シンシア・ラーナーだって結婚したい 3
今回からディアが登場します。
夕食の席に顔を出さなくなると、家族と会う機会がほとんどなくなるので、誕生日の夜会まで兄とは気まずい関係のままでした。
身分の高い方や普段から仲良くさせていただいている方々へは、家族全員が揃って挨拶し、それ以外は、私は兄と一緒に挨拶に回ることになります。
本当は婚約者のエレイン様がパートナーになるはずなんですけど、彼女はまだ十三歳でデビュタントを終えていないので、夜会には出席できないのです。
それで相手のいない私がパートナー役をやらなくてはいけないんです。
「ディアはまだ来ていないのか。だったらまだ部屋に戻るわけにはいかないな」
主役がそんなに早くいなくなるなんて、駄目に決まっています。
普段と変わらない様子で話しかけてくる兄の態度にはほっとしましたけど、侯爵家嫡男としての仕事はしっかりとしてもらわなくては困ります。
「オルランディ侯爵領でまた、新しい道路の整備を始めたそうですよ」
「またですか? 今度もベリサリオが?」
「妻の実家にそこまでするとは。天才と言われた長男も大人になったらただの人でしたか」
次は誰に話しかけようかと周囲を見回していた私の耳に、ベリサリオの話題が飛び込んできました。
わざわざあんな大きな声で話さなくてもよくないですか?
興味のある人が集まってきて、話の輪が大きくなっています。
どの人もうすら笑いを浮かべて、クリス様を悪く言えることが嬉しくてたまらないという感じです。
ベリサリオの跡継ぎで妖精姫の兄。
陛下の信頼が厚く、頭脳優秀、眉目秀麗。
しかも奥様は女性らしい魅力にあふれたスザンナ様。
憎らしくて仕方ないと思っている男も多いんでしょう。
「情報に疎い者達は困るね。シンシア、男性を選ぶときには注意しなくてはいけないよ」
「え?」
突然お兄様が声を張って話し始めたので、驚いてしまいました。
大きな声で笑い合っていた彼らも、いっせいに兄に注目しています。
「シンシアはコルケットで最近手を広げている産業が何かわかるかい?」
口元に笑みを浮かべ、背筋を伸ばして姿勢よく自信ありげに話す姿は、先程までの早くこの場を逃げ出したくてそわそわしていた兄とは別人のようです。
帝国貴族の中で子供の頃と成人してからとで、見た目が一番大きく変わったのはうちの兄ではないでしょうか。
十代初めまでは背も低くほっそりしていて、女の子のように可愛らしくて、研究ばかりしていて外に出ないせいで色白だったのもあって、癒し系の男の子だと言われていたんです。
それが十七歳になった今では、背も伸びて肩幅も広くなって、特に今夜は髪を後ろに撫でつけているせいで、いつもより大人びて見えます。
「つい最近、きみは新しいソファーを買わなかった?」
「あ、魔獣の育成ですね。素材が手に入りやすくなったので、新しい素材の家具が増えているんです。座り心地がとてもいいんですよ」
「その通り。育成できる魔獣はごく限られた小型のものだけだけど、魔獣を育てれば素材以外に手に入る物があるだろう?」
「魔石!」
「そうだ」
にっこりと微笑む様子は、生徒を褒める先生のようです。
「魔石を魔道具にはそのまま使えない。研磨し加工するには綺麗な空気と水がある環境がいいというのは知っているかい?」
「そういえばオルランディは北の山の雪解け水が豊富で、湖や川が多くて有名でしたわね。精霊車が直通道路に行くようにしたのも、再開発を考えてのことだったんですね」
「街の再開発は人もお金もかかる大事業だ。十年先、二十年先を見越して計画するのは当たり前だよ。それにね、道を広げるだけではなく緑豊かな公園をいくつも作り、誰でも精霊と自由に触れ合える街にしたんだそうだよ。出来るだけ早く子供に精霊をと考える貴族は多いだろう? それで魔石職人だけではなく情報の早い皇宮で働く人たちが移住を始めているんだ。皇宮へは転移魔法で通えばいいんだからね」
環境のいい地方都市に住んで、職場には転移魔法で通う。
人々の生活の仕方が大きく変化していきそうです。
「それでクリス様は最近ベリサリオに住居を戻したんですね。お父様も最近は領地の屋敷に帰ってくることが多くなったように思います」
「世の中の変化には敏感にならないと、まったく見当違いな話を得意げに吹聴して恥をかくことになる」
まあ、兄がこんなきつい言い方をするなんて珍しいですわ。
ベリサリオの三兄妹とは仲がいいと聞いていましたから、何もわかっていないくせにクリス様を侮辱する人たちに対して怒りがたまっていたのかもしれません。
ちらっと先程クリス様を悪く話していた人たちのほうを見てみたら、なんとも気まずそうな顔をしていました。
魔道具は生活に必要不可欠な物だし、農業や漁業のように天候に左右されない安定した産業です。
きちんと調べればわかることを調べもしないで、このような場で大声で吹聴するなんてどういうつもりなんでしょう。
「これからオルランディはますます発展しますわね」
今回ばかりは、兄が格好良く見えました。
今回だけですけど。
「まったく。いまだにベリサリオと魔道省はライバル関係で、あまり仲が良くないと思っている者が多いんだな」
「え?」
「だから聞こえよがしに話していたんだろう」
私たちに聞こえるように?!
