第23話 妖精王子-戦場跡-
シャールミン達はグランドリー男爵領を抜けて領地の象徴となっている大きな石橋まで来た。周囲はボルティカーレ公旗下直属部隊が固めている。
先行して通過していた商隊から話を聞いていたらしくシャールミン達も問題なく通過出来た。
「大分警戒していたな・・・」
十分な距離を取った後、アルシッドが兵士達の様子をみて口に出した。
熟練の傭兵である彼も大軍の前を通過するのは肝が冷えたようだ。
「この前のような連中が出没しているようじゃ、当然じゃろうな」
「十数倍の兵力があっても制圧しきれないものなのか」
シャールミンは圧倒的な兵力差があっても、彼らがウルゴンヌに手を焼いている様子に驚いていた。
「敵地を完全に制圧するのはいくら兵があっても足りん。輜重隊には大勢の護衛が必要じゃ。安易に敵司令官を殺しても、敵兵、民衆の敵愾心が強く戦意が高いと戦後の統治に支障をきたす。勝ち方にも気を付けなければ多大な犠牲を払って得た勝利も無に帰す。覚えておくことじゃ。ま、勝ち方を気にする余裕が無い場合も多いがのう」
紛争勃発直後に最高司令官が死んでしまったが、ウルゴンヌは善戦していた。
「スパーニア側も戦争を終わらせる方法を模索してたりな」
「かもしれんのう。はっきりした交渉相手がウルゴンヌにおらんようだし。長男のフィリップも王妃ベルタも国をまとめられんとなるとスパーニアは切り取り放題じゃが、全土を制圧すればリーアンが攻めてくる。終わりが見えぬ」
「俺は発端の状況をあまりよく知らない。下々の噂話はいくらでも集めたが、国家の要人が知っているような情報からは逆に遠い。あんたらが知ってたら教えてくれないか」
アルシッドは野営の準備をしながらシャールミン達に尋ねた。
街道沿いの村々の治安がよくなさそうなので、彼らは大胆にもボルティカーレ公の部隊の近くで野営を始めた。
既に川を越えグランマース伯の領地なので、何とか解放戦線もここまでは来ないだろう。
「私も最近知ったばかりだが、半世紀前のウルゴンヌ独立によって領地の大半を失ったグランマース伯はグランドリー男爵家に度々難癖をつけて小規模の紛争が絶えなかったらしい。今回も水源の汚染がどうの、野盗の引き渡しがどうので揉めて特使がグランマース伯の元へ向かったが遺体が上流の林で見つかった」
当然グランドリー男爵は抗議したが、そんな使者は訪れていないとグランマース伯は否定し、開戦事由を作ろうとしてでっち上げたに違いないと決めつけ警戒の為に軍の編成を始めると通告した。
グランドリー男爵も対抗して警備を強めたが、自身の爵位は名誉称号であり実質的には公王の領地だ。都市の衛兵くらいしか自由には出来ない。
徴兵に向けて手続きを取っている間にスパーニア軍が何処かで河を渡ったのかいくつかの村々が襲われ始めた。
突進公は一撃を加えて、手を引かせた方が良いと考えて自ら出兵し、グランマース伯は大軍接近を察知して慌てて川向こうに引き上げたが、公王が撤収しようとするとまた進出してきて嫌がらせの放火を続けた。
業を煮やした公王は逃げる敵兵を追跡して、約一万の兵と共にグランマース伯領内に侵入。
「そこで伏兵にあったのか」
「そう、明日にはその戦場を通る事になる。ユッカ村近くの草原で両軍は激突し、伏せてあった馬防柵が突如引き起こされて公王の騎兵隊は足止めされ弓兵、銃兵に一斉射撃を受けた」
「騎兵が突進力を失えば、歩兵に囲まれ立往生して能力を発揮できん。前に出過ぎていた突進公もその時負傷して後方へ下がった。兵力はグランマース伯の方が少なかったろうが、銃兵400というから実質ボルティカーレ公旗下の増援もこの時からいたじゃろうな」
領地のほとんどを失ったとかいうグランマース伯にそんな兵力があるわけがない。
伸びた隊列に横やりを受け公王が負傷し、伏兵に狼狽し、さらに退路を断つ動きをみせたグランマース伯の部隊を見て兵士達は勝手に後方の橋へ逃げ始め、公王も撤収を決意した。
「で、殿を務めた騎士達は銃撃で全滅し、逃げ延びた先の後方の陣営地で公王も怪我が元で死亡。追撃してきたグランマース伯の部隊に遺体を奪われたってわけか」
アルシッドが後は知ってるからいいと続きを断った。
「そういうことじゃ。これはウルゴンヌ側の騎士が報告してきた内容に過ぎんがの。経緯はともかく主力がぶつかったのはスパーニア側なのは確かみたいじゃから、一方的にスパーニアの非を指摘するのはウルゴンヌに好意的に見ても難しい。公王の死は自ら前線に出てきた彼自身の責任とするじゃろう」
「かぁー、やっぱりそうなっちまうか。経緯としてはスパーニアに非がありそうに見えるんだが」
「証明出来ん。帝国が調停に乗り出した場合、ウルゴンヌは賠償金をスパーニアに支払う、ただし国境線は動かさずスパーニア兵を退かせる。そんなところじゃろう」
