禊
菱川あいずは,「小説家になろう」のマイページにアクセスし,落胆した。
新作をアップしたばかりだというのに,菱川の心を躍らせてくれる,「感想が書かれました」ないし「レビューが書かれました」という赤文字はない。
いや,待てよ,ブックマークや評価をもらえているかもしれない,と思い,吐きかかった溜め息を呑み込んだ菱川は,新作「小説家になろう殺人事件」のページにアクセスした。
この作品は,菱川あいずをもじった聖川愛伍を主人公とした短編ミステリーであり,聖川の動機の意外性をメインの謎としつつ,菱川作品には珍しく,物理トリックにも頭を捻った作品であった。
一度呑み込んだ溜め息は,何倍にも増幅し,暖房のない部屋で,ノートパソコンのディスプレイを白く曇らせた。
「悪くないタイトルだと思うんだけどなあ…」
2年以上にもわたる「小説家になろう」生活の中で,菱川は,「小説家になろう」でウケるためのコツを掴んでいるつもりだった。
その一つが,読者の関心を引くセンセーショナルなタイトルを付けることである。
菱川の過去の最大のヒット作である「殺人遺伝子」のときには,「タイトルに釣られて読み始めました」という読者の方がそれなりにいたが,今作「小説家になろう殺人事件」のタイトルのインパクトはそれを上回るはずである。
それにもかかわらず,「小説家になろう殺人事件」は,ランキングを賑わせることは一切なく,アップ後2日目にしてPV数は早くも虫の息だった。
菱川は,せっかくいただいたものの,返信の「宿題」を溜め込んでしまっている感想を読み返す。
「検死すれば,小野の体内から睡眠ガスの成分が発見されるから,警察には1発で見破られるはず」
「大手企業の社長級の人物の家の前には,必ず監視カメラが設置してあるはずだし,いくら切れ味がよい日本刀であるとはいえ,首を一瞬で切り落とせるはずがない。非現実的」
全くもって耳の痛い指摘である。
とはいえ,科学捜査が発達し,監視社会が発展してしまった現代において,それらをかいくぐった上で,なおかつ読者にインパクトを与える犯罪を考え出すことは至難の業である。今作程度のリアリティの欠如が許容されないのだとしたら,時代ミステリや特殊設定ミステリに逃げざるをえない。
「本当に『なろう』に復讐したくなってきた」
菱川はボソリと冗談を言う。
今作の主人公である聖川は,名前だけでなく,「小説家になろう」における経歴も,菱川本人のものを反映している。菱川も,「小説家になろう」ライフの大半を鳴かず飛ばずの中で過ごした。さらに,多少作品を読んでいただけるようになった現在だって,「埋もれている」というほどではないが,底辺付近で浮沈を繰り返している。
正直な話,「小説家になろう」において,推理小説が正当に評価されているとは思わない。精緻にストーリーを組み立てる労力に比して,推理小説がもらえる評価はあまりにも少ない。
実を言うと,心が折れ,「小説家になろう」でミステリを書くことを諦めた時期もあった。菱川の投稿作品一覧を見ると,タイムループを扱ったファンタジーや巫女萌えを扱ったコメディーなどが散乱している。「小説家になろう」の読者層にアプローチしようとした結果,華麗に散っていった作品群である。
しかし,聖川とは違い,菱川は決して「小説家になろう」を見限ってはいない。
感想もptも残さないサイレント層が大半であることは事実だが,作品を閲覧してもらえる回数は他のサイトの追随を許さない。
また,玉石混交とはいえ,投稿される様々なバリエーションの他者作品からは刺激を受けることも多い。
そして何より,菱川は2年以上にもわたる「小説家になろう」ライフの中でたくさんの素敵な出会いを果たした。創作について語り合える執筆仲間。そして,作品に反応をくださる読者の方々。「小説家になろう」が存在しなければこの人達に会えていなかったのだと思うと,「小説家になろう」への感謝の念はやまない。
今作「小説家なろう殺人事件」は,菱川にとって,悪い膿を出すための,禊のようなものである。
菱川から見て、「小説家になろう」には,好きな部分もあれば嫌いな部分もある。菱川が今後も「小説家になろう」と向き合っていくためには,通過儀礼として,菱川の嫌いな「小説家になろう」を「殺す」ことが必要だった。
無論,サイバーテロを起こすことはできない。菱川が「小説家になろう」を「殺した」のは小説の中でのことだった。実に創作クラスタらしい,素敵な殺害方法ではないか。
こうして,無事「小説家になろう」への「復讐」が果たせた菱川は,ようやく「小説家になろう」の嫌いな部分を許す気になれた。
「よし。次こそは読者がぐうの音も出ないような,とびっきりのミステリをお見舞いしてやる」
菱川は,「小説家になろう」のWEBページを閉じると,大きく伸びをした後,白紙のワードファイルを開いた。
(了)
拙作を最後までお読みいただきありがとうございます。菱川あいずです。「聖川愛伍」でもなければ,小説内の「菱川あいず」でもない,本物の菱川あいずです。
以下,拙作に関して,皆様からいただいたご質問にお答えします。
Q1 今までの菱川先生の作品とは違い,シリアスな作風ですが,イメチェンですか?
A 違います。連載中の作品(「竹下通りをオシャレして歩いてたら神様にスカウトされて巫女になりました〜巫女モノ400字小説〜」),前回の作品(「転生マッチ売りの少女は決して同じ轍を踏まない〜featuring緋和皐月」),前々回の作品(「姫様気付いて!〜スノーホワイト・ホロコースト」)と,偶然にもコメディー作品が3作続いてしまったのですが,元々菱川はシリアス系ミステリを書く人です。
Q2 聖川愛伍が「小説家になろう」の異世界転生モノをdisっていましたが,あれは菱川先生の本心ですか?
A 違います。聖川愛伍は「小説家になろう」で売れないことを妬んで,全然関係ない人を2人も殺すような頭のオカシイ人です。頭のオカシイ人の言ってることは大抵間違っていますので気にしないでください。
Q3 最終話は自己保身のためのものですか?
A 違います。「小説家になろう」運営様から干されることを恐れ,「なんだかんだでなろうが大好きだよ」というアピールをするために最終話を後付けした,などという下衆な思惑はありません。最終話を付けたのは,①「小説家になろう」の小説通りの「殺人事件」,②犯人(聖川愛伍)の目的が「小説家になろう」を「殺『人』」すること,③そもそも「殺『人』事件」が「小説家になろう」内の創作,というトリプルミーニングをタイトルに持たせようと考えたからです。
Q4 あれ? 菱川先生,ノクターンでR18を書く約束をしましたよね?
A 最近,東京は晴れの日が続きますね。
以上です。
拙作の裏側について分かったでしょうか。
他にも質問のある方は,感想欄にお気軽にお寄せください。
たとえば,「菱川先生,最近カラオケのDAMチャンネルでインタビューに答えているアイドルユニット『神宿』って知ってますか?」という質問をいただければ,「もちろん知っています。菱川は過去に彼女たちを主役にした推理小説をアップして,運営様に削除されました」という答えを受け取ることができます。
今後ともご愛顧のほどよろしくお願いいたします。