A.D.2040.マイ神様
「さてと。良い気候の中で大事な……でもないか。でも会議の遅刻の理由はなにかな? 七海」
実験室のセキュリティを右手の静脈、指紋、音声、網膜の同時スキャンで解除した沙耶が七海をチラリと見た。
「う~~ん、そうね、朝はわりと早く起きたんだよね。その後、映画を見ていて……なんでかな? てか、ここで未成年に言ってもいい事?」
はぁ、呆れ気味の沙耶。まるで小学生を見るよう。
「たんなる寝坊ではないなら……会議を忘れていたとか、打ち合わせ内容がつまんないからとか、ぽんぽん痛くなったからとか……理由をつけたら? 一応、大人なんだから七海は」
沙耶は十二歳で大学、大学院を飛び級で卒業。博士号を持つコンピューター世界の天才で教授様。しかも妖精のように可愛いその姿で、性格はクールな十六歳、ついでに七海の上司。
「沙耶、その両手を胸の上で組んでる姿、物言い、まるで不良の娘に母親が言うような感じだねぇ。この研究所のアイドルに目をかけて頂くなんて幸せだよ」
蒼い色に透き通る、人形のような瞳を沙耶は七海に向ける。
「アタシ、世の中の大人は全部馬鹿だと思っていたの……そして大人にはなりたくないと思った。でもね、七海を見て、ちょっと考えが変わったんだ」
「私を見て考えが変わった? ふ~ん、どんな風に?」
「平安の時代に日本の地を払い清めた陰陽師の末裔。神代家の一人娘で鬼才の物理学者。その理論はまさに鬼神の如く大胆で斬新。皆があっと驚く。まあ、驚き放しで、誰も感心しないのは問題なんだけど」
クク、思わず笑った七海に、真面目な顔で話を続ける沙耶。
「真っ直ぐな銀色の腰まである、さらりと流れる髪。この上なく整った目鼻立ちと、完璧な表情は少し冷たさを感じさせる程。長いまつげがふわりと左右に立ち、桜色の唇をわずかに完璧すぎる冷たさを緩めている。2040年の現在は混血化と再生医療が進み、髪の毛や瞳の色などは、かつての日本人とはかけ離れた。でも七海の場合は純血の日本人であり、陰陽師の末裔。神代家の特殊な血がその神秘的な姿を成している。数百年も尊敬され恐れられた知識と力。それをハッキリと示すその姿。細身だけど理想的な胸と腰のライン。大きくてルビーのような紅の瞳」
それじゃ、と、七海も言わせてもらった。
「アキバのアイドルも凌ぐ可愛さを持ち、この研究所でトップの研究成果を挙げる美少女。蒼の瞳と赤みの強いブラウンの髪。アニメのヒロインのような、完璧な女の子に言われても少し霞む話だなね」
「アタシが完璧?」
沙耶が自分を指さしてから、大きく首を振る。
「アタシは……そんな人間ではないから」
世間的には大人。会社では上司としても優秀。だが七海だけに時々見せる、壊れそうな沙耶の少女。そんな危うさも含めて、沙耶が好きだった。
「沙耶、あなたは優秀すぎる、人に隙を見せない。劣等感が満帆な一般庶民が特別視する。その視線を受けて、ますます無理に周りの期待に応えようとしているよね」
いきなり、心の中を当てられ、ハッとすいる沙耶。その表情は驚きと寂しさが見えた。だから続けた。
「そうそう、そんな表情。あなたが優秀で大人の振りをしても、会社の偉い人間は喜ぶけど。あいつら、ドMだからね。でもさ少女時代の魅力は不安定な所なの。感情も不安定でいいの。そうね、恋をしなさい沙耶。そして友達もつくる、馬鹿もやる。普通の十六歳の娘のように」
「私は七海が……その、一番の、友達だと思っている……迷惑?」
普段はほとんど見ない、沙耶の自信無さそうな顔。その少女らしい不安定さにキュンとして抱きしめたくなる。
「私と友達? うーん、どっちかというと、沙耶は“マブダチ”だと思っているけど?」
「鬼才の物理学者がそんな言葉使いを……マブダチですって? 大人でしょう七海”さん”」
「十三歳も下の子に言葉使いを直されるか……これも私が若い証拠だな」
整然とクライアント端末が並ぶ、この巨大な真っ白なフロア。
