4-5.
舞踏会ではダンス曲が、次々と流れている。
一つの曲が終わり、次の曲が始まろうとしていたその時、校長先生から予想外の発言が飛び出した。
「今から、わたしからのサプサイズ演出じゃ。みんなの髪色、瞳の色、声を変えて、仮面をつけ新しいパートナーとダンスをしてもらおうではないか」
生徒たちが一斉にざわついた。
しかし、校長先生がパチンと手を鳴らすと、たちまち上昇気流に巻き込まれた。
これは、転移魔法だ。
転移魔法が解け、バシンと音がして地面に降り立ったのは学校の中庭だった。
わたしは自分がどんな姿になっているのかわからない。
そして、声が変わっていることだけは自分でわかる。
目の前にいる男性は髪の毛は栗毛色で紫の目をしていて、優しく微笑んで立っている。
中庭にある魔法のランプのおかげか、仮面からのぞく彼の瞳がきれいだと思った。
着ている服は上質なのが一瞬でわかるものだった。
白にゴールドの刺繍があしらわられたタキシードで胸元には黒のハンカチが入っている。
黒のハンカチってなんだか珍しい気がする…
「あなたは誰ですか?わたしは」
名前を名乗ろうとしたらわたしの口元にそっと指が添えられた。
「これは校長先生からのサプライズですから、市民、貴族は無礼講でお互いに名前を明かさずにダンスをしませんか?」
そういうと流れるように滑らかな動きでわたしの手を取ると、さっとわたしの腰に手を添えてダンスが始まった。
特訓でダンスをしていたとはいえ、まだまだ踊り慣れていないわたしだったけど、この人とのダンスは全然違う。
リードが上手ですごく踊りやすい。
ダンスの最中、彼の視線とふいに目が合った。
ふっと微笑んだ彼を見た瞬間、胸の奥がきゅうっと締めつけられた。
今まで感じたことのない熱が、心にじんわり広がっていく
——これが“恋”なのかもって、少しだけ思った。
わたしはドキッとした。
仮面の隙間から見える紫の瞳の奥の熱を感じた気がして恥ずかしくなる。
男性にこんなふうに感じたのは初めてかもしれない。
多分、特別な演出があって、お互いに誰かわからないという非日常だからなのもあるのかもしれないけれど。
ダンスを一曲踊ったあとは、学校の庭園の噴水のところに2人で腰をかけた。
わたしは、貴族ではないこと、ダンスの特訓をしたこと、今のダンスはすごく踊りやすかったことを伝えた。
ダンスのリードが上手なことが素人のわたしでもわかったと伝えると相手は「ありがとう」と喜んだ。
すっごく可愛らしい笑顔なのが仮面の下でも伝わってきた。
あれ?わたし、どうしちゃったんだろう…
話しをするごとにすっごく緊張するし、彼の笑顔を見るとドキドキするし、相手の名前が知りたいと思ってしまう。
わたし、こんなこと初めてかもしれない…
「あなたを一目見た時から、ドレスが似合っていて美しいなと思いました。紫のドレスにアメジストの髪飾りですね。その色に何か思い入れはあるのですか?」
目の前の彼は優しくわたしに問いかける。
「わたしは小さい頃から紫色が好きで…」
緊張して上手く話せない…
「実は小さい頃、魔物に襲われたことがあったんです。その時に助けてくれた男の子がいて。多分わたしと同い年くらいだと思ったんですが…
助けてもらった後に2人で木に寄りかかって少しだけお話をしたのですが、その時の男の子の瞳が紫色で。その瞳がなんだかとても生き生きしていて、キラキラしていて、光に当たって美しく輝いていたのが忘れられなくて。」
「えっ…」
目の前の相手が小さな声でつぶやいた。
「そうなんです。なんだかわからないけれど、その時から紫が好きな色になったんです。変な思い出ですよね」
自分でそう言いながら、ふと気づいた。
目の前の相手はまさにあの時会った少年を大きくした版なのでは?と思えてきた。
栗色の髪にアメジストの目。
月夜に当たる紫の目が輝いていた。
恥ずかしくなって照れ笑いするわたしを愛しく見つめてくる、ような気がする。
わたし、おかしくなっちゃったのかな。
自意識過剰?
初めてこの人に会ったのに、どうしてそんなふうに見つめるの…。
ドキドキが止まらないよー!
「全然変じゃないですよ。あなたの素敵な思い出をわたしに教えてくれてありがとう」
そうやってわたしの両手をそっとすくうと、相手はわたしの手の甲に優しくキスを落とした。
「あなたがあまりにも…い……美しくて」
何かを言いかけたように感じたけど、違ったのかな。
「ありがとう。嬉しい」
その時、校長先生からのメッセージが耳元に届いた。
「生徒の諸君、サプライズは楽しんでくれたかの?目の色、声、髪、すべてを変えてみたが……。お主の目の前にいるのは“心が求めた人”じゃ。潜在意識が選んだ相手と言ってもよい。そして……魔法の効果は、あと1分で解けるぞ。最後の瞬間まで楽しんでおくれ」
プツンと通信が途切れる。
「……目の前の人が、潜在意識で会いたかった人? わたしが……?」
「僕は、会った時から君だってわかってたよ」
「えっ……ずるいよ。どうしてわたしにはわからないの……」
「また、会えるから」
「ちょっと、待っ——」
再び身体がふわりと浮かぶ。
あの上昇気流。
目を閉じる間もなく、わたしは元の会場へ戻っていた。
会場では生徒たちから自然と拍手が上がった。
校長先生の粋なプレゼントへの感謝だ。
このシーンは私のお気に入りのシーンの一つです。




