A.D.4020.創生記念日
家の大型ディスプレイを点けた、銀河の人々が驚いていた。
今日は銀河を治める、ミネルバ帝国の創世記念日。
帝国の首都星、絶対の王であるエール十四世が住む惑星ルウツから、恒星間通信で銀河中に、お言葉が発せられる……筈だった。
中規模の植民地星。
そこに住む、七歳の男の子は、母親から言われ、大型ディスプレイを点灯させた。
ミネルバ帝国に住む人々はいつも監視されている、このディスプレイにも当然、監視システムは入っている。帝国の創世記念日の、王の言葉を聞かない、そんな事が当然許される事はない。本当にささやかな、貧しいけど家族が一緒に居られる、そんな喜びさえ奪われかねない。
「お願い早く、王様の放送を点けて!」
朝の食事の支度が遅れ、放送時間が迫った母親が、居間の薄汚れた人工布の長椅子に寝ている父親ではなく、七歳の子供に叱るように、強い口調で放送を映すように頼んだのは、監視と罰からの焦りだった。
いつもは大きな声を出す事が無い母親の、急を告げる声に驚きながらも、男の子はチャンネルを切り替え、ギリギリ、ミネルバ帝国創世記念日の放送開始に間に合った。
一安心した母親が男の子に向かい安堵の声を出す。
「間に合ったみたい。よかった……え、ええ!?」
壁のディスプレイを見た母親は言葉が止まった。
いつもなら、厳格で整然とした王宮からの放送。
しかし今日は、一人の女の真っ赤な唇のアップから始まったからだ。
「はい~みなさん~~元気してた? わたしは今とっても幸せ愉快で、興奮状態してま~す!」
褐色の肌の女、母親から見ても、色気が滲み出る服装とスタイル。大きな胸はVカットのワンピースからはみ出しそうで、短い丈からムッチリと伸びた脚は、目のやり場に困った。母親のただならぬ雰囲気で起きた父親と、男の子は目を点にして画面を見ている。ささやかな家族を含む、銀河の人々、300億人が見守る前で、妖艶な女の言葉は続く。ハイテンションで。
「じゃあ~~そろそろ時間みたいだからさあ~~創世記念日の放送を始めちゃうわ。え? なんで、そんなテンションなんだって? そりゃ、こんな古くさくて、忠誠心を示す為に、嫌々見る放送の司会なんて、やりたくないからねぇ。仕方ないから流行のドラックをきめて……あ、ウソウソ、少しだけだよ。まあ、人間なら致死量の200倍くらいだけどねぇ。そうそう、この死にそうで生きてる感じがクールでしょ、感覚的でしょ」
女を撮っているカメラが引かれ、女が居る部屋の様子を映し出すと、銀河帝国ミネルバの首都星ルウツ、その王の部屋が映っていた。
「安心したか~~な? もし創世記念日の放送見ないで、お色気番組見てたら、刑務所行き! アハハ、でも、これで一安心だね。大丈夫、この番組は帝国がお送りする創世記念日すよ! しかも、今日のは特別編だ~~! クク、ついにこの銀河が完全に統一されるのだ~~! だ・か・ら・反乱軍のいい子達はヨックヨック見てね~~!」
銀河の人々が、ポカーンと口を開けたまま超ハイテンションな艶っぽい女を見ていた。視線を感じるのか、気をよくした女は何かを思い出したようだ。
「あ、そういえばわたしの紹介してなかったかな~~? みなさん、初めまして! あ、反乱軍の人と、軍関係者の方は、おひさしぶり~! おい! ここで、カメラ! わたしをアップだよ!」
褐色の肌に、吸い込まれるような妖艶なボディを誇らしげに見せた女は、金色の瞳で誘うような視線を銀河中へ送る。
「わたしはミネルバ特務反乱軍、鎮圧部隊隊長、五人目で最高にクールなドール、フィフスだ……よろしくな」
あいつ……大丈夫か?
