第18話 妖精王子-人形-
結局、20日ほどで出発を許された。
この間にリッセント城は陥落しスパーニア軍はさらに奥へと攻め込んでいる。
帝国兵も関所の番兵程度ではやり手の商人達の圧力に抗しきれず、駐屯基地にいる上司も軍団司令官からそこまで厳命が出ているわけではないから現地の判断に任せるといって責任を放棄してしまった。
商隊の中に特に怪しい人間はいなかったと判断されて最終的には出発は許される事になったが、長期間拘束されてしまった為、商人達の中には相手に違約金を支払わねばならなくなったものも出てきた。
帝国兵から情報を引き出せなかった商人達は情報を仕入れるべく公都に引き返したり、海路に切り替える為スパーニアの港町へ向かったり、アル・アシオン辺境伯領へ向かったりそれぞれ旅立っていった。
シャールミン達もウルゴンヌ公国の村々に通じる街道からスパーニアの王都バルドリッドに向かって出発した。
今までシャールミンが通ってきた城の街道付近の湖水地方は灌漑も進み、運河が整備され美しい光景ばかりだったが、ここからは違った。
街道近くの村々はどうやら略奪や焼き討ちにあったようだった。
田畑にも火が放たれすっかり焦土と化している。
「リッセントの城兵をつり出す為に、家族がいるであろう村に攻撃をしかけたんじゃろうなあ」
「城兵の士気を落とす為か・・・」
「グランマースの軍勢を始末した時には意気軒高だったろうじゃがな」
一行は焼け野原を見ながら口々に感想を言った。
アルシッドはいつの間にか当たり前のようについて来ていた。
シャールミンは許可していない。
「初夏にこれでは今年の収穫は見込めまい。公都や金のあるところは外国から食料輸入も出来ようが・・・いや、待てよ・・・」
「例の事件でヴェッカーハーフェンからの輸送は止まるぞ」
「フランデアンの国境はギュイが閉ざした」
ツヴァイリングの山道も大昔とは違って中原諸国からヴェッカーハーフェンやスパーニアに向かう商隊で賑わっていたのだ。
ツヴァイリングを抜けられない場合はフランデアンの南側、南北に長いクンデルネビュア山脈を迂回する事になりとても採算が合わなかった。
マイヤーの危惧に皆も理解の色を示した。
公都では兵糧確保の為、城代が食料を買い占め始めていた。
まだ北のリーアンから輸入は出来るだろうが、中継貿易に重きを置いているウルゴンヌの食糧生産量は乏しい。このまま男手が無く秋、冬が来た時食糧不足が起きるのではないだろうか。
「今ウルゴンヌは誰が統治しているのか、聞いておるか?」
「シュテファン王子の母ベルタを摂政として代理統治しているらしい」
シャールミンはアスパシアから聞いた情報を伝えた。
「へー、てっきり長男のフィリップ王子が公都に入って統括しているのかと思っていたぜ」
「フィリップは自分に割り当てられたシエムの居城から動いていない。それより当たり前の顔をしてついてくるな」
「まあまあ、宿帳にマクシミリアンなんて馬鹿正直に書かないよう俺が見張っておいてやるからさ」
「ぶっ、お主、またやりおったのか!?」
聞いていたマイヤーが吹きだした。
シャールミンもちょっと赤くなって弁明した。
「書く寸前までは覚えていたんだ!記帳しようとした時に酔っぱらいに話しかけられたりしてつい気がそれてしまったんだ」
移り気の精霊の悪さのせいだ、とマクシミリアンは自分で自分を慰めた。
置いて来てしまったエリン達は今頃どうしているのだろうか・・・。
「しょーもないのう。後で魔術で暗示をかけてやる。いい加減不味いぞ」
シャールミンもそれには同意した。
フランデアン王子にあやかってマクシミリアンとつけられた名前の子供は多いが、もともとそういう名の例は無くフリードリヒとマルレーネの創った名前なので気づかれるかもしれない。
頭では分かっていてもなかなかうっかりは消えてくれないので少々強引にでも矯正が必要そうだ。
「で、フィリップ王子は公王の跡を継いで全土に動員令を出せないのか、そうすりゃボルティカーレ公にも対抗できるだろ。突進公が戦死したといっても魔導騎士が殿になって大半は脱出に成功したそうじゃないか」
アルシッドは疑問を口にした。
