大人になるってこと 6
グリーン伯爵とギビンズ伯爵の取り調べをするためと、それぞれの仕事を片付けるために、ブレインのメンバーはその後すぐに会議室を後にした。
伯爵達にも精霊がいればすぐに自分で回復できたのにね。
でも絶対に精霊を育てなくちゃいけないなんて決まりはないし、精霊がいない人は駄目だなんて言う気もないのよ。
強制されていやいや育てたら精霊がかわいそうだし、魔力の少ない人が生きにくい世界にならないようにしなくては。
むずかしいね。全員が納得出来る方法なんてないんだよね。
「ん?」
話があるから残れと陛下に言われたのでのんびりお茶を飲んでいたら、エルトンたち側近まで退室しちゃった。
会議室に残ったのは私以外は、陛下と殿下だけ。
なんですかね、この顔ぶれは。
私も帰ろうかなって腰を浮かせたら、
「どうした」
と、陛下に横目で睨まれたので座り直した。
「あの、時間かかります?」
陛下は書類に目を通しているし、エルさんは出入り口に一番近い椅子に足を組んで座っている。
長い足が机にぶつかって邪魔そうだ。
「そんなに忙しいのか」
「いえ、まあ」
待っている間にお菓子を食べるからいいもん。
バームクーヘンが食べたいなあ。
しっとりしていて、一番外側に砂糖のコーティングがされているやつ。
駄目だ。思い出したら食べたくなってきた。
次はバームクーヘンを作ろう。
精霊車の部品を見繕って、芯の部分をくるくる回す機械を作ればいいんだ。
きっと職人さんが作ってくれるはず。
「ディア?」
忘れないようにメモを取らなくちゃ。
バングル型のマジックバッグの中に……。
「ディア!」
「おい」
左右から皇族兄弟に大きな声で呼ばれて、はっとして意識を引き戻された。
いかんいかん。夢中になるとつい周りの音が聞こえなくなっちゃう。
「はい?」
「いったい何を考えていたんだ。何度も呼んだんだぞ」
「すみません陛下。こんなお菓子が食べたいなといろいろ考えていたら、アイデアが浮かんだので夢中になっていました」
「ほお? 次は何を作る気だ」
「まあ、商売のアイデアを話すわけがありませんわ」
ころころと笑うって描写があるじゃない?
軽くて可愛らしくて楽しそうな感じだと思うんだけど、私はああいう笑い方は出来ないのよね。
可愛いけど裏がありそうな笑い方だって言われた時は嬉しかったわ。
その方が格好いいじゃない。
「腹が減っているのか」
エルさん、話を聞いてる?
あなたの中では、私は十歳から成長していないんじゃないの?
「エルディはディアとの話が終わった後、ブレインのことで話があるんだ」
ブレインねえ。
元はエーフェニア様が追放された後、その頃は皇太子殿下だった陛下がまだ幼かったから、政治をする時に補佐出来るようにと集められたメンバーなのよね。
子供だと、利用出来るんじゃないかと群がる馬鹿がいるからさ。
パティのところに来た人達みたいに。
でももう陛下は成人して皇帝に即位し、帝国国内はもう何年も政治も経済も安定している。
そろそろ解散するなり、役割を変更するなりするのかな?
確かにブレインばかりが目立って、各省の大臣達の影が薄いかも。
「どんな話か興味があるか?」
「いえまったく興味ありません」
「なんだ。おまえのことは信用しているから、少しは話してもいいんだぞ。まるっきり関係ない事もないしな」
「政治の問題には巻き込まないでください」
私にとって今重要なのは、バームクーヘンだ。
じゃなくて、スザンナやパティの足を引っ張ろうとするアホどもをどうするかよ。
「実は、聞きたいことがあってな」
冗談ぽく話していた陛下が、急に改まった口調になった。
「おまえと親しい者や精霊王とやり取りをしている者達は、おまえとカミルの寿命がとんでもないことになっているのを知っている」
「……はあ」
「すでに半ば人間じゃないと思っている者も多い」
私、人間じゃないの?
じゃあ何?
