妖精姫はキューピッド 4
精霊車が停まったのは、道の両側に高級な店舗の並ぶ北島で一番賑わっている通りから、一本外れた場所にある年季の入ったこぢんまりとした建物だ。
この店の主はエルイーズという没落した貴族の御令嬢で、才能はあるけどお金がないので貴族が好むようなドレスは作れなくて、お金のある平民の娘向けのドレスを作って少しずつお金を貯めていった苦労人なの。
評判を聞きつけて是非ともうちの商業施設に商品を置かせてもらいたくて、何着か費用はこちら持ちで貴族用のドレスを作ってもらったら、素晴らしかったのよ。
カミルやネリーにも意見を聞いてみたら、これは出資する価値があると言ってくれたので、追加で何点か店に並べる予定で、今日は完成品を見せてもらう約束なの。
経費を差し引いても売れればかなりの儲けになるわ。
それを元手に新しい服を作り続ければ、いずれは商業施設内に自分の店を持てるでしょう。
「やはり。見たことのある精霊車だと思いました」
レックスに手を貸してもらって精霊車を降りていたら、横から声をかけられた。
私に声をかけられる人なんて限られているのに、誰だろうって冷ややかな顔で振り返って、
「まあ、アーサー。北島に帰っていたの?」
相手がキースの兄だと気付いて表情を緩めた。
「はい。妖精姫の結婚式もありますし、しばらくこちらにいる予定です」
すらりと細身で長身の彼は、キースより四歳年上のハルレ伯爵家の長男だ。
幼少の頃に親元を離れ、自分の力で困難な日々を乗り越えた結果、カミルの側近として他国でも有名になり爵位も授かったキースと、親元で跡継ぎとして大事に育てられ、王宮で仕事を任せられたアーサーは、何年も疎遠になっていた。
仲が悪いというより、お互いが相手に引け目を感じているところに、周りが勝手に跡を継ぐのはどちらがふさわしいか論争を始めたせいで、相手に嫌われているのだと誤解し合っていたんだそうだ。
迷惑よね。
ハルレ伯爵も当人たちも、まったく争いを起こす気なんてないのに。
でも時間の流れの中で話をする機会も増えて、キースは全く伯爵位に興味がないことも、アーサーは弟をずっと心配していたこともわかって、今では仲良くやっているみたいよ。
特にアーサーは、今まで出来なかった分、弟を可愛がりたくて仕方ないという感じ。
貴族の子供って幼い頃から親と離れている時間が多いでしょ?
いくら周りに乳母や使用人がいても、両親の代わりにはならないわ。
せめて兄弟がいればいくらか孤独が紛れるんだろうけど、ハルレ伯爵家の他の子供は女の子ばかり。
弟がいるのに会えないなんてって、ずっと不満に感じて育ったらしいの。
「キースは一緒ではないのですか?」
ほら、さっそく弟を探している。
私とカミルとキースって、過保護な兄を持つという共通点があるのよね。
「彼はカミルの側近ですから、私と一緒にはいませんよ。私の側近は彼女です」
ここでさりげなくケイトを紹介しておこう。
もしかするとアーサーは義兄になるかもしれないからね。
「そちらは?」
「ケイト・コンロン男爵令嬢です」
「ああ」
ぱあっとアーサーの表情が明るくなり、ケイトを嬉しそうに見つめた。
キースより全体的にやさしい雰囲気の彼がそういう顔をすると、王宮で切れ者として頭角を現している男には見えない。
この雰囲気を活用して人脈を広げているのかな。
「弟から可愛い方だとは聞いていましたが、本当に素敵な方ですね。それでいて聡明でお仕事のほうも優秀なんだとか」
うわ、キースってばべた褒め。
もう家族はケイトを花嫁候補にしちゃっているんじゃない?
「私はキースの兄のアーサーです。いつも弟がお世話になっています」
「あ、はじめまして。私のほうこそいつもよくしていただいてます」
「それで、婚約はいつになるんでしょう」
「は?」
「え?」
何を言ってくれているのよ。
私がせっかくさりげなく話をしていい感じだったのに、急に横からド直球を投げつけてこないでよ。
「アーサー!」
「え? あ、はい」
突然名前を大声で呼ばれて、驚いて固まっているアーサーに詰め寄った。
「物事には順序というものがあるでしょう? 彼女は私の大事な側近なの。彼女の立場を尊重してほしいわ」
「え? あ」
「ケイト、あなたは先に搬送の準備が整っているかチェックしてくれない?」
「はい。失礼します」
ケイトは焦った様子で頭を下げて、バタバタと店の中に入っていった。
ネリーがすぐに他の侍女を連れて追いかけてくれたから大丈夫でしょう。
「あ、もしかしてまだ……」
「ええ、そうなんです。あなたの弟は意外と奥手で、まだ全く口説いておりませんのよ。これで彼女が怖気づいて、キースを避けるようになったら一生恨まれますことよ」
時間がないというのに余計なことを言ってくれちゃって、どうすんのよこれ。
ちらっと見えたケイトの横顔は、動揺して青くなっていたわよ。
動揺したせいで、私の言葉遣いまでおかしくなったじゃない。
いや、これが貴族令嬢としては正しい言葉遣いかな?
