第22話 妖精王子-人形➃-
留学時代にお目付け役のガルノーはしばしばマクシミリアンに説教した。
マクシミリアンは躁鬱が激しく、怒りを面に出す事も多かった。
「若様はもう少し感情を制御すべきです。拙僧のように瞑想をしてみては如何ですか」
「でも、ガルノー。目をつぶって精神を落ちつかせなさいっていうけど、全然思考が落ち着かないんだ」
「とにかく継続する事です。そのうち慣れますよ」
「そうかなあ・・・」
◇◆◇
以前勧められたようにシャールミンは瞑想を続けていた。
人を殺してしまった。
どちらかといえば味方側の兵士を。
正々堂々とした戦いを旨として、終われば無意味な殺生はすまいとアルシッド達のように倒れたものに止めまでは刺さなかったが、仲間に徒党を組まれて追われても面倒だし殺しつくすのが正解だというのはわかる。
しかし、シャールミンにはそれが出来なかった。
そしてむしろ敵側の、故郷の恋人に向けて手紙を書いていた敵兵の方に同情していた。
彼に恨みがあったわけではない。
たまたま彼はそこにいただけだった。
夫になるはずだった男を失った女性は赤子を抱えて苦労するだろう。
後悔する自分もいれば、敵は殺して当然という自分もいた。
王を目指す身なれば一人一人の死に斟酌してはいられない。
何百何千万という民を背負うのであれば致し方ない。
ましてや他国の雑兵の死にいちいち立ち止まるには人生は短すぎる。
人を殺すも、野の獣を殺すも、そこら植物から実を捥ぐのも全て同じ。
帝都では菜食主義者もいたが、シャールミンや妖精の民の眼には植物にもマナが脈々と躍動的に躍動しているのを見て取れる。
全て対等な生命だ。
人の形をしていたからといって同情する必要は無い。
草を刈るのも人を狩るのも同じこと。
王ともなれば何千何万という兵士に理不尽な戦いを命じる。
いかにも大義がある、正当性があるかのように見せかける弁論術は王侯貴族に取って必須中の必須の学問だった。
大勢の兵士に、国民に、死を、殺人を命じる自分が数人の悪漢や敵兵を殺した事にいちいち罪の意識を持っていいわけがない。そんな王の命令に兵士達は従いたくないだろう。兵士達も大多数は普段は一般庶民なのだ。正義の戦いであれば、家族を守る事に繋がるのであれば、国家の父の為ならば、正当性があるならば自分と同じ立場の敵兵も殺せる。
罪の意識など感じない、それが命令だから。
それが必要だから。
指導者が戦闘命令を出す時に迷いや罪の意識などあってはならない。
自分は迷ってはならない、罪の意識を感じるなどあってはならない。
自分は正しい、常に。
そう自分に暗示をかけた。
ところで置いて来てしまったガルノーはどうしているのだろうか。
リカルドは?
・・・精神を落ち着かせる為に瞑想していたのに次から次へと余計な事を考えてしまっている。
「ああっ、もう!瞑想なんか無駄だ!黙って目をつむったって心配事が駆け巡って当たり前じゃないか!」
(だから、まだ未熟だというのだ)
ギュイだか、ガルノーだかの声が聞こえたような気がしてまた怒りが迸る。
「これは僕が悪いんじゃない。全部移り気の精霊の仕業なんだ。僕が未熟なんじゃない!」
エリンなら同意してくれるのに、とか考えてまた心配事がぶり返した。
「とにかくマリアを取り戻す。他人の妻を盗もうとする奴もその部下も皆敵だ。情けなんかかけてやるものか!」
(ガルシアにも?プリシラにも?)
