シンシア・ラーナーだって結婚したい 1
今回はシンシアが主人公ですが、三話でディアが出てきた途端、いつもの転生令嬢になってしまいます。
作者が笑ってしまうほど、ディアはあらゆる意味で強いです。
私、シンシア・ラーナーは、年末に誕生日を迎え、無事にデビュタントを済ませたばかりの十五歳です。
誰もが振り返ってしまうような華やかな美しさはないけれど、かわいいと言ってくださる殿方もいるような、ごく普通の、帝国ではよく見かける平凡な貴族令嬢です。
親同士が親しく、子供の頃から会う機会が多かったこともあり、いつの間にか婚約者のような関係になっていた男性もいて、いずれは結婚して緑豊かで静かな彼の領地で暮らし、子供を育てるんだろうなと思っていたんです。
でも四年前……そんな静かな生活は、驚くほどあっけなく消えてしまいました。
「そういえばオルランディ侯爵領の噂を知っていて?」
「ベリサリオと協力で行っている……なんでしたっけ? ああ、都市計画のお話?」
今日は仲のいい友人たちを我が家に招待して、温室で春の花を一足早く楽しみながらのお茶会です。
皇都の北に位置するラーナー侯爵領は、長い冬の間、量は多くはないですが絶えず雪が降っているので、春の訪れを誰もが心待ちにしています。
おいしいお菓子をいただきながら話していると、友人と過ごす時間はあっという間に過ぎてしまいます。
「シンシア、都市計画ってなに?」
「え……っと、たしか、景観と利便性を考えた街づくりがどうとか……あと、病気予防のために衛生面に力を入れるとディアドラ様がおっしゃっていたような……」
「私もその話は聞いたわよ。歩道を作るために邪魔になる建物や古い建物は取り壊して、そこに住んでいた人たちが新しい建物に住めるようにしたそうよ」
こういう時でも、ベリサリオの話題は必ず出てきます。
次から次へと何かしら新しい話題が出てくるのも、ベリサリオのすごいところです。
「精霊車用の専用道を作り、王都まで早く荷物を届けられるようにしたばかりなのに、今度は街の整備まで始めたの?」
「クリス様は、スザンナ様の御実家にお金とアイデアをふんだんに注ぎ込んでいるって話は本当なのね」
みんなで顔を見合わせて、いっせいにため息をついてしまいました。
あのクリス様があそこまで奥様を大事にする方だったなんて、誰も予想していなかったのではないでしょうか。
「あそこは以前から街並みが美しい地域だったでしょ? ベランダのプランターに花がたくさん植えられていて、石畳の道におしゃれな外灯が並んでいるの」
「先日、兄と行ってきたんですけど……」
「まあ、デリル様と?」
兄は相変わらず大人気です。
帝国一のシルクの産地であるサーマン伯爵のお嬢さんとの婚約が、つまりパウエル公爵のお孫さんとの婚約が決まったので、次世代の帝国の中心人物のひとりとして見られるようになったからです。
魔道具のことしか頭にない変人が、公爵家のお孫さんと結婚なんてしていただいていいのでしょうか。
しかもサーマン伯爵のもう一人のお嬢さんは、ハミルトン・タスカー子爵と婚約中なんですよ。
カーラ様の弟君でニコデムス討伐に活躍したタスカー子爵ですよ。
政略結婚とはいえ、人脈の繋がりが一気に広がって、兄は大注目されているんです。
でも、それだけパウエル公爵の手腕がさすがともいえるかもしれません。
これでラーナー家は一部の侯爵の反辺境伯派とは距離が出来ますし、有名人になったタスカー子爵も囲い込めたんですもの。
「ええ。それで街が綺麗でびっくりしました。街角にゴミ箱が設置されているせいなのかゴミがまったくなかったんですよ」
「ベリサリオもそうよね。でもゴミの回収や処分にお金がかかるでしょう?」
「うちでは無理よ。お金のある領地だから出来ることよね」
今までオルランディは、王都に荷物を運ぶ精霊車が領地に立ち寄ることで人が増え、店や宿が儲かっていたんです。
でも、王都に直通で行ける道を整備したために、街に立ち寄る人が激減したという話を聞きました。
そこに今度は街を再開発するという話が出てきたので、ベリサリオは今度は何を始めたんだろうって、いい意味でも悪い意味でも注目されているみたいです。
「景観をよくして……観光に力を入れるのかしら」
「クリス様はスザンナ様を溺愛するあまり、冷静に考えられなくなっているんじゃないかって話を聞きましたわ」
「まさか! ディアドラ様がいるのに、そんなこと起こるはずがないでしょう?」
あのクリス様が妻を愛するあまり暴走なんて全く想像できませんし、ディアドラ様がそれを黙って見ているわけがありませんわ。
