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セブンスドール  作者: こうえつ
二千年を繋ぐ物語
36/74

A.D.2040.目覚め

アーサー・C・クラークの三法則

「高名だが年配の科学者が可能であると言った場合、その主張はほぼ間違いない。また不可能であると言った場合には、その主張はまず間違っている」

セブンスの時代から遠き2,000年前。世界は夢を追い科学を信じていた。


ズンズン……なんか、遠くから、大きな騒音が近づいてくる……21世紀も半ば、でも今でも、人の推測はうまくあたらない。

「まじぃ……もう起きた!?」

 推測より早い出現に、大型ディスプレイで映画を見ていた女は、そわそわし始める。

 耳を澄まし、一分程、その後の進展に注意を促すが、静かなままだった……

「良かった」と思った瞬間。

「おいー! 七海、俺はとっても腹減ったぞ!」

 やっぱり騒音の出所は哲士……こんな朝早くに目覚めるなんて……七海はため息をつく。

「ふみゅ~~もう起きたの?」

 おかしな声が七海の口から漏れる。一人の大事な時間が確実に消滅。そんな事にはお構い無い彼氏。

「こんな朝早くから、何をしている? なんだ何を見てる?」

 緑色の低いソファーに足を投げ出したまま、騒音の源は見ないように、七海は壁に貼られた200インチの、超薄型3D有機液晶ディスプレイの映像を見続ける。


「なぁなぁ、何を見てるんだよ?」……七海が答えるまで質問を止める気配がない。

「朝からうっさい! 今いいところ! ちょっとは静かにしやがれ!」

 七海が怒り交じりで答えているのに、机の上の湿気った昨日の夜に開けたチップスを摘み、ジャリジャリ音を立てはじめる哲士。そしてここに来る前に冷蔵庫から調達した、数本缶ビールの一つをプッシュと開けて呟く。

「なんか、つまみが欲しいなぁ~~腹減ったなぁ」

 二階にいる人を呼ぶような、大きな声で要望伝えながら、ゴクゴクとビールを缶のまま飲みだした。

「もぉおおおお~~もう、なんで、なんで? もう少しだけでいいから、静かに出来ない? 哲士はまだ寝てていいの!……てか、寝ろ!」

 ついに飲み食い騒音と「腹減った。つまみ」に堪え切れなくなり振り返る七海、その髪は真っ直ぐで銀色の腰まである、よく整った目鼻立ちとは、良く周りに冷たさを感じさせる程。大きくてルビーのような紅の瞳、その姿は日本人とはかけ離れたものだが、それは七海の生まれの影響が大きい。


「ところで七海、おまえも飲む?」

 七海の怒りなど、気にもしていない哲士が、ビールを投げる。

 オッと、片手でキャッチして、栓を開ける七海。

「早朝から飲むビールはうまい。大原庄助さんの気持ちが解る!」

 チラ見する七海。

「誰よ、それ?」

 ただ、ビールを飲んでいるだけなのに、なんか仰々しき哲士。

「昔の偉人だ。オレも尊敬しているのだ」

 チラ見し、ジロ見に変更した七海。

「偉人じゃない! 朝から酒飲んで、温泉に入るダメな人の代名詞じゃ!」

 一缶を一気に飲みきった哲士が、めんどくさそうに呟く。

「知っているなら聞くなよ。朝から酒、温泉、最高だ。後は、つまみが欲しいところだ」

「それは私への当てつけ? こうなったら絶対に、この映画見るまで何も作らない!」

 七海はディスプレイに視線を戻し、あぐらをかいて座り、この場を動く気は無い事を身体で示す。

 その様子にガッカリした哲士。

「そいつは残念だな。うん? そういえば」

「何? 他になんかあるの?」

「まだ、風呂入ってない」

「本気で大原庄助さんになる気!?……はあ、そうですか。じゃあバスルームへGOで! また後でお逢いましょう」

 哲士に手を振り、雑音を集中力で消し去り、映画の音声に集中する。

 9.1チャンネルサラウンドの音を消し去る哲士の雑音はある意味凄い。

 チップスを食い終え、ビーフジャーキーをオープン。クチャクチャと、食べだした哲士は、思いだしたように聞いた。


「ところで七海、なに見てるの?」

「……」

 七海は思った。ちょっと哲士は放っておこうっと。


 仕事前に早起きして、大好きなSF映画を見て、現実世界から遠ざかっていたのに、予想を遥かに超える時間に起きた彼。半分くらい飲んだビールを、横のローテーブルに置きながら、ため息をついてリモコンの一時停止のボタンを押す七海。

「映画の内容がさっぱりわからない。埒が明きそうもないな」

 仕方なく今度はちゃんと彼に振り向く。

 既に五本目の缶ビールを飲み干した、哲士が嬉しそうに七海の顔を見る。

「お、ついに映画に飽きたか? オレと遊ぼうぜ」


 哲士は身長190センチ、100キロの巨体で、総合格闘技の選手のような、獰猛な身体をしている。その強靱な身体は彼の仕事柄、必要らしい。太い首にはゴツイが愛嬌のある顔が七海を見つめている。

