第13話 妖精王子-貴族たち③-
アスパシアの情報にマクシミリアン達はしばらく絶句した。
「捕虜4000人皆殺しとは・・・また思い切ったな」
「シュテファン王子に預けられたリッセント城の兵力は2000人くらいだし。捕虜を維持するのは難しかったんでしょうね。まあ、捕虜として認めてすらいない状況だったみたいだけど。それに公王陛下を殺された恨みもあったのかしら。シュテファンさまは12歳だし、指揮したのは王子のお守り役であるエムゼン男爵でしょう。グランマース伯自身は逃げ切ったみたい」
「と、なると当面の敵はボルティカーレ公になったわけか」
「面子にかけても引かないでしょうね。もともと動員をかけていたし、公王陛下が敗北したのも敵の銃兵が400もいたからだし」
「銃兵400か・・・、多いな。まだまだ知らない話が多そうだ」
「報告書は持って行っていいから道中読むといいわ。ちゃんと焼却してね」
アスパシアは報告書の紙束を渡してやった。
「魔導式100、火薬式300か。どこから入手したのやら。紛争当初から明らかにグランマース伯が準備できる戦力を超えているな」
どれどれ、とマイヤーも報告書を覗き込んだ。
「ふむ。火薬式の方は半数くらいがすぐに使い物にならなくなったようじゃが銃兵400の一斉射の衝撃は大きかったようじゃな」
マクシミリアンも王子としてフランデアンの軍事技術発展の遅れは認識しており、軍の装備には注意を払っていた。帝都に留学するまで銃についてはよく知らなかったが、三年間の留学生活で実際に発砲している訓練風景も何度か見学している。
自分達が四人がかりで苦戦した蛮族を帝国貴族の女性が一人で倒してしまった光景も目の当たりにした。しかし半数がすぐに故障してしまうのでは軍の正式装備にはしたくない。
「火薬式の銃はまだまだダメか」
「いや生産したのが東方職工会製だからじゃろう。西方ではここまで暴発率は高くない」
マイヤーは魔術師とはいえさすがに銃自体に関する知識は多少あったようだ。
「む・・・、東方職人の質が低いとでもいうのか」
「それもある、冶金技術では帝国本土の職人でも西方商工会製に一歩譲る。だが、問題は組織じゃな。東方職工会は親方毎に勝手に規格を変えてしまう。これでは機械製品の運用はできん。大量生産が必要な軍事利用には向かん。砲身も銃弾もばらばらでは軍で運用するのは不可能じゃ」
ぐぬぬ、とマクシミリアンは唸った。悔しいが東方の職工会のそういった問題は確かに感じていた。父もハンスもその点では困っていた。
しかしまだ銃弾や銃身を東方で実際にどう生産しているかまで自分の目で確かめてはいなかった。そのうちにとは考えていたが、それどころではなくなってしまったのだ。
「あらまあ。そんな欠陥があっても20名以上の魔導騎士を大した損害もなく殲滅できるなんて凄いわね」
アスパシアにはそのあたりはよくわからなかったが、結果としてスパーニアの貴族軍は圧勝した。
「殲滅か、慣例通り人質にして身代金要求は無かったのか」
「無かったわ。全員戦場で討ち取られた。射殺されたっていうべきかしら?」
「どうにもこうにも異常な出来事ばかりじゃな」
報告書を読む限り、グランマース伯とボルティカーレ公は共謀してウルゴンヌ公王を領内に引き込んだ。グランドリー男爵家の支配圏を焼き討ちしたり水源に毒をまいたりしつつも決してグランドリー男爵が市長を務めている都市までは攻め込まなかった。
ウルゴンヌ公国では公王が貴族たちの領地を召し上げ、それに反抗した貴族は攻め滅ぼされ、恭順を示した貴族には名誉称号として存続を許し、再度市長の任を当てたり、官僚として役職を与えたり封じ直した。
従順なものにはある程度元の領地を取り仕切ることを許し税収を納めさせている。
宮廷内の格付けはともかくとして、ほぼ直臣だらけになったこの国を荒らせば公王が出てくることはわかっていた筈だ。
「布陣を見ても明らかに最初から決戦の準備をしているのう。魔導騎士達の粘りがなければ公王は脱出できず本当に戦場で死んでいたじゃろう。グランマース伯が相手だと思っておっつけ刀で飛び出したところを、それ以上の戦力で待ち構えて退路を塞ぐ動きを見せておる」
魔導騎士達は時間は稼げても敵を倒すことは出来ず全滅してしまった。
