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誓約の騎士と霧の女王  作者: OWL
第一部 第三章 誓約を守る者
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第14話 妖精王子-魔女狩り-

マクシミリアンとマイヤーは公都を出て白の街道に入った。


「ところでシャールミン。・・・おいシャールミン!」

「ん、ああ。私か。何だ」


マイヤーの荷馬車に並走しながら馬上で考え事をしているマクシミリアンにマイヤーは話しかけたが反応が無かったので少し大きな声で呼びつけた。


「それよ。そろそろ真面目に偽名の方で通すようにしないと危険になるぞ」


オルヴァンでも宿にマクシミリアンで記帳してしまっていたのでマイヤーは注意した。


「ああ、そうだな。うん、もう前線が近いものな」


公都を出てまだ四日だったが、早々に沿岸部まで行って白の街道に入り、ひた走っているのでもう前線間近に来ている。沿岸部は白の街道以外は湿地帯で人は多くないもののいくつかの帝国の関所周辺は地盤改良が為されて宿場町が繁盛していた。


 帝国が古代に敷設した白の街道は大陸の沿岸部沿いの要衝、港町、帝国軍駐屯地を結んでいる。

その道は底から順に大きな石の上にやや小さな石を載せ、そして粘土、砂利、石畳が敷き詰められている。両側には排水溝があり、周囲の湿地から水の浸食を受けないよう高架になっている部分もあったり、そうでなくても両側は城壁のように固められ盛り上げられていた。


「宿を取りに最寄の村に寄る時、スパーニアの兵士がうろついているかもしれないが、早計な真似はするな」

「わかっている。マリアさえ返してくれればいい。後はフランデアンとウルゴンヌの間にあった条約を引き継いで貰えれば支配者の名前が誰であっても関係ない」


マクシミリアン改めシャールミンは他国の為に自国の民を本気で戦争に巻き込みたいわけではない。交渉の為なら軍事力も使うつもりだが、フランデアンは守ることなら十分な戦力を持っていても、こちら側まで大軍を送り込むと万が一の場合退路がなくなって全軍壊滅しかねない。

仮に自分が王でも現時点でそこまで危険を侵す気は無かった。


「それでよい、帝国も街道周辺の治安さえ保ってくれれば支配者は誰でも良い。少々スパーニアは大きくなり過ぎて目障りになってきておるという話も聞くが、内実は随分内紛だらけで国家としてはあまり大した動員規模は持てそうにないな」

「強引に統一王国を作らせたり、ウルゴンヌを建国させたり、国境線を引いたりした帝国のせいじゃないのか?」


シャールミンはそう揶揄したが、マイヤーは黙殺する。


「昔の帝国宰相からここらの王国は対立しあっているから、帝国が援助して強力な王権を与えてまとめさせたと聞いた気がしておったんじゃがのう。ここらの動乱のせいで南の自由都市の繁栄も陰りが出てきてしまったそうではないか。北方圏と東方、そして帝国本土の経済圏を結び、大口需要があるアル・アシオン辺境伯領とも接している。これほど良い条件に恵まれた立地は他にないというのに」


シャールミンはやはり帝国の自業自得だろうに、と思ったが老人もよくわかっているようなのでそれ以上は言わなかった。


多少旅を共にしてきたうちにこの老人はかなり口も性格も悪いが、いちおうシャールミンに対して役に立つ忠告を何度かしてくれていた。

老人に慣れてきたシャールミンも、少しずつ評価を改め多少は耳を傾け始めていた。

そんなこんなで少しずつ二人の口数は増えてきた今日この頃なので、少しは旅も楽しくなってきていた。



◇◆◇



時は新帝国歴1412年7月の第一週日曜日。


「ちらほらと帝国兵が見え始めたな」

「他国が白の街道を軍事利用する事は禁止されているので近隣の駐屯地から紛争を監視する為、巡回に来たのじゃろう」


 白の街道は帝国軍と商業活動の為に存在しているので従属国の軍事利用は固く禁止され違反すると最悪現地司令官の独断で従属国に対する攻撃が開始される。

ウルゴンヌの辺りはだいぶ干拓がすすめられたが湿地帯が多いので、特に盛り土を高くしてあって城壁の上を進むかのようだった。

シャールミンは街道上の帝国兵を見て嘆く。


「だが、少ない。スパーニアを止めるにはあまりにも少ない」

「そりゃそうじゃ。いくら帝国正規軍でも大国を一個軍団では止められん。牽制に過ぎん。兵力からして帝国政府も今回の動乱をまだ大きく問題視してはおらんな。あとは嬢ちゃんの報告書にあった帝国軍の大移動が関係しておるのかもな。蛮族がまたアル・アシオン辺境伯領に攻勢をかけてきたんじゃろう」

