A.D.4020.クロム出撃
サンタナは突き出た岬の左舷をかすめて、姿勢を変え船首を持ち上げた。
この時代の戦艦はコンピュータによるフルコントロール。一人で艦の運用が可能である、しかし、地上付近、重力がある大気圏の極低空を自在に飛ぶには、通常の人間では、艦から与えられる情報と、それに対するレスポンスをスムーズに与える事が出来ない。
ガングリップタイプの操縦桿を右手で操作しながら、目の前に浮き出るAR操作パネルを左手で高速でタッチするサンタナのパイロットであるテルル。操縦能力向上の為に、動態、体感、空間の3つ把握力を強化された遺伝子を持つ、特定優先遺伝子人類だ。
特定優先遺伝子人類は全てが煮詰まった西暦四千年の人自身を改造して、新たな進化に進む為に行われた、末世の所業の一つだった。
ゆっくりと回転運動をして、船首の方向を山側から青い海の上で変えるサンタナ。補助エンジンにエネルギーが送り込まれ、推進力を上げて急速上昇を開始する。操縦桿を右手で手前に引いたテルルが注意を口にした。
「サンタナ上昇開始。30秒後にメインエンジンりスタート。めちゃ揺れるよ」
艦橋にレニウムのテルルへの復唱が響く。
「了解。30秒後にメインエンジンりスタート。上昇許可」
一気に速度を上げて地上を離れるサンタナ。
地上の景色がみるみる、小さくなっていく。
その時、上空から赤い光点がサンタナを照らした。
「クっ、やっぱり来たか。シールド展開!」
サンタナの船体がオレンジ色の球体に包まれる。
エネルギーシールドを展開した艦に衝撃が走る。ブラスタ砲の攻撃を受けて大きく揺れ失速する。右手を微妙に調整して計器類をタッチして、艦の態勢を整えたテルルが呟く。
「追ってきたヘルダイバーは岬で振り切った筈だよね!? それにこの破壊力はいったい!?」
艦橋のメインスクリーンに銀色のヘルダイバが四機写った。
「警察じゃなくて防衛部隊のヘルダイバ……大気圏ではやっかいだな。あっちの方が機動力が有り早い」
サンタナの艦長であり、クロムが所属するチームをまとめるリーダ、レニウムが戦況を確認した。
「頭を取られた! このままでは上昇できないよ!」
水平飛行に戻され、上空から攻撃を受けるサンタナ。操艦するテルルの言葉に、腕組みをしたレニウム。
クロムの顔がメインスクリーンに割り込んだ。
「頭のハエはオレが追っ払う。鈴々出るぞ!」
サンタナの下部のラッチが開き、黒きマシンが発進準備に入った。
クロム・サードが乗る反乱軍の最新兵器。黒きヘルダイバ。同じく黒いパイロットスーツのクロムの前に一人の少女の姿が現れた。小柄な身体が幼さを見せ、愛らしさも見せる。
「久しぶりねクロム。また女難の相が出ているけど、もうお人形さんとは、エッチしたの?」
ヘルダイバ戦闘OS、ラバーズの言葉にドッキリとするクロム。
「おまえなあ。他のラバーズはもうちょっと、上品な話し方をするぞ」
「確かにそうね。でも、悪いのはクロムよね。私の口が悪いのは、操縦者の接し方のせい。あなたに合わせて私の行動論理は修正されるの。まあ、似たもの同士って感じでいいじゃん」
小悪魔的な表情を見せる、自機の戦闘用OSラバーズに、顔をしかめたクロム。
「くう~~おれの周りには、おまえみたいな女ばっかりだ。まてよ? そういえば最近、おまえによく似ている女に逢ったな。誰だっけ?」
「そんなの私が解るわけないでしょう? 発信準備が完了したわ。いくわよ野蛮人」
サンタナの艦底の発進デッキのリニア発進器に、エネルギーが送り込まれて「Ready」が表示された。クロムが大きく気合いを入れる。
「いくぜ帝国の番犬ども! クロム出撃する!」
黒き巨体をリニアの反動で高速で空中に打ち出す。サンタナから弾き出されたクロムの乗るF101式ヘルダイバ。反乱軍の最新兵器であり、トップガンのクロムの機体は、黒く塗り変えられている。
クロムのヘルダイバの背中に装備された、六個の飛行用ブラスタがオン、六本の排気口が震え、高速でイオンが吹き出だす。
リニアの発進の速度に、機動ブラスタの推進力を合わせて、グンっと加速し、上方の四機の敵軍ヘルダイバがホバリングする、高度へ向かって上昇。上空でクロムの上昇を確認した四機は、一瞬クロムを攻撃するか、サンタナを攻撃するか連携が乱れ、数秒の間を置いて、二機がサンタナを追い、残り二機がクロムのヘルダイバを狙う。
「反応が遅いな、ふっ」
