第11話 妖精王子-貴族たち-
「なんだか複雑そうね。話聞かせて貰える?」
「それは構わないが、いつまでこんなところで大事な話をするつもりだ。落ち着かないぞ」
マクシミリアンは周囲を見渡した。
一段高いところでは大勢の女性を侍らせた男が仲間たちと共にどっと笑っていてすこし騒がしい。
「遮音結界を張っているから気にせんでも平気じゃぞ。そこの嬢ちゃんも屈折魔術を使っているようだし」
「あら、さすが」
アスパシアは読唇術を警戒して口元に光を曲げる幻覚系の魔術を行使していた。
幻覚系の魔術は相手の精神に働きかけるものとアスパシアが隠し持つ魔術装具のように周囲の空間に働きかけるものがある。
マイヤーが遮音の魔術を行使していなければ外は相当騒がしいに違いない。
「かえって目立つんじゃないのか?」
「訳ありの客や貴族も多いから大丈夫よ。似たようなことしてる客は他にもいるわ。ほら、あそこ。帝国の元皇族だった一族の現当主であるギルバート様とか」
アスパシアはカードで賭け事をして盛り上がっている別の一段をあごで指した。
きっちりした服を着た中年の紳士といった風体だが、遊び慣れているようだ。
負けてもムキにならず鷹揚としている。
こういう所にはイカサマに魔術を使われないように雇いの魔術師がいる。
科学技術が発達し、市民階級が財力を持ち始めた世の中では魔術に頼る場面が減ったが、偽装に関わる魔術はいまだ世の中でかなり需要がある。
「なんでそんな方がこんな所におるんじゃ」
マクシミリアンは老人は本当は知っているような気がしたが、彼はアスパシアに経緯を聞いていた。
「選帝の際にいいとこまでいったみたいなんだけど、盛大に争って負けたものだから危険視した皇帝が領地を没収して地方の監視役みたいな役職につけて追い出したの。ヴェッカーハーフェンに私邸を与えられ閉じ込められた一族みたいね。今の当主はもうすっかり元の領地とも切り離されてるから力もなく、年金で好き放題しててここにもよく遊びにやってくるの」
元皇族だったというのにこんな小国で庶民と遊んでいるとはマクシミリアンには意外だった。幽閉といっても定期的に市長に顔を見せて本人確認すればそれで良いのだとか、それで近場のオルヴァンに遊びに来ているというわけだ。
「遊ぶならヴェッカーハーフェンや周辺の自由都市の方が面白いんではないのかのう」
「あっちじゃ帝国市民や帝国政府が派遣した官僚もいるし、目立ちたくないんじゃないかしらね。それに運河が開通した南方のヴェッターハーンの方が景気いいけど遠いし。近場であまり人目につかずに悪い遊びもできるところといったらここみたいね」
「ここには他にどんな客が来るんじゃ?」
「帝国商人とかもよく来るわね。私みたいな元貴族の女を庶民が金で買えるし」
アスパシアは貴族同士の火遊びで生まれた娘で生まれも育ちも完全に貴族で王宮で暮らしていたという事で田舎貴族よりも教養もあり高値がついているそうだ。
もちろん正確に何処の家の娘とは公表できないので適当にでっち上げた貴族の家を名乗っているが。
マクシミリアンはそんな不憫な女性が多い事を哀れに思い、アスパシアに尋ねた。
「お前みたいな女がそんなに多いのか?」
「ええ、例えばあの騒がしくて品のない一団いるじゃない?あそこの中央にいる太目の男に腰を強引に抱き寄せられている綺麗な黒髪の女性」
アスパシアは二階席の方へ視線を向けた。
マクシミリアンも釣られて見る。
「ああ、あれか」
「彼女、スパーニアの元貴族よ」
「何っ、何で敵国の貴族がここにいる!?」
「元、ね。オルトー、アロッカ、ペルリフェールの三州を領するボルティカーレ公の徴税官を務めていたオダール男爵の娘で家令が税金を持ち逃げしたせいで男爵は公爵に処刑されて領地は没収。娘は奴隷として売り飛ばされてここに流れて来たわけ」
毎年、新しい貴族が誕生し、どこかで取り潰される家も出てくるので元貴族はあちらこちらにいる。
つまらない理由で取り潰しては他の家臣がやられる前にやってやると連帯を組んで君主に反抗しかねないが、納めるべき税をくすねた処罰では誰もオダール男爵に味方はしなかった。
「なんと、哀れな・・・」
「哀れなのは、ここからね。いま彼女を抱いているのがその当の家令だもの。どこから噂を聞きつけてきたのか商人として成功していたあの男はここにやってきて彼女を頻繁に買っているわ」
「酷いな。そんな事が許されるのか・・・」
敵対的な国の貴族と聞いて驚いたが、マクシミリアンも彼女に同情し義憤にかられた。
「仕方ないわね。他国の事で証拠もないし別に逮捕する理由もないもの」
いまのウルゴンヌには訪れる商人ができるだけ多い方がよく、国としてはどうでもいい問題で裁きようも無かった。
「ぬう・・・」
「そんなことより、そのボルティカーレ公の配下にグランマース伯がいるわ。ウルゴンヌ公国成立時に領土の大半を失ってオルトー伯と立場が入れ替わった伯爵よ」
「そいつがどうかしたのか・・・?」
マクシミリアンは訝しがる。
「あら、あんまりアルトゥールから詳しい話は聞けてなかったみたいね。今回の紛争はグランマース伯が起こしたのよ。グランマース伯爵家は失地を回復したいから、ウルゴンヌ公国側についていた血縁のグランドリー男爵家と今までに何度も問題を起こしていて今回もそう。それでグランドリー男爵が公王に出陣を願って今に至るのよ」
「伯爵風情が公王を敗死させた挙句、遺体まで持ち去ってややもすれば帝国に敵対的行動と睨まれかれない、こうも大きな紛争にするもんなのかのう」
「現在の伯爵は女伯爵で、婿をイルラータ家から迎えているのよ。ひょっとしたらもう乗っ取られて婿が当主になっているのかもしれないけど」
「それは不味い!」
マクシミリアンは血相を変えた。後ろにさらに大物が控えていたのだ。
「何が不味いんじゃ?儂はここらの貴族に詳しくない。教えて貰えるか?」
「ああ・・・そうだな。じゃあ・・・」
といって話そうとしたマクシミリアンだったが、聞いた本人、マイヤーがそれを遮った。
「そろそろ周辺のマナが薄くなって術が行使できなくなる。魔石からひねり出すのも限界じゃ。場所を移動しよう」
「じゃあ、渡したいものもあるし私の部屋へいらっしゃい」