ふたりとも聡明で素敵な方なんですから。
「きっとまた新しいことを始めるんですわ。楽しみにしていましょう」
「シンシアは、あいかわらずディアドラ様が大好きね」
「近くでお会いしたら、誰でも好きになってしまいますわ。聡明で頭がよくて見惚れてしまうくらいに綺麗なんですもの」
「いいなあ。私もお話ししてみたい」
「私たちでは無理よ」
「あ……ごめんなさい」
今日招待したお友達は、幼少の頃から仲良くしている方たちですので、伯爵家や子爵家の御令嬢ばかりです。
うちは侯爵になったので、この場では私だけが急に身分が高くなってしまいました。
伯爵から侯爵に階級がひとつ上がるということは、とても大変なことなんです。
建国したばかりの戦争が続いていた時期には、功績で階級が上がる方も多かったようですけど、今は平和な時代ですもの。
精霊王と人との橋渡しの功績で特別枠のベリサリオ辺境伯。
皇族と親戚関係にある三大公爵家。
精霊王様の住居を守る個性豊かな辺境伯家。
そして一般貴族の中では最上位に位置する七大侯爵家。
帝国ではこれらの家だけが高位貴族と呼ばれ、自領に軍隊を持つことを許されています。
「やだ。なんで謝るの? あなたは侯爵令嬢なんですもの。高位貴族の方たちと親しいのは当然でしょう?」
「もうその話は何度もしたじゃない。今では身分の低い私たちが普通に話しているのに、侯爵令嬢のシンシアが敬語で話しているなんて変な状況になっているくらいなのよ?」
「私は家族にも敬語なので、このほうが話しやすいんです」
「ええ、ええ。わかっていますとも。それに、あなたが身分をひけらかすような子じゃないってことも、私たちはよくわかっているわ」
「そうよ。むしろあなたのおかげで私たちの世界は広がったのよ。友人としていろいろな集まりに招待してくれたから、妖精姫にご挨拶できたの。そうじゃなかったら、一生遠くから見ているしかできなかったと思うわ」
侯爵令嬢になってしまったばかりの頃は、お互いにどういう付き合い方をしたらいいかわからなくて、遠慮してしまって、彼女たちとの友情が終わってしまいそうなこともあったんです。
家族と一緒に皇族の方たちと食事を共にする機会が出来たり、高位貴族の御令嬢方からお茶会に招待されるようになったりしたので、私はもう昔の知り合いとは会いたくないんじゃないかなんて思った人もいて、互いに変に遠慮してしまったんです。
とんでもない。彼女たちは大切な友人です。
親の爵位が上がったからといって、突然別人になるわけじゃありません。
何度もお話をする機会を設けて、ようやく以前のように付き合えるようになるのに半年以上かかってしまいましたけど、今ではこうして以前と変わらない付き合い方が出来て、あの頃のことは笑い話に出来るようになりました。
「それに私が彼と出会ったのも、ラーナー侯爵家主催の集まりだったんですもの。シンシアにはいくら感謝しても足りないくらいよ」
「私の彼はデリル様の友人で、シンシアに紹介してもらったのが縁で……」
「あなたたち」
「あ」
「いいのよ。私のことは気にしないで」
侯爵家になると決まり、私より両親のほうがずっと周囲の環境が大きく変化しました。
急に擦り寄ってくる人がたくさんいましたし、友人だと思っていた人たちの中には、父を妬んだり、自分のほうが選ばれるべきだったと怒り、去っていった人もいます。
その中に、私の婚約者だったバリーの家もいました。
侯爵令嬢とは釣り合わないから、婚約はなかったことにしたいという話を、ヘガティ伯爵から書面でいただいてそれっきり。バリーは会いにも来ませんでした。
「もてないのはわかっているんです。家族があまり社交性のない研究好きばかりのせいか、私もやぼったいですし」
「そんなことはないわよ。あなたはかわいいわ」
「モテてはいるの。でも侯爵令嬢は高嶺の花なのよ」
いいえ。わかっているんです。
子供の頃は、兄のほうがかわいいとよく言われていました。
今では背が伸びてすっかり変わってしまいましたけど、巻き毛のかわいいお人形のような兄と、目が大きくてくりくりしていて愛嬌のあるやんちゃな弟に挟まれて、私は特に目立つところのないおとなしい女の子だと言われていたんです。
「だいたいバリーなんてやめて正解よ。あんな意気地のない男、シンシアにはあわないわ」
「ヘガティ伯爵家なんて、今では社交界で名前も聞かなくなったじゃない。妖精姫のお誕生日のお祝いの席で、カミル様との結婚に難癖をつけるなんて馬鹿なことをしたからよ」
私はその時は婚約を破談された衝撃で、ディアドラ様にお会いする勇気が持てずにその場にはいかなかったんです。