「映画。SF映画。これでいい!?」

 短い七海の言葉に、意味が分からない彼、いや元々映画鑑賞の妨害がメインなのかも。

「映画だって!? そんなのつまらないんだろ?」

 七海の言葉には「あんたが邪魔なの」意を込めた……が……まったくその意を酌まずに、気持ちが入ってない相槌をうつ哲士。

「ふ~~ん。SF映画ねぇ」


 七海は残ったビールを飲みながら、たぶん”しても意味”がない説明をした。

「今から二千年後に、文明と科学技術が限界まで発達する。そして人間が新しい人間を造り出す。その顔やスタイル、身体能力までを理想的に、美術品みたいに造れる話」

「理想の人間ねえ。エッチとかも理想的なのか」

 七海を見る哲士の視線……なんか映画鑑賞が無理矢理、終わらせられそうな予感、エッチ関係は触れないで、TVの方を向こうとする。彼のこと大好きだけど、こんな早朝からは……男は朝から元気らしいけど、女はムードとかも必要なのだ、と七海は心の中で思った。


「ふ~ん、それで、面白いの? 映画」


気持ちの入ってない、どうでも良い同じ内容の質問。

 やっぱり説明しても意味がなかった。哲士は工業系大学出身、最先端の技術を用いた仕事をしているのに、未来の科学とかまったく興味がない、実戦タイプの技術者。現場ではチーフで現場を指揮する立場だから、徹底した現実主義なのかもしれない。


ディスプレイに振り返るのを止めて哲士を見た七海。


「あなたには興味が無いと思う。この映画はSFと言っても、スペースオペラのたぐいでね。貴族とか煌びやかなロマンチック系は、哲士はダメでしょう?」

 そこまでは話してから、七海はビールを飲み干した。

「こんな大作が出たらゆっくり一人で見たいの。SF大好きだから」

「ふ~~ん、なるほど、なるほど」

 やはりどうでも良さそうな哲士に、つい無駄な発言をしてしまう七海。


「充分進んだ科学は魔法と見分けがつかない!」

 格言めいた言葉に少し興味が出た哲士。

「なんかカッコいいな。それは誰の言葉?」

「アーサー・C・クラークの三法則」

 著名人の有名な言葉だが哲士はSFに激しく興味がない

「それ誰? 三法則ってなに?」

 まるで子供のように何? 何故? と繰り返す哲士に降参気味の七海。

「高名なSF作家の言葉よ、大昔のね。その人が言っている3つの法則があるの。その一つが、あんまり未来の事を考えるとSFも、剣と魔法のファンタジー世界と変わらない、そんな意味」

「そうか~~。全然、意味が分からんな」

 ため息をついてから言葉を返す。

「そうね、例えば江戸時代の人から、この時代2030年を見ると、空飛ぶ船、リニアモーターの高速鉄道、核融合、あなたの仕事、数千メートルの海底から発掘される、凍ったメタンを掘り出して燃料に使う。その全てが、まるで魔法のように見えるでしょう」


「ふむふむ」

 自分も最新科学に並べられ、少し感心したそぶりを示した哲士。それをチラリと見て再び思う、本当に子供みたい……と。

 でもその辺も、七海が彼を好きなポイント、行動は単純明快で嘘はない。浮気もすぐに分かっちゃう。

「それで?」

 どうやら、話の続きを待っている気配の彼に思う。

「もうおまえは話には出てこないぞ哲士……それでね、どちらかというと、科学の進歩を賛歌したものではなくて、未来のお話を書いた時に、あまり進みすぎると、何でもアリアリになっちゃうので“科学的な検証なんて、いらないんじゃない?”みたいな皮肉が混ざった意味なの」

 七海の説明に哲士は首をひねる。

「未来は、何でもアリアリでいいだろう?」

 哲士の意見に頷いてから考えを述べる七海。

「まあそうだけど、例えば、今の物理学だと光の速度なんか越えられない。だから一番近い銀河へ宇宙人を捜しに行くなんて、おとぎ話なわけ。だから銀河の覇権を掛けて、宇宙艦隊同士が激突する、そんな事は起こらない、科学的にはね。でもそれじゃ面白くないから、色んな技術が考案される。ワープ、反物質、ブラックホールエンジン等々……でもリアルでは”有り得ない”で片付けられる」

