第16話 妖精王子-復讐者②-
「出発してすぐ足止めを食らうとは!」
宿の食堂でシャールミンも他の商人達も街道封鎖に対して一様に嘆き怒っていた。
関所で兵士達のいう事を聞かずに暴れ始めた一部商人の巻き添えを受けて居合わせた他の商人達もシャールミンも宿泊先を申告させられ、二週間そこで待機するよう命じられてしまった。
マイヤーも自分一人だったらやはり同じように怒っていただろうが、さすがに年長者として不本意ながら宥める方に回った。
マリアの元に急ぎたいと気が焦るシャールミンを必死に宥めた。
「他の商人達はそれぞれツテを使って迂回路を模索しておる。儂らもそうしよう」
「街道に沿って行くわけにはいかないのか・・・?」
「帝国兵が何やら殺気立っておる。止めておこう。橋や峠に行き当ったらどうせその時迂回路を探すことになる」
「そうそう、だったら最初から効率のいい道を探すべきだ」
突然横から口を出してくる無精髭を生やした男がいた。
マイヤーが胡散臭そうに見る。
彼はいつもさり気なく音の広がりを防止する魔術を使っているので周囲に会話が漏れ聞こえるわけは無かった。どっこらしょ、と男は勝手にシャールミンの隣に座った。
「誰だ」
「パスカルフローの傭兵さ、殿下」
シャールミンがぴくりを指を動かし机を爪が擦り音を立てる。
焦って引っ掻いてしまったのだった。
「・・・」
「惚けないのか?」
『この男は何かわけのわからん言葉を喋っているが、意味がわかるかマイヤーさん?』
シャールミンはジャール人やガヌ人が使う中原の言葉で話し、世慣れたマイヤーに任せて護衛役の立場としての発言をした。シャールミンはフランデアンの言語も東方共通語も中原語も帝国公用語も幼い頃から叩きこまれているので問題ないのだが、男が話しかけて来た東方共通語を分からないフリをしている。
「さあ?儂には意図がわからんのう」
マイヤーは適当に惚けたが、胡散臭い男は構わず会話を続けた。
「俺の周りにも魔術を施してくれるか?あんたらも困るだろう」
苦虫を噛み潰したような顔でマイヤーは頼まれた通りにした。向こうは魔術の知識もある上、相手の言う通りこのまま続けられては厄介な事になる。
「フランデアンの王子が帰国した後、王位継承で揉めて城を追い出されたって噂だぜ」
「それが何の関係があるというのじゃ」
「大ありさ、追い出されたという割に内戦勃発という情報はない。どこに行ったのか誰も知らない。大方母親の実家に戻ったのだろうという噂だったがこんな所で何してる?」
にやにやしながら傭兵が聞いてくる。
「私はジャール人の傭兵シャールミン。東方共通語は挨拶くらいしかわからない」
シャールミンはまだ気を許さず、すっとぼけたまま男を観察した。
40歳前後の軽装革鎧を着た男、日焼けしてやや浅黒い肌、髪はやや赤みがかった茶色でにやにやしながらも眼光は鋭い。
「これは失礼、俺はパスカルフロー出身の傭兵でアル・アシッドという。スパーニアに行きたいんだが道連れを探していましてね」
「挨拶なら雇い主のマイヤーさんに先にすべきだ」
「ごもっともで」
マイヤーは内心で感心していた。
わけのわからない男に乱入されたが、会話の主導権はシャールミンが取り直した。
「では、話を聞こう。あんたがただの気狂いなのか、何かそんな事を言い出す利益でもあるのか」
「いやね。傭兵というにはまだ若い。若い傭兵がいないわけでもないが、まだ少年だろう。鍛えているようだが、肌が綺麗過ぎる。骨格が成長しきっていないから筋肉の付き方もまだ幼い。髭も全然生えてきてないな」
「ジャール人ならこの年で傭兵になって出稼ぎに出ても普通だ」
「そうかもしれん。だが、深緑のルブワーデ人の特徴を持った少年傭兵は長いこと傭兵をやってる俺でも見たことはない。頭巾に妙な突起もある」
シャールミンは一応帽子を目深にかぶり髪と耳を隠して変装しているのだが、この傭兵は違和感を感じて観察していたようだ。食堂では帽子を脱いでその下の頭巾だけの状態だった。布を巻いて髪を抑えていたのだが、耳の部分の突起を見られた。
「最近は混血が進んでるんだ」
「だが、そういう連中は出稼ぎに傭兵になったりしないだろう?ましてや妖精の民に近い中部ルブワーデ人がわざわざ外国で傭兵を?」
シャールミンの説明でも傭兵の男は食い下がってきた。
「アル・アシッドとかいったか」
「アルシッドでいい。皆そう呼ぶ」
気軽に呼んでくれと男は言った。
「アル・アシッド。建国王は生粋の妖精の民だが、軍勢を率いてツヴァイリングを越えて出陣した事もある。実家に居場所が無くなって外に出ていかざるを得なくなる事もある。第一妖精の民とルブワーデ人は違う」
「なるほど殿下。噂と違って普通の人間だと」
男は頬杖をついた無礼な態度で相槌を打った。
「私を困らせたいのか。道連れを探しているというのは嘘か。ふざけた連れは一人で十分だ」
「失敬失敬、でもお互いのことを知らないと信用できないだろ?」
「なら、あんたの事を話してみてはどうじゃ。どこから話を聞いてた。どうやって探し当てた」
マイヤーが口を挟む。