「琥珀様に聞いたところ、おそらく二十くらいから二十五くらいで外見の成長が止まるそうだ」
「成長が止まるんじゃなくて老化が止まると言ってくれません?」
もしかすると、もう少し早く見た目の変化は止まってしまうかもしれないらしい。
ようは、子供を産むのに問題のない体になるまでは成長を止めないようにするってことらしいのよ。
今でもまだ間に合うのなら、成長を止めなくたっていいし、三百年も生きなくてもいいって言ったんだけど、成長が止まりそうになるのをかろうじて抑えている状態だから、今更元には戻せないんだって。
どんだけ祝福の重ねがけをしたのさ。
「周りが老いていくのに、おまえとカミルだけ外見が変わらないのは問題が出てくる。だから徐々に人間世界との関わりを減らしていくらしいという話が、少しずつ広まっていてな。それはいつ頃なのかと各国から問い合わせがきている」
「はあ? なんでまた」
「妖精姫が人間の世界にいなくなるというのは、世界的な問題なんだ」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟じゃないだろうが。おまえが今まで国外を含めて何をしてきたか考えてみろ」
そう言われても、ベジャイアの問題もシュタルクの問題も好きで巻き込まれたわけじゃないんだけどな。
他はそんな派手なことはしていないでしょ?
していないわよね?
「林と氷の壁を作っただけでも大問題だってわかってるか?」
「エルドレッド皇太子殿下に呆れた顔をされるのは、非常に心外です」
「なんでだよ」
「それにそれは精霊王がしたことで、私は人的被害を出来るだけ抑えてくれるようにお願いしたんですよ」
「それだ」
陛下にびしっと指をさされた。
人を指さしちゃいけないって教わらなかったのかな。
と思っていたら、テーブルの端に乗っていたジンが陛下の手をぺしっと猫パンチした。
「え?」
なんで叩かれたのかわからないみたいで、陛下は自分の手とジンを何度も見比べている。
「皇宮には子供が成人したら近付かないつもりです。他も不特定多数の目がある場所には顔を出さなくなります。でも、ルフタネンやベリサリオの街はふらっと出かけると思いますよ。あそこの街の人は、妖精姫の見た目が変わらなくても、そんなもんだろうと思うでしょうから」
「俺もそんなもんだろうと思っているぞ」
「まあ、ある程度おまえと付き合いのある者はみんなそう思うだろう」
そうかな。
実際に目の前にしたら、そう簡単に言えるかな。
「特に女性は複雑な気分になるんじゃないですか。自分は歳を重ねていくのに、若いままの私が現れて、今と変わらない態度で付き合える人ってそう多くはないと思います。妬みや恐怖を感じる人もいれば、精霊王と同じような人間より上の相手として接する人もいるかもしれません」
「確かにな。だが当分は人間として生活するんだな」
「少なくとも両親がいる間は、今と変わらずに生活しますよ」
せっかく今回の人生では長生き出来るのに、両親に寂しい思いはさせたくないわよ。
それに子供が出来たら、成人するまでは傍で守るのが親の務めでしょ。
「モニカ様の屋敷になら行きやすいので、用事がある時はそこで会うようにすればいいんじゃないですか? それに連絡手段は残しますよ」
「ベリサリオ……じゃなくてルフタネンになるのか」
「どうでしょう。その時になってみないとわかりません」
いろんな国から会わせろと圧をかけられても、うまく対応出来る性格と立場の人間じゃないと任せられないしね。
どちらにしても、そんな先のことはわからんわ!
今日はパウエル公爵の誕生日パーティーが王都の公爵邸で開催されている。
たぶん王都で一番広大な敷地に建つ一番大きな屋敷なんじゃないだろうか。
パウエル公爵が地方に追放されていた時期にも、この屋敷だけは誰も手を付けられなかったんだって。
なんといっても品がいい。
こんなに広くて豪勢なのに、まったくいやらしさがないのはさすがよ。
「外国からもかなりの客が来ているようだな」
「あなたも外国人よ」
「そうだった」
この屋敷には、私よりカミルの方が顔を出している回数が多いんじゃないかな。
王都に住む貴族の人達とは皇宮で会っているから、屋敷にまでは行かないのよ。
「ようこそおいでくださいました」
今日はサーマン伯爵も家族と一緒にお客様の対応をしている。
雰囲気の柔らかさと目つきの鋭さが、パウエル公爵とよく似ているわ。
「スザンナも来てくれたんですか。お身体の方はもう平気ですか?」
「はい。だいぶ落ち着きました」
「でも大事を取って、御挨拶だけで失礼させていただきます」
今日はスザンナも緩めのドレスを着て参加しているんだけど、クリスお兄様がべったり隣に張り付いて、腰に手を回した状態で離れないのよ。