 ちょっと長い話にちょっと納得がいかない彼。

「でもさ、絶対無いとは言えないだろう? 千年先、二千年先とかさ。この千年で人間はえらく文明を進化させた」


文明の進化か。

 たしかに人は死ななくなり、人間は増えつづけている。でも、それは科学の進化によるもので、人自身の本質は変わってないと最先端の場で作業をする七海は思っていた。

「科学では100%どころか、数%も世界の事象を説明できない事は、かなり前に、科学によって証明されているから、完全にないとは言えないけどね」

 完全否定の七海が少し折れたことに、ニンマリした彼は自分の欲望を唱える。


「オレはな、宇宙人とか会ってみたいし、宇宙艦隊とか指揮してみたい」

 ホントに子供みたい、でもそこが哲士のいいところでもある。そう、純粋で嘘はつけない、だから七海もありのままでいられる。

「残念だけど、それはないわ」

 再びサックリと否定された七海に彼が承認を求めてくる。

「なんでさ? 宇宙艦隊って格好いいじゃん!」

 カッコいいか。哲士らしいので笑顔になる。

「ふふ、あなたらしいね。銀河をワープで飛び越え、宇宙艦隊や巨大ロボットで戦う。夢がありそうだけど、そんな科学があったら、人間は戦争する必要もない、その超科学で幸せにな暮らす。だから現実にはそんな事は起こらないはず」


「夢が無いなぁ~~そんなもんか? 確かにそんな科学なら、まさに魔法のようにエネルギー問題も解決されているだろう」

 うん、うんと頷いた七海。

「ブラックホールエンジン、例えば木星を米粒くらいに圧縮して、質量崩壊を起こさせる。そのエネルギーは最近実用化しようとしている核融合の数十の二乗倍の効率で、人類がその種の寿命を全うするまで、エネルギーの不足なんて無い世界を提供してくれるはずね」

「そうかあ、そうしたらガス田堀りのオレも失業かあ」

 哲士が少し寂しそうな顔をした。

「なにその顔。ふぅ、深海でガス田の掘削、あんな危険な仕事が好きなのあなたぐらいだから……それにそんな事にはならないって。なんでも有り、ファンタジーの世界は残念ながら来ないのよ。たぶん」

「たぶんって、なんだ出来るのか?」


哲士の「どうしても宇宙艦隊を指揮したい!」の志を受けて七海は答える。


「人の心が、科学が今後どうなっていくかと重要な繋がりを持つと思うの。科学者の私がオカルト的な技術を研究するのは、未来が豊かな生活を幸せを生むのか疑問だから。ハイテクが全ての人の願いを叶え、不幸を消し去れるかは分からないから。エネルギーと食糧問題、病気や寿命をクリアした後に待っているのは何なのか……人間が持つ好奇心と欲求には際限がない。科学で出来ない事には神秘世界、オカルトでさえ混入したいと思っている」

 黙った哲士から視線、七海の顔をジッと見ていた。

「何見ているのよ人の顔をジロジロと。ちょっと話が長かった?」

 首を振り真面目な視線を七海に送る哲士。

「科学と神秘世界の融合って、おまえみたいだなと思ってさ」


「フフ、そうかもね」

 七海の生家はちっと変わっていて、神秘世界を生業としていた。そして本人は、その流れを受けながらも科学を生業としている。子供の頃から見てきている神社の神秘世界は、確かに有ると感じているし、自分の用いる科学は未来へ続く確かなものだと確信している。二つの境目を外して、双方のタブーを無くし研究を進めれば、光の速度を超える宇宙船どころか、神でさえ作り出す事が出来るかもしれない。

 でも人には領分がある、今、七海が考えている計画も、実行される事はない。なぜなら彼女は強欲ではないと自分で思っているから。好きな仕事が出来て、なにより好きな人と他愛のない会話を早朝から出来ている。光の速度を越えたり、神をつくる必要はない。


「哲士、私の言いたい事は、古くても流行らなくても、あんたが興味がなくても、SFが好きなんだから、じゃましないで……という事なので、お風呂でも入ってらっしゃい」

 彼に退去命令を出しTVの方を振り返る。

「じゃあねバイバイ……うっ」

 哲士が七海を後ろから抱きしめた。ジタバタと抵抗。朝からムードもへったくれも。あったもんじゃない。哲士の大きな手が、七海のあごを押えて、強引に、自分の方に向けさせる。文句アリアリな七海の唇は、彼に強引奪われて、持っていたリモコンも取り上げられた。


「さっきこの映画で理想的な人間を作る話をしていたな。オレの理想は、ここにいる、科学で造れるはずもない。七海おまえの事だよ」


哲士の言葉に、七海の抵抗は終わってしまった。

七海もこの子供と野獣が同居する男に惚れている、科学ではとても説明できない彼との恋。

哲士の太い腕に抱かれ、七海の心と身体に愛しさが充満していく。

 哲士に逢うまではこんな事は無かった。自分が女だと意識する事も、自分の意志がこんなにも簡単に曲がっちゃう事も。

「いつも……こうなっちゃう……ね。今までの自分がメチャクチャ。自分の時間もこんな感じで浸食されてしまって腹が立つ……はずなの嫌じゃ無い……の」

 寝かされた七海が見上げる哲士がいつもの言葉を口にする。

「俺はいつも七海と一緒にいたい。その唇、その身体に触れていたい」

 七海は目を閉じて、全身の力を抜いて、また……哲士のものになった。



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