また脳裏で誰かが囁き、シャールミンの思考は千々に乱れてまったく整理出来なかった。
「どうした。随分と内なるマナが荒れておるぞ」
突然かけられた声にびくっとする。
「マイヤーか。瞑想中に邪魔をしないでくれ」
「瞑想しておるようには見えんかったがのう。夜は暇でな。付き合ってくれ」
「好きにしろ」
マイヤーはよっこらしょと焚火の側に座った。
アルシッドは既に寝袋で眠っていた。
「明日にはグラマティー川を渡る為、グランドリーの石橋に着く。古代に帝国が建設した橋じゃ。今は白の街道があるから帝国商人は使わないが、国境の端という事もありスパーニア軍が警備している事じゃろう」
「それが?」
「お主、今のままでは本当にくだらん死に方をするぞ」
「・・・それでも自分が正しいと信じる生き方をしたい」
シャールミンもさんざん大人たちにいわれて自分が未熟なのは百も承知だった。
状況が悪い事も承知している。
だが、先祖のアンヴェルフは絶望的な戦力差で多民族を率いて戦い抜いた。
「私は貫き通す力を信じる。妖精の民は5000年間、神々との誓約を守り抜いて来ている」
「それが何になった?世の中から取り残される一方ではないか」
「帝国さえも一度は滅んだ。フランデアンより強力な国はスパーニアしかない。私はフランデアンを新旧併せ持つ懐の深い国にしたい。マイヤーはどうしてそう人を煽るような事ばかりをいうんだ。自分は絶対に正しいと、国家を背負って間違いを侵す事は無いというなら自分で建国して人々を幸福に導いてみればいい」
シャールミンはそう言い返した。
いい加減マイヤーの口調にも慣れて来たので以前ほどの怒りはない。
「む・・・性分かの。精神に影響を及ぼす魔術を得意としていると相手の感情を乱して付け込むのが日常となってくるからの」
「嫌な生き方だ」
「はは、そうじゃの」
マイヤーも自嘲するように笑って同意した。
「さて、お主の宝剣を貸せ」
「構わないが、どうする気だ?」
「お主の魔力と馴染むよう手を加えてやろう。そろそろあの安物の剣では限界だろうと思うての」
シャールミンが使っていた剣は魔力に耐えきれず刀身は外傷だけでなく、内部から崩壊しかかっていた。魔力が通ると通常の鉱物では脆くなってしまうのだ。
「あまり魔石に力は込めていなかったんだが」
「魔導騎士が魔力を帯びた鉱物を使ったいわゆる魔剣の類を使うのもこういう理由じゃ。次には砕け散ってしまうじゃろうからもう予備のほうに変えておけ」
マイヤーはシャールミンに指を少し切らせて血を滴らせてクーシャントの剣の宝玉に馴染ませ、何かの秘薬を振るった。
「そのうち設備のある所でお主専用の宝玉を作ってやろう。そうすれば自分専用の魔剣とすることが出来る」
「助かる。ところであんたは手助けはしてくれないんじゃなかったのか?」
「こんなもの手助けのうちに入らんわい。それにどうせスパーニアにも行って見たくなったからの。ところでさっきは何を考えておった?」
マイヤーは試験管に一滴垂らした血と何かの薬品を混ぜて振るいながら聞いた。
「初めて人を殺した日のこと。今日の事。いろいろだ」
「・・・そうか。王の子として教育を受けて来たお主なら大丈夫だろうが、あまり受け止めすぎるなよ」
「大丈夫だ。気にしてない」
「・・・かといって人の心を失うなよ」
「マリアを連れ帰って結ばれてこそ初めて人になれる。私が人になれるかどうかはスパーニア人次第だ。それまで人の心は持たない事にする、悪鬼羅刹と呼ばれようと構わない」
「無理はするな。アクトールの神官のように精神崩壊したくなければな。どう心がけようと人は己の本性と違うものにはなれぬ」
「神官のような事をいう。神などもう信じていないといったくせに」
神々も定義された神格に縛られるという。
人もまた生まれついての性があり、加護を受ける事が出来る神は決まっているともいわれていた。シャールミンの場合は移ろいやすい風だろうと勝手に想像した。
シャールミンに神官の様だといわれたマイヤーは一瞬きょとんとした後、哀し気な笑い声をあげた。
「まったくもって人の性というものは・・・どうしようもないな」
「アリシア・アンドールとかいったか。彼女と信仰を共に?」
「いや、儂は魔術師じゃ。時の神にして魔術の神ウィッデンプーセに、道化の神アル・アクトールなどが信仰の対象じゃった。アリシアに影響されて慈愛の女神も少しは信じとったがな。じゃが故郷の島に慈愛の女神の加護は無かった。お主の場合は風の大神ガーウディームといったところか」
「そんなところだ」