第三話 「始まり」
「姫様! お逃げください!!」
逃げようにも既に周りは竜蜥蜴と牙虎達に囲まれいる。
更に馬車も壊され護衛も半数以上が殺された。
こんな状況で何処に逃げろと?
既に私の一歩手前まで死がにじり寄ってきている。
「それでも……こんなところで死ねはしない!」
そうだ。それでも私はこんなとろで死ねはしない。
未だやり遂げなければ行けないことが山のようにあるのだ。
私が死ねば私の国はどうなる?
残してきた民草達はどうなるのだ?
それら全てを投げ出して、私はこんなところで死ねるはずがない。
ならば最後まで足掻いて見せなければ。
もしかしたら奇跡が起きるかもしれないのだから。
「私はウィンダム皇国皇女アリア! この命貴様たちにくれてやるほど安くはないぞ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ことの始まりは三日前までに遡る。
「アリア様。北方山脈から魔族どもの大進行が確認されました」
「……その報告は確かか?」
私の前に居る宰相は元々渋面な顔をさらに歪めてそう報告してくる。
いや、むしろその程度済んでいる彼の精神力を褒めるべきか。
此処に居並ぶほかの貴族達はもはや顔面を蒼白にしている者たちばかりなのだから。
「既に最北に位置するローンダム砦が落ちました。
このままの勢いなら三日後にはこの皇都まで攻め落とされるでしょう」
宰相が話し終わるとあちらこちらから呻き声が聞こえてきた。
だがそれも仕方の無い話だ。
三日後にはこのウィンダム皇国が滅びると言われているに等しい。
許されるのならば私もこの場で泣き喚き、神に祈りでも捧げたいと思うよ。
だが、今の私は皇女なのだ。そんなことが許されるはずもない。
「なんとか出来ないのか? 東部砦に配置している兵達を北に送れば何とかならないか?」
「既に東部、西部に位置する砦からは救援の兵達を送っていますが所詮は焼け石に水。
もはや我々には奴らの進行を止める術はございません」
それはまさに死刑宣告に等しい言葉であった。
これで終わりなのか。
こんなところで皇国千年の歴史を終わらせるのか。
いや、もはやそんな話ですらない。
大陸中央に位置する我々ウィンダム皇国が落ちれば、地方諸国等あっという間に滅ぼされるだろう。
それは人類の滅亡を意味するのだ。
「クッ……ならばせめて魔族どもをこの皇都で食い止めるぞ。その間に皇都の民達を避難させろ」
「いいえ姫様。まず避難なさるのは姫様です」
「なっ!? ふ、巫山戯るなよ! 私はこの皇国の皇女なのだぞ!
その私が民草を置いて逃げろというのか!?」
「そうです姫様。民達の屍を乗り越えてそれでも貴方は生きなければならないのです。既に父君も兄君も魔族に殺されているのです。今、皇族の血を引いているのは貴方だけなのですよ」
「分かっている……それは分かっているが!」
「いいえ分かっていません。
皇国は……いえ、人類は確かに滅びかけています。ですが、それでも人類はまだ生きているのですよ。
生きているならばまだ希望があります。いつか彼奴ら魔族に反旗を翻せる時が来るでしょう。
そしてその時、その人類の先鋒として彼らを纏め上げることが出来るのは貴方だけなのです。
ウィンダム皇国皇女アリア様」
分かっている。そんなことは分かっているんだ。
宰相の言っていることは全く持って正論だ。
私はこの世界で唯一生き残った皇族なのだ。ならばどんなことをしようとも生き延びなければならない。
例え皇都が落ちようとも、それでも私が生き残ればまだ皇国は存在し続けるのだ。
それはきっと民達の希望に繋がる。
ならば私は配下達の屍の踏み越えてでも生き残らなければいけないのだろう。
そんなことは分かっている。
分かっているんだ。
それでも、それでも、それでも、
「それでも私はじいや達と一緒に生きて共に死にたいんだよぉ」
気が付けば私はボロボロと涙を流していた。
私はこの国で生まれこの国に育てられた。
なればこそこの国で共に育った者たちと共に生きてそして最後はこの地で死んでいきたいのだ。
「ふぉふぉふぉ。またその名前で呼ばれるとは思いませんでしたなぁ。
姫様にそれほど思われるとはこれほどの喜びはありますまい」
そう言って嘗ては私の教育係であり今は皇国の宰相である男は嬉しそうに笑った。
そうしてその男の言葉に続きこの広場に集まっていた全ての貴族達が膝をつき胸に手を当て、皇国に対する忠誠を口にした。
「我ら皇国貴族一同、何時でもこの皇国の礎となる覚悟が出来ております。ですので姫様はどうかお逃げください。そしていつの日か魔族どもに一矢を報いてくだされ。我らの心は常に姫様と共にあります」
……本当に私は優れた部下達を持ったと思うよ。
私は何処かで死ぬことに安らぎを覚えようとしていたのかもしれない。
だが此処に居る者たちは決して唯で死ぬことを良しとしていないのだ。
これこそが人間の強さなのだろう。
どれほどまでに絶望的であろうとも明日を希望できるからこそ数百年にも及ぶ魔族の侵略から生き延びてこれたのだ。
「っ! 分かった。よく分かったとも。お前たちの覚悟は確かに受け取った。ゆえに今は逃げよう。
屍を乗り越え血反吐を吐きながらでも生き延びよう。その上でお前たちに誓う。
何時の日か必ずこの世界から魔族どもを駆逐してやると。
そしてお前たちの働きがいかに素晴らしかったかを後世に語り継いでやろう!」
もう泣くな。泣いてなどいられない。
私は何百という明日を希望する配下達の果てに生きるのだ。
ならば泣くな。絶望もするな。ただ生き残ることを考えろ。
そしていつの日か必ず彼らの思いに応えるのだ。
「それでじいや。私は何処に逃げれば良い? 西方諸国の一つか?
