おはよう「レグスエルド」
「ようこそ、私の最初の眷属へ」
女神は満足そうに頷いた。
「それじゃあ次は転生先を決めよう」
「転生先?」
「うん。本当なら君の魂を元の身体に戻したいところなんだけどね」
女神は困ったように笑う。
「残念ながら、それは無理だ」
「なぜだ」
「壊れちゃったから」
あまりにも軽い言い方だった。
「君が思っている以上にね」
「……そうか」
「だから新しい器を用意する必要がある」
女神は指を鳴らした。
暗闇の中に無数の光が浮かび上がる。
「転生先は選べるのか?」
「いいや、そこは運なんだけど、性別と転生先ぐらいは選べるぐらいには融通が利くよ」
「君には選択肢がある。もともとある肉体に魂を入れるか、一から人生をやり直すか」
一から人生をやり直すか。
「待て、もともとある肉体って魂が入っているんじゃないのか」
女神は静かに頷いた。
「そうだね君の言う通りだ」
「初めから入っている魂には申し訳ないけど君の魂に書き換える必要がある」
「そんなことが許されるのか」
「許されるから提案している」
女神は首を傾げる。
「神々の管理する魂は、君たちが思っているほど一つの器に縛られていないんだ」
「……」
「もちろん私は一からやり直す方をおすすめするけどね」
女神は小さく笑った。
「君、こういうの嫌いそうだから」
「そうだな、俺は一から人生をやり直す」
女神が目を瞬かせる。
「赤ん坊から?」
「他人の人生を奪う趣味はない」
数秒の沈黙。
やがて女神は、どこか嬉しそうに笑った。
「うん」
「やっぱり君を選んで正解だった」
「それじゃあ転生先を決めよう」
女神が指を鳴らす。
暗闇の中に、一枚の巨大な地図が浮かび上がった。
山脈。
森林。
王国や都市。
まるで空から世界を見下ろいているような光景だった。
「これは?」
「君が生まれ変わる世界の地図だよ」
「同じ世界なのか」
「もちろん」
女神は頷いた。
「死んだら別世界に行くなんて誰が決めたんだい?」
「転生ってそういうものじゃないのか」
「偏見だね」
女神はなぜか得意げだった。
「君にはもう一度、この世界を生きてもらう」
その言葉に視線を地図へ戻す。
かつて俺が歩いた場所。
行ったことのない土地。
名前すら知らない国々。
世界は思っていたよりもずっと広かった。
多分まだまだ広いのだろう
「どこでも選べるのか?」
「大まかにならね」
女神は地図の上を指でなぞる。
「北部、南部、東部、西部。それと種族くらいかな」
「随分適当だな」
「運命に細工しすぎると怒られるからね」
正直に言って、どこに転生しようが大差はない。
生きる理由も、成し遂げたい夢も、とうの昔に失くしてしまった。
だが。
行きたい場所がないわけではなかった。
「ローエングラム」
女神が瞬きをする。
底知れなく驚いているように見えた。
「へえ」
「ローエングラムに転生したい」
地図の中央に位置する大国。
若い頃、アルトと共に何度もその名を口にした。
世界中の才能が集まる理想郷。
英雄が生まれ、歴史が動く場所。
いつか必ず辿り着こうと約束した国。
結局、その約束は果たされなかった。
俺は途中で諦めた。
アルトは先に死んだ。
だからこそ。
「一度くらい、この目で見てみたい」
その言葉は、自分でも驚くほど素直に口から零れた。
女神はしばらく俺を見つめた後、小さく笑う。
「なるほどね」
「まだ未練は残っていたみたいだ」
女神は地図を見つめ、それから小さく頷いた。
「ローエングラムか」
「いいよ」
「だけど15歳になったらエルディオン学院に行ってもらう」
あまりにも簡単な返事だった。
「……条件付きか」
「眷属だからね」
女神は悪びれもせず言った。
「むしろそれだけでいいんだから良心的だと思うよ」
「思わないな」
「ひどい」
女神は口を尖らせる。
「エルディオン学院ってのは何なんだ」
「世界最高峰の学院」
即答だった。
「優秀な人材が集まる場所でね。君にはそこで学んでもらう」
「命令か」
「お願い」
「今の間で何が変わった」
「私の気分」
「そうか」
相変わらず適当な女神だった。
だが、その学院の名前を口にした時だけは、どこか真剣な表情をしていた。
「それでいいのか」
「あくまで希望を聞いただけだからね。生まれる場所までは保証できない」
「そうか」
「でも、できる限り近くにはしてあげる」
女神はそう言うと、そっと手を差し出した。
「準備はいいかい?」
俺は地図へ目を向ける。
ローエングラム。
かつてアルトと目指した国。
結局、一度も辿り着けなかった場所。
今さら未練などないと思っていた。
だが、こうして名を口にしたということは違ったのだろう。
「ああ」
女神の手が淡く光る。
「それじゃあ行ってらっしゃい」
「眷属としての最初の人生だ」
次の瞬間。
世界が反転した、というよりも白と黒が反転したようだった。
光が弾ける。
身体が引き裂かれるような浮遊感。
遠ざかる意識の中で、最後に女神の声だけが聞こえた。
「また会おう」
――そして。
どこかで、産声が響いた。
「おはようレグスエルド」
名前を呼んだ声はどこか暖かさを感じた。




