」
「ほー、早めに伐採規定を作らんと後で酷いことになるぞ」
帝国も紙や鉄の大量生産が始まった時は利益重視で伐採しすぎて随分弊害が出たとマイヤーは告げた。
「俺が心配する事じゃない」
「そりゃそじゃな」
「フランデアンでは本屋をそんなに見かけなかったの」
フランデアンは神々の森や妖精の森は伐採について厳しく制限を設けているのでそういう事は無い。
森はフランデアンを守護する神獣の狩場であり、遊び場である。
シャールミンも出発する際に神獣クーシャントに別れを告げ帰還する際森を通るかもしれないと一応彼に断っておいた。クーシャントは神話の時代からずっと森の女神達の帰還を健気に待ちわびており、建国王に力を貸したのも帝国が森の女神たちを侮辱していたからと伝えられている。
シャールミンには神話の時代の神獣と現代の神獣が同一個体なのか知る由もなかったし長老達もクーシャントに印をつけたりして代替わりしてないか調べようとしなかった。盲目的にクーシャントが何千年も生きている不老不死の生物だと信じるというより、妖精の民達はとくに何も考えずにありのままを受け入れていた。
クーシャントはシャールミンが妖精宮に立ち寄るといつも神殿でぐっすりと寝ていて、シャールミンが挨拶するとわずかに目覚めて鼻をならすくらいだった。
意思疎通が出来ているのか分からなかったが、シャールミンは父がそうしていたように、彼に敬意を払った。
さて、アルシッドは貸し馬屋で馬を返却し、スパーニア国内で使える馬に乗り換えた。元の馬はここから自由都市行きの人間が借りて使用する。
一行は州都の見学をしながら情報収集の為新聞を買い込み、また次の都市へ旅立っていった。