限られた空間といえ、数万光年離れた銀河で二人の男が同時に呟いた。
一人は国王、もう一人は遠くから放送を見ているクロム。
今、居る場所も立場も大きく違うが、一つの類似点は、偉そうな物言いと態度だった。
一人は、目の前で行われている騒がしい女の暴走にため息をついていた。
「フィフスの、あのような立ち振る舞いは、初めて見るな」
赤い絨毯が敷き詰められた階段の先、この部屋で一番高い場所に悠然と座る男が、一段低い位置に立つ初老の男に呟く。
「今日は特別な日ですので……エール王」
王と呼ばれた男は、今は稀少となった昆虫が出す糸で作られた、シルクという布地に、消滅した地球の金属、黄金で飾り立てられた服を着て、頭上にはさらに大量の金と、四方に輝きを放つ巨大な鉱物、地球産の宝石を幾つも鏤めた王冠を頂く。
「特別な日……本当に今日、全ての争いが終わるなら、少しくらい茶番もいいだろうが……」
ミネルバの王、エール十四世の疑惑のある言葉に、初老の男が答える。
「その通りです。本日で全ての争いごとは無くなります、反乱軍はその力を全て失うでしょう」
白き衣と黄金と宝石に身を包んだ、銀河の王は自分の長く伸びた顎髭を触りながら、感情込めずに頷いた。
「ふむ。銀河一のドールマスタ、シルバ卿が言うなら本当だろ」
目の前で暴走気味の娘、フィフスを見ながら、セブンスの生みの親でもあるシルバが玉座のエール王を見上げた。
「そのお言葉、痛み入ります」
一度納得したエール王だが、感じている疑惑を晴らそうと再度試みる。
「反乱軍を一掃する方法について、全てはそちに任せたが……反乱軍といえ、宇宙艦隊八千隻、兵士二百万、ヘルダイバも新型をメインに二千機……今日一日で一掃できるとは。そちの良策を少しは聞かせてもらいたいものだな」
「ふふ」
笑みを浮かべたシルバに、王が尋ねる。
「何がおかしいのじゃ?」
「300億の民の上、2万光年の空間を治める、人類の頂点である、エール王が不安を感じるとは」
「それは可笑しい事なのか?」
「いえ、それが王の器。資質でありましょう。ほんの小さな傷が巨人を死に追いやる。ただ……」
「ただ、なんだ?」
「一興を楽しむのも王の器かと。寸劇は既に始まりました。そのストーリーを今、語るのはいささか無粋かと」
王の器を問われたエール王は、頷くしか無かった。
「……確かにそちの言う通りかもな。舞台を楽しもう。だがシルバ、おまえの演出が良くなかった場合は……分かっておるな」
シルバは慇懃に右手を引き、頭を下げた。
「その時は、わたくしの首をお取りください。王の軍隊は宇宙艦隊二十万、兵士は五千万、ヘルダイバ二万機。そして……」
恫喝し、恭順を示したシルバ。
その姿にエール王は、不安を減らし。自慢の髭に手をやった。
「ふん、分かっておる。シルバ卿。そちの作ったドールズが居ると言いたいのだろ?」
再び、慇懃に頭を下げたシルバが顔を歪めながら答える。
「はい、微力なれど、王のために娘達は戦っております」
王宮の奥まった場所にある玉座の側に控えるシルバは、王には聞こえない声で呟く。
「二人の男……一人は銀河の王」
全盛期には五千億を越えていた人類は、シロアリのように銀河の星系の資源を食いつぶし続け、ついには食らうものが無くなり、300億まで減少した。無限の未来を無くした今、君臨するする王の意味は、大きなものではないのかもしれない。滅びを見守る役として寸劇の端役を与えられた男。
「滅びを迎える人類の劇には、必要な役者の一人。もう一人は二千年の物語を繋ぐ……クロム。おまえはこの放送を見てるか。クク」
誰にも聞こえない声で発した、シルバの独り言、王が気づくが直ぐに真っ赤な唇が、疑問の言葉を覆い隠す。
「さてみなさん、ジャンプの理論ってご存じかしら? 自身の速度が早ければ、目的地に着く時間は短くて済む。つまり早い乗り物は、同じ時間でより遠くへ行けるわけ。でもね、宇宙船はそうはいかないの。速度が速ければ速いほど、宇宙船の内部時間が遅くなり、実世界との宇宙船の時間の差が広がり、逆に実用性が無くなる……ちょっと難しいかぁ」
一枚の白い紙を取り出したフィフス。それは一片20cmの厚みのあるもの。
紙を銀河に見立てて、胸の前に広げる。
「つまりね光速を超えなくても、宇宙船はこの銀河から脱出出来る」
