第21話 妖精王子-人形③-
-ある兵士の手紙-
カルメン、君からの便りを受け取った。
君の側にいられないことが哀しい。
僕が出征してから初めて君が妊娠していると知った。
嘘じゃない。
戻ったら君と結ばれたい。
帰郷休暇を得られるのは一年先になるけど、異動願いを出している。
可能な限り君の側の任地で職務に従事して休養日にだけでも君に会いたい。本当だ。
この戦いはすぐに終わる。新年祭までには戻れる。
不安だろうけど待っていて欲しい。
◇◆◇
瞑想をしていたシャールミンはボルティカーレ公の輸送部隊を襲撃した時に殺害した兵士の手紙を思い出した。
輸送部隊の野営所に潜入中にテントの中で起きている兵士がいて、テントに映る揺れる影に発見されたと思い、彼は咄嗟に剣で突き殺した。
最初の襲撃がうまくいきすぎて、二度目の襲撃の際よく確認せずに近づきすぎたのだった。切り裂いたテントの隙間から殺した兵士が手紙を書いていただけだと知り、つい目で文字を追って読んでしまった。
物音で不審に思った敵兵が近づいてきて二度目の襲撃は失敗した。
ボルティカーレ公の部隊は引っ切り無しに前線と後方を往復していて、たまにイーネフィール系の部隊も見えた。イーネフィール公の勢力圏は紋章に植物を使用している事が多く小動物を多用するイルラータ系とは明らかに異なる。
イーネフィールの部隊は主に後方支援を担当しているようで兵站の維持に尽力しているようだった。戦力らしい戦力は無く、戦闘はボルティカーレ公に一任されているように見える。
後から分かった事だが、補給線への襲撃が多発していて彼らは警戒を徐々に強めていた。シャールミンは接近する事も難しくなり諦めて虚しく宿場町に帰る日が増えた。
その日も成果なく戻り、お腹が空いていたので深夜でもやっている店に入った。
「店主、何か軽い食事を」
「はい、旦那様」
店主が出してくれた食事は麦飯と小さな焼き魚が二つに小鉢が一つ。
無言でお茶も薦められた。
「かたじけない」
「夏とはいえ、こんな夜遅くじゃ冷えますから」
「うん、おいしい。いい焼き加減だ。グラマティーの川魚とイーネフィール産の米か。白の街道の宿場町なだけはある」
若いのをみてとって店主は酒は勧めなかった。
塩加減も抜群で、冷えているとはいえ飯と麦の混合率も半々で粗食に慣れているシャールミンには十分な食事だった。見た目は粗食だが質は良く味付け、焼き加減も熟練の技だ。
「へえ、よくおわかりで。・・・若様は何処かの族長さんか何かで?」
「あ、いや。雇われのジャール人だ。まだまだ見習いだが、商人の旦那が裕福だからつい目利きで鍛えられただけだ」
シャールミンは慌てて弁解した。
「ふふ、そんな上品な箸使いで何をおっしゃいますか」
「むう」
さすがに宿場町で店を構えていれば見る目が違う。
シャールミンは人生経験の不足を悟った。
「へへ、大丈夫ですよ。街道沿いで商売してりゃいろんな人に会いますから」
別に何処かの族長の後継ぎの若様でも構わなかったのだが、後ろめたい事があるシャールミンは下手に誤魔化そうとして相手に配慮して貰うことになった。
(ま、いいか)
シャールミンが黙々と食事を平らげていると、さらに客が来た。
「店主さん、一杯温かいのを頂戴なっ・・・てあらやだ。ごめんなさい」
「あー、また出直してくれるか」
この小さな店には三人ほどしか座れない。
後は立ち飲みするしかない。
「?どうしたんだ。席なら空いてるぞ」
店主は入って来た女性を追い出そうとしたので、シャールミンは少し席をずらして場所を開けた。
「あ、いや・・・彼女は街娼で」
「別に隣に座るくらい構わない。移るわけでも無し」
「夜鷹ですよ?」
「僕らジャール人も夜に狩りへ出る事もある。鷹を連れてね。鷹は僕らの友さ。気にしないで」
鳥は夜に視界が利かないと誤解される事もあるが、ジャール人が友とする鷹は夜の狩も得意だ。街娼の中でも夜鷹と呼ばれる女達は最下級であり、娼館の経営主にも保護されず、宿も無く、路地裏に客を引き込んで僅かな金銭を得て生きていた。
病気持ちも多く、客も最下級で町の最下層にある女達だった。
「済みません・・・工夫さん達も皆何処かへいってしまって」
夜鷹の女は一つ席を空けて座り店主に薄めた酒を温めて貰っていた。
「工夫?」
「運河建設の、ですよ。戦争になっちゃったから、工事が中断されて。ああ・・・この先どうしたらいいんだろう」
女も工夫目当てに何処か遠いところからやってきたらしい。
路銀も尽きてしまっているようだ。
「工事ならいつか再開するさ」
店主が女性を慰めた。
「それまで生きられるかねえ。いっそ兵士の相手でも・・・」
「やめとけやめとけ。荒ぶった集団じゃ何されるかわからないぞ」
「そうだよねえ」
女は嘆息した。
「逃げた人も多いようだし、人手が足りなくて困っている所もあるんじゃないか?」
「若様、夜鷹を雇う人なんていませんよ」
「そういうものなのか・・・」
「はい、若様のような仁徳ある人は世間にそうはいないんです」
店主も女性もシャールミンがやんごとない立場の人間だという事が分かってしまっているようだった。そこへ乱暴に扉をあけてさらに客がやってきた。
シャールミンが振り返ってみると、それはスパーニアの兵隊達だった。
男達は入って来て油断なく店内の人間を見回した。
ひょっとしたら追跡されていたのかもしれない、そんな不安を抱えながらシャールミンはそっと視線を逸らし平静を装って茶を飲んだ。
「おい、不審な男を見なかったか?」
「また、スパーニア兵ですか。ここがどこだかわかってるんですかね?そんな奴いたら帝国軍に即刻逮捕されてますよ」
ここの店主の所にも今まで何度もスパーニア兵が来たのだろう。呆れて返事をした。
「そうですよお、兵士さん。よかったら、店の裏でひとつどうですか?」
「う、夜鷹か。近寄るな!」
兵士は女性の腹を槍の石突きで突いて逃げるように店を出て行った。
シャールミンが一言も口を開く前に窮地を脱してしまった。
「あいたたた」
「大丈夫ですか?」
倒れた女性をシャールミンは助け起こした。
彼女は触られてびくっとしたが、シャールミンの手を取って立ち上がった。
「有難うございます、騎士様」
「僕は何処にでもいるただの傭兵見習いだよ」
「ジャール人の傭兵はこんなに優しくありませんよ」
「むむむ」
皮の帽子で特徴的な耳を隠していればジャール人の傭兵で通るかと思っていたが、シャールミンの演技では世慣れた人々にはまったく通じないようだ。
(フーオンの奴に今度会ったら文句言ってやる。もっと女性に優しくしろって)
「何かおっしゃいましたか?」
「何でもない」