第二話 状況
「アレン王太子殿下」
自室に戻る為に廊下を歩いていると、背後から声を掛けられる。
「……ビュレット宰相。何用だ?」
声の主には嫌なほど確信があるが、俺は振り返る。そして、この国の宰相であるビュレット公爵へと返事をした。
「聖女ジュリア様に関しては大変な損失でした。……ですが、これで殿下の仰る考えが間違いであることが証明されました」
「…………」
肥えた体を揺らしながら、近寄るビュレット公爵。薄笑いを浮かべながら、聖女に関して冷たい言葉を告げる。続けて、俺が考えていた魔族たちとの和平交渉を否定された。
「魔族は滅ぼすべきです! 先程のジェームズ騎士団長もそう言っていたではありませんか!!」
俺が反論できないところを見逃さずに、ビュレット公爵は魔族との戦争を勧める。使者として聖女たちを送り出す以前から、ビュレット公爵は魔族との共存に否定的だ。
「しかし……何かの間違いが……」
此処で軽率な発言はできない。ビュレット公爵は宰相の立場上、直ぐに周囲に俺の考えだと伝えるからだ。魔族たちとの関係は慎重にならなければならない。彼等は只の獣ではなく、理性もあれば文化もあるのだ。武力ではなく、対話による歩み寄りが必要である。
「『間違い』? 何を仰るのですか!? アレン王太子殿下! 聖女ジュリア様は魔族たちの手に掛かったのですよ!? 先程、そう報告を受けたではありませんか!?」
「……っ、そうだが……」
俺に魔族たちと敵対する意思が無いことを知ると、ビュレット公爵は再び聖女に関して口にした。それが一番、俺の敵対心を刺激することを知っているからだ。
「何を迷われておられるのですか!? 魔族たちは卑怯な魔法を使い、殿下のご両親様であられる国王陛下と王妃様を昏睡状態にしているのをお忘れですか!?」
「……忘れてなどいない……」
ビュレット公爵は、俺が強く反論できないことを見ると更に追及する。指摘されたように、俺の両親は現在眠り続けているのだ。それは魔法によるものである。
「では! より魔族たちを根絶やしにして、卑怯な魔法を解かなくては! 国王陛下も王妃様も、お目覚めになられれば嘸かしお喜びになられることでしょう!!」
「だが……大切な騎士や魔術師たちを、国民を……悪戯に戦火へと投じるのは……」
俺の返事を聞くと、魔族との戦争を推し進めようとするビュレット公爵。戦争を始めるのは簡単だが、その被害は計り知れない。人の命を悪戯に散らす訳にはいかないのだ。
「何を仰るのですか!? ジェームズ騎士団長をはじめ、魔法師団や皆殿下の為、国の為に命を捧げる覚悟はできております! アレン王太子殿下が指揮を取って下されば、皆の士気は最高に上がります! そうすれば、魔族たちをなど滅ぼすのは容易いでしょう! これは正義の戦いなのです! アレン王太子殿下! 今こそ、次期国王として立ち上がる時です!!」
人の命を何とも思っていないのだろう。ビュレット公爵は魔族たちを滅ぼす戦争が、正義だと告げた。その表情は狂気に満ちている。窓ガラスから入る陽の光を浴びている筈なのに、俺の背筋が凍り付く。
「……少し考えさせてくれ……」
此処で何を論じても、ビュレット公爵の計画を止めることはできない。俺は掠れた声で、せめて計画の先延ばしを画策する。
「勿論でございます。ですが……聖女ジュリア様の訃報は、一般市民たちにも広がっております。魔族たちへの報復を望む声も多く寄せられております。……アレン王太子殿下の英断をお待ちしております」
曖昧な返事だが俺の考えるという返事を聞けたことにより、ビュレット公爵は一旦引き下がる。先程までの狂気じみた笑顔を潜めると、ビュレット公爵は深々と頭を下げた。




