大人になるってこと 5
いつものことですが、また予定より話が長くなっています(;^_^A
次回で終わります、たぶん。
翌日は朝から皇宮に呼びつけられた。
ホルブルック子爵領で何があったか家族に話してあったし、予想はついていたから準備は万端。
呼ばれなくても行くつもりだったしね。
最近、十代の間は可愛いドレスを着た方がいいというお母様や侍女達と、仕事が出来る風の渋いシンプルなドレスを着たいという私の攻防が繰り広げられている。
未だに両親がプレゼントしてくれるドレスは明るい色合いの可愛いデザインで、フェアリー商会の最先端のデザインの物ばかりだ。
私に似合うように考えてくれているから、着れば確かに似合う。
だから舞踏会に着ていくのはいいんだけど、皇宮に呼ばれて着ていくのは違うでしょう。
ということで、今日は黒でまとめてみました。
喉元まできっちり隠れるデザインで、レースも控えめでいい感じよ。
ネリーとレックスを連れて指示のあった皇宮の転移用の部屋に移動して、部屋から出た途端に注目を浴びた。
「まあ、ご覧になって。後ろ側にレースを使って膨らませるのも素敵だわ」
「妖精姫はなんでもお似合いだから。あら? レースが紫で黒のドレスですわよ」
「ふふ、仲睦まじくて羨ましいですわね」
後ろにレース?
あ、前はシンプルなのに後ろにこんなにレースが。
着る時にあった?
それに紫?
え? このレース紫? 青じゃなくて?
「紫です」
笑いそうになっているのを堪えているレックスは、答えながら口端がひくひくしている。
「そのドレスは新作だって説明したじゃないですか。腰から裾まで背中部分にふんだんにレースが使われていて、紫に銀糸や宝石の飾りが輝いているって」
「ええええ」
慌ててガラスに背中側が映るようにして確認した。
髪型がどうのアクセサリーがどうのと話しかけられながらドレスを着たから、ドレスをあまり見ていなかったんだ。
黒いドレスで裾や背中にレースって、改めて見たらこのデザインはゴスロリっぽくない?
正面から見た時にシンプルだったから油断していた。
それに黒はカミルの色で、紫は私の瞳の色だ。
うぎゃあ。一緒に舞踏会に出席するわけでもないのに、婚約者と自分の色でデザインしたドレスを着るなんて恥ずかしい!
「ほら、行きますよ」
「……うん」
もうなんでもいいや。
そうだ。カミルばかり気の毒な噂が流れているんだから、ここで私もカミルが大好きなのってアピールした方がいいかなって思って、そう、これは計画通りなの。
だから胸張っていくぞ。
でもブレインの会議室って皇宮の奥の方にあるから、道のりが長いよ!
いろんな人とすれ違ったよ。
皇宮勤めの顔見知りの人達の、ほっこりとした笑顔が気になって仕方ない。
さくさくと早く歩きすぎて、ネリーを置いていきそうになっちゃったよ。
部屋に入った私を見たブレインと陛下の顔も見ものだった。
え? 黒のドレス? って驚いていた。
この世界に黒は冠婚葬祭用なんて慣習はないのに、着ている人は滅多にいないんだよね。
ほら、貴族は派手好きでしょ。
黒いドレスに宝石光らせるのも、ある意味派手だと思うんだけどなあ。
似合うかどうかが問題よね。
「またそんな地味なドレスを……と思ったら後姿は可愛いんだな」
ブレインの皆さんは何も言わないでくれているのに、陛下はまったく気にしないよね。
「いや、何を着ても華やかに見えるのはさすがですよ」
「パウエル公爵はお上手ですね」
「本気で言っているんですよ」
「それよりクリスは一緒じゃないのか?」
陛下に言われて、クリスお兄様がいないことに気付いた。
遅刻? 欠席? クリスお兄様が?
まさかスザンナの容態がかなり悪いの?
「いいえ、一緒ではないです。私はベリサリオから来たので」
「彼が連絡なしに来ないのは珍しいですね」
コルケット辺境伯の言葉に全員が頷いた。
彼らも噂の件は知っているだろうし、スザンナの体調の話も聞いているのかもしれない。
「そのうち連絡が来るだろう。ディアも適当に座れ。またやってくれたようだな」
適当と言われたら、お菓子の置いてある場所の近くに座るでしょう。
これは私のために用意してくれたんでしょう?
ネリーとレックスは部屋の外に待機なので、私の両側の席は空席だ。
いつもはクリスお兄様かお父様が座っているんだけど、今日はふたりともいない。
そんなことで心細くなったりしないけどね。
この部屋にいる全員が顔馴染み過ぎて、今はどんなお菓子が用意されているか確認するのに忙しいのだ。
「失礼します。アシュフィールド伯爵がおひとりでおいでです。伝言があるとおっしゃっていますが案内してもよろしいですか?」
「カヴィル?」
クリスお兄様の執事は、カヴィル・アシュフィールド伯爵っていう立派そうな名前があるのよ。
広い領地を持っていそうな名前だと思わない?