目上の人に話しかけられたり仕事の話を振られたりしても、またの機会にしてくれと断って、ずっとスザンナの様子を気にしている。
あれはカミルの話を聞いたからじゃないな。
素だな。
スザンナとお腹の子供が心配でしょうがないんだろう。
陛下に選ばれなかった女性を引き受けることで、忠誠心を証明したなんて言っていた人達、政略結婚で仕方なくスザンナと結婚したなんて言っていた人達、よーく見なさいよ。
クリスお兄様はスザンナしか見ていないでしょ。
今からこんな状態で、娘でも生まれてきたらどうなるのか心配するくらいに過保護よ。
「子供が出来れば照れなんて気にしなくなるかと思ってはいたが、あそこまで露骨に変わるとは思わなかった」
「あれはやりすぎかも」
でも、これでクリスお兄様がスザンナを大事にしているって知れ渡るでしょう。
きっと親ばかになって大変よ。
「ディアはどうするんだ? 挨拶だけで帰るのか?」
私以外の人達も、ルフタネンの民族衣装をだいぶ見慣れているんじゃないかな。
貿易が盛んになるに従い帝国に来る外国人も増えて、今日のような祝いの席では世界中の民族衣装を見ることが出来るようになった。
「ルフタネンの外交官があそこで外務大臣と話しているわよ。カミルも挨拶してきた方がいいんじゃない?」
「俺は外交官じゃないからいいんだ」
「もう私達の婚約にとやかく言う人もいないんだし、私の傍にくっついている必要はないでしょう」
「……もしかしてクリスにした話を気にしているのか?」
いやぜんぜん。
言われるまで忘れていたわ。
「ディアの傍に誰も近付かないように牽制していたのは事実だが、計算して動いていたわけじゃないぞ」
「でもルフタネンに妖精姫を連れて行くために……」
「ディア?」
「わかっているわよ。やあね、本気にしないでよ」
これは、からかっていい話題ではないかも。
カミルは眉を寄せて険しい顔で考え込んでしまっている。
「ごめんなさい。本気じゃないから気にしないで」
前髪がうっとうしそうで、無意識に伸ばした手をがしっと掴まれた。
「俺達も挨拶だけして帰ろう。ゆっくり話す必要がある」
「何を言っているのよ。パウエル公爵のお祝いなのよ。そんなわけにはいかないでしょ」
「大丈夫だ。パウエル公爵ならわかってくれる」
「馬鹿なことを言っていないで、ほら、挨拶に行くわよ。話をする時間ならいくらでもあるでしょ」
週の半分はルフタネンにいるっていうのに、何を言っているのよこの男は。
「だから、ルフタネンの法律に合わせて結婚してしまえばいいんだ」
何が、だからなの?
話が繋がっていないでしょ。
「それは無理」
「そりゃベリサリオは許さないかもしれないが」
「陛下にも、自分より先に結婚するなと釘を刺されたわ」
「…………あの野郎」
今の言葉は聞かなかったことにしよう。
他国の王族でも不敬罪にはなるわよね。
「あ、エルダとジュードだわ」
「だいぶ目立つようになったな。それでも着られるドレスをフェアリー商会で考えたんだって?」
「そうよ。精霊獣がそばにいれば、無茶をしなければ妊婦でも出かけられるの。部屋に閉じ籠ってばかりじゃ精神衛生上よくないわ。でも旦那さんがいない時はやめた方がいいでしょうね」
ジュードもエルダの体調を心配しているみたいで、彼女の手をしっかりと握って離さない。
妊婦だっていうのに無茶しそうな令嬢ナンバーワンはエルダだもんね。
無理に精霊を育てる必要はないけれど、精霊がいるおかげで死産が減ったという話もあるから、女性は一属性でもいいので精霊を育ててほしいな。
本人が育てられなくても、周りに精霊がいれば安心だと思う。
あれ? これは新しい職業が出来るかもしれないわ。
そうして精霊と人間が平和に共存していけたら、妖精姫がいなくなっても何の問題もないってみんな気付いてくれるんじゃないかな。
いなくなって十年もすれば、物語か伝説になって、それもやがて忘れられていくはず。
「よし。結婚したら私、世界旅行に行くわ」
「はあ?」
「ひとまず帝国とルフタネンに、私がいなくても問題ないと思ってもらわなくちゃ」
「待て。すぐには無理だ。結婚して、やっと妖精姫が来てくれたと歓迎しているルフタネン国民をがっかりさせるな」
それもそうか。
でも新婚旅行にうちに来てくれって話がたくさん舞い込んでいるのよ。
「それにひとりでは行かせないぞ」
「私ひとりで旅行に行くって言って、許す人がひとりでもいると思う?」
「いないな」
どうせまた私が何かやらかすって、みんなが思っているのさ。
私への信頼なんてそんなもんさ。
今回のお話はこれで完結です。
読んでくださってありがとうございます。
九巻発売記念は、初めて出てくるキャラから見たディア達の話になる予定です。