紙の右端から、左端へと右手を滑らせる。
「宇宙船の中では時間ゆっくり流れるから、搭乗した者は数十年くらいに感じるわけ……でもね、実世界では20万年以上が経ち、宇宙船を送り出した事の意味さえなくなるわけね。忘れてしまう、人類も滅亡している可能性が高いわけ」
厚めの白い紙を両手で持ち直したフィフスが軽く力を込めた。
「だからね、折ることにしたの。こうやって……えい!」
紙を小さく折りたたみ始めたフィフス。
20cmの正方形の紙が四回折られ、5cmの紙になった。
「空間を折りたたみ距離を縮める。人類は数万光年移動出来るようになった。それがジャンプ(恒星間飛行)現在の宇宙船は、ジャンプ中でも光の速度より全然遅い速度で飛んでるの。それは宇宙船と外の時間との差を減らす為。誰でも、帰ってきたら知り合いがみんな死んでたら嫌でしょ? だからより遠くへ行くためには、この紙をさらに小さく、もっと多く折らなければならなくなったわけ。でも、空間を折る回数も限界があったわけ」
四回折った紙を、さらに折ろうとして、分厚くなり弾力と堅さを持った紙を折れなくなる。
「見ての通り、こんな紙でも折る度に固くなり、次に折る為のエネルギーは膨大になっちゃうのよね」
折るの止めて、小さくなった紙を右手でカメラに写すフィフス。
「これが限界だったわけ。人類に折れた空間はこれで終わり……でもね」
右手で力を込めたフィフス手の中で、今度は簡単に紙は折られた。
「わたし達、ドールズは次を折れる。銀河中の資源の浪費を、発展と称して行い、五千億人まで増えたけど、次の空間を折れなかったあなた達人間は黄昏を迎えたのーーだ・か・ら・! この世界は、私たちドールが継いであげる事にした」
フィフスの「ドールが人類の跡継ぎ」という言葉を聞いて、銀河の国王であるエール14世が玉座を立った。
カメラが国王を写し、この日初めて、言葉を口にするエール14世。
「人類は自らを高見へと移す事になる。人間を越えるドールへと人を移行する」
王の言葉はかつて5000億を越えた、黄昏を迎えた生き残り、300億の民に大きな驚きと動揺を与えた。それまで優れた身体能力、計算能力を持っていても「物」としてしか見ていなかったドールへ人類を移行するする? 王は続けた。
「ドールを大量生産し、公平にソウル(魂)を移していく。痛みは無い。眠りにつき目覚めたら、人間を遙かに越える力を手にしている。古くなったら身体は交換すれば良い。これから死ぬ者はいなくなり、激減していた人類はまた黄金期を迎えられるのだ!」
国王の力強く自信に溢れる断言、それを聞いた300億の民は歓声をあげた。
完全に行き止まり、全ての資源が枯渇し、技術は退化し、心まで疲労した西暦4000年、その解決を見たと皆が思った。
民の歓声に右手を天に捧げ答える国王、誰にも聞こえないように呟く。
「公平にか……フフ、王族と貴族だけが対象だがな。人類が急速に人口を減らしたのは、資源の枯渇が一番の問題なのだ。永遠の王国を築く為には、300億でも多すぎる。だが、あまり少ない個体では種族を維持できない。ドールの永遠の身体を手に入れれば、それも解決する。一万人の高貴な優れた人類だけで、エターナルキングダム(永遠の王国)を創造する……それまでは平民にはドールの生産、ソウルの移行を高い意欲で奉仕してもらわないと困るからな……クク」
カメラのランプが青に変わった。
王の言葉が終わった後、銀河帝国の歴史などを放送する予定だった。
エール十四世は玉座に座り、一心地つく。
「無知な者どもへの言葉をかけるのも大変じゃな」
王の言葉にシルバは、玉座を見上げた。
「無知な者どもですか?」
シルバの問いが意外なのものだったので、自慢の顎髭を触りながら笑みが溢れる王。
「フフ、人類の中で生き延びて良いのは、ほんの一握りであろう? 今更、その事を聞くかシルバ。ドール移行計画は発せられた」
王の言葉を察し、シルバは真っ直ぐに部屋を歩いていく。
部屋の扉から入ってすぐの場所に立つフィフスの横で立ち止まった。
シルバがフィフスの後ろの壁に手を押しつけると、壁にコントロールパネルが浮き出てくる。パネルを目にもとまらぬ速度で操作し、何かを確認したシルバは王に答える。
「大丈夫です。現在は録画の映像を放送中です。無知なる者は未来への夢を見ているでしょう」
