新しい事業を始めるぞ 2
ここからはディア視点です。
突然顎に触れられて、はっとして現実世界に舞い戻った。
唇に押し当てられた物を条件反射でぱくりと口に入れ、笑いそうになっているカミルの顔を見返す。
マカダミアナッツ入りのチョコって、チョコと一緒に齧って食べるか、先にチョコだけ食べてしまって最後にナッツを齧るかでいつも迷う。
今日はカミルが待っているので、さっさと齧るとカリカリといい音がした。
「現実世界に帰ってきたか?」
「ただいま。何分ぐらい考えこんでた?」
「ほんの二分くらいだよ」
二分ならあっという間じゃないって思うでしょ?
でも実は何もしないでいると一分って結構長いんだ。
公共放送で一分間まったく音が流れなかったら、とんでもない放送事故よ。
その倍の二分間も話の途中でカミルを放置してしまった。
「ごめんなさい」
「いやいいさ。ずいぶんと面白い光景を見られた」
「何が?」
カミルの視線を追って気付いた。
いつの間にか私の周りがマスコットだらけになっている。
「なんだこりゃ!」
「ははははは。喋り出すと本当に印象が変わるよな」
「悪かったわね」
「で、何を考えていたんだ? 初めのほうは落ち込んでいたようだから、婚約式のことを引き摺っているのかもと思ったが、まさかな」
「まさか」
カミルが持っていたお皿からチョコを摘まんで口に放り込み、背もたれにもたれかかったらマスコットが何体かソファーから転がり落ちた。
「先にこれを片付けないと。どの部屋に置く?」
今でも結構な数だけど、これからもっと増えるもんね。
「それ用の部屋を作ろうか。ディアの部屋は結婚したら使わなくなるから、そこに置いたらどうだ?」
「いいわね。でも目立つ場所に飾りたい気もするのよね。限定販売で時期を逃したら手に入らないから、けっこう高値で取引されているのよ」
「新しく事業を始めるんだろ? そこに棚を用意すればいいじゃないか。でもそんなにたくさん持っているのか?」
「保管用、布教用、自分用があるから大丈夫」
でもこれはフェアリーカフェのマスコットなんだよなあ。
結婚したらフェアリー商会とは無関係になるのに、私の事業所に展示するのはおかしいわよね。
ルフタネン王都のフェアリーカフェの店舗にでも並べようかな。
「なんの話だっけ? ああ、落ち込んでいたのは私たちが年をとらないって話を、精霊王が改めてしちゃったからだって思ってたって話ね。あれは落ち込まないわよ。出来るだけ家族と会いやすいようにするにはどうすればいいかは考えたけどね」
友人たちが四十代になっても、私とカミルは今とあまり見た目が変わらない。
それを見たら、自分も年をとりたくない。彼らだけずるいじゃないかと騒ぐやつが現れるかもしれないでしょ?
自分も長生き出来るようにしてくれと、ベリサリオや精霊王にたのむ人間が出てきても迷惑だ。
「それで考えたの。一番いいのは、妖精姫なら仕方ないと思わせることよ」
「それは今でもそうだろ」
「普通の人間とは容姿から違うほうがわかりやすいわよね。ドレスも独特の物を選んで」
「それも今も」
「近寄りがたい雰囲気も必要よ」
「それも」
「カミル、うるさいわ。まだ全然足りないの」
今はまだ、話しかけられたくて周りをうろうろする人間がいるの。それじゃ駄目よ。
会話しても平気かな。だって彼女は普通の人間とは違うから、近寄ったらまずいかもしれないって思わせないと。
「イメージ戦略が大切なのは確かだ。でもじゃあ、何を考えこんでいたんだ?」
「レックスとネリーの結婚についてよ」
「ああ……」
以前から何度も、イースディル公爵家に仕える人たちのほとんどが独身だってことは気になっていたのよ。
カミルが命を狙われていた時は自分の身を守れる人しか雇っていなかったから、女性が少ないというのもあるし、世界中を飛び回っているカミルと一緒に行動していたら、恋人を作る時間がないのも仕方ない。
でもさ、最近は平和が続いていて身の危険もないし、カミルも結婚を前に仕事の仕方を改めている。
だから使用人たちや側近たちにも、自分の人生を今後どうするかを真剣に考えてみてほしかったのさ。
その話をしたらレックスは、
「カミル様とマンテスター侯爵に女性を何人か紹介してもらうことになっています。その中から選びますよ」
とあっさりと答えやがった。
私ね、レックスとネリーはもしかしてもしかするのかなって、少しだけ思っていたのよ。
でも全くそんな気配はなかったわ!
