5-1.
今日から第五章。
物語の後半戦スタートです。
引き続きお楽しみください。
凍冴の季節が終わりを迎える頃、空気はまだまだ寒いけれど、陽春の香りをかすかに感じ始める。
風の冷たさの名残に身を縮めながらも、春の兆しに心がそわそわするわたしは、この季節の移り変わりが好きだ。
わたしの誕生日が陽春だからかもしれない。
草木の生命力が高まっていくエネルギーを感じて、わたしの心も嬉しくなる。
今日は騎士団での定期訓練。
騎士団に早期入隊してから、一年以上経っていることが信じがたい。
時が過ぎるのって、なんでこんなに早いのかな。
最近、騎士団では聖獣同士の“番”が増えてるみたい。
番っていうのは、ただのパートナー以上の、守り合う強い絆のこと。
聖獣同士がそうなると、主人たちも自然とパートナーになって、一緒に戦うようになるんだって。
わたしはまだ魔法学校を卒業していないから、そんな特別な絆は遠い話に思えた。
訓練の最中、突然、騎士団の幹部たちがひとまとまりになって走り寄ってきた。
空気が一気に変わり、周囲がざわつき始める。
「すぐに出発だ」
「誰が行くんだ?」
声が険しく響く。
「現地の状況はまだ把握できていない。だが、白魔法の治癒が必要な重傷者がいるらしい。最低でも五人は同行しろ」
「戦闘は継続中かもしれない。攻撃に長け、防御力も高い者を揃えろ」
指示が飛び交う中、騎士団の主力十名が瞬く間に転移魔法で姿を消した。
その残響が訓練場に冷たい静寂をもたらし、緊張の糸が張り詰める。
ただならぬ空気に、訓練中の隊員たちもさっと集まる。
「何があったんですか?」
「緊急で入った情報なんだが、ラングリンド王国の王女の生誕祭で、隣国のバレンシャン王国が武力行使したらしい」
「なんと言うことだ。あそこは均衡が保たれているのではなかったのか?」
「王女を守ろうとしたソランティア王子が酷い怪我を負ったようだ」
みんなが息を呑む。
凍冴の空気がもっと冷えた気がした。
ソランティア王子はいつも余裕があって、いろんな魔法を知っていて使えて、魔力量も多いから、大丈夫ってどこか安心してたのに。
王子が大怪我をした?
どれほど凄まじい事件だったんだろう。
どれだけ酷い怪我をしたのか、王子は大丈夫なのか…
押しつぶされそうな思いに、わたしの体は小さく震えた。
舞踏会のあの夜、仮面の相手と踊った時間が記憶の底からよみがえる。
名前も顔も知らないまま、でも確かに感じた、あの温もり。
あの人が、ソランティア王子だったとしたら…。
そう思うだけで、不安が心を支配した。
「守れなかった…」
自分の無力さに涙がじわりと滲んだ。
横からダミアン先輩の温かい手が肩に触れ、少しだけ気持ちが落ち着いた。
年末の舞踏会では仮面の相手がソランティア王子だったのか、確認のしようがなくて結局わからなかった。
王子には青春祭からずっと会っていない。
元気にしてるものだと思っていた。
当たり前に。
でも、この世の中に当たり前なんてないんだと思い知る。
騎士団は王族が住む城の横に宿舎がある。
みんなそこに待機になった。
わたしはいつも魔法学校の寮へ帰っていたが、今日は宿舎で休むことになった。
どのくらい時間が経ったんだろう。
程なくして、また宿舎内が騒がしくなった。
大怪我を負ったソランティア王子を連れて、隊員たちが転移魔法で帰ってきたのかもしれない。
部屋から飛び出すとなりふり構わず、みんなが集まっている部屋の中に駆け込んだ。
そこにはベットに横たわるソランティア王子がいた。
「治癒魔法が効かない。どういうことだ」
「この呪いの魔法は普通の呪いじゃない。なにか、魔物由来の魔力を感じる」
「治癒するにはこの呪いをまず解かなければ…」
「この呪いのせいで治癒魔法が受け入れられないということか」
団員たちの緊迫した声、焦る声が飛び交う中、王子の顔は血の気を失って青白く、冷や汗が頬を伝っていた。
上半身の服は切り裂かれ、胸元には深々と抉られた裂傷が走っている。
筋肉が赤黒く腫れ、血管が浮き出るように脈打っていた。
そしてその傷口の周囲には、まるで生き物のように蠢く黒いもやがまとわりついていた。
「黒魔法使いにしか対処できないかもしれないな。まずは呪いを解かないと」
「だが、呪いが強すぎる。一人にすべて任せるのは危険だ」
ソランティア王子の身体全体を、包み込んでいる黒い霧はただの霧ではない。
見る者の心をざわつかせる禍々しい気配
――悪意の波が肌を刺すようだった。
「急いで黒魔法使いの騎士団員を呼べ。ここに来られる者は限られている」
指示が飛び、部屋の空気が一層張り詰める。
わたしの心も、まだ動揺しているのに、それでもこれから起こることに備えなければならないと告げていた。




