妖精姫はキューピッド 2
「そもそもケイトはれっきとした男爵令嬢なんだ。それも裕福な貴族の令嬢なんだぞ。侍女や護衛がつくのは当たり前だろう」
「……裕福」
眉を寄せて首を傾げているケイトを見て、カミルは額に手を当ててため息をついた。
「ディア、ケイトは俺達の事業のために動いてくれているんだ。ちゃんと給金は出しているんだろう?」
「当然よ」
「キースは? 領地管理をして町の立て直しのために動いてくれているコンロン男爵を、まさかただ働きさせていないだろうな」
「当たり前じゃないですか」
お金に不自由していた時間が長かったせいか、どうもケイトは自覚が足りない。
というか、もともとコンロン男爵はけっこう稼いでいたのよ。
古い屋敷を維持するのには、お金がかかりすぎていただけなの。
限界集落化しそうになっていた村からは、あまり税金を取れなかったしね。
でももう違う。
近くに仕事が、それもかなり待遇のいい仕事が出来たので若い人が戻ってきているし、ホテルや商業施設内の店と契約して、安定した収入を得られるようになって農家も多いの。
今までは町まで運ばないと売れなかった野菜を、市場で売るより高く買い取ってもらえるんで、農業をしている村の人は驚いていたわ。
自分たちの作る野菜の価値をわかっていなかったんだね。
本当に美味しいのよ。
そうすると村の人口が増えて税収も増える。
管理するコンロン男爵の仕事も増えるから、給金も増える。
下手な会社経営者より、よっぽど儲けているはずよ。
「カミルの言う通りよ。たぶん、使う機会がなくてお金が溜まっているでしょう」
「それは……そうです」
「お金は天下のまわりもの。溜め込みすぎないで使わないと駄目よ。安定した収入があるうえに、若くて可愛い女の子。そりゃ、親しくなりたい男が群がってくるわよ。ケイトはもう少し自分の価値と魅力を認識したほうがいいわ」
「はあ。お金はわかりましたけど、ディアドラ様のように美しいわけじゃないですし、もてませんよ?」
まったく自覚がないわね。
それは私が近くにいるせいで、手を出しにくいからでしょう。
仕事中のケイトは貴族令嬢がよく着ている民族衣装風のドレスや帝国風のドレスではなく、庶民が着ているアオザイのようなドレスをアレンジして着ている。
温泉ホテルのスタッフが制服を注文する時に、似たような感じで何着か作ってもらったの。
でも庶民が着ている物とは違って生地がしっかりしていて、色も綺麗な藍色で裾にはブルーの濃淡で花の刺繍が入れられている。
きらりと光るのはガラスのようなビーズで、セットの上着もあっておしゃれなのよ。
自信がついたせいかどんどん綺麗になって、仕事が出来る女性って感じよ。
普段着の地味な帝国風のドレス姿の私より、彼女のほうがプロジェクトのリーダーって感じがするわ。
「あなたに護衛は絶対に必要なの。私と一緒にいるところを多くの人に見られているし、あなたはどんどん綺麗になっている。ぜひうちの家の嫁にって考える人が急増していると思うのよ。手順を踏んでちゃんと申し込んでくれる人ばかりならいいけど、残念ながらあなたの家は男爵家。身分の上の人が相手では断りにくいでしょ?」
「それは……ディアドラ様が……」
「うんうん。前にもこの手の話をした時に、私が相手を見極めてやるんだから、私の許可なしには結婚させないって妖精姫が言っているって言いなさいって話したわよね」
「過保護だな」
あまりにうるさいので、寝転がっているカミルのお腹の上に全体重をかけて座ってやった。
「うっ」
でも一瞬苦しそうな顔をしただけ。
カミルは腹筋を使って身を起こし、両手で私を嬉しそうに抱きしめた。
まあ……いいや。
昼間から職場でする体勢ではないけどカミルの機嫌は急上昇中で、ケイトに向ける顔つきも幾分穏やかになっている。
男の人って結婚したら甘えん坊になるの?
