シンシア・ラーナーだって結婚したい 5
間があいてしまってすみません。
連載再開します。
「ディアドラ様、素敵でしたわね」
「いつもアクセサリーのデザインが繊細で、妖精姫のイメージにぴったりだわ」
ホールに戻り友人たちと談笑する時も、やはり話題になるのはディアドラ様です。
妖精姫のイメージに関してはかなり個人差があるようですけど、可憐な御容姿をしていらっしゃるということに異論のある方はいらっしゃらないと思います。
「パトリシア様も素敵だったのよ。でも踊っている時にすれ違った御令嬢の、ドレスについていた宝石がレースに絡んでしまって、破れてしまったみたい」
「さっき休憩室でアラン様とディアドラ様にお会いしましたわ。兄が侍女を連れてきていましたから、きっとすぐに直せますわ」
「よかった。どうなるかと思ってドキドキしちゃったわ」
「相手のお嬢さんが気付かずに離れていこうとしたものだから、アラン様がパトリシア様を片手で抱いて、素早く相手の方のほうに歩み寄って声をかけたんですって。素敵よね。相手の方は驚いてしまって、申し訳ないって青くなっていたわ」
「ターンした時に広がるドレスの裾に宝石をつけるのなら、もっと注意するべきだわ」
アラン様の株が最近急上昇ですわね。
騎士は人気がありますし、辺境伯令息とはいえ次男のアラン様と公爵令嬢の恋愛物語は、女性にとっては大好物ですもの。
クリス様が社交の場にあまり参加なさらないので、余計にアラン様に注目が集まっているというのもあるかもしれません。
クリス様も相変わらず大人気ですよ。
むしろ、以前より女性の人気は高まっているかもしれません。
なにしろ奥さんと子供が大切で、傍にいたくて社交の場から足が遠のいているというお話ですので、あの氷の貴公子のクリス様が?! と驚かれているんです。
今夜は、ベリサリオからはアラン様とディアドラ様だけが参加です。
いえ、充分すぎる顔ぶれでいらっしゃるんですよ?
侯爵家の一部が、反辺境伯勢力を集めているもので、中立派のうちが面倒に巻き込まれないように、他の辺境伯も兄の友人を中心に参加者を選んでくださったんです。
ですから、ノーランドからはジュード様とエルダ様がいらして、コルケットからは引退した先代がいらして……つまり当主は誰もいらしてないんです。
せっかく平和が続き、国も豊かになっているというのに、反辺境伯派はいったい何が不満なんでしょう。
侯爵の地位が相対的に下がっているのは、何も功績をあげられない自分たちのせいなのに、いつまでも民族の違いにこだわるのはおかしいです。
「ねえ、あそこにいるのバリーじゃない?」
不意に友人のひとりが呟いたので、私たちは驚いて彼女の視線の先に目を向けました。
そこには派手な赤いドレスを着た令嬢と、グラスのお酒を一気に煽るように飲んでいる青年がいました。
「バリーって、あんな顔をしていましたっけ?」
なにしろ会うのは四年ぶりですし、十一から十五の四年というのは見た目がだいぶ変化します。
私の知っているバリーは、調子のいいところはあっても優しい性格で、帝国ではよく見かける赤髪に青い目の、気の弱そうな平凡な容姿をしている少年でした。
でも今、べったりと腕に寄りかかっている女性に笑いかけている顔は尊大そうで、笑い方も下品に見えます。
性格の悪さが顔に出ていると言えばいいのでしょうか。
この四年の間に、彼はどんな生活をしていたのでしょう。
「シンシア、まさか彼を招待したの?」
「ありえませんわ」
傍にいた侍従を呼び、すぐに確認することと、念のために両親に知らせることを指示しました。
父とヘガティ伯爵はいっさいの交流を断っているはずですから、バリーがこの場にいるのはおかしいんです。