「無理だ。フィリップ王子が戴冠するには帝国の法務省から次官級の出席と東方行政長官の承認、東方候の承認がいる。戦時に出来る手続きじゃない」
「面倒じゃのう」
「その権威、後ろ盾があってこそ小国が大国に挟まれて独立を維持出来るんだ。そう継承法を定めたのは帝国なんだけどな」
シャールミンは何度目かになる皮肉をマイヤーに言った。
別にマイヤーが決めたわけではなかろうが、ここにいる帝国人は彼だけだったから。
「こほん、フランデアンはどうなのじゃ」
マイヤーは話を逸らした。
「うちは別に帝国から独立保障を受けていないからそんな面倒は必要ない、遺言が全てだ。貴族達が承認しなければそんな王に価値はないが」
「ではマクシミリアン王子が跡を継げない場合は?ギュイという摂政が王位に就くのか?」
フランデアンの事をよく知らないアルシッドが口を挟む。
「それはない。フランデアンも長子相続法で、曾祖父の次男の家系でツヴァイリングの婿養子という半端な立場のギュイに継承権はない。遺言でもギュイの役割は次の王へ引き渡すまでの後見人として定められている。自ら玉座につけば内戦は必至だ」
「まあそこまで野心的な人物には見えなかったな。人間腹の底で何を考えているのかそう簡単にはわからんし、衝動的に何するか予測するのは困難じゃが」
雑談しながら道を行くシャールミン達は街道沿いの木に吊るされた三つの遺体を見つけた。遺体は女性のもののようで、首から「私は恥知らずの売女です」と書かれた木の板をぶら下げている。
「なんだ、あれは」
シャールミンは眉をひそめた。
「さあ」
アルシッドもマイヤーも首をかしげる。
シャールミンはとりあえず木から下ろしてやろうとした所、横合いから鋭い声で制止された。
「何をやってる小僧。そいつらは侵略者相手に股を開いて商売してやがったんだ。吊るされて見世物になってるのがお似合いなんだよ!」
「なんだ、お前らは」
アルシッドが割って入る。
マイヤーはシャールミンに目配せして彼に任せるよう促した。
「何でもいいだろ、どこのもんだお前ら」
「あの馬車に打ち付けてある帝国商務省が発行した紋章がわからないのか?帝国商人とその護衛の傭兵だ」
偽造すれば重罪になるし、強盗行為も帝国への反逆罪となる事は誰でも知っている筈だとアルシッドは強気に出た。横合いから出てきた三人の男たちは正規兵のような恰好をしていたが、大分薄汚れている。
彼らは顔を見合わせた。
「・・・アルシッド。彼らはグランドリー男爵の兵士だ。盾の紋章に石橋がある」
シャールミンはアルシッドの背中の影から小声で伝えた。
(・・・ウルゴンヌ側の兵士か、敗残兵が隠れて抵抗活動しているようだな)
「ふん、帝国人か。だったらこんな所で余計な事してないでさっさと通れ。お前らには関係ない。いや、自由と平和、独立を勝ち取る正義の戦争にいくらか寄付してくれてもいいんだぜ」
へへへ、と男たちは笑う。
帝国商人に危害を加えれば帝国から苛烈な報復が待っているといっても自棄になった人間、飢えた人間にはそんな先の事は考えまい。
アルシッドは危険を感じながらもつい口にした。
「自由、平和、正義の戦争?そりゃ崇高な事で」
生きるためにしたことであろう哀れな女性たちを見上げてアルシッドは言った。
その態度は明らかに挑発したもので、グランドリー男爵の兵士達もむっとした顔つきに変わった。
「あー、もういい。行くぞ。勝手に下らん事に関わるな。お前たちが降ろさんでも腐れば勝手に落ちるわい」
そこへマイヤーがわざとらしく大声を出して馬に鞭を当てて勝手に馬車を走らせ始めたので慌ててアルシッド達もついていった。
兵士達もわざわざ追いかけてきたりはしなかった。
十分な距離を取ってからマイヤーはアルシッドに苦情を言った。
「おいおい、アルシッド。あんたは世慣れした傭兵で面倒を避けるために連れてるんじゃぞ。シャールミンと一緒になって暴れないでくれんかの」
「悪い悪い、だがある程度強気な態度の方が傭兵らしいってもんだぜ」
シャールミンは傭兵の見習いという事になり、頭に薄汚れた布を巻いて口元も覆い若さを誤魔化しアルシッドがついていることで少しは傭兵としてそれらしく見えるようになってきた。