うちのお父様もお母様の前では子供みたいなことをしている時あるわよ。
「でもね、中には無理やり攫ってでも関係を持ってしまえばこっちのもんだって考える人がいるかもしれないでしょ」
「そんな……」
「拷問してでもディアの弱みを聞き出そうという人間だっているかもしれない」
「カミル、あなたは少し黙っていて」
脅しすぎなのよ。
彼女だって全属性の精霊獣がいるから、そう簡単には捕まったりしないわよ。
でもそれもあの頂上の魔力の量と精霊の量が関係していて、最初に彼女に出会った時には精霊は三属性共、精霊獣になりたてって感じだった。
それが温泉地帯に頻繁に行くようになったら、めきめき成長してしまったの。
彼女だけじゃない。
あそこのスタッフはみんな、平民も含めて全員精霊の数が増えたのよ。
取引関係者や会議に参加する人たちが、そこに気付かないはずがない。
精霊を我が子にって思う貴族から、もう予約の問い合わせが殺到している。
お値段がそこそこだから、お得意様になれる貴族はある程度限られてくるし、外国からの問い合わせも多い。
予約出来ない人にとっては、キースの領地に屋敷のあるケイトとお近づきになって、そこから温泉地帯に通わせてもらえないかって考えている人もいるみたい。
「護衛をつけるのが嫌だというのなら、私のところで働くのはやめてもらうわ」
「つけます。何人でもつけます。よろしくお願いします」
「そうして。私もあなたがいなくなると困ってしまうから」
護衛をつけることを納得してくれたようでよかった。
来客なんて何年もなかった古い屋敷に住んで、祖母の代から使っているドレスを着て過ごしてきたケイトは、自分が用事を済ませている間、護衛を待たせておくというのが心苦しく感じてしまうんだそうだ。
でも護衛にとっては、待つのも仕事よ?
「では、私は出かけてきます」
「はーい。気を付けてね」
ひらひらと手を振ってお見送りをして、笑顔で会釈して扉を閉めたケイトを見送った。
多くの問題を一緒に解決してきた彼女には、これからも一緒に頑張ってもらいたいわ。
「彼女、本当に綺麗になったわよね。性格もいいし、頑張り屋だし、最強じゃない?」
横から抱き着いているカミルの腕を払いのけて立ち上がりながら言った。
でもすぐに引き戻されて、カミルの腕の中に逆戻り。
「ここは仕事場なのよ」
「じゃあ帰ろう」
「本当に会うたびに綺麗になっているんですよね」
「まだ仕事中……え?」
会話の中にキースの声が紛れ込んでいなかった?
「そんなに綺麗か? ディアのほうが」
「はいはい。もう少しおとなしくしていて。書類を集めたら帰るから。それとケイトは美人よ。自分に何が似合うのかちゃんとわかっているし、ホテルのメイドと一緒にマナーの教育を受けて姿勢がよくなったでしょ。これからもっと綺麗になるわよ」
「今でも男どもがうるさいのに?」
おやおや? キースってば不満そうね。
そういえばケイトの顔を見るたびに綺麗になったって言ってない?
「キースくん。気になるのかな?」
「え? そ、そりゃあコンロン男爵には領地運営を任せている身ですから」
「そうか。ケイトの嫁ぎ先を見つけてあげたいわよね」
「いや、それは……」
「ふふふふ。気になっちゃってるんでしょ」
呆れ顔をする時以外、普段あまり表情を変えないキースが赤くなっちゃっているのが可愛い。
元が地味な子だったから、変化が鮮やかで気になる存在になっちゃったんだろうな。
「ねえ、私がそれとなくケイトの気持ちを聞いてあげようか」
「けっこうです。やめてください」
「えーーー」
「あなたにさりげなくなんて高等テクニックが出来るとは思えない」
「カミル、キースが今日も失礼よ」
「うーん。今回はキースと同意見……痛いぞ」
軽く肘打ちしただけよ。
文句を言うならいい加減に離れなさい。
「私は今までにもお友達の仲を取り持ったことがあるんだからね。でも私はケイトの味方だから、キースよりよさそうな相手がいた場合は諦めてね」
「それはひどいじゃないですか!」
「ふふん。他の男に取られるのが嫌なのに、行動しないあなたが悪い」
「俺は難しい立場なんですよ」
俺って言った。
私相手に言葉が崩れるなんて珍しい。
「俺側から縁談を持ち込んだらコンロン男爵は立場的に断れないんです。ケイトに直接話したとしても、彼女だって家のことを考えたら嫌でも断れないんですよ」
「そこで颯爽と私が登場するんじゃない」
「登場しないでください」
「もう遅いわよ。すっかりやる気になっちゃったもの」
「止めてください!」
私に言っても無駄だと悟ったキースがカミルに詰め寄った。
「無理だろ」
「弱いな。本当に尻に敷かれているじゃないですか」
「ディアが楽しそうでけっこうなことだ」
「少しは俺の立場も考えてくれないかな!」
だいぶ動揺しているな。言葉遣いがめちゃくちゃだ。
つまり、本気でケイトを気に入っているってことよね。
いやあ、こういう話題は明るくて楽しくていいわね。
頑張っちゃうわよ。