おそらく隣にいる女性が招待されていて、パートナーとしてバリーを連れてきたのでしょう。
そうだとしても彼を屋敷の中に入れるなんて、招待状のチェックをした者のミスですわ。
「ほうっておきましょう」
「シンシア、あなたは大丈夫?」
「はい。自分でも驚くぐらいになんともありません。もう無関係ですしどうでもいいです」
親の決めた婚約者ですし、とうの昔に踏ん切りがついています。
むしろ、あんな人と結婚しなくてすんでよかった。
女性を幸せにできるタイプには見えませんもの。
「ちょっと、こっちを見ているわよ」
「うわ、こちらに来る気よ」
「あの男、何を考えているの?」
ちらりと視界の端に捉えた彼は、酔っているのかふらつきながら、支えようとする彼女を押しのけてこちらに向かって来ていました。
こういう時、慌てたら相手を喜ばせるだけです。
ゆっくりと息を吸い込んで吐き出したときに、バリーが少し離れた場所で足を止めて声をかけてきました。
「やあシンシア。ひさしぶりじゃないか」
あまり近づくと、周りに止められるとでも思ったのでしょうか。
会話するには距離が離れてるために、自然と声が大きくなってしまいます。
そうして周囲の注目を集めるのが狙いなのかもしれません。
でもここはホールの庭園側の窓辺です。
女性ばかりで集まって話し込んでいましたので、幸いなことに傍にはあまり人がいません。
ただ、食事や飲み物が並ぶテーブルから見える場所なので、騒ぎが起これば気付く人も出てくるでしょう。
「……どなた?」
私はゆっくりと振り返り、首を傾げて尋ねました。
「ひどいな。もう婚約者の顔を忘れたのか?」
「私に婚約者はおりませんわ」
「侯爵になった途端に破談にしたからだろう」
なんてこと。
破談を言い出したのはヘガティ伯爵なのに、私たちが侯爵になった途端に、よりよい縁談を結ぶために彼を裏切ったという話にする気なんですね。
「誰かと思ったらヘレナじゃない」
友人のひとりが憤りを込めた声で呟きました。
ヘレナ・ガウリー男爵令嬢は、子供の頃は仲のいい友人だった女性です。
うちが侯爵になると決まった時に疎遠になったので、彼女と会うのも四年ぶり。
派手な化粧とドレスのせいで、言われるまで誰だかわかりませんでした。
ご家族とうちの両親は良好な関係を続けていたので、今夜も招待状をお送りしたのでしょう。
「侯爵令嬢になったのに、いまだに婚約者も決まっていないんですって? 昔からの取り巻きにちやほやされているから、新しい友人すら出来ていないんじゃないの?」
社交界の決まりをすべて無視して、ヘレナは嘲るように笑いながら話しかけてきました。
男爵令嬢が侯爵令嬢にそんな態度を取ればどうなるのか、考えが及ばないのでしょうか。
「あなたは誰?」
「え?」
「私のお友達や知り合いの中に、そんな下品な態度を取る方はいませんわ。どちらの御令嬢です?」
ちらちらとこちらを気にする人がいる中で、男爵令嬢だと名乗る勇気がなかったのか、友人だった頃はおとなしかった私が、こんな態度を取るとは思わなかったのか、ヘレナはぐっと息をのみ、苛立たしげに眉を寄せました。
「婚約者がいない? そうか。男にモテるタイプじゃないもんなあ。なんなら俺が相手をしてやろうか。それとも伯爵家の男なんて相手に出来ないか?」
無視をするべきでしょうか。
それとも言い返すべきなんでしょうか。
あまり強い態度を取ると、侯爵令嬢だからと偉そうにしていると周囲は思うのでしょうか。
バリーが伯爵家嫡男なので、ここにいる友人たちは強い態度に出られず、でも私のことが心配で助けを求めるように周囲を見たり、誰かを呼びに行こうと腰を浮かせて立ち上がろうとしてくれていますけど、このくらいのことは自分で処理出来なくてはいけません。