「なんか怒ってる兄ちゃんがいたから目についてな。こっそり近づいて話を聞こうとしたが音の流れが不審でね。ああ、魔術師がいるなってな。んで、宿中の人間の唇の動きを見てみたが、それっぽい話をしてて気になったってわけだ。お姫様を救けに行くのかい?王子様」
「さっきは当たりがついてなさそうな感じじゃなかったか」
「さすがに隅から隅まで読唇できたわけじゃないさ。喋ってる内に段々確信が持ててきた」
ちっ、とシャールミンは舌打ちした。
やはり完全に無視した方が良かったか。
「まあまあ、俺は役に立つぜ。傭兵稼業に慣れてるし、スパーニアを嫌悪しているし、殿下に協力できる。関所での悶着に加わらなかった商人達が大店の商会を通じてさっさと出発しようと話し合ってる。殿・・・」
「それはよせ」
マイヤーが口をはさんで殿下殿下というのを止めさせた。
この男はこの地方に詳しくて使えそうだし、からかうような口調で傭兵にあまり馴れ馴れしくされると誇り高いシャールミンがいつ怒りだすかわからない。
「あんたがパスカルフローの人間でスパーニアを嫌いなのは勝手だが、こっちは喧嘩を売りに行くわけじゃない。騒ぎは御免だ」
いざとなれば強引に侵入して救い出すつもりですらあったが、シャールミンはそういった。マクシミリアンとしてはスパーニアに友人さえいるしここ1000年で特に敵対関係にあった歴史もない。
「俺がスパーニアを嫌いなのは国の独立問題とは関係ない。ヴェッカーハーフェンごと俺の仲間達を、傭兵団を爆破しやがったからだ。犯人とその黒幕はスパーニアの連中に違いない」
にやにやした表情はそのままだが、アルシッドの眼光は怒りに染まっている。
シャールミンとマイヤーは顔を見合わせた。
「それはあるまい。パスカルフローが傭兵を送り出したとしてもたかがしれておる。ボルティカーレ公や下手をしたらイルラータ公が絡んでる以上、彼らの脅威にはならん。わざわざそんな手段で傭兵団を潰す事はありえんじゃろう」
「公家はそうかもしれないが、スパーニア王家に恨みを持っている大貴族はたくさんいる。そこの誰かが王を追い落とす為に自滅覚悟でやったのかもしれないじゃないか」
いくら何でもそこまではしないんじゃないか、と二人とも顔を見合わせた。
これまで彼らは雑談しながらもし人為的な破壊工作だった場合は誰が犯人かを検討はしてみていたのだ。
情報が全くないのでただの暇つぶしだったが。
「まあな、現地の調査は他の仲間がやってるし、そのうち連盟都市や帝国の東方行政区から調査と後始末に人が来るだろう。俺はスパーニアの情勢が知りたい」
「ふむ・・・被害はどのくらいだったのじゃ?」
「港に停泊していた船は火薬を運搬中の船が誘爆してほとんど沈没。市のはずれだったから市民の被害は数百で済んだが、港の労働者と居合わせた傭兵たちの被害は4000人以上。大半は火薬庫と周辺施設の炎上に巻き込まれての焼死だが、連鎖爆発で死んだ者も多い」
火薬が用いられるようになってから時折爆発事故が起きるようになり近年は十分に対策が施されているので人為的としか思えないとアルシッドは言った。
「ふむ、市街地は無事だったか」
「いや・・・少し中心部も被害は出たらしい」
さすがにアルシッドもにやついた表情は消え真剣になっている。
「復讐目的ならなおさら同行されても困る」
「騒ぎを起こすつもりはない、あとうちは脅威にはならんといわれたが、舐めて貰っちゃ困るぜ。うちの女王様は金持ちだ。傭兵女王と呼ばれるほどなんでね。やると決めたら5万は集められる。もうウルゴンヌが払えなくても関係ない。介入理由は出来た」
「それだけの数は契約解除してあちこちからかき集めねば無理じゃろ。いくら金持ちでも違約金を支払えるとは思えんのう。動員に1年以上かかりそうじゃ」
パスカルフローの傭兵団は大陸各地の自由都市連盟にも兵力を貸し出している。
帝国軍の下請けもやっており、規模自体は大きいが小規模な部隊が各地に散っているのでそれらの契約を全て整理して大軍として編成し直すのは気が遠くなるほどの難事業だ。
「帝国の要請で兵力提供したいから自国の軍務を傭兵に代行させたいという依頼が結構あってな。いまかき集めてた所なんだ、まだ本契約はしてないから違約金を支払う必要はない。1年もかからないぜ」
しかし、アル・アシッドはまったく別の部隊を編制しようとしていた所だからどうにかなると言う。
「ほう、そのあたりは詳しく聞きたいな。じゃがヴェッカーハーフェンの港湾施設が壊滅状態ならスパーニアに上陸する事になる。ありていにいって無理じゃろ。今までは臣下の臣下の貴族の小競り合いといった程度の問題じゃったが、大戦争になる。それに5万ではスパーニアに上陸出来ても簡単に圧し潰されるじゃろ」
「スパーニアが分裂しているなら話は別だろ?だから情勢を調査したいんじゃないか」
アルシッドは食い下がった。それなりに理屈は立っている。
まだ説得できなかったのでアルシッドはとどめの一言を放った。
「スパーニア王家は今の情勢を解決する為にお姫さん、マリア様を亡くなったマルガレーテ様の代わりに王弟ティラーノに嫁がせるつもりだぜ」
シャールミンははっとして息を呑んだ。
「これでフランデアンに喧嘩を売ってないといえるか、ん?」
とアルシッドはシャールミンにせせら笑った。