A.D.4020.選択できない生
二千年後の未来でも輝く太陽、光は美しい。
バルコニーから入る強い光を受けた、セブンスの瞳と長い髪はさらに輝き、着ている服は透き通り、水の精霊ウンディーネの様相を見せる。
その姿に昨晩の情事を思い出し、醜悪な老人の顔になったシルバ。すぐに、自分でそれに気づき、顔つきを“父親のような”偽りの穏やかなものに変える。
「ご覧セブンス。この素晴らしい自然と、それから人間が受ける感性の豊かさを。これらは暖かい、寒いなど、動物並みの反応しかない者には必要無いものだ。テクノロジーの進化が止まり限られた星しか所有できない人類には、資源と文化を守り、高い感性でその素晴らしさを感じる、我々のような、高貴な者の導きが必要不可欠なのだ。それは神から与えられた才能と責任。だからこそ我々貴族は、最高の物に囲まれている必要があるのだ」
シルバの言葉に微笑み、優雅に寄り添うセブンス。
バルコニーを歩いている途中で、二、三度、目を瞬かせて左目を押さえた。
そして急にその場に座り込む。
「どうしたのだ!?」
慌てたシルバは警護の者を呼び、それからセブンスに近づいた。
左目を押さえて、痛がっているセブンス。
その姿に誘われたシルバは、乱暴にスカートに手を入れて、白く柔らかな脚を撫で始めた。
「お父様、光が……私の未来を導く光が見えました」
太股まで手を伸ばし、その感触を楽しむシルバが、セブンスの予想出来ない言葉に首を傾げる。
「故障か? 今日の夜は私主催のパーティがある。それまでに修復せねば……寿命は短くなるが多少の無理も仕方がないな。エイトはロールアウトが近いし”アレ”も製造を開始した。頑張ってくれよセブンス」
醜悪な老人の顔でセブンスに触れ続けるシルバ、その時セブンスが口を開いた。
「気持ちが悪い」
シルバは空いている手で、セブンスの顔を引き寄せる。
「もうすぐ技術者が来る、もう少し待ちなさ……」
シルバの言葉が終わらないうちに、セブンスが再び口を開いた。
「気持ち悪いその手を離せ……クソ爺!」
セブンスの言葉に、言葉を詰まらせるシルバ。
「お、おまえは、今なんて言ったのだ?」
セブンスが顔をあげた。その左目の奥に光が宿る、輝く小さな星。
「クソ爺、汚い手をどけろ!」
スラスラと出てくる下品な言葉、比喩にビックリして固まるシルバ。
「おまえ、そんな言葉をどこで覚えたのだ!?」
「う~ん」
人差し指を頬に付けて考えていたセブンス。
「なんか急に浮かんだ……ところで!」
まだスカートに手を入れている、シルバを見て溜息をつく。
ガツン、セブンスの肘鉄が、シルバの頭にヒット。
「一回言ったら、ちゃんと聞け……ぶつよ!」
セブンスのマジ顔に、白い太ももから手を離して、後退るシルバ。
「……ぶった……お母様にも、ぶたれた事無いのに……」
バッチン、今度は平手で、思い切りシルバの頬を叩く。
「……今はちゃんと、おまえの言う事聞いただろ? 何にもしてなかったぞ!」
パーン、セブンスが微笑み、また平手でシルバを叩いた。
「その、言い方が気持ち悪いの」
「暴走したかセブンス」
主人を攻撃するなどマインドコントロールが外れて、暴走しているとしか考えられない。身の危険を感じて小さな叫び声を上げ、後退るシルバ、すぐに背中がバルコニーの柵にあたる。
その先は十数メートル下の広大な庭。
「おまえ急にどうした? まるで人格が入れ替わったようだ……父親を主を忘れたのか?」
セブンスは、シルバの先に輝く海を見ていた。その瞳に不思議な輝きが映る。
「……さっき、私にお願いする人がいた。願いは左目にビジョンとして浮かんだ。でも私は言った“私は人形、何も自由にならない。あなたのお願いは聞けない”そしたらね、その人が大笑いした。私の左目が……私の脳が揺れる程に笑った。そして、左目に宿った人は教えてくれた、自由になれる方法を……」
異常な行動を見て、恐怖がわき出るシルバに顔を近づけるセブンス。
「自由に生きる? そんなの無理……生まれる事だって選べないのに“自由に死になさい。死にざまは自分で選べるから”とね」
セブンスは怯えるシルバの前で、膝を抱えてしゃがみ込む。
「私はあなたに造られた。そして人形だから、あなたの玩具でいるのが、あたりまえだと思っていた。でも違うみたい。だから行くね“自分の死に方を見つけに”」
「この不良品め! 許さんぞ。おまえに辱めを与えてやる!」
「あら、面白そう、どうぞやって見せて。ただ、私は膨大なお金が掛かっている……そんな風に言ってなかった?」
シルバをバルコニーに置いたまま、窓から部屋に入り、奥の部屋に進む。
クローゼットを開けて着替えを始めるセブンス。
「着せ替え人形だったおかげで、服だけ沢山ある……でも、初めてね。自分で選ぶのは……迷っちゃうな」
鏡に写った、自分の姿を見つめるセブンス。
レースがついた白いエプロン。フレアスカートと、ピンタックの入ったブラウス。白いあみあみのストッキング。紅い大きなリボン。完全なるメイド姿。
