大人になるってこと 3
瑠璃と琥珀がいなくなってしばらくして、精霊獣達と戯れていた蘇芳と翡翠も帰った。
いろんな精霊獣に会えるのが楽しくて、精霊獣達が人間と仲良くしているのを見るのが嬉しいんだって。
ホルブルック子爵家の侍女や侍従の精霊獣達は、精霊王に会うのが初めてだったからかなり興奮していた。
「最近、ダグラスと会った?」
そんなほのぼのとした空気の中で、意外な名前がエルダの口から出てきた。
「いいえ。アランお兄様が独立してからは学園以外では会わないわ。ここには来るんでしょ?」
「そうね、アランとは会っているみたいよ。でも会う頻度はだいぶ減ったみたい。近衛の任務と事業でアランは忙しいから」
パティはまだここに住んでいるわけじゃないから、ダグラスが来ていたという話は聞くけど、ここで会ったことはないそうだ。
「それがどうしたの?」
「うーん。会ったなら何か聞いていないかなって思ったのよ」
「何かって何さ」
エルダは顎に手をやりながらしばらく考えていた。
話せないようなことなら、最初から話題にしなきゃいいのに。
「あくまで噂だからね? ディアもパティも周りが過保護過ぎて、嫌な噂は流れて来ないでしょ? でも帝国が平和だからこそ、安心して自分の権力や財産のために動く貴族もいるのよ」
「ダグラスの名前が出たってことは、カーライル侯爵が何かしたの?」
「すっかり影が薄くなって、第二のヨハネスになるんじゃないかなんて言われているわよ」
あー、あそこはねー、精霊車の登場で一番打撃を受けたんだよね。
カーライル侯爵領ってベリサリオのお隣さんで、コルケットとベリサリオの物資の移動で必ず通るコースだったのよ。だから通行料でかなり儲けていたの。
そこに精霊車の登場ですよ。
山だろうが川だろうが、浮かんで走るんだから全く問題ないんだもん。
そりゃあみんな山や高原地帯を突っ切って、通行料のかからない最短ルートを通るでしょ。
「馬の需要がほぼなくなったしね」
エルダはそう言うけど、馬はどこの貴族だって育てていたでしょ。
今だって精霊を育てるほどの魔力のない平民は馬車を使っているしね。
「カーライル侯爵家は財政状況がかなりまずいみたいよ」
「新しい世界の流れについていけないとそうなるのよ」
「同じような条件の貴族はたくさんいるでしょ? オルランディ侯爵家だって同じような場所にあるのに、精霊車専用道路や荷運び用のフライの製造でむしろ収入が増えたって聞いたわ」
「パティ、それはね、コルケットが王都までの荷物をどの領地を通すかって考えて、ベリサリオと縁組したオルランディを選んだからよ」
「えー、それだけじゃないわよ。あそこの専用道路はすごいのよ。街中を通らないから混雑しないし直線が多いし」
「そうなの?」
パティの興味津々な顔が可愛い。
今度アランお兄様に連れて行ってもらって、直線道路を爆走しておいで。
精霊獣達が喜ぶよ。
「フライにいち早く目を付けたのも、専用道路なんて考えたのも、誰なのかな? もしかしてスザンナのためにクリスが助言したりなんかして」
「何言っているのよ、エルダ。専用道路は婚約の話が出る前から……」
いや、クリスお兄様は最初からスザンナ狙いだったんだ。
てことは、婚約の話が出る前からスザンナが好きだったってことだ。
専用道路の工事を始めたのっていつからだったっけ?
フライに関してはルフタネンでいろんな形が出てきたのを、北島にフェアリーカフェを出店するために建物を見に行った時に知って、そのすぐ後にオルランディ侯爵家でも開発を始めたんだっけ? いやその前?