でも行かなくてよかった。
話の流れ的に、もしかしてディアドラ様とお付き合いできるかもしれないという淡い期待を抱いて、わくわくした様子で伯爵家の子息たちと一緒に、バリーも父親の後ろにくっついていたんだそうです。
馬鹿なんじゃないでしょうか。
カミル様と比べたら、バリーなんて道端に落ちている石ころほどの価値もありませんわ。
「バリーなんてどうでもいいんです。別に好きだったわけじゃないですし。子供の頃から親が彼と結婚するんだよと話していたから、そういうものかと刷り込まれていただけだと今はわかっていますから」
お父様はその頃、魔道省の仕事やカートリッジ型のペンの事業で忙しくて、よくわからない理論を捲し立てる友人との付き合いを、あっさりと切ってしまったそうで、ベリサリオ相手に馬鹿なことを言い出した元友人には、ただただあきれていました。
実はもっと前、おじいさまが亡くなってお父様が爵位を譲り受けた頃から、俺にはまだ爵位がないから身分がどうのと嫌味を言っていたらしいんです。
ヘガティ伯爵は父が友人でいたい、子供達の婚約も破談にしたくないと父が頼んでくると思っていたようです。
侯爵に頼まれたんだよと周囲に言いたかったのかもしれません。
父が距離を置いたら急に慌てだしたそうですが、もう遅いですわ。
「それより問題は、婚約が解消されてからもう四年近く経っているってことなんです。いまだに婚約者が見つけられないのは、私に魅力がないせいですわ。みんなだって、四年前はまだ婚約者と出会っていなかったでしょう?」
もう四年ですよ? バリーなんて顔も忘れましたわ。
でも誰も、私に声をかけてくれないんです。
存在すら認識してもらえていないかもしれません。
「落ち着いて。大丈夫よ。私たちの婚約会には、彼の友人の独身の殿方がたくさん招待されているの。そこできっと出会いがあるわ」
「でもその方たちは、侯爵令嬢にふさわしい身分の方たち?」
「……どうかしら」
身分なんて私は気にしません。
子爵家でも男爵家でも、好きになった殿方に嫁げるのならばかまいませんわ。
「でもご家族が……ねえ」
「きっと縁談は来てるはずよ? それでもあなたに話がいかないってことは、ご両親が断っているのではないかしら?」
「そ、そんな……」
どうしましょう。
父は自分のせいで娘の婚約が破談になったと責任を感じて、すっかり慎重になってしまっているんです。
このままでは、行き遅れになってしまうかもしれませんわ。
「ねえシンシア。好きになったら身分は関係ないって言うけど、両親に相手を選んでもらっているのよね? 政略結婚になるのではないの? その相手を好きになれなかったらどうするの?」
「え? それは……」
「そもそもどんなタイプが好きなの? こんな人がいいという理想はないの?」
「理想ですよね?」
「そうね」
「カミル様です」
なんで視線を逸らすんですか?
あくまで理想ですから!
「黒髪の方がいいとか? まさかルフタネン人が好きとか?」
「カミル様はいつもディアドラ様に寄り添って守っていらっしゃるでしょう? ディアドラ様の話を聞いている時の優しいまなざしが素敵なんです。本当にディアドラ様が大事なんだなって」
「自分も誰かにそんなふうに思われたいのね」
「ええ!」
両親にも祝福してもらえる相手がいいし、私も侯爵令嬢としての役目や義務があるのはわかっていますもの。
ある程度両親に選んでもらった中から、ずっと一緒に生きていけそうな相手を探せたらいいなと思っているんです。
「でも全く話がないし、私を好きになってくれないかもしれません」
「うーーん。こればかりはね」
「誰か、シンシアにいい出会いを探してくれないかしら」
うちは父も兄も魔導具に夢中で、食事の席でもそういう話ばかりなんです。
弟は騎士になりたいそうで、侯爵家になり軍を持てるようになって大喜びで、騎士の宿舎に入り浸っています。
私や母の話には男性陣は全く興味を持ってくれません。
そんな男の人とは結婚したくないんです。
自分を愛してくれて、優しく見つめてくれて、私の話をちゃんと聞いてくれる人がいいって、結婚相手を選ぶ基準としては普通ですよね?
ただ自分でも漠然としすぎているというのはわかっているんです。
だってどうしたら人を好きになるのか、どうしたら誰かに愛されるのかわからないんですもの。
お友達の話を聞いても、気付いたら好きになっていたなんて参考に出来ません。
十八までに相手が見つからなかったら、好きでなくても嫁ぐしかないのでしょうか……。