「うわ、それは失礼しました。勘違いをしていたようです」
わざわざ急いで駆けよってきて私に声をかけてきたのは、弟が世話になっているからだけじゃないでしょう?
自分も妖精姫とそれなりに親しいと貴族たちに思わせたいんでしょう?
すぐそこに高級店の並ぶ通りがあるんだから、この辺には貴族やその関係者が多いのよ。
誰がどの店で買い物をしたか、すぐに知れ渡る界隈なの。
「ど、どうしましょう。キースに知らせたほうがいいですよね」
それなのに、ハルレ伯爵の長男が妖精姫に怒られていたなんて噂が広まったら大変でしょう。
弟関連ではヘタレなの? 汗を拭きながら、あわあわするのはやめなさい。
「私のほうですぐに知らせておきます。こじれる前にケイトと話さないと、本人の承諾も得ないうちに、勝手に婚約の話を進めたと誤解されかねないわ」
「大変だ。それで嫌われたらキースがどれだけ落ち込むか。あいつが女性の話をするなんて初めてなんですから」
本当にもう、カミルの周りの男たちは女性との接点がなさすぎる。
あまり得意ではないけど、これからは私が率先してお茶会を開いて、あの屋敷に女性を招かなくては。
家柄も財産も申し分のない男が何人もいるんだから、大喜びで女性が群がってくれるはずよ。
「ああそうだ、ケイトはまだ社交界デビューしていないのよ。近々、イースディル公爵邸で夜会を開くので参加してね」
「いや、立場的にキースが。それかうちが開催するべきではないですか?」
まあね。コンロン男爵の立場としては、普通はそうなのかな?
でも、妖精姫が社交界デビューを後押ししたほうが、ケイトの評判的によろしいんじゃない?
「言ったでしょ。ケイトは私の側近で、温泉ホテルで重要な仕事をしているの」
「しかし……」
「キースともし婚約するなんて話になるのなら、私が彼女に目をかけていると知れ渡るのは、あなたたちにとっても損にならないはずよ」
「それはそうですし大変ありがたいですが、キースも我々もお世話になりっぱなしで……」
あなたたちのためじゃないの。ケイトのためなの。
でも、ケイト側のバックに私がいるかいないかで、結婚した後のケイトの負担が違うでしょうが。
使用人だって親戚だって、主人に世話になっているただの男爵令嬢より、妖精姫のお気に入りで重要な仕事をこなしている男爵令嬢が嫁いできたほうが歓迎するでしょう?
「それは……確かに」
「何をこだわっているの。使えるコネは最大限に使いなさいよ。ハルレ伯爵もあなたも私やカミルとの繋がりを悪用はしないでしょ」
「当たり前です。むしろご恩をお返ししたいので、何かありましたらすぐに私共に申し付けください」
ケイトの立場がよくなって、恩も売れて、最高じゃない?
「それより、もしふたりが両想いになれた場合は、すぐに婚約発表をしてちょうだいね。私とカミルの結婚式に、ケイトがキースの婚約者として出席できるようにね」
「お。そうですね。わかりました」
お仕事がもらえて嬉しそうだね、お兄ちゃん。
でもキースと相談しながらやらないと嫌われちゃうよ?
「これは忙しくなりますね。では失礼します」
「ちゃんとキースに相談してね。焦らないでよ」
「こういうことは苦手分野の自覚がありますので、妻にも相談して、キース主体でやりますよ。任せてください」
それなら安心ね。
自分の力を過信していないところは評価できるわ。
「レックス」
忙しいのか側近に追い立てられて去っていくアーサーを見送りながら、ずっと後ろに控えていたレックスを呼んだ。
「はい」
「キースのところに行って事情を説明してきてちょうだい」
「今ですか?」
「そうよ。その時にこじれる前に告白したほうがうまくいくと伝えて。あなたから見ても両思いでしょう?」
「そうですけど、お嬢がそこまでしなくても」
ちらっとレックスを見たら、仏頂面で私を睨んでいた。
「何よ」
「また守る対象を増やしていますよ」
「しょうがないじゃない。イースディル公爵夫人になるんだから」
「キースなんてほっとけば勝手にくっつきます。甘やかしすぎです」
「でも楽しいし」
特大のため息をつかないでくれない?
