この時代の争いは天候不順により飢饉の影響もでかい、まずは自分たちの荘園(惣村)を守れるようにせねば
今年も、旱魃が来るかもしれない。
俺が今、一番気にしているのはそのことだった。
「今年も雨が少なければ、近隣との水争いは避けられないだろうな」
そう言うと、向かいに座る男が眉をひそめた。
俺の従兄弟、太郎。
後の大道寺重時である。
「だが、幕府に裁定を求めたところで、まともな裁定が下るとは思えん」
「ああ。俺もそう思う」
室町幕府は京都にある。
だが、京都に将軍がいるからといって、地方の村同士の争いまで面倒を見てくれるわけではない。
守護は守護で自分の領国を守るのに必死。
管領たちも家督や権力を巡って争っている。
そんな連中が、水争いのために腰を上げるとは思えなかった。
「水は少なくなればなるほど、人を争わせるからな」
太郎が言う。
「ああ。田畑があっても、水がなければ米は育たん」
「そして米がなければ、人が死ぬ」
俺は頷いた。
実際、そうなったばかりだ。
長禄・寛正の飢饉。
長禄三年(一四五九年)には西日本を中心に旱魃が起こった一方、京都では台風によって賀茂川が氾濫した。
翌年の不作に加え、寛正二年(一四六一年)には蝗害まで発生。
田畑を捨てた農民たちは流民となり、食べ物を求めて京都へ流れ込んだ。
だが、都にも余裕はなかった。
正月の京都には数万人もの乞食がいたとされ、その年の最初の二か月だけで八万二千人もの餓死者が出たともいう。
道端に死体が転がり、鴨川の河原にも死体が積み重なる。
片付ける者すらいない。
やがて衛生状態まで悪化し、疫病が広がる。
――社会そのものが、崩れていった。
そして、その背景には長く続く気候の乱れがあった。
宝徳四年、享徳元年(一四五二年)には、南太平洋のクワエで大規模な噴火が起こった。
大量の噴煙によって日射が弱まり、その後、北半球では気温が低下。
冷夏や旱魃が各地で続いた。
日本も、その影響から逃れられなかった。
もちろん、飢饉になった理由を気候だけで説明することはできない。
政治の混乱もある。
流通の問題もある。
そして――幕府そのものの機能不全もあった。
将軍・足利義政は、長禄三年に烏丸殿から父・義教が住んでいた花の御所へ移り、親政の拠点とするため改築を進めていた。
義政には義政なりの政治的な考えがあったのだろう。
祖父・足利義満が鹿苑寺や花の御所を築いて将軍の権威を示したように、自分もまた権威を示そうとしたのかもしれない。
だが、民が飢えている時に、それが最優先だったのか。
疑問は残る。
日野富子との間に生まれた男子が早世すると、富子は今参局の呪詛を疑い、彼女を琵琶湖の沖ノ島へ流した。
伊勢貞親の権勢も強まった。
管領たちも家督争いに追われる。
後花園天皇が義政を諫める詩を送るほど、京都の惨状は酷かった。
それでも、中央が大きく変わることはなかった。
「……だから、村は自分たちで守るしかない」
俺がそう言うと、太郎が顔を上げた。
「村を、か」
「ああ」
俺は外へ目を向けた。
この村では、家々が一か所に集まっている。
周囲には堀まである。
昔は、田畑の間に屋敷が点々と建つ散居形態が珍しくなかった。
だが、今は違う。
一軒ずつ離れていれば、盗賊や武装した者に襲われた時に守りきれない。
だから人は集まった。
皆で村を守るために。
水を管理するために。
争いを自分たちで収めるために。
そうして、この時代には惣村が増えていった。
そして、その村の中から武士になる者も現れる。
守護や国人と主従関係を結び、軍役を担う。
――地侍だ。
後に後北条氏の御由緒六家に数えられる者たちの中にも、そうした出自を持つ者がいる。
多目権兵衛。
荒木兵庫頭。
山中才四郎。
荒川又次郎。
在竹兵衛尉。
つまり、村の有力者は単なる農民ではない。
この土地を守る戦力にもなり得る。
俺は地図を広げた。
「武力で勝つなら、人数は多い方がいい」
「それは、そうだな」
太郎が頷く。
「だが、それだけではない」
俺は上流の村を指した。
「まず、ここだ」
「上流か」
「ああ。ここを敵に回すな」
「水を止められるからか」
「そうだ。水を止められれば、戦う前に負ける」
太郎が地図を見つめる。
「だが、向こうがこちらに水を分けてくれるとは限らんぞ」
「だから、旱魃が起きてから話をするんじゃない」
俺は太郎を見る。
「今のうちに話をつける」
「今のうちに?」
「ああ。困ってから頼めば、相手にも余裕がない。こちらも同じだ。なら、まだ余裕のある時に関係を作っておく」
俺は別の村を指した。
「普段から仲のいい村には、できる範囲で恩を売る。いざという時に助けを頼めるようにな」
次に、対立している村へ指を動かす。
「敵対する村があっても、村全体を敵にする必要はない。こちらと話のできる者を作っておく」
「内側から切り崩すわけか」
「必要ならな」
さらに別の場所を指す。
「中立の領主がいるなら、こちらに有利な裁定をしてもらえるよう、普段から関係を作る」
太郎が苦笑する。
「戦う前に、味方を増やしておくわけか」
「その方が死人は少なくて済む」
「なるほど」
俺は地図の水路に指を置いた。
「そして一番大事なのが、水だ」
太郎の顔つきが変わる。
「今年、雨が少なければ必ず揉める。ならば、揉めてから考えるのでは遅い」
「では、まず水路を調べるか」
「ああ」
俺は頷いた。
「どこから水が来て、どの村がどれだけ使っているのかを把握する。上流の村とも話をする」
「条件を出すのか?」
「そうだ」
「米では足りんかもしれんな」
「だから、米だけで考えない」
俺は地図を畳んだ。
「こちらに余裕のあるものを使う。互いに必要なものを融通できる関係を作っておけば、水争いそのものを避けられるかもしれん」
「……戦の準備というより、戦を起こさないための準備だな」
「ああ。その方がいい」
俺の言葉を聞いて、太郎が頷いた。
「分かった。まずは水路から調べよう」
「頼む」
俺も頷く。
もちろん、俺の話を聞いてくれるのは、俺がこの荘の荘官だからという理由もある。
だが、それだけではない。
彼らにも守るべきものがある。
田畑。
家族。
この村で暮らすという生活そのものだ。
だからこそ、自分たちの食料も、水も、安全も、自分たちで確保するしかない。
中央を当てにしているだけでは、生き残れない。
ならば――。
俺たち自身で、生き残れる仕組みを作る。
本当なら、こんな世の中にはなってほしくない。
だが、ここはそういう時代だ。
ならば、せめて。
俺のいるこの荘だけは、飢えさせない。
「明日から水路を調べるぞ」
俺は立ち上がった。
「今年の水を、今のうちに確保する」