「初めて選んだからちょっと変かな……でも、服を選ぶのは楽しい~~、あっ!逃げる事も忘れないようにしなきゃ」
衣装棚から、動きやすい、白い皮のトラッキングシューズを出し、手にはやはり白い皮の手袋をチョイス。
黒い小型の銃を腰のポケットに入れ、最後に濃いブラウンのサングラスを、胸に差し込む。
バルコニーに戻ったセブンス、座り込んでいるシルバに別れを告げる。
「もう行くね。下の倉庫のマシン借りていい?」
その時、後ろに気配があった。
回り込んだガードマシンが、ブラスタガンをセブンスの後頭部へと照準を合わせていた。
ガードは戦闘用に造られたドール。今、セブンスが対峙しているのは二人。
名前はなくシルバにはA、Bと呼称されている。
ガードAの赤いレーザーサイトが、セブンスの銀色に輝く、長い髪を照らす。
(ブラスタ)エネルギーを高熱源体に変換する装置。
レーザーのように、高熱の光の弾を、撃ち出したり、空気を暖めて飛行するなど、汎用性が高い。スパイク(剣や斧など物理的な武器)に付加して、切れ味を上げるなどの、使い方もある。ブラスタガンは、高エネルギーの光弾を打ち出す。エネルギーカートリッジがあれば無限に光弾を打ちだせ、その威力も自由に調整可能。
今、ガードAのブラスタガンの出力メモリは最大。当たればセブンスの頭は蒸発する。
「動くなよ……」
セブンスの仕様を知っているガードには、華奢な外見への油断は完全に消えている。
「さあ、ガンを渡せ! 下から滑らせて、こちらへ放て!」
その言葉に、セブンスはゆっくりと振り返る、
しかし止まらずに、ガードAの方に近づき始める。
セブンスの額に、レーザーサイトが赤い点を写す。
「おまえ……死にたいのか……止まれ!」
微笑みながら、ガードAに近づくセブンス。
危険度を考え、射殺が妥当と判断したガードAが、引き金を絞り始めた。
「馬鹿者! いったいセブンスに、幾ら金が、かかっていると思う!?」
自分の主人である、シルバの制止の言葉。
彼らガードも、マインドコントロールが施されている。
重要なコントロール”主人の命令に服従”それが一瞬だけ、ガードAの動きを止めた。
ガードの優れた戦闘視力を持っても、見えなかった程の緩急をつけ、セブンスの右足が、ショートに素早く、ガードAの首筋に放たれた。
衝撃で後ろに下がるガードAとの間を詰めて、そのブラスタガンを手刀で、弾き飛ばし、ガードAが体勢を整える前に、右の襟を掴み、袖を左手で取る。右足でガードAの軸足を刈り、そのまま前に投げ込む。ガードAの身体は放物線を描き、そのまま頭から、大理石の床に叩きつけられた。白い大理石の床が赤く染まる。
セブンスの高い戦闘力を見たシルバが、驚いている。
「おまえの運動能力、反射神経が、戦闘用のドールを越えるのは解る。だが実戦は別だ。今の動きはどこで覚えたのだ? 戦った事など一度も無いのに……」
セブンスはガードの持っていた、ブラスタガンを拾いシルバに振り向いた。
「私の左目に宿る人、その人が教えてくれる……いや感じるの。その経験と知識をね」
自分の左目を指差すセブンス、その先には微かに光る、小さな星が写っていた。
「良く解った。おまえの優秀さ。そして魅力。おまえの左目の奥に宿った、微かな輝き……その不思議さが人を魅了する。もう、十分だろう? やりたい事が出来たと言ったが、私の力でそれを叶えてやろう」
セブンスは静かに、シルバに近づいていく。
「私のやりたい事……」
「そうだ、おまえのやりたい事だ。なんでも叶えてやるぞ。エイトの開発を止めろと言うのなら、それも叶えよう」
背中に二丁のブラスタガンをしまい、シルバの横まで歩いてきたセブンス。
バルコニーの手摺りに飛び乗り膝を抱える。
その瞳は青く輝く海、いやその先を見つめる。
「私のやりたい事は“恋する事”」
「なんだと!?」
シルバが驚く。
「恋をして、死に方が決まったら、遙か遠く旅に出るの……瞳に宿る人の願いを叶える為に」
セブンスが指す左目の星。
その言葉を聞いて、手が震え始めるシルバ。
「ゆ、ゆるさん! 恋だと……それだけは絶対に許さん!」
「なにを……そんなに怒っているの?」
セブンスが不思議そうに、シルバを見た。
「愛する娘がどこぞの、馬の骨と愛し合う? その為に旅に出る?」
シルバが立ち上がった。
「絶対に許さん! おまえは銀河一のドールなのだ! 私の物なのだ!」
シルバが自分の左手、金の豪華な腕時計のダイヤルに触れた。
「おまえが、他の男と愛し合うなら……どこかへ行ってしまうなら……」
近くで振動が起こった。何かが、高速で近づいてくる。
「おまえを壊してしまおう……そして私の横で、ずっと暮らすのだ、その美しい微笑みを見せながら……首だけでな!」
セブンスの耳には微かな高出力モーターが出す、高周波が聞こえる。
「これは、戦闘歩兵のモーター音!」