「ディアの傍にどちらかが必ずいるようにシフトを組んでいるんだから、あの二人が仕事以外で顔を合わせるのは、引継ぎの時ぐらいだろ」
カミルに言われるまでそんなことを考えてもいなかったよ。
確かにそうだわ。
「いいのよべつに。レックスが誰と結婚しようが、結婚しなかろうが、それは彼の自由よ。
ただね、私の傍で仕事をしやすい環境を作るために、一番ふさわしい女性を選ぶって言うんだもん。しかも高位貴族に選んでもらって、あとで問題が起きないようにしてるわけでしょ」
カミルや、マンテスター侯爵の紹介した女性にケチをつけられる人間は北島にはいないからね。
「しっかり者じゃないか」
「そうなんだけど、もやもやするのよ」
仕事をやりやすくするための結婚ってどうなの?
普通は生活するためのお金を稼ぐために仕事をするんでしょう。
やりがいがあるのはいいことだと思うけど、そんなに仕事ばかりしていてレックスは幸せなのかな。
「ネリーなんて結婚しないって言うのよ」
「意外だな。きみが結婚にそんなにこだわるとは思わなかった」
「こだわらないわよ。独身のほうが気楽だって思う人もいるでしょう。そうじゃなくて、結婚しない理由が問題なの。私に娘が出来た場合、いずれはどこかに嫁ぐでしょ? 陛下は俺の息子と結婚させたいなんて言い出しているし」
「まだ結婚もしていないのに、生まれるかもわからない娘の嫁ぎ先のことなんて考えられるか」
でも今から約束を取り付けようとする貴族が世界中にいるのよ。
ベジャイアからも打診が来たから、生まれてもいないのに知るかってことわったばかりよ。
「で! 娘が嫁ぐ時にはネリーもついて行くんですって。どこに嫁いでも娘をひとりにしないように。会いたい時に私と会えるように橋渡しの役目が出来るように」
「徹底しているな」
「私には、そんなふうに人のために生きるなんて考えられない。なんでそこまで出来るのか理解できないわ。彼女の私生活は、買い出しか、仕事の疲れをいやすために部屋で寝ているかのどちらかなのよ。あとは部屋の掃除。一日中自分の部屋を磨くらしいわ」
「もうそれが趣味なんだよ」
そうなんだろうけど、本当にそれでいいの?
「それでいいんだと思うよ。それが彼女には楽しいんだよ」
私たちが話をしている間に、カミルと私の精霊獣たちがマスコットを片付けてくれたので、カミルは私の肩を抱いて引き寄せた。
ふわふわとマスコットを浮かせて遊びながら箱に戻していたから、精霊獣たちにとっては遊びだったんだろうな。
「サロモンもキースも、俺達と一緒にいると他ではありえないことを経験出来て、それが楽しいんだそうだ。ネリーだって伯爵令嬢として普通に結婚するより、きみの傍にいるほうが楽しいことがたくさんあるんじゃないか?」
「仕事をしているのに?」
「きみだって仕事を楽しんでいるだろう?」
それはそうだけど。
というか、楽しい仕事しかしていないけど。
でもそうか。私といると楽しいのなら……。
「ディア、彼女たちが楽しめるように何かやろうなんて考えるなよ」
「なんでわかったの!?」
「何年付き合ってると思っているんだよ」
カミルが頭を凭せかけてきたので、彼の頬が私の頭頂部に乗っかった。
ちょっと重い。
でも心地よい重さだ。
私は、いろんなことを経験したいと思う。
仕事をする時間。彼氏と過ごす時間。友人と過ごす時間。家族と過ごす時間。そして一人の時間。
どれが欠けてもストレスになる。
ネリーだってレックスだって友人はいるし、家族とも仲がいい。
だから仕事だけってわけではないんだろうけど、私のために使う時間が多すぎて本当に大丈夫? って思っちゃうのよ。
「でも本人たちはそれでいいって言っているんだ。彼らの生き方を変えようとするのはどうなんだ? それにな、それは上に立つ者がみんな感じることなんだよ。国王なんて大変だぞ」
「そうか。そうだよねー」
ただ最期の時にけっこういい人生だったんじゃない? って思えるんならいいのよ。
レックスやネリーにも幸せになってもらいたいだけなの。
「彼らが死ぬ時には枕元に立って、楽しかったかどうか聞いてやるわ」
「是非そうしてやれ。きっと喜ぶ」
他人事みたいに言わないで。
キースやサロモンにもやるわよ。
あまり楽しくなかったなんて言ったら、おでこをべしべし叩いてやるんだからね。