幸せはひとり占めしないで、おすそ分けしなくちゃ。
「早く行ってきて。商業施設のほうで合流しましょう」
「……まったく」
まだぶつぶつ文句を言ってるレックスを放置して店内に入ると、もう荷物が片付けられて部屋の中央に山積みになっていた。
どこの業界もライバルを蹴落とそうとする人間っているもので、私がエルイーズに出資したという噂を聞いたからか、店に石を投げいれたり脅迫文を送られたりしているのよ。
このままだと彼女や従業員たちの身に危害が加えられそうだし、出来上がったドレスを傷つけられてしまうかもしれないでしょ?
だから商業施設のほうに早めに引っ越してもらって、そこでドレスを見せてもらうことにした。
私が仕事をしている建物の傍に、一時的に使うには充分な作業場を用意したから、イースディル商会を警備するのと一緒に彼女たちの護衛をしてもらえるし、施設内の警備は万全だからドレスが傷つけられる心配もない。
新しいことを始める時には、必ず邪魔する人がいるものよ。
私には攻撃できないから、弱い相手を狙うのよね。
「あの……先程の話は、いったい……」
エルイーズといいケイトといい、店内に不安そうな顔をした女性ばかりになってしまっている。
従業員たちも大きな荷物を手に何人かで固まって、暗い顔で黙り込んでいた。
おかしいなあ。
エルイーズはようやくチャンスを掴んで、ケイトはほのかな恋心を抱いているキースとうまくいきそうなはずなのに。
「キースって今まで女性に無関心だったのよ。いろんな意味で。忙しかったしね」
「はい」
「それが最近、あなたの活躍を高く評価したのもあって、こんな素敵な人がいるんだよってアーサーに話したらしいの。それで兄としては、弟が女性の話をしているって嬉しくなっちゃったんだって」
「あ、それであんな誤解を」
誤解じゃないんだけどさ。
それにこの話で安心されるのも複雑な心境ではあるのよね。
キースのことをいいなと思っているわよね? どう見ても惚れてる感じだし。
まあ私でも、本人から何も言われないうちに相手の家族が婚約なんて言い出したら、お付き合いの仕方を考えさせてもらうわ。
彼女に告白する前に婚約話を進めるって、相手の身分が下だから断らせないぞって思っているんじゃないかと疑うわよね。
「すごく反省していたし、キースに怒られるって頭を抱えていたわ」
「まあ。それは少し気の毒ですね」
よかった。
ケイトは普段の様子に戻った。
「じゃあ移動しましょうか」
次はエルイーズたちの番ね。
「お手間をおかけして申し訳ありません」
質素な服を着て髪を束ね、化粧もしないで眼鏡をかけている今の彼女はとても御令嬢には見えない。
でもセンスはいいの。
今着ている服だって祖母のドレスを手直ししたのに、最新のデザインかと思うような可愛さよ。
「何を言っているの。あなたが謝ることなんて何もないわ。それよりそんな暗い顔をしたら、従業員たちが不安になるでしょう? 新しい店舗にドレスを並べられるんだし、仮とはいえ新しい作業場も出来たのよ。街を見下ろせるステキな作業場よ。イースディル商会に近いから、商人たちが出入りするけど警備はしっかりしているから安心してね」
「はい、ありがとうございます」
私が心配しているのは、嫌がらせや侵入者じゃないのよ。
世界中からやり手の商人が来るし、商会の護衛だけじゃなくてイースディル公爵騎士団の騎士も警護に当たっているの。
つまり若い素敵な男性がたくさんいるのよ。
イースディル公爵家って独身の女性と男性の比率がおかしい。
女性は侍女か商会の事務に何人かいるだけなのに、男はもう男子校並みにうじゃうじゃいるから、エルイーズも従業員たちも注目の的になっちゃうわよ。
「いいこと、甘い言葉で近付いてくる商人や騎士は要注意よ。多少冷たくしたほうが、自分の価値があがると思ってね」
突然私が何を言い出したのだろうと驚いた顔をした彼女たちも、徐々に言われていることに思い当たったのか表情が軽くなって、少しだけ期待に胸を弾ませている感じになってきた。
違うんだ。心配しているんだ。
期待していいよって言っているんじゃないからね。
「その話はあとでまたしましょう。まずは商業施設のほうに荷物を運ぶわよ」
言いながらイフリーに横座りして浮かび上がって、空中に大きな円を描く。
「はいドーン」
軽く円の中心を押して空間を繋げたら、向こうには荷物を運ぶ手伝いをするために、若い男どもが待ち構えていた。