ディアドラ様大好きな私が喜ぶわけがないでしょう?
「おまえのディア好きは一部でしか知られていないよ。そもそも僕たちは決まった友人としか付き合いがないだろう」
「そ、そんなことはありませんわ。私はお兄様と違って、少しずつお友達が増えているんです」
「僕だって増えているよ」
「魔道具の研究をしている人ばかりじゃないですか」
「……その話は今はいいだろう。それより、やつらはおまえに気に入られようとして、わざわざ目立つようにあんな話をする馬鹿野郎たちだから関わるなよ」
私に気に入られようとして?
え? でもあの方たち、二十代半ばの方たちなのでは?
どう見ても三十代に見える方までいるのに……。
「なんて顔をしているんだ。どうもおまえは自分が人気あることをわかっていないな。条件のいい縁談が外国からも来ているんだぞ」
「は? そんなの初めて聞きましたわ。もしかしてルフタネンからも来ているんですか?」
「外国に嫁ぐのは駄目だ。それよりほら、挨拶に行かなくてはいけない人が来たようだ」
ホールの入口が騒がしくなり、両親が急いで出迎えに行くのが見えました。
公爵家の方かしら。
今の話の続きも気になりますけど、私たちもご挨拶に行かなくてはいけません。
「あいかわらず、立っているだけでもひときわ目立つな」
兄にはもう、騒ぎの中心にいる方たちが見えているようです。
こういう時は身長が低いことが嫌になります。
「誰がいらしたんですか?」
「噂のベリサリオ。ディアだよ」
「まあ」
「さあ、僕たちも行こう」
兄と一緒に入り口のほうへ向かうと、両親と笑顔で会話しているディアドラ様とカミル様の姿が見えました。
ディアドラ様は銀色を基調に黒と紫の刺繡の入ったドレス姿で、カミル様のほうは黒を基調に襟元や袖口などに銀と紫の飾りのついた服を着ています。
おふたりが両親と会話をする合間に、何度も顔を見合わせ微笑み合う様子は、誰もが羨む美男美女のカップルです。
「今夜も素敵」
「……見た目だけはな」
憧れていたければ、あまり親しくならないことだって兄は言うけれど、気さくで優しいディアドラ様は誰に対しても裏表のない方ですわ。
カミル様だって陛下やパウエル公爵に信頼されている優秀な方で、ルフタネンの王族だというのに飾らない性格で、おおらかで優しい方です。
カカオをフェアリー商会に持ち込んだのがカミル様で、その時にディアドラ様にひとめ惚れして、それ以来ディアドラ様を一途に思い続けて、精霊王まで動かすような情熱的な愛でディアドラ様を振り向かせたって話は有名なんです。
「ディアの場合、圧がすごいからな。魔力が溢れているせいかもしれないが……」
「それは……少しわかりますわ」
「今夜はカミルがいるし、アランとパティもそろそろ到着するはずだから大丈夫だろう」
「大丈夫? 何がですか?」
「あいつは何をしでかすかわからないから、ストッパーが必要なんだ」
何かしでかすって……。
ディアドラ様が問題を起こしたなんて話は聞いたことがありません。
確かに武勇伝はいろいろと聞きますけど、噂は大袈裟になる物でしょう?