弱い顔を見せてしまったら、私になら強い態度を取っても平気だと考える男が、今後も出てくるかもしれませんわ。
「まあ、心配してくださるのはありがたいですけど、間に合っておりますの。今はひさしぶりに友人たちと会えて女性同士で楽しいひと時を過ごしておりましたのよ」
だから、お呼びではない男はどっかに行ってくださいなと暗に言ったんですけど、この酔っ払いにそんな言葉が通じるわけがありませんわね。
「無理すんなよ。高位貴族の令嬢で成人しても婚約者がいないのはおまえだけじゃないか。おまえには侯爵令嬢なんて……」
にやにやしながら話していたバリーが話すのをやめたのは、私を守るようにひとりの男性がバリーの視線を遮る位置に立ったからです。
私は椅子に座ったままバリーと話していたので、余計に男性の身長が高く見え、背中が大きく見えました。
「デリルの誕生日を祝う場で、ラーナー侯爵家の御令嬢に酔って絡むとは下品な男だ」
「な、なんだきさまは!」
「ヘンリー・マイラーだ」
「ヘンリー様?!」
マイラー侯爵家の嫡男のヘンリー様は、兄の御学友です。
互いの領地が離れているので、学園にいる期間以外はあまり交流していないようですが、性格も好みもまったく違うのに兄とヘンリー様は気が合うそうで、学園にいる間は私も何度も一緒に食事をしています。
ノーランドや皇族にも負けない大きな力強い体格で、顎のがっしりとした荒削りの男らしい顔つきと、無造作に伸ばした赤髪のせいで、危険な香りがすると一部の女性にものすごい人気のある方です。
いつも制服を着ている時にばかり会うので、マイラー侯爵家の騎士の制服姿が新鮮で、似合っていて驚きました。
といっても、私の場所からはヘンリー様の後ろ姿しか見えません。
先程、視界の中に横からすごい速さで飛び込んできた時、横顔がちらっと見えただけです。
あれだけの勢いで来てくださったということは、心配してくださったんでしょうか。
守られているという安心感と、心配してもらえたという嬉しさで泣きそうです。
「……ああ、海賊と変わらない野蛮な田舎者か」
「ほお。建国時から東の海の守り手として国のために戦ってきたマイラー侯爵家を海賊扱いするとは、覚悟はできているんだろうな」
ヘンリー様の声に物騒な響きが込められているのを、この場にいる全員が感じ取り、場の空気が緊迫の度合いを高めました。
怒っていらっしゃるヘンリー様の顔を真正面から見たバリーは、はっと目を見開き、慌てて手で口元を押さえましたけど、もう遅いですわ。
放たれた言葉はなかったことには出来ません。
一瞬で酔いがさめたのか、顔が青を通り越して白くなっています。
「あ……いや……」
「俺に名乗らせたんだ。おまえも名乗れ」
「わ、私は別に……」
侯爵家になり正式に軍隊を持つことになったということは、国からも軍を維持するための予算が与えられるということです。
元々マイラー侯爵家はリルバーン連合国との交易でお金持ちだったところに予算が加わり、今までは伯爵家ということで軍隊という形をとれない中、海賊退治をしていた猛者を中心に軍隊を作ったんですから、それはもう強力で、あっという間に海賊は蹴散らされてしまったそうです。
そんなマイラー侯爵家に喧嘩を売ったんですよ?
怖くて名乗る勇気なんてないでしょう。
「そいつはヘガティ伯爵家の長男だ」
騒ぎを聞きつけて兄も来てくれました。
「ヘガティ伯爵? 知らないな」
「よくもまあ顔を出せたものだ。しかもシンシアを傷つけるようなことをするとは」
「潰す」
「そうだな」
何かこわいやり取りをしていますけど、私は知りませんわ。
さすがにバリーを庇う気にはなれませんもの。




