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セブンスドール  作者: こうえつ
死に方を見つける為に
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A.D.4020.一握りの愉悦

「セブンス……ここにおいで」

 大きなバルコニーで、初老の老人が優美な姿を見せる少女に静かに伝えた。


A.D.4020。

 銀河帝国ミネルバの上級貴族で伯爵であり最高の科学者、セブンスの父親であり、優れた“人形使い(ドールマスター)”として高い権力を持っているシルバの指示に少女は動き始めた、その優美さをを微塵も崩さずに。


 優雅な動きで静かにシルバの前に立ったセブンスは、シルバの前で膝を落す。

 背の高いハイヒールを履いたままでは、並んだ時にシルバの背丈を越える、見下ろすのは父であり、支配者のシルバでなければならない。


自分の理想どおりの動きに納得したシルバは、セブンスの手を取る。


「立ちなさい……セブンス」

「はい、お父様」


立ち上がる姿も完璧。


 真っ直ぐで銀色の腰まであるさらりと流れる長い髪、この上なく整った目鼻立ちと、完璧な表情は冷たさを感じさせる程、大きくてルビーのような紅の瞳。長いまつげがふわりと左右に立ち、紅色の唇をわずかに緩めている。細身だが、理想的な胸と腰のライン、完璧な美がそこに立っていた。

 優勢遺伝子のみで造られたセブンスには、小さな星が買える程の、開発費が掛かっていた。


「セブンス、おまえはフィフス、シックスには無かった、人を引きつける不思議な魅力を湛えている。まさに私の最高傑作だ」

 その言葉に、微笑むセブンス。目の奥に光は感じられない。自分の意思も。


華奢な身体を抱き寄せるシルバ。

素晴らしい感触と香り。

セブンスの首筋にキスをするシルバに、身を委ねるセブンス。


 しばらく銀河最高の美しさと身体を堪能した後、残念そうにセブンスから、シルバは自分の身体と欲望を引き離す。


「おまえに見せたい物があるのだ」


すでに三百歳を越したシルバだがその姿は、再生医療により五十歳程に見える。

 セブンスの小さな細い手を取り、バルコニーの大きな窓から館の奥のセキュリティが特に厳しい部屋に進む。

「さあ、これだよ」

 大きな透明な水槽の前に立つ二人。

「覗いてごらん……世界を変えるものが入っている」

 シルバの言葉に従いセブンスは水槽に顔を近づけた。

 ……気泡が弾ける音がする。


 暗き水槽の中に”その者”は揺らめいていた。


 美しい髪が水中を漂う。小柄だが均整のとれた身体、幼いがセブンスに似た顔。

「美しいだろう? ”エイト”だ。おまえの妹」

  表情を崩さず、エイトを見ているセブンス。

「フッ、こんな時はマインドコントロールは外したいものだな、実に味気ない。エイトが完成したら、人類は最強の鉾を持つ事になる」

 無表情なセブンスの手をとり、無理やり自分の胸に引き寄せるシルバ。

「おまえは私の慰みものとして、パーティの花として、精々綺麗に咲いておくれ。戦いはフィフスとエイトに任せてな」


シルバがセブンスの青い光を放つドレスの背に手をかけジッパーを降ろす。

 身につけているもの、全ては外され、豪華なベッドに横になり完璧な微笑みを湛えたまま、シルバを受け入れるセブンス。その瞳が一瞬だけ光を得たのを、セブンスの身体に夢中なシルバは気づかなかった。

そして、セブンスの心が涙を流していた事も。


 数時間後に館の奥の研究室から戻った二人。


 バルコニーには戻らず、ダイニングで長大な机を前に座る。今は初夏の少し汗ばむ季節、窓から少し冷えた風が入ってくる。


風は計算された、心地よい海の香と適度な、湿り具合を持っていた。


 セブンスは大きなダイニングテーブルに、シルバと向かえ合わせに座って、朝食を取っている。

 昨日の夜は長い時間、そして今朝も、シルバの傍らにいる必要が有り、セブンスをだいぶ弱らせていた。


優れない顔色を見て、シルバが怪訝そうな顔をする。


「体調でも悪いのか。いけないな、後で調律をさせよう」


ドールを最高の状態に保つ為に行われる整備作業。

脳や身体の神経に直接、機器を差し込み、強力なクスリを投与する。

調律はドールに完璧な美しさを与え、同時に精神と肉体的に激しい苦痛を与える。銀河最高の容姿を持つセブンスは最も調律が厳しい。


人に造られたドールは高価な人形。

痛みも、悲しみも、喜びも全て否定されている。

所有者には絶対的な“服従”

人を越える存在だからこそ、“人形”でなくてはならなかった。


「はい、食後のお父様と、庭の散策が終わりましたら、診てもらいます」

「ふむ。それがいいな」


カーテンを揺らす心地よい風の中で、行われる贅沢な食事。

彩る贅沢な飾りと家具、身につけた高価な装飾品。

その一つも、セブンスに自由になるものはない。


今飲んでいる紅茶も、シルバが選んだ物。

セブンスは優雅にそれを飲み、ただ微笑むだけ。味も香りも感じられない。

カーテンを揺らす海風、自由に受ける事はドールである彼女には出来なかった。


食事が終わり、海風が入ってくる窓の先、白いバルコニーに向かうシルバ。


「天候はやはり人工のコントロールだけでは味気がない。この絶妙なさじ加減は、プログラムだけで実現は無理だろうな」

 高い太陽を頭上に感じて、目を細めるシルバ。

「だが、私のように神に選ばれた者ならばそれが出来る。この星の気象AIは我ながら良い出来だ」


 自己自賛のシルバの横に並ぶセブンスに、バルコニーの上から瞳に広大な庭が見える。


高い塀に囲まれた広大な、シルバの屋敷と研究所。


セブンスがなにげなく視線を上げた先に、光の乱反射が見えた。

先に蒼く輝くのは海。

この国ミネルバは一握りの貴族が全てを持っている。

住む場所も食事も仕事も、特権階級である貴族が、全て決める権利を持つ。

光と風と海の香を得て暮らすのは、一握りの貴族の中でも少数だけ。


 一般市民は地下に造られた巨大なコロニーに住み、合成食料を食べ、環境保護の名目で地上に自由に出る事すら許されていない

 十億人が住むこの星を千人の貴族が統べ、地上で自然に囲まれながら、最高の贅沢の生活をしている。シルバのような、高い身分の者にとって、一般の者は地上を這う蟻であり必要のない者。


労働力と戦争の駒となってくれる、ただそれだけの存在だった。


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