第17話 妖精王子-工兵-
殿下は喧嘩を売りに行くつもりはなくても向こうは売るつもりだぜ。
これでフランデアンに喧嘩を売ってないといえるか?
ん?
アルシッドはそういった。
シャールミンは胸をかきむしりたくなるほどの焦燥感に駆られ一晩悩んだが、それとアルシッドを連れて行くのはまったく別の問題だった。マイヤーは関所での押し問答に加わらず巻き添えを食った商人達が帝国商務省に訴えて損害賠償を要求してやると息巻いているのに賛同して、解放に向けて交渉し始めた。
昼間シャールミンはやる事もなく暇だったので周辺の偵察に出かけ、アルシッドもついてきた。
高台から北東を見ると、美しい湖水地方とシュテファン王子が籠るリッセント城が見えた。
「あれは何をやってるんだ?」
シャールミンは何やら砂を撒いているらしい兵士を見てアルシッドに尋ねた。
「工兵だな、紋章からするとアロッカ伯爵の部隊らしい」
「ボルティカーレ公旗下の伯爵か」
「そうだ」
兵士達が周辺の木を切り倒し道を広げている。
この地方は海抜が低く、周辺国から流れこむ川が多く大きな湖が複数ある。
湿原が多く、道はぬかるんで大軍の通行が困難であるため、スパーニア軍は道を魔術によって改良していた。
魔術師らは水を除去し、土を固めて道路をみるみる補強していっている。
「大軍を通す気かな?」
「それもあるだろうが、既に往来が激しくなって道が崩れてたんだろう。石畳で出来た白の街道ならともかくあんな道じゃ大軍が通ったらすぐにでこぼこだ。雨が降ったらもう輜重部隊は通れなくなる。一度突進公の部隊も通過してるだろうし、グランマース伯も通ったろうしな。限界が来ていたんだろう」
シャールミンはアスパシアから貰った情報を思い出していった。
リッセント城の兵力は2000。ボルティカーレ公の動員兵力は10倍くらいあるだろう。本隊が到着すれば勝ち目はない。前のグランマース伯のようにはいかないだろう。
「おい、あれを見ろ」
アルシッドがずっと西の方を指さした。
「随分大きな大砲だな。馬10頭くらいで引いているぞ」
ずっと西の視界の端にかろうじてその巨大な大砲が見える。
シャールミンは魔力で視力を強化しているが、アルシッドは普通にかなり視力が良いようだ。一度、宿まで戻りマイヤーに見てきた情報を伝えるとマイヤーも自分の目で見たいとまた高台に戻った。
その時には大砲を引く馬の列は大分近づいていた。
「あれは・・・イラート攻城砲。帝国軍でさえ所持している軍団は無い、西方で生産が始まったばかりの巨砲じゃ。ボルティカーレ公風情が所持している筈がない」
「だが、現にある」
マイヤーを連れてくるまでにかなり近づいて来ていて野営の準備を開始している。
「うーむ、いくら道を整備した所でリッセント城周辺は大軍が展開出来るほど広くはないし、援軍に対する抑えも必要じゃろうから攻囲に投入できる兵力は実際にはさほど多くならないじゃろう。だが、あの攻城砲を使われてはあっというまに城壁は破壊されるぞ」
「そこまでの威力なのか?」
「威力というか命中精度が飛躍的に上昇した。従来の大砲じゃったら魔術で初速を上げ弾丸の硬度を強化し発射動力も強化した投石機の方がマシじゃったがあの攻城砲に使われている砲身の鋼材は鋳造技術が大分変ったらしくあの様に長大であるにも関わらず、石では無く鉄の弾丸が連続発射が可能になり野戦運用も可能なほどに信頼性が高い」
マイヤーが解説した。
今まであった攻城砲といえば現地から近い都市に生産設備を用意して壊れたら次々投入していたものだった。それだけの設備と人員を投入できる大国しか持ち得なかった。
「もの知りな爺さんだな、何者だ」
アルシッドが今更に疑問を投げかける。
アルシッドはマイヤーが帝国商人というのを当然信じてはいなかった。
フランデアンの王子が帝国商人に身分詐称した人間を連れ歩くのはかなり危険な行為なので前から疑問に思っていた。商人ではないにしろ帝国人であるのは間違いないと思っている。魔術師であるならば当然どこかの貴族か、貴族席を昔失って魔術の探求を続けている魔術師か、何にせよフランデアン王子に協力している理由がわからない。
「誰でも良いわい。とにかく火薬を使用している限り魔術で補強し命中精度を上げる事が出来ず、今いちな兵器じゃった射石砲がついに実用に耐える大砲として姿を変えた。魔術の力を借りずに、長射程攻城兵器の座を奪い取る画期的な兵器となったのじゃ」
市民戦争で主だった魔術師を失った西方諸国が無駄な努力をしていると帝国の魔術師たちは嘲笑っていたが、幾人かの魔術師はその先進性に着目していた。
「儂もスパーニアには大分興味が出てきた。かの王都の情勢を見に行くとしようかの」
「だが、勝手に出発しては帝国兵に手配書を回されるんだろ?」
「そうじゃ、まあ他の商人達がいうように理不尽な拘束じゃから大店の商会が脅せばすぐに出発できるじゃろ。慌てるな」
あまり高台からじろじろ見ているといずれ偵察兵に見つかるから宿に戻るぞ、とマイヤーがいって全員その日は大人しく戻った。
◇◆◇
だが、夜になるとシャールミンはこっそり宿を抜け出して野営地に近づいた。
ボルティカーレ公の部隊は皆油断して寝静まっている。
前線までは遠く、敵は籠城しており警戒が緩んでいた。
シャールミンはマルレーネに譲られた秘薬を背嚢から取り出して瞼にぬると、周囲の世界が変わって見え始めた。真っ暗闇でも物の形が見え、木陰に隠れている小動物の姿も透過してみる事さえ出来た。
歩哨はいるが、帝国軍の野営地のように周囲を柵で囲みもせずただのキャンプと変わらない。完全に油断している。
シャールミンは歩哨の視界を避けて、攻城砲まで辿り着き、魔力を全開にして部品をあちこち捻じ曲げて破壊し、物音に気付いた人間が近づいてくるととどめに砲身に火薬を詰めて爆破した。
しかけて一目散に逃げ出したので砲身を完全に破壊できたかどうかはわからなかったが、交換部品があっても修復には時間がかかるだろう。
翌日ボルティカーレ公旗下の兵が周辺の村々に犯人の捜索に飛び出し、シャールミン達のいる宿までやってきたが、より殺気立っているのは商人達の方だった。
彼らはこんな所の戦争なんか知った事か、お前らのせいでこっちは莫大な損害が出ているんだぞと兵士達にはまったく無関係な怒りをぶつけて傭兵をけしかけた。
実際の所、白の街道が通行止めになっているのはスパーニアとウルゴンヌの紛争とは関係なかったが、帝国商人もその他の国々の商人も通行税を納めて利用しており、とにかく誰でもいいから商売の損害の怒りをぶつけたかった。
街道通過中の彼らの身の安全は帝国商務省と各国の商工会によって保障されており地方貴族が彼らの身体に危害を加えれば禁輸措置などによって簡単にその貴族領の経済は壊滅的打撃を受ける。
兵士達は何が何やらわからなかったが、各国の商人達が一堂に会していて無関係そうだったので慌てて引き上げた。
シャールミンは味をしめてそれから宿を出発できるまで毎晩のようにボルティカーレ公の野営地に八つ当たり攻撃を仕掛けていった。
魔術師のお仕事は工兵の補助。
裏方です