広大な施設に入れるのは、限られた人間だけ。
世界最高峰のスーパーサーバー”スサノウ”が設置されている部屋。
「ところで七海“助教授”アタシに内緒で、何をしている? また趣味に走ってるじゃない?」
いきなり核心をつく言葉に、ギクリとしてつくり笑いをした七海。
当然、そんな怪しげな態度を見逃してくれるわけもなく……。
腕組みをする小さな妖精の沙耶に、一応言い訳してみた。
「え~と、それはね、今回のプロジェクトで使用する、素粒子の仮説検証をプログラムにしているの……っていうのはどうかな?」
「へぇえ、そうなの。なら、スサノオの運用PMプロジェクトマネージャーにも報告済みだよね? 一分の使用料、一万ドル、非ノイマン型高密度ブレイドサーバの”スサノウ”を昼夜連続運転だからね」
イタズラを見つけられた子供のように、ヘヘ、と頭をかいた後、七海は両手を合わせて沙耶にお願いした。
「お願い! 見逃して! ちょっと面白そうな計算式を思いついたの」
七海の必死さに、興味がわいてきたような沙耶。
「七海が面白いと言うならなら、アタシも興味が沸く」
世界でもトップクラスのコンピューターのSEシステムエンジニアである沙耶。沙耶の設計したスーパーコンピューターであるスサノオは、色々な計画に使われる。
しかし、七海の考える、スサノオを使用する理由は沙耶でも驚くものが多かった。
「前回は、M・B・Eマイクロ・ブラックホール・エンジンの設計書だったわね。学会では、古典的なSFファン以外には、いまいち受けてなかったけど」
七海の顔が急に表情を消してまじめになり、学会で論文を読み上げる学者ように説明を始めた。
「M・B・Eは現代の科学で想像される“最高のエネルギー変換効率”のエンジン。中心にある超小型ブラックホールへ燃料を投下すると、ブラックホールへの落下時に60%、吸収時に40%が代謝され、合計100%の効率でエネルギーに変換される。M・B・Eのパラメータは質量・電荷・角運動量の3つで、角運動量が一定を超えると、事象の地平が開いて四次元が現れるとか、特異点が現れて宇宙がえらい事になるとの説がある」
そこまで一気に説明を終えた七海の表情が、普段のものに戻る。
「まあ、スタートレックなんかに出てくるから、SFファンにはお馴染みのものだけどね」
いたずらっ子の笑顔が戻った七海見て、フ~っとため息をつく沙耶。
「いつも、それくらい真面目な雰囲気なら、簡単に教授になれるのに。アタシだって、少しは我慢して状況や場所に合わせて、顔つきとか話し方とか変えているのに。七海は興味が有る事以外は、どうでもいいみたいだね」
「うん? そうかな。いつも真剣に“ワタクシ、マイニチがんばっています!”……あれ?」
あまりにわざとらしい言葉に、首を振りそれはないと主張する沙耶。
「で? 今度は何に興味がお有りで? 時空に穴でも開けますか?」
「うん、それもやるけど、最終目標は“神様”かなあ」
七海の壮大なお気楽計画。途中まで頷いた沙耶。
「時空に穴を開ける、ふ~ん、それで最終目標は神様と……ええ!? 神様だと?」
途中でとんでもない計画に驚く沙耶、またお気楽に答える七海。
「うん、そうだよ。神様に興味があるの」
神様を持ち出されて、沙耶はちょっと慌て手気味。
「えーーと、七海の実家って、有名な陰陽師なのよね。まあ、神様を信じるのは良いことだと思うけど、研究所で、宗教の勧誘は如何なものかと……」
沙耶の目に窓の外から映り込む夕日と、それを浴びて黄金の色に染まる七海。
「本当に黙っていれば、凄く神秘的で、人間離れした魅力あるよ……七海。年端のいかない女の私でもクラクラしそう」
生まれが知る人ぞ知る、名門の神社であり、その巫女でもある、その血は七海に独特な容姿を与えていた。整った目鼻立ちと、完璧な表情は少し冷たさを感じさせる程。大きくてルビーのような紅の瞳を沙耶に向けた。沙耶の戸惑いと呟きは聞こえているのか、いないのか、七海が続ける話に沙耶は、ますます混乱する事になる。
