シンシア・ラーナーだって結婚したい 11
楽しい時間はすぐに過ぎてしまいます。
「まだ予定があるのよ」
ディアドラ様の仕切りで外に出たら、港で降りたはずの小型船型精霊車が庭に停まっていました。
「そうね。夜景は見て帰ってほしいわ」
「この軍港の夜景は独特だぞ」
「そうなんですね。楽しみです」
見送りに来てくださったマイラー侯爵夫妻と、またすぐに会う約束をして精霊車に乗り込みます。
よく考えたら、マイラー侯爵夫妻や親せきの方とばかりお話していて、ヘンリー様とはあまり話せませんでしたわ。
窓が厚いカーテンに閉じられているので外が見えませんが、それも何か理由があるのだろうと小型船型精霊車の中に入ると、窓側を向いて半円形の椅子が置かれているという内装に変わっていました。
空間魔法って、こんなにすぐに内装を変えられる物でしたっけ?
なかなかに面倒な手順が必要だった気がするんですけど。
「今夜は空を飛ぶ許可をもらっているから、少し揺れるかもしれないんで立ち上がらないでね。私はあっちに座っているから」
半円形の椅子に私とヘンリー様が並んで座り、他の方々は奥の席に移動してしまいました。
急にふたりだけになると意識して緊張してしまいます。
「カーテンを開けるわよ!」
び、びっくりしました。
ディアドラ様、急に大きな声を上げないでください。
「まあ」
ドキドキする胸を押さえて深呼吸している私の前で、しゃっと音を立ててカーテンが開かれました。
いつの間にか精霊車は空に浮かび、眼下に軍港の夜景が広がっています。
日が沈み、壁の色がわかりにくくなるかわりに、それぞれの家のドアや壁にいろいろな形の図形が輝いていました。
四角や丸を組み合わせたもの。木や波に見えるもの。なんだかよくわからないもの。
同じ図形はひとつもありません。
おそらくあれで自分の家を見分けるということなんでしょう。
家だけではなく、木々にも階段の手すりにも照明が灯されて、明るく照らされています。
照明の色合いが統一されているので、いろんなマークがあってもうるさい感じはしません。
ときおり草原に風が吹いて草がなびくように、港の端から色が変わっていく様子は美しく、いつまででも眺めていられそうです。
「色の自由を制限する代わりに、決まった大きさの中に好きな模様や図を描かせたんだよ。今ではこの夜景がみんなの誇りになっている」
「本当に素敵ですわ。港の海の中にも照明があるんですね。あれは安全な航路を示しているんですか?」
「そうだよ。嵐の夜はあれを頼りに、他の港の船もここに避難してくることもあるんだ。普段はあと一時間もしたらいくつかの明かりを残して照明は消してしまう。明かりが消えたということは、全ての船が無事に帰ってきたという合図にもなっているんだ」
海に出た男たちの安全を祈る家族や恋人の思いが、この美しい夜景に込められているんですね。
「ねえシンシア、ここにあるすべての魔道灯を作ったのも、光が変わるようにしたのも、全部魔道省だって知ってる?」
「知っているだろう? これだけ大掛かりな仕事だ……知らなかったのか?!」
私の表情を見て察したヘンリー様に驚かれてしまいました。
ええ、知りませんとも。
こんな素敵な仕事を、父や兄がしていたなんて。
「まったく。いくら営利団体じゃないからって言っても、自分たちの仕事の成果をもう少し積極的に世の中に知らせるべきだ。そうしないから魔道省をやめたいなんて言い出すやつが現れるんだよ」
「そうなんですか!?」
「最初に作ったのは魔道省なのに、あとから真似して作った魔道具のほうが人気になってしまうことがあるだろう? そっちばかりが有名になって、魔道省は何をやっているんだって文句を言われたり、魔道省の商品は丈夫だけどセンスがないと評価されているのが嫌で、他所で働きたいと考える者がいるようなんだ」
あ……私もセンスがないと言ってしまったわ。
本当のことだとしても、もっと言い方を考えなくては駄目よね。
それで父も兄も、最近難しい顔をしていたのかしら。
「実際、センスはないわよね。私も人のことは言えないけど、でも見る目はあると思うのよ」
話に興味を持ったのかディアドラ様が近づいてきて、背もたれに腕を乗せて寄りかかり話に加わりました。
でも視線は夜景に向けられたままです。
わかります。
おしゃれではないですけど、でもそれがいいんです。
素朴な中に、愛情がいっぱい詰まっている夜景です。
「それで、やめてしまった人がいるんでしょうか」
「今のところはいないようだ。給料がね、やはり国営は強い。上層部は魔道省の仕事の成果を把握しているから、他所よりずっと給料が高いんだ」
「そりゃあこれだけ大規模な仕事をこなしているんだもの、当たり前でしょう」
そうですよ。
街全部の照明を手掛けてるんですよ。
ほら、また色が変わった。すごく綺麗だわ。
これを私の父や兄が手掛けたなんて、なんて誇らしいんでしょう。
「あのヘンリー様、観光ではなくて、魔道省で働く方のご家族にこの風景を見せるだけでしたら、許可をいただけないでしょうか」
魔道省に働く人の奥さんや子供たちは、私と同じように、この景色を見たら誇らしく思うはずです。
うちの父や兄のように、どんな仕事をしているか説明しない人も多いんじゃありませんか?