実際はごく小さい領地を地方に持っているだけなんだけど、正真正銘の伯爵なのにクリスお兄様の執事が天職だと思っている人だ。
「通せ」
いつもクリスお兄様と一緒にここにきているのに、今日はひとりだから侍従も案内していいか迷ったんだろう。
堂々と部屋に入ってきたカヴィルは、ひとことで言うと地味だ。
はっきり言って名前負けしている。
めちゃくちゃ優秀だし、マゾ気質があっても、黙っていたら存在感がほとんどない。
これも一種の特技だと思う。
「ちょうどクリスの話をしていたんだ。何かあったのか?」
代表して話しかけたのはローランド・グッドフォロー。
パティのお兄様だ。
「はい。連絡が遅れて申し訳ありません。クリス様は本日より三日間お休みをいただきます」
決定事項?
そこは休んでもいいかって陛下に聞くところじゃないの?
「理由は?」
ほら、陛下の顔がちょっと怖いよ。
「スザンナ様が御懐妊なさったので、夫妻でベリサリオにお戻りになるからです」
「なんですって?」
思わず立ち上がって聞いちゃったわよ。
体調が悪かったのは、妊娠していたからだったのね。
クリスお兄様がとうとう父親になるのか。
「ディアドラお嬢様、こちらにいらっしゃったのですか。ベリサリオにいらっしゃると思っておりました。行き違いになってしまいましたね」
「そんなのはいいのよ。うんうん。ベリサリオでのんびりと過ごすのがいいと思うわ。王都にいると余計なちょっかいをかけてくる人が後を絶たないもの。ね? 陛下もそう思いますよね?」
「勢いで頷かせようとするな」
あれ? あまり御機嫌がよろしくない?
やっぱりここは、クリスお兄様が朝一番で顔を出して、陛下に直接報告をするべきだったのよね、本来ならね。
「おそらくクリスお兄様は噂を消すために、子供が出来たと聞いて奥さんが心配でべったり横に付き添っている旦那をやっているんだと思われます。陛下への報告を忘れるほどスザンナが心配で離れたくない状況ってことなんですよ」
本当は演技じゃなくて、本気で心配してくっついているんだと思うけどね。
「夕べ、私とそういう話をしたばかりなんです」
「なるほど。確かに最近、ベリサリオの忠誠を讃えるために、わざとスザンナ様の立場を悪く言う話が出ていましたね」
さすがパウエル公爵。
話を合わせてくれるやさしさが素敵だわ。
「どうしてそんな話が出てきているんでしょうね。それに昨日はパティまでつらい目に遭ってしまって。ベリサリオは狙われてでもいるのかしら」
「その話も聞きたいと思っていたところだ。ああ、クリスの件は承知した。こちらのことは気にするなと伝えておいてくれ」
「ありがとうございます。では私はこれで失礼します」
そそくさと帰って行くカヴィルの背中が見えなくなるまで、誰も何も話さなかった。
彼に聞かせたくない話だというよりは、クリスお兄様が父親になるっていう報告を噛み締めているって感じかな。
毎日のように顔を合わせている彼らとしては、感慨もひとしおなんだろう。
私は、あまりまだ実感がないな。
スザンナのお腹が大きくなったらまた違うのかな。
昨日のエルダの話でびっくりして、耐性がついたのかも。
「話を戻そう。ホルブルック子爵領にギビンズ伯爵とグリーン伯爵が押し掛けて、無茶なことを言ってごねたそうだな」
話題を逸らすために言い出したのは私だけど、そんなことまで陛下が対応するの?