「もっと言うとね、あの陛下の婚約相手を決める候補選びね」
「うん」
「あなたの友人で赤髪じゃなくて、身分が高くて精霊獣がいて」
「……うん」
「で、選ばれなかった方がクリスと婚約するっていうのは、ディアが言い出したの?」
「まさか」
三人の候補を選んだのも、クリスお兄様もその中から婚約者を選ぶというのも、陛下とクリスお兄様が決めたことよ。
確か、陛下がベリサリオに遊びに来て、ベランダでふたりが話しているところに私が加わったはず。
「陛下が選ばなかった令嬢に悪いイメージがついてしまわないように、婚約者になる男を決めたって世間は思っているのよね。ベリサリオ辺境伯の嫡男なら誰からも文句は出ないし、クリスは陛下に忠誠を示したことになる」
「実際は、元々ふたりとも自分の相手を決めていたんだけどね。言っておくけど、私はそんなの知らなかったわよ。だから四人でちゃんと何度も話をして、誰も悲しまないようにしてほしいって話したの。真剣に心配していたのに……で、今更それが何?」
「ブレインに侯爵家の人間がひとりも入っていないのはおかしいって、カーライル侯爵家が言い出したのよ」
「まあ、そう言われたらそうかもね」
「ええ?! 意外な反応」
誰も陛下のすることに意見を言わない国って、独裁への第一歩って感じがしない?
反対勢力があるのは、ある意味健全な形だと思うのよ。
ただし、権力闘争に夢中になって内戦なんて駄目だけどね。
「チャンドラー、カーライル、マイラー、ラーナーのどれかからひとりだしてもいいんじゃない? なんならベリサリオが抜けてもいいし」
「それがね、ベリサリオはそうやって婚約の時に忠誠を見せたし、功績が大きいからいいんですって。だから抜けるならコルケット」
「はあ?」
コルケットはひんやりシートを始めとしたクッションの素材で、今べらぼうに儲かっている領地なのよ。
あそこがブレインにいるおかげで、どれだけ宮廷の助けになっていると思っているのよ。
「でもエルダ、そういう経済的な話や権力絡みの話を、わざわざ私やディアにしてくるのはちょっと意外よ。だって私達には何も出来ないでしょ?」
「だからほら、世の中のことをふたりにも理解してもらわなくちゃって」
「情報を教えてもらえるのはありがたいのよ。さすがエルダ、いつも知らないことをたくさん知らせてくれて助かってるの。でもブレインの話より気になったんだけど」
パティは眉を寄せ、手にしていたハンカチを強く握りしめた。
「陛下への忠誠を示すためにクリスがスザンナと結婚したって話になっているの? そんなの社交界で話題になっていたら、スザンナがお茶会や舞踏会に出席しにくくなってしまわない? クリスは人気があるから、スザンナを妬んでいる令嬢はたくさんいるのよ」
そうだ。
そうよ。
それでスザンナがつらい思いをしていたらどうするのさ。
「えー、クリスが傍にいるんだから大丈夫でしょう?」
「でも私のところに今日来た人達みたいに、いつ何を言われるかわからないわ」
「え? 何があったの?」
パティがエルダに説明している間、私はまるで違うことを考えていた。
あの時、候補者の中にはカーラがいたのよ。
モニカが選ばれて、スザンナはクリスお兄様とくっついて。
じゃあもし辞退しなかったら、カーラのためには誰が名乗りをあげていたの?
いや、もしかして。
陛下もクリスお兄様も、ヨハネス侯爵が断ることまで計算済みだったのかもしれない。
まさかあんなアホな断り方をするとは思っていなかっただろうけど、ノーランドとは親戚でモニカとカーラは従姉妹なので、そんな近しい中からふたりの候補が選ばれるのは、年頃の御令嬢のいる他の家から苦情が出るだろうとか何とか、いくらだって理由はつけられたはずなんだ。
私はあの頃、そんなことは何も考えていなかった。
ただ友達に幸せになってほしくて、出来れば好きだと思える相手と結婚してほしくて、陛下やクリスお兄様に生意気なことを言っていた気がする。
中身はおばさんだったくせに、頭の中はお花畑か。
でもさあ、弁解するなら、普通のOLには無茶な要求だと思わない?