「そんなものか」

「そんなものじゃ。毎年の恒例行事じゃからな」


雑談しながら街道を行く二人だったが、視界の端に黒煙が上がるのが見えた。

続いて衝撃波が来る。

ずんと体が震えて鼓膜が痛むほどに大きな衝撃だ。


「な、なんだ!?」


怯えた馬に振るい落とされそうになり、シャールミンは必死にそれを抑えつけた。馬をなだめ、それから下馬して老人に何か分からないかと尋ねた。


「・・・大爆発じゃな。南か。この煙の大きさ、見えてから振動の伝わる時間を考慮すると、もしやヴェッカーハーフェンか?」

「わかるのか?」

「まあ、な。火薬庫に落雷があった時にこういった爆発が起きた事件があった」

「だが、今落雷など無かったぞ?」


うむ・・・と頷き老人は深刻そうに黒煙を見ていた。

また爆発が発生し黒煙があちこちから登っている。


「失火か?だが、火薬庫はどの国も魔術師が厳重に封印している筈。普通の失火程度の火事に巻き込まれた所でそれを突破するのは無理だろう。誘爆して被害が拡大しているのか」


シャールミンは老人の何かしらの反応を期待したが、老人はぶつぶつとつぶやいてまったく聞いていない。


「おい!どうしたんだ。あんたらしくもない」


様子がおかしいので肩を揺すってやった。


「あ・・・、ああそう、そうじゃな。儂らしくないな」

「何があった、何か思い当たる事でもあるのか?」

「まあ、な。ああいう爆発をこの目で、近くで見たことがある。それに巻き込まれたことがな」

「いつ、どこでのことだ?」

「約80年前。故郷の島で」


それきり老人が語ろうとしないので、シャールミンは先を促した。

ためらいながらだが、老人も重い口を開いて語りだした。


「唯一信教の教会の地下に火薬庫が隠されていたのじゃ。いや地下墓地全体に、都市の地下のあちこちに」

「あの頭のおかしい連中か」

「ああ、そうじゃ。あの腐れ外道どもじゃ!」


割と感情的になることも多い老人だったが、いつもどこか冗談めかしていた。

だが、今はその表情からも冗談めいた所は一切なく完全に怒り狂っていた。

シャールミンもその剣幕に口を挟めず落ち着くのを待った。


「悪いのう。みっともないところを見せた」

「・・・ああ、あんたでもそういう所はあるんだな」


随分馬鹿にされたシャールミンはいつかやり込めてやりたいと思っていたが、あまり真剣なようなので次の機会にすることにした。


「うむ。わざと爆発を起こしたのか、神の怒りが炸裂したのか、儂は落雷があった所は見なかった。ただ現場から離れた所で爆発に巻き込まれただけじゃったからな。後の調査で落雷を見たと証言したものがいた、それだけじゃ」

「今回もそれだと?」

「いや、関係なかろう。あの連中は完全に壊滅してわずかでもあの異教を信じるものは全大陸から追放された。単に爆発の威力、残留物からして火薬庫の爆発じゃろうというだけじゃ。あれほどの爆発は大勢魔術師が集まって儀式魔術を行使しても引き起こせん。火薬を使った方が早い」

「そうか、それで爆発の被害は相当なものだったのか?」


やはり扱いを誤った事故なのだろうか、と考えながらさらにシャールミンは聞いた。


「ああ、20万人が住む街の2割ほどが一瞬で消滅し、残りも殆ど火事で焼失し、住民も大勢死んだ」

「それは酷いな・・・」

「中でも最悪の被害はその爆発の中心にいた筈の最後のエイラシルヴァ天爵が死亡されたことじゃ」

「ああ、そうか。そこで亡くなっていたのか。あまりこちらには伝わっていなかった」

「地上での権力はなく、帝国内の名誉称号じゃったからな。神術の最高権威であり強力な防御術式の使い手じゃった。後に事件の調査と弔問に来た女祭祀長はエイラシルヴァ天が最期の瞬間に結界を張った形跡があり、それがなければ儂も、市民20万も全滅していただろうと断言した」


新帝国歴1337年にエイラシルヴァ天は訪問先のツェレス島で爆殺されて古代帝国から続く家系は断絶した。


「エイラシルヴァ天とはそこまで強力な奇跡の使い手だったのか?」

「らしいな。儂は神術には詳しくないが。治癒の奇跡の使い手、聖女アリシア・アンドールも絶賛していた」

「アリシア・アンドール?」

「故郷の島の大神殿に勤めていた女神官。誰にでも分け隔てなく治癒を施していた。あの日も爆発事件の後に必死に人々を癒していた。唯一信教の教会と彼女が所属する大神殿は対立していたが関係なくあちらの信徒にも治療を施した」