場合によっては説明できないこともあるかもしれませんし。
「家族が喜べば、やめたいと思う人も減るんじゃないですか? 社交界や友人との付き合いで、魔道省は何をしているかわからないって、私も言われたことがあるんです」
「それはいい。きみとの婚約祝いを船上でやることにしたらどうだ?」
「婚約……ええ、そうですね。素敵です」
「オルランディ侯爵領からリーガン伯爵領への花の街道ツアーにも招待するわ」
もしかして、それも魔道省が絡んでいるんですか?
「そうよ。照明がふわふわ浮くって話したでしょう? あれは魔道省の製品よ」
だから兄は詳しかったんですね。
本当に、なんでそういう話をしないんでしょう。
魔道省に入れば、都市計画のような大きな仕事に携われると知れば、優秀な人材が集まるんじゃないですか?
何をしているかもわからない、地味でセンスのない職場に入りたいと思う人はいませんわ。
「是非お願いします。父や兄には私から話しておきます。まったくもう世話のかかる人たちなんですから」
話題がないなんて言っている場合ではありませんでした。
母は父に甘いんですから、私がびしっと言わなくては。
その日から、少しずついろんなことが変わっていきました。
私の剣幕に押された形で父が了承した船上の婚約パーティは大盛況で、魔道省の人たちの御家族はマイラー侯爵領の夜景に夢中になっていました。
家族の無事を思う気持ちは誰もが同じですもの。
その気持ちを汲み取った夜景は、ただ美しいだけじゃありません。
船乗りたちの無事を知らせたり、嵐の夜の道しるべにもなるんですよ。
今夜は子供たちも特別に参加して、父親の仕事の成果に目を輝かせていました。
ディアドラ様のツアーのほうは全員一度には無理ですので、何組かに分かれて参加することになりました。
中が広い精霊車を特別に用意してくださるそうなので、皆さんがひととおり参加できる日もそう遠くないでしょう。
そして驚いたことに、フェアリー商会の精霊車の新型発表の際に、魔道省協力という文字が説明の文章の中に大きく書かれていたんです。
魔道省の制作した部品の説明と、どこが優れているのかがしっかりと書かれていたので、フェアリー商会が魔道省の技術を高く評価していることが、帝国中に知られることになりました。
「ディアドラ様、ありがとうございます」
「他の工房の部品だって紹介しているんだから、お礼なんていいのよ。どう? 少しは魔道省の雰囲気が変わった?」
「はい。みなさんやる気になっているそうです」
「やる気になってもセンスはよくならないのが問題よねー」
そうなんですよね。
でも兄はエレイン様や御令嬢たちの意見も広く取り入れるようになったんです。
私にも相談してくるようになったんですよ。
エレイン様へのプレゼントの相談とかデートについて聞かれることがほとんどですけど。
そして、婚約から結婚までが他の御令嬢より短いので、勉強しなくてはいけないことや準備しなくてはいけないことがたくさん出てきて、両親とも話をしないといけなくて、夕食の席に顔を出すようになりました。
あいかわらず報告会や討論会のような会話がほとんどですけど、それがきっとうちの家族らしい形なんでしょう。
まだ私の婚約に不満そうな顔をする父を叱る母の姿は、マイラー侯爵に仕事を頼むマイラー侯爵夫人の姿と似ています。
もしかすると結婚って、女性が強いほうがうまくいくんでしょうか。
男性の度量次第ではあるでしょうけど、ヘンリー様なら平気そうな気もします。
私もディアドラ様のようにはいきませんけど、強くならなくてはいけませんね。
「最近、シンシアが強いな」
「父上、弱気なことを言わないでください。シンシア、ヘンリーに嫌われないようにしろよ」
「私、エレイン様と出かける約束がありますの。そういう話は帰ってからにしてください」
「なんで? 僕と出かけないでおまえと出かけるのはおかしいだろう!」
いえ、もうだいぶ強くなってきている気がします。
こんなに長い話になってしまうとは……。
お付き合いありがとうございました。