魔導銃で鎧と盾の魔力を剥がされて通常火薬の銃弾や矢でも貫通出来るようになり、そうなればもうただの人だった。
「公王のもとに中央集権化を進めていたのが仇になったか。これだけの数の魔導騎士が一度に死んでしまうなんて・・・」
「異常じゃ、これはあまりにも異常じゃ。ちょっとやそっと魔術の素養がある程度の騎士ではない。ずいぶんと名のある家系の騎士達のようではないか。数百年、数千年と伝えてきた技術がこんなつまらん紛争で失われてしまうとは」
「40年前くらいの西方市民戦争じゃもっと大勢死んだんでしょ?もう時代が変わったってことなんじゃないの?」
衝撃を受けている男性たちと違ってアスパシアは軍人の生き死にについて冷めた物の見方をしている。
「むぅ。確かにのう。あれは軍民問わず何百万人と死んだ。辛うじて戦争に勝利したとはいえもはや西方では魔術師、魔導騎士達の再興はあり得まい。あれは内輪揉めが長く続く戦争の異常な狂気が生んだ虐殺劇かと思ったが、違うのか・・・?東方でも同じことが起こると、これからはそういう時代になるというのか・・・?」
老人は自問自答している。
「なにはともあれ、ウルゴンヌは仮に勝機があったとしてもボルティカーレ公まで倒すのは不味い。次はイルラータ公が出てきてしまう。そうなったらもう帝国の介入が間に合う前に滅ぼし尽くされているかもしれない。それにウルゴンヌ側からみた場合はともかく各国は自らスパーニアに侵略を開始しておいて王が戦死したからと泣き言をいった挙句、リッセントで捕虜を虐殺したと非難する方向にもっていかれるかもしれない」
小国のウルゴンヌの発言など無視されてしまうだろう。実際一部の新聞の論調もそういった方向に進んでいる。
「ええ、そうね。そういう見方をされるかもしれないわね。王妃を補佐して政府を運営している宰相閣下も同じ見解だったわ。勝てるとは思えないけど、勝機を見出す方向に動くのではなく当面持久戦でやり過ごして、外交に重きをおくみたい。王や主だった騎士達を殺されて復讐に逸っている親族を抑えこむ方が厄介かもね」
「ま、お主がいざとなればマリアさえ救出できればいいという考えならウルゴンヌの事は気にしても仕方なかろう。どうせフランデアンに嫁げば姫もこちらには介入できなくなるのだし」
アスパシアも仕事でやっているだけであるし、マイヤーもウルゴンヌ公国に縁があるわけでもなくその存続には興味無かった。
「そう・・・だな。明日の朝早くにスパーニアの王宮へ出発しよう。白の街道で一気に進めばさほど時間はかからないだろう」
「早く助けてあげてね」
「ん」
「嬢ちゃんも随分入れ込んどるな」
「長年、マックスが書く恋文の内容で相談されてましたからね」
アスパシアが宮廷時代を懐かしんで語り始めようとするのをマクシミリアンが慌てて遮った。
「なんじゃ、こっちの話の方が面白そうじゃったのに」
「別に面白くない。年頃の娘が喜びそうな事は何か、と相談してただけだ。それに宮廷の子供たち皆で考えてたんだ」
吟遊詩人の有名な詩を拝借したりして、皆で内容を考えているうちに集団心理で暴走し始めて随分内容が熱烈になってしまった。マリアからは感激した返信が届いたが、その頃には恥ずかしくて死にそうになっていた。
「そのうち往復書簡集として出版してあげるからね。最近その手の文学が人気なのよ?」
「絶対に断る」
あの手紙の束は王宮に戻ったら焼き捨てよう。
絶対そうする、とマクシミリアンは誓った。
「あら、駄目よ。私暗記してるもの。高値で出版社に売れるわ、きっと。・・・だからマリア様を救い出して上げて。絶対よ」
悲恋になるか、王道の騎士物語になるかはマクシミリアン次第、出来れば恋が成就した騎士道物語として売りたいからね、とアスパシアは微笑んだ。
「ぐぅ・・・。明日は朝が早いのでもう失礼する」
「なんじゃ、夜はこれからじゃぞ。儂は遊んでから帰る」
「勝手にしろ!」
マイヤーはこれからこそが本当の目的じゃと出て行った。
「マックス」
「何だ」
「宿の戻り方わかる?ここに泊っていってもいいのよ」
アスパシアは自分の寝台でぽんぽん、と布団を叩いてマクシミリアンを誘惑した。
「わかる!」
マクシミリアンは脳髄が痺れるような甘い感覚に襲われたが、それを振り切って出て行った。後にはアスパシアの笑い声が響いた。