「デリル、お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
ああ、笑顔が眩しい。
首筋から背中のラインがとてもお綺麗で、ほっそりとしているのに健康的な姿は全女性が羨むほど完璧です。
彼女の周りにだけ違う空気が流れているのではないかと思うくらいに、素敵ですわ。
「シンシア、ひさしぶり」
「お、おひさしぶりです」
きゃー、きゃー。
こんなに大勢の前で、お声をかけていただけましたわ。
「ちょうどよかったわ。今月末にオルランディ侯爵領からリーガン伯爵領に抜ける街道が完成するのに合わせて、パック旅行にご招待したいと思っていたの」
「また何か始めたのか」
「うむ」
お兄様がすすっと隣に並んで小声で話しかけたら、カミル様が笑い出しそうな顔を手で隠しながら頷いた。
「パック旅行ですか?」
「そうなの、はとバス式日帰り旅行形式……」
「ディア」
「ああ、えーーっと、オルランディ領側の街道の出発地点の街まで転移魔法でご案内して、そこからは最新型の精霊車で街道の風景を楽しんでもらいながら、おいしい食事とワインを楽しむツアーなの」
「ツアー? パック旅行ではなくて?」
「どっちも同じような意味よ。細かいことは気にしないで」
「は、はあ」
嬉しそうににこにこしながら、すぐ近くから前のめりで話されると頷くしかなくなってしまいます。
これが兄の言う圧なのでしょうか。
でも嫌な感じは決してしないんです。
私までディアドラ様の笑顔に釣られて、わくわくしてしまう感じです。
「おすすめは夕刻から夜にかけて出発して夕食を楽しむツアーよ。あの街道には遠くに街を見下ろせる高台や、綺麗な滝のすぐ横を通る場所があるの。花が咲き誇る野原や滝を魔道具の照明でライトアップすると、とても綺麗なのよ。好きな人を誘っていって告白するのにはうってつけだと思うわ」
私たちの周りで話を聞いていて、興味を持った人達がざわめきだしました。
明日からはこの話題で持ちきりでしょう。
クリス様とベリサリオの評判が一気に挽回するんじゃないでしょうか。
「しかも、その照明は空に浮くのよ」
「照明が?」
「ええ。ふわふわと漂いながら花畑を照らすの。魔法があるのにただ明るくするだけの照明なんてつまらないじゃない」
夜空に浮かぶ照明に照らされる花畑と、遠くに広がる夜景。
考えただけで素敵です。
これです。これがベリサリオと父や兄との違いです。
うちには、遊び心とセンスが足りないんです。
「ディアはリーガン伯爵家とは距離をとっていなかったか? ずいぶん前にあそこの長男ともめただろ」
「よく覚えているわね」
兄が言っているのは、イレーネ様の婚約の話です。
私は何があったか詳しくは知らないのですが、その時の問題が原因でバート様は跡継ぎから外されたと聞いています。
「デリル。バートの作ったチーズととろけるように柔らかくて美味しいステーキを味わってみて。あれだけのものを作ってくれたら、たいていのことは奇麗さっぱり水に流す気にもなるわよ」
「そんなにおいしいのか」
「そんなによ。牛に対する愛情とこだわりは本物よ」
つまりバート様って、兄と同類の人ってことですよね。
対象が牛か魔道具かの違いだけです。
「それに、ディアが迷惑をかけられたわけじゃないからな。首を突っ込んだだけ……」
「カミルー、何か言った?」
「いや、何も」
むっと唇を引き結んで見上げるディアドラ様を、カミル様は楽しそうに見つめています。
そのまなざしの優しさが、ディアドラ様に対する愛情を感じさせて、私も誰かにあんなふうに見つめられたいと思ってしまうんです、
「あら、ブリたんがいるのね。会うのは一年ぶりよ」
「ディア待て。今はあそこにいる人たちと会話中だ。きみが行くと、みんな遠慮してしまうからもう少し経ってから行こう」
「私がいるのだけでも気づいてもらいたいわ。話さないうちに帰っちゃったら寂しいもん」
「きみの存在に気付かない奴がいるとは思えないから大丈夫だ」
カミル様が言い切ったので思わず頷いたら、横でお兄様も頷いていました。
「そう?」
「目立つなんてもんじゃない。最近すごみが増してきて近づくのにためらうほどだ」
「お兄様。女性にすごみなんて失礼ですわ」
「男が近寄らないなら、そのほうがいい」
「あなたたち、好き勝手言ってくれているわね」
その場にいるだけで自然と注目され、いつの間にか人が集まってきてしまうような魅力がディアドラ様にはあります。
ディアドラ様は十七歳。カミル様は十九歳。
会うたびに大人っぽくなって、更に魅力的になっていくふたり。
来年には結婚して、ディアドラ様はルフタネンに行ってしまうんですね。