「立派な方だったのだな」

「ああ、そして連中に裏切られた。発生直後はまだ火薬の大爆発と落雷とはすぐには結び付いていなかった。そして唯一信教に先手を取られた。爆発事件は唯一無二の絶対神ではなく旧来の・・・既に伝説の彼方にある地上を捨てた神々を奉ずる連中が、自分たちに取って代わられた事を妬み唯一信教を狙って引き起こした、と」

「それを人々は信じたのか?」

「旧来の神殿は大陸各地で強欲に税をかき集めたり、ふしだらな事件を引き起こすものが多く既得権益に溺れていた。唯一信教達は昔から清廉を気取っていたり、蛮族との闘いに積極的に参戦するものが多く信教への支持と旧来の神殿との支持は逆転し始めていたのじゃ。それでもエイラシルヴァ天が生きてさえいれば皇帝も帝国政府も唯一信教を重んじるなどという事は不可能じゃったろう」


老人は喋るのも辛そうにしていたが、もうこのまま最後まで教えたやろうとさらに話を続けた。


「帝国政府内、皇族間の対立やそれぞれの思惑もあって信教派がその時は勝利し大々的に公表された。そして民衆は暴徒と化し旧来の神殿を邪教と罵り制御不能になった。アリシア・アンドールも自ら助けた唯一信教の司教に捕まり群衆に投げ込まれ、乱暴されて、最後には八つ裂きになって、街の広場で杭に刺して晒し者となった後、燃やされた」

「その時、あんたは・・・?」


ためらいがちにシャールミンは聞いた。


「儂はまだ重傷で臥せっていた。あんなことになるのなら恰好つけずにアリシアにさっさと癒して貰っておれば良かったのう。そうしていたら彼女を連れて飛んで逃げる事も出来たのに・・・」


シャールミンが思っていたより歴史は悲惨なようだった。


「ふん、だがそれもよくある話に過ぎんかった。大陸全土で似たような騒ぎが起きた。魔女狩りの時代の到来じゃ」

「宗教戦争があったのは歴史で習ったが、教師たちはあまり詳しくは語ってくれなかった。自分で調べようにも資料も曖昧だったし。あまりにも馬鹿馬鹿しい話しか載ってなかった」

「じゃろうな。直接知っているものは皆恥じておる。宗教には二度と関わりたくない。あんな狂乱の時代は二度と御免じゃ。近年は紙の値段が随分下がったのでこれからの時代は資料が多く残るだろうがの。そのうち誰かが本に書き始めるじゃろう。そして馬鹿馬鹿しい話が実際に行われていたと知るじゃろう。いや、信じないかもな。あまりに馬鹿馬鹿しくて」

「それで、最後には唯一信教派が負けて蛮族の住む領域に追放されたわけか」

「誰が勝って、誰が負けたのかは儂でもよくわからん。旧来の神殿は特権を失い税収を失い、衰退した。関係ない市民も大勢魔女狩りで虐殺され、人々は信仰を捨てた。旧来の神に仕える神殿も唯一信教側もお互いの信者を捕えて正義がお前の神にあるなら守ってくれるだろう火炙りにしてあざけった。皇帝でさえわずか数年で3人も死んだ。一人は自身の親衛隊に暗殺されたが、他もどうせ誰かに暗殺されたんじゃろう」


最初に愛の女神の信徒達の不品行が攻撃され『おぞましい魔女』とされた。

魔力を持たない一般大衆は愛の女神の教えも忘れて神聖娼婦からただの売女と化した神官、信徒を攻撃する唯一信教の煽動に乗った。

攻撃はすぐに『魔女』だけでなく旧来の神殿全てが対象となったが、最初に行われた魔女狩り以来もはや男であっても女であっても関係なくすべて魔女と呼ばれていた。


「うんざり、だな」

「まったくじゃ」


フランデアンの王を目指すシャールミンにとっても王の議会で大臣達が自らの利権を求めて争えば善悪関係なくこの種の事件、権力争いは起きるだろうと予測はついた。帝国の場合の問題はその影響力からこれが大陸全土に波及してしまうことだ。


「唯一信教徒達はまだ蛮族の地で生きているだろう。いつか帝国に戻ってくるかもしれないな」

「その時は儂が地獄に送ってやる。もはや旧来の神々なんぞ信じてもおらん儂じゃが、地獄の女神だけは別じゃ。彼女はいる、間違いなくどこかで人間たちを見ている。信仰を巡って争いあう人間たちを嘲笑あざわらっている事じゃろう。魔女狩り発端の地である故郷の島を亡者の島に作り替えたのはあの女神じゃ。神々は神喰らいの獣に追われ地上を捨てたといわれるが、地獄の女神だけは必ずどこかで人間を見ている」

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2022/2/1
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