ニヤリと笑ったクロム。コンソールへ回避ヴァレットを数種類打ち込む。
”ヴァレット”システムは一連の動きを一発で指定できる自動戦闘マクロシステムで“攻撃の射程に入ったらブラスタ砲を撃て”“敵のミサイル攻撃は防御しろ”など、予め行動をマクロ化しておき、ヴァレットコマンド一発で指示出来る。また高度な判定文やイベント管理情報を書き込める為、敵の動きに合わせて、指示を受けたヴァレットは最適な行動を選び自動で行動をとる。人間の条件反射をAI化したもの。
「クロム。敵の射撃範囲に入った。注意して」
ラバーズの警告の直後、赤い点がクロム機体を照らし、大型ブラスタ砲の強烈なエネルギー弾が撃ち込まれた。上昇続けながらクロムは背に装備していた、大型の盾を外し前方に構えて、続くブラスタ砲の攻撃を受けとめる。強烈なエネルギーが次々と着弾、盾が衝撃と強烈なエネルギーで震え熱を帯びてくる。
「やっぱり、遅かったな」
クロムの呟きどおり、四機が迷い無く一斉にクロムを攻撃したら、盾は持たなかっただろう。
「判断が悪いな。所詮、内地を守る軍隊。最前線で戦うおれ達とは違う」
コンソールの球形のポップアップに写る、一番左端の敵をロックオンして、ターゲットに突っ込むクロム。盾を構えたまま、接近用兵器、ブラスタアックスを背から抜く。
ラバーズがクロムに変わり、ヘルダイバの飛行を担当。機動ブラスタの推進力を調整して、勢いを残したまま、敵へ突っ込む。操縦を任せたクロムは攻撃に集中。制御パットを素早く引いて、アックスを敵の機体へ振り込む。先端が光学ブラスタで光る赤く焼けたクロムのアックスが、敵の肩の装甲を切り裂く。相手の肩口に食い込んだアックス、そのまま機体を反転し蹴りを放ち、その反動でアックスを抜く、両手に持ち替え今度は垂直に振った。
敵の銀色の右腕がブラスタ砲ごと、切り裂かれて爆発する。
機体に大きな損傷を受けた、防衛軍のヘルダイバが静かに下降していく。
「敵のヘルダイバ脱落。残り三機。距離40KM、二時の方向」
ラバーズの戦況報告で、次の機体をサーチするクロム。体長16Mのヘルダイバの巨大な首が動く。残り三機がクロムを包囲するように左右に展開。サンタナの攻撃を止めて、三機はクロムへの攻撃に移るようだ。
「だから遅いと……言っているだろ!」
クロムの横をオレンジ色の光が通り抜ける。
直撃を避けるため、回避ヴァレットを組み込んだ飛行ルートで、黒きヘルダイバがフル加速を始めた。急速接近するクロムに敵三機は攻撃システムを、ラバーズ経由でリンクし、ブラスタ砲の命中精度を上げて一斉射撃に移行した。
次々と着弾するブラスタ砲、上昇中のクロムが構える盾は高熱で溶解を始めている。
「あと少し。ここまで持てば……あとは一気にいくさ」
クロムは解け始めた盾を捨て、ブラスタアックスを構えた。
回避の螺旋運動に背中の推進ブラスタを全開、加速、敵の目前へ飛び込む。
手前の一機の射撃を右に旋回して回避したクロムは、敵の機体に触れるくらい背後から接近。リンクされた他の二機が味方の影になったクロムへ攻撃を自動的に中止するのを待って、クロムがメインコンソールの制御パットを思い切り押し込む。
黒きヘルダイバは即座に反応し、両手で持ったアックスで敵の背中を、装甲ごと切り裂き機体内部が露出した。すかさず右手に収納された、ショットガンを敵機の内部へ打ち込むクロム。内部から爆発を起こし、下降していく銀色のヘルダイバ。二機を見上げたクロム、その黒き機体に二つの照準が合わさった。
ラバーズが叫ぶ。
「クロム危険! 即時回避実行!」
機体を回避運動させるラバーズ、同時にブラスタ砲が連続して打ち込まれる。
至近距離でのラバーズを介した二機のシステム同期リンク、しかもホバリング状態での静止射撃。その命中率は高く、高度な技術と野生動物の運動神経で、回避するクロムの制御パットを握る手にも汗が滲む。
数発のオレンジの閃光がクロムの機体に命中して、空中でバランスを崩し、次の回避運動が遅れた。そこを正確に狙う二機のヘルダイバ。
「来たよ! クロム、後方へ強制移動する」
ラバーズが叫んだ瞬間、宇宙戦艦サンタナが下から急上昇してきた。
サンタナと衝突する軌道に乗る、敵二機とクロム。三機のラバーズが危険を察知し、戦闘システム、ヴァレットの回避マクロを選択、緊急回避する三機のヘルダイバ。