誰かに任せちゃっていいと思うよ。
でも聞いてくれるなら、しっかり告げ口しておこう。
「そうです。わざわざアランお兄様の留守を狙って、パティひとりにふたりがかりで嫌なことばかり話したんですよ。まだ結婚していないっていうのに、もう公爵令嬢じゃなくて子爵夫人なんだからわきまえろとか、アランお兄様は近衛や事業で活躍しているのに、あなたは何も出来ないとか」
ちょっと大げさだけど、似たようなことは言っていたわよね。
「なんだと……」
ローランドがテーブルの上でぐっと拳を握り締めた。
可愛い妹がそんなことを言われたら、そりゃ怒るわよ。
「パティは真面目な優しい子です。もし侍女が呼びに来てくれなくてパティがひとりで対応していたら、もう大人なんだから甘えないで自分だけで対応しなくてはいけないって抱え込んで、大変なことになっていた危険があります」
冷静な第三者がいればいくらでも対処出来る話も、当事者だけだと動揺してパニックになってしまうこともあるもんね。
「それで……」
バタンと控えの扉の開く大きな音がした。
「殿下、お待ちください」
「かまわん。急ぎだ」
エルさんだ。
ここに顔を出すなんて珍しいなあ。
「兄上! いや、陛下!」
「声がでかい」
エルさん、エルドレッド皇太子殿下は声もでかけりゃ体もでかい。
ガイオに負けない体格も見事な赤毛も、将軍の遺伝子を受け継ぎまくっている。
眉が太くて鼻筋が通っていて首が太くて、胸板が厚くて二の腕なんかぱんぱんで、つまり物理攻撃が強そうなんだけど、ワンコ気質は今も変わらない。
「パティが、おお、ディアもいたのか」
「おひさしぶりです」
「事情説明に呼び出されたギビンズ伯爵とグリーン伯爵が、パティを偶然見つけて、どうにかしろと詰め寄りやがったんです」
「なに?」
「少し離れた場所に俺とアランがいたからすぐに気付いて助けられましたが、公爵令嬢にあの態度は許されませんよ」
皇宮で何をやっているのよ。
公爵家にたてつくなんて馬鹿じゃないの?
「それだけ追い詰められていたんだろうさ。なあ? ディア」
「そうですわね。ホルブルック子爵領は特別地域なのに、無理矢理に自分の子供を住まわせようとしたんですから、それ相応の罰は受けるでしょうね。精霊の森のようなことがまた起こったらどうするつもりなんでしょう。今度は精霊王も許さないですよ」
お菓子を摘まみながらさりげない口調で話しているのに、そんな神妙な顔で静まり返って聞かないでほしい。
勢いよく乗り込んできたエルさんまで、ちょっと帰りたそうにしてない?
「……もしかして、彼らの領地はそんなに大変なことになっているんですか?」
「何が起こっているのかは知らないのか?」
「知っているような知らないような……」
今回は警告だけだから、関係ない人にまで影響が出ないようにしたはずよ。
「ギビンズ伯爵の屋敷の周りを取り囲んで、葉が一枚もない木が大量に出現しまして」
陛下に目配せされて、エルトンがメモを見ながら説明を始めた。
仕事を増やしてごめんね。
「敷地内が林になり建物は蔦に覆われ、外に出入りできるのが物置部屋の窓だけだそうです。屋敷への道も木に塞がれ、精霊車も使えない状態です」
出入りが不便なくらいで騒がないでよ。
この世界は電飾がない代わりに魔道具の灯りがあるんだから、綺麗にライトアップすれば観光名所になるかもしれないわよ。
「グリーン伯爵の領地では屋敷が氷に覆われて、こちらは出入りは問題ないですが、異常に寒くて屋敷の中にいられないそうです。近くの湖も氷の壁に覆われて辿り着けず、川も凍っているのに、魚は普通に泳いでいるので、水の温度は変わっていないようですね」
これも水は魔法で賄えるんだし、湖や川の生き物に影響がないなら問題ないでしょ?
困っているのは伯爵家だけよ。
「これはいつまで続くんだ?」
「さあ? 私は知りませんし、口出しするべきじゃないと思います。琥珀は陛下かモニカ様が、瑠璃はお父様かクリスお兄様がお話するべきではないでしょうか? ただ私の意見を少しだけ言わせていただいてもいいのでしたら」
「いいから言え」
そんな頭を抱えて嫌そうに言わなくてもいいじゃない。
「あのふたりはパティに、公爵令嬢として築いてきた人脈はもう当てにするな。子爵夫人は近い身分の中で人脈を広げなくてはいけない……みたいなことを言っていたんですよ。つまり、今まで関係のあった私達とパティの仲を裂こうとしていたんじゃありませんか?」
「はあ? パティと俺達の関係を知らないのか?」
パティは皇族兄弟と親戚で幼馴染だ。
公爵家関連の人脈にいつまでも頼るなって言うことは、彼らとの付き合いも考えろってことになるでしょ。
周りに知られずに言いなりに出来たら、パティは彼らにとって非常に役に立つお人形になったかもしれないけど、あいにく彼女はそんなやわな女の子じゃないのよ。
「皇族とグッドフォロー公爵家とベリサリオ辺境伯家に喧嘩を売った彼らを、このままにしては示しがつかないと思いますけど?」
ひさしぶりにばさっと扇を広げて、口元を隠しながら微笑む。
皇宮で詰め寄るなんて馬鹿なことをしたやつを、許してしまったら大問題よ。
「ふたりともパティから引き離す時に勢いが余ってな、放り投げたら腰を打ったようで唸っていたが、精霊を全く連れていないから回復しないで放置して軟禁してある」
エルさん、物理攻撃はどうなの?