政治なんて全くわからないおばさんなんて、世の中にはごまんといるわ。
それよりなにより、十五でそこまで考えて動いていた陛下とクリスお兄様のほうが異常よ。
オルランディ侯爵家の精霊車専用道路って、簡単に言うとバイパスみたいなもんだからね。
それを精霊車が作られてすぐに考えたクリスお兄様がおかしい。
そのクリスお兄様と並ぶくらいに頭がいいと思われている私は大丈夫?
話せば、そんな頭がよくないなとわかるかもしれないけども、それはそれで悲しい物があるじゃない。
アイデアだけの人と思われているなら、それが一番いいんだけどさ。
今夜は家族で食事をする約束があるから、ベリサリオに帰ってからもいろいろと考えてしまった。
ともかくスザンナが心配よ。
私とアランお兄様は恋愛結婚だってことは有名だから、前からクリスお兄様だけが政略結婚なのは嫡男だから仕方ないですわねと、余計なことを言う人はいたの。
最初はそうかもしれないけど、今はスザンナに惚れこんでいるんですよって話しても、身近な人以外信じないのは、クリスお兄様のイメージのせいだ。
ずっと、女性には全く興味がありませんって顔をしていたからなあ。
でもそれって、前からスザンナに片思いしていたから他に興味がなかっただけだよね。
片思い。
クリスお兄様が。
うは、似合わなすぎ。
スザンナってばすごくない?
「思い出し笑いか?」
「びゃ!!」
突然、すぐ横から声が聞こえて、びっくりして飛び上がったわ。
なんで気配がしないのよ。
足音くらい立てなさいよ。
「カミル! 勝手に部屋に入ってきては駄目よ」
「ちゃんとネリーに案内してもらったよ」
「え?」
あれ? いつの間にみんないなくなったの?
食事会のための化粧や髪のセットをしていてくれたはずなのに。
考えに夢中になっていて、終わったのに気付かなかったの?
うわー、何をやってるんだ私は。
「何か考えこんでいるみたいだって聞いていたのに、にやにやして……あ、また目尻があがって見える化粧をしているのか?」
カミルは、前髪をかきあげながら不満げな顔で隣に腰を降ろした。
黒を基調にした服装だけど、程よい銀糸のアクセントが豪華さをだしていて似合っている。
十八になって、さすがに身長の伸びが止まったって言っていたけど、充分すぎるでしょ。
少し私に分けてよ。
特に足の長さ!
「きりっとした顔に見えた方が格好いいでしょ?」
「いや、本来の少し下がった目尻のほうが可愛い。せっかく癒し系の顔なのに、なんでわざわざそんな化粧をするんだよ。むしろ化粧しない方がいい」
「こすって取ろうとしないで」
伸ばしてきた手をべしっとはたいて、横に移動して少し距離を取った。
私はこの化粧が気に入っているんだけどな。
性格にあった顔は、儚い癒し系の顔よりこっちよ。
「家族で食事をするだけなのに、そんなバッチリ化粧しなくてもいいだろう」
「成人したら、家族にも、特に男性には素顔は見せないものなのよ。素顔を見せるのは旦那様だけなの」
「それは……まあ、いいか」
単純だなあ。
スザンナやパティと比べて、私だけこんなに平和でいいのかしら。
「失礼します。クリス様がお見えになりました」
「クリスお兄様だけ?」
ネリーの言葉に私は首を傾げた。
家族の食事会には、毎回スザンナも出席しているのに今回は来ていないのかな。
「ディア……って、もうおまえがいるのか」
クリスお兄様はカミルに気付いて露骨に嫌そうな顔をした。
「いるに決まっているだろう。せっかくの婚約者同士の時間を邪魔するなよ」
「ディアに用があるんだよ」
このふたり、これでも仲良しなんだよ?
嘘みたいでしょ。




