第20話 季節外れの雪②
「しかし、雪山から両足だけ飛び出た情け無い姿ったらなかったな」
少女がソリで運んでいた荷物を軽々と片手で持ち上げながら、イフリートが言った。
「そんなことないです。エリナにとって、ケントお兄ちゃんはヒーローです!」
シルバーウルフに襲われそうになっていた少女、エリナが言う。
エリナはトゥルク連峰の麓にあるカヤニ村の住人だった。
北国らしい色白の可愛らしい女の子だ。
すぐ近くに家があると言うので、俺たちは馬車を降りて、エリナを家まで送っていくことにしたのだった。
「飛翔って上級魔法だよな? まさか、勢いに任せてやってみたら、一回で使えるとはな」
「何を言っている? 精霊王と契約してるケントならば、上級魔法など使えるに決まっているだろう。魔法の調整は別にしてな」
イフリートと俺は、エリナの後ろをついて行きながら、小声で話す。
……ヴァーラ渓谷では、サウナを楽しむためだけにしか魔法を使っていなかったからな。
全然意識をしていなかったが、俺は強大な力を持つ4体の精霊王と契約をしたのだった。
「ケントに足りないのは、魔法の調整力だな。魔法の調整が上手くならないと、強い魔力に振り回されて、さっきのように猛スピードで突っ