戦艦サンタナがクロムと、敵の二機の間を通り過ぎる時、クロムへの照準が外れた。クロムのラバーズは事前に浮上を予測し、サンタナと接触しないギリギリ後ろへ下がっていた。そのおかげで、敵より一手早く動き出す黒き機体。サンタナの船影に隠れ敵のサーチを逃れ、一気に距離を詰めるクロムを見失い、慌ててサーチを開始する銀色のヘルダイバ二機。敵がブラスタ砲を構える前に、二機との距離を縮めたクロムが、コンソールの右端をタップ。ポップアップする攻撃システム用の小型キーボード。素早くコマンドを打ち込み、特殊攻撃兵器を選択。
クロムの機体の右肩の装甲がオープンされ、大きな光学レンズが横に四つ現れる。
敵の攻撃が始まる前に、クロムの乗るヘルダイバの”ラバーズ”が叫んだ。
「敵機影二機を補足、光子レンズ砲による攻撃を開始する」
クロムの肩の四つのレンズが連続で光る。光の焦点が敵の機体に写った。
核融合炉を直結して、エネルギーを光に変え、超高速で光の球体を撃ち出す”光子レンズ砲”焦点が合った敵の機体に、100万度の光が打ち込まれる。数十もの光の弾が二機のヘルダイバを打ち砕いた。
炎上しながら落下 する、二機の銀色のヘルダイバ。
「終わったぜ。帰還する」
クロムの報告を聞いたレニウムが、サンタナの艦橋でガッツポーズ。
「成層圏まであと40秒。メインエンジン起動準備! クロム早く戻って!」
サンタナのパイロットのテルルが、クロムに伝える。
ヘルダイバのハンガーにいる、鈴々がクロムへ話しかける。
「ハンガーをオープンしたよ。早く帰ってきてクロム……チュ!」
鈴々のクロムへのあからさまな好意と、そしてセブンスへの対抗意識。
鈴々の隠さない感情を受けて、セブンスは心がざわめき、落ち着かない。
腕をつなぐクロムと鈴々の姿が浮かび、胸の奥が熱くなる、もやもやと何か解らない、初めての感情がわき出てくる。
(何この感情は……なぜクロムと鈴々が気になるの)
不安定なセブンスを見たレニウムが驚いていた。
「セブンス、まさかおまえ、クロムが気になるのか? その……好きなのか?」
「ええ? そんな事……あるわけないわ!」
大きな声で、答えてしまったセブンスが慌てて口を押える。
「ふ~~ん。お人形さんって聞いていたけど、ヤキモチ焼くのねえ~~以外だ」
操縦席のテルルが笑った。
「ヤキモチ……なにそれ……私にはインプットされていないよ」
テルルの言葉にセブンスは、自分で理解できない感情の呼び名を知る。
レニウムは、しげしげとセブンスを見た。
「こんな不安定なドールは初めてだな。さすが最新型と言うか、未完成というか」
「私だって……こんな気持ちはクロムと会うまで無かった。さっきまでは楽しかったのに、今は何故か胸が苦しい」
セブンスの答えに感心したような、呆れたような表情のレニウム。
「それは恋心だと思うぞ。それにしてもあんな大雑把で、脳みそが筋肉で出来ている、恐竜みたいな男のどこがいいのかね。鈴々、物好きはおまえだけじゃなかったみたいだぞ」
レニウムの言葉にハンガーでクロムの着艦を待つ鈴々が不満そう。
「ええ~~!? 一緒にしないでよ。ドールが人間を好きになるって? ふん、人形は貴族のボンボンの相手でもしてなさいよ!」
鈴々が明確に表すライバル意識に、益々戸惑うセブンス。
「ヤキモチ……私にはそんな機能は……ない……はずなんだけど」
セブンスの人間のような本物の戸惑いを見た、艦橋のレニウムとテルルは目を合わせた。
「おいおい、どうやら本気らしいぞ……機能って……ドールが人に恋心を持つのは有り?」
「べつに、いいんじゃない? セブンスもドールの前に女って事でしょう?」
盛り上がるサンタナに、噂のクロムから応答が入る。
「おまえら戦闘中だぞ! まじめにやれ!」
その言葉にレニウムとテルルが肩をすぼめる。
「モテ男くんがお怒りだ……」
サンタナの艦橋のディスプレイに警告が表示された。
「なんだ?」
レニウムの言葉に、テルルがシステムメッセージを確認する。
「これは……衛星軌道上に敵の戦艦らしきものが現れた」
「なんだと!? そんなもの、ここに降りる時は無かっただろ?」
「ええ。今、突然現れたの……え? ちょっと待って!」
テルルがコンソールを調整して、メインモニタにそれを映し出した。
「なんだあれは……」
レニウムが言葉を失った。
前面のモニタには、衛星軌道上に浮かぶ、直径2KMを越える超大型の浮遊要塞が写っていた。