「そうか。事が国民に聞かれたら支障があるからな」
万が一を心配して、安心した王は先ほどの話を続ける。
「人により真実は違うものだ。人類にとってドール化計画は救いになる。我と上級貴族にはな」
仕方が無い事と言う王に、聞こえない呟きを発するシルバ。
「まるで私に贖罪を求めているようだ。300億を殺すのはやはり気が咎めるか」
壁から離れ、玉座へ自身の向きを変えたシルバは深々と頭を下げた。
「さすが我が王。全てに思慮深く、人類を救う為に犠牲を覚悟されている。シルバは、ご命令に忠実に従うまです。さあ、銀河で最大、最後の艦隊戦が始まります」
ディスプレイの映像が切り替わり、帝国軍と反乱軍の艦隊が対峙したまま、徐々に接近していく。赤い色に塗られたミネルバ帝国は力を象徴、青い色で塗られたアウローラは自由を主張する。相反する主義、二つの軍は既に戦闘領域、お互いの主砲が届く距離に入りながらさらに距離を縮めている。
「戦が行われない。なぜじゃシルバ?」
王の言葉を聞いたシルバは慇懃に礼をした。
「劇の中盤は終わったからですよ。そろそろ私との禅問答にも飽きてきてでしょうから、ビジュアルでお見せしましょう」
シルバが目で合図を送ると、フィフスがタッチパネルを操作した。
王宮のメインスクリーンに、真実の宇宙の戦場が映された時、驚嘆するエール王。
「これは……反乱軍のみしか映っていない。我が軍はどうなったのだ!?」
「王の驚きを頂きました。脚本家として嬉しいです。元々、戦闘などなかったのです、帝国は艦隊は動かしておりません。解放軍一斉蜂起の事実も、伝えてはいません。さて、少しカメラの位置を動かしてみましょう」
切り替わった、ディスプレイ、そこには、今、王がいる王都星が映っていた。
「さあ、ご覧下さい。解放軍が粛々とこの星へ進軍する情景を。数時間で王都は焼け落ち、歴代皇帝の最後を飾る、エール十四世はお亡くなりなる」
シルバには何の感情も無かったが、王は冷静を欠いた。
「反乱軍を黙ってここまで通したじゃと!? 貴様!」
シルバが表情を変えずに、激昂する王に質問した。
「ローマ帝国をご存じですか? 人類が消滅させた地球に栄えた古代の帝国……その帝国が滅んだ理由、誰が王に剣を向けたか?」
「ローマ帝国じゃと……地球? 数千年前の極小の帝国と我が銀河帝国と比較するのか? 規模も技術も何もかもが違うものを」
「いえいえ、そんなに人は変わっていないのです。ローマ帝国だけではなく、その後現れた帝国は全て同じ理由により、同じ者により滅ぼされています」
話している間にもディスプレイでは、解放軍の艦隊は進行している。不安が恐怖に変わりつつある王を見たシルバ嬉しそうに言った。
「ローマの王を倒したものは、ローマ軍ですよ。理由は腐敗。自分を守る軍すら掌握出来ず、自分の運命と命さえ他人にゆだねる支配者。内部の裏切りによって時代は動いてきました。おや、汗が……どうやら、王にも恐怖を味わって頂けているようで。心配せずとも終幕まで二時間は掛かります。逃げ出すには十分な時間が残されていますよ」
良く調整された空調下で、汗が流れるのを押さえられないエール十四世。
「我が逃げると? この首都星から、王宮から逃げろと申すか!?」
「王、今から軍を集めたとしても、準備もままならない我が軍と、士気も高く準備万端の解放軍では、我が方にまず勝ち目はないと思いますが?」
思わず玉座から立ち上がり、シルバのいる広間の入り口方向へ進む王。
光学迷彩で姿を消していた、紅白の縦のストライプの服を着た王宮騎士が姿を現した。王の護衛用のマシンウォリア、シルバが自宅に持っていたものと同型のものだが、性能と価格は破格。金銀で装飾された美しい外見と、王宮を即座に破壊できる装備を有している。マシンは王の後ろに20機、前方に左右に展開しながら20機、合計40機、王と歩調を合わせてシルバに向かって進んでくる。
シルバから十メートルの位置、厚く長く引かれた絨毯が、入り口に向っておれる場所の立った王はシルバを睨み付ける。
「おっと。怖い顔をしないでください王。ご覧のように私はなんの力も持っておりません。少し大げさかと思いますが」
シルバの牽制の言葉に首を振る王。
「シルバ、そちの最高の武器は先ほどから控えておる。最凶のドール。フィフスがな」