正義も何もあったものではないとシャールミンは思ったが、王国の後継ぎとして育てられた彼には現実的にはそうなるというのは理解の範疇であり、同意した。
翌日霧が立ち込める中、その戦場に近づいた。
「臭いな・・・」
「もう初夏じゃからな」
シャールミンが出立してから季節がひとつ過ぎてしまった。
直線距離ではたかが知れているのに、なかなか婚約者の元へ辿り着けない。
最初からマリアの位置が分かっていれば帝都から直接陸路で向かった方が早く着いていたくらいだ。
「ほぼ白骨化しているな。気温が低かったのでかなりゆっくり腐乱していたようじゃが」
マイヤーは棒切れで遺体をひっくり返した。
遺骨を食らい、棲み処にしていた虫どもがさっと逃げ出す。
周囲には遺体から金目になりそうなものを探して剥ぎ取っている連中がまだちらほらいた。
戦場が大きく動いて改めて探しに来たのだろう。
「魔導騎士の装備品はさぞかし高く売れただろうなあ」
「さすがにグランマース伯がそういったものは回収させたじゃろ」
シャールミンの機嫌はみるみる悪化していった。
「早く行こう。あいつらを見ていると虫唾が走る」
「そうじゃな。だが彼らも彼らで生活のたしにするものが必要なんじゃろう」
「わかってる。だが、せめて埋葬してやればいいのに」
死体から金目の物を奪うという行為が許せない、しかしそれは恵まれた立場の者だからこそ感じるものだ。貧しく飢えた者に道徳を説いても無意味。
それはわかるがシャールミンはどうしても不快なものは不快だった。
「あー、まったくだ。鼻が曲がって仕方ない。ボルティカーレ公の部隊もここを通過する時嫌にならなかったのかな」
「グランドリーの石橋は重要じゃろうが、侵入路は他にもあるじゃろ」
三州を支配する公爵だ。
ウルゴンヌと徹底的にやると決めているなら別の場所からも侵攻しているだろう。
一行は足早に戦場跡を立ち去り、先へ進んだ。
グランマース伯の領地の筈だが、伯爵の兵士はリッセント城攻囲戦で逆包囲にあって全滅しているのでボルティカーレ公の部隊が支配しているようだった。
街道沿いの村々で水や食料を補充しようとしたが、まったく売ってもらえなかったのでしかたなくマイヤーが魔術で水を空気中から抽出し、シャールミンが適当に鳥を射たりして補充した。
「いやあ、楽でいいな」
何もしてないアルシッドは滅多にない楽な旅にご機嫌だ。
シャールミンは留学中も翠玉館の近くで狩りをしていたし、帰郷時に仲間達と狩りに出かける事があったので年齢以上に熟練していたし、マイヤーは魔術で枯れ枝に火をつけて焚火を作った。
アルシッドは薪になる材料を集めるくらいでほとんど何もしていない。
「はあ・・・どいつもこいつも便利屋扱いしおってからに、皆世間との接触を断って研究に引きこもるのも道理じゃ」
「爺さんのような熟練魔術師が最前線に出てうっかり雑兵に槍で突き殺されたら領主としては損失が大きすぎるからなあ、後ろで縁の下の力持ちとして働いてもらう方がいいってもんさ」
工兵として働くのも修行中の若手術師ばかりのご時世だ。
完全武装の魔導騎士には雑兵が百人束になっても敵わないが、魔術師相手なら雑兵でも隙を見て殺すことも出来る。
「先の敗残兵との戦いみたいな事になったら、ちゃんと守ってくれんと困るぞ。一番いいのは無駄な戦いを避ける事じゃが」
「へいへい」
彼らにとっては無駄な戦いを始めたシャールミンはついと視線を外した。
「爺さんは魔術で弓の弦を切ってたが、風系統の魔術が得意なのか?」
「儂は大魔導士じゃ、何でも出来る」
「そりゃ大したもんだ。でも得意分野ってやつがあるだろ?」
人には生まれつき相性のいい属性がある、魔術の素養があってもなくても。
アルシッドはそれを指摘した。
「よく知っとるな。多少魔術をかじったくらいじゃ属性の影響は感じられんもんじゃがの。まあ確かに相性はあるが、それより使い勝手の良さで選ぶ。装甲の薄い連中や魔術に対する備えが無ければ風を使うのが手っ取り早い。火系統は触媒が無ければいきなり空気中に火の玉を作り出すのは不可能じゃし、水も即時に威力を発揮するような系統ではないのう、地系統はそこそこ良いな、妨害にはいい。いくらマナが万物に変化するといってもやはり、そこにあるものを使うのが一番消耗が少なく即効性がある」
空気はどこにでもあるからの、とマイヤーは説明した。
「触媒があればいいのか?」
「うむ。錬金術で秘薬を作ったり、魔獣なんかから魔石を作ったりいろいろじゃが触媒を作るのに触媒を必要とし、とんでもなく金がかかる。まー魔術を戦闘なんて野蛮な行為に使うのは割に合わん。戦わないのが一番じゃ」
魔術師の最大の役割はここじゃよ、と頭を指した。