「マイ神様を造ろうかと、思うんだけど」
「マイって……自分専用の事? しかも造る? 神様を?」
「うんうん、私専用の神様を造って、願いを叶えてもらうの」
いつも、自分勝手な課題で、勝手に鬼才ぶりを発揮する七海だったが、今度の研究は沙耶の予想を斜めに外れたようだ。しばらく感想を考えていた沙耶が口を開く。
「パーソナルな、神様ですか。しかも自作の………組み立てパソコンなみだ……本気?」
沙耶が慌てるのが可愛くて、少しの時間、放置していた七海が口を開く。
「実現の理論は、そんなに難しくはないの。成長予想シミュレーション、育成プログラム。そして、コドクプログラム」
「コドク?」
耳慣れない単語に沙耶が聞き返す。
「そう、私の家の書庫に残された平安時代から続く陰陽師の知識。本に書いてあった“コドク”を現在のプログラムで書いて、大きなハコの中でかき混ぜる」
「そのコドクというのは解らないけど、神様の種を培養して、ハコ、つまりサーバーのプログラムで育てて、本物にするって事かな?」
沙耶が分かりやすくまとめたところで、七海は結論を述べた。
「そう、そんな感じ。より良い種を選び抜いて、極限まで進化、成長させ、最後にコドクプログラムで、殻を破らせる」
「より良い種? 神様の種とは何なの? ポップコーンのトウモロコシの粒とか? もしくは綿菓子の砂糖かな?」
「そうねえ、破裂させる種は、完全に乾いた枯れたものがいいかな。全ての技術が行き詰まり黄昏を向かえた世紀末。これ以上進化出来ない“枯れた世界と人”それが神様の種になるかも」
なんとなく七海が言うと、リアル感があり、本当に実現しそうで、ちょっと怖くなるときがあると沙耶思うことがあった。宗教と科学の融合、神秘と科学を一人の人間が表現しているからだと。
「七海の外見の美しさと、能楽を思わせる優美な仕草、そしてマッドな脳。小さい時に、実家の巫女として修行した七海には科学と神秘が詰まっているのね」
「お? 私の研究に、ちょっと興味が出てきた?」
七海の言葉に首を振る沙耶。
「いえいえ、その実験にはまったく興味はないわ。七海自身には、益々興味が増大したけど」
「あら、それは残念。私はは今レンタル中だから、キャンセル待ちね沙耶」
「あの巨大恐竜の身体と頭脳を持つ、アンドリューサルクスと本当に一緒に住み始めるとはね。物好きというか、想像できないというか、組み合わせがおかしすぎるわ」
「哲士の事かしら? そんな事はない。私は草食系より肉食系が好きだよ。ライオンや虎なんかすごくいい……感じちゃうわ」
ため息ついて、また首を左右に振る沙耶。
「まあ、男と女の間は誰にも解らないらしいけど、そんなセンスも七海の魅了なのね」
「肉食獣との生活は刺激的なもの。いつ襲われるか解らないし。捕まったら食べられちゃう。ディスプレイの前でもベッドの中でもね!」
七海の言葉で、顔が赤くなる沙耶。
「馬鹿! まだ七海は十六歳なのよ、そんな例え解らない!」
慌てる沙耶の姿をニヤニヤ楽しむ。その様子にますます顔を赤くした、天才美少女がまじめに怒った。
「七海嫌い!……それで? あなたのマイ神様が完成したらどうするの? 大体いつ完成する予定なの?」
「う~ん……たぶん二千年後ぐらいかなあ」
「二千年!?」
額に手を当てて、今日一番のあきれ顔を披露する沙耶。
「二千年後、七海は年は幾つ? 長生きしないといけないよ。それもうんと、うんと、う~~んとね!」
沙耶の言葉に、まったく動じてない七海。
「マイ神様はこの次元では全知全能。全次元、全時間、全方向に力が及ぶ。だから二千年後に完成しても、2040年の私の願いを聞いてくれるわけ」
「そうなの……じゃあ、七海は二千年もかけて、造った神様に何を願うの?」
あっ!と初めて驚いた顔した七海。
「そういえば、願い事は、考えていなかった……ハハ」
大笑いを始めた七海を見て、完全にお手上げの沙耶だった。