それとも東部地方の都市に逃げるか?」
「いいえ姫様。姫様がお逃げになるのは南です」
「なに……? 南だと? 南には嘗て魔の森と呼ばれた魔族の巣窟があるではないか」
「そう嘗ては……です。ですが此処百年ほど魔の森からの魔族による襲撃は一件たりとも報告されていないのです。現在あの森で何がどうなっているのかは誰にも分かっておりません。ですが既に西に逃げようと、東に逃げようと北からの侵略から逃げ切れる余裕はもうありません。なればこそ南に逃げるのです。
それに南には未だ兵力が温存されているローエンド砦が存在します。今はそこに逃げるのです」
そう。嘗て皇国は北の北方山脈と南の魔の森と呼ばれる二つの魔族が多数生息する地域に囲まれていた。
だが此処百年ほどは南からの襲撃が一切起きていないのだ。
確かに今はそこにしか逃げ道が存在しないか。
「分かった……。すぐに出発の準備をしよう」
「既に護衛も従者も準備中であります。もう半刻もすれば出発できるでしょう」
「そうか……。なぁ、じいや」
「なんでしょう?」
「……死ぬなよ」
「ふぉふぉ。このような未熟な姫様を残して死にでもすれば父君に追い返されてしまいますよ。
未だ教えて居ないことが山のようにあるのですから。全てが終わればまた教育係として厳しく教え込みますよ」
「……そうか。じいやその約束決して忘れるなよ」
「しかと承りました」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
こうして私は皇都を離れ数十人の従者と護衛と共に南方のローエンド砦を目指した。
だが砦にたどり着く前に南方の草原を根城にしている竜蜥蜴と牙虎と遭遇した。
現在南部に居る魔族はそう多くないというのに。
さらに魔族と遭遇しないよう可能な限りの強行軍を繰り返していたというのにだ。
一体どれほどまでに運が悪いというのか。
この世に神は居ないのか……!!
だが現実として多数の魔族と出会ったしまったのだ。
そうして気が付けば魔の森付近にまで追い込れてしまった。
既に護衛も半数以上が殺され馬車も壊されている。
そして今もなお部下達が血飛沫を上げながら殺されていく。
まさに死の一歩手前というところだろう。
だがしかし、それでも私は生き残らなければいけないのだ。
じいやとの約束が残っている。貴族達と交わした誓いもあるのだ。
だが何よりも私が生き残らなければいけない理由は唯一つだ。
「私はウィンダム皇国皇女アリア! この命貴様たちにくれてやるほど安くはないぞ!」
そうだ。私は皇女だ。なればこそ最後まで決して諦めるな。
声が上擦り足が震えようとも魔族どもなんかに屈しなど絶対にしない。
覚悟が足りぬと言うのなら意地で補え。
これこそが人間の強さなのだから――!!
「良く言った。人間にしては悪くない気勢であろう」
決して返事を貰えはずのなかった言葉に呼応する声が響いた。
それは何処までも気高くある者のみが出せるであろうと思われる女性の声であった。
だが私はそんな声の持ち主を知りはしない。
私の従者にこのような者は居なかった。
既に私たちは完全に魔獣どもに包囲されているのだ。
ならばどうやってこの声の持ち主は戦場へとやってきた。
「あな……た……は?」
地上の何処にも道は存在していない。
ならば残されている道は唯一つであろう。
その女性はこの天高い空からやってきたのだ。
闇のような漆黒の翼を広げて。
漆黒の翼に金の髪をなびかせて宙に浮くその女性は、決して人間が辿り着けないであろうほどに美しかった。
そして体には白銀の鎧を身に着けている姿はこの戦場に居る者全てを奮い立たせるほどに勇ましい。
これほどまでに気高い存在がこの地上に居ることがどれほど眼に焼き付けようとも信じられなかった。
それはまるで御伽噺の中で語り継がれる存在のようであったから。
嘗て神に仕えていたと言われる伝説の幻想種。
この地に厄災が起きたとき、それを阻止する為に神が絶対の信頼のもとに送り出すと言われた古の存在。
「我は戦乙女セレナ・イスカード。我が主の命によりお前たちの救済に来た」
そうして此処に奇跡の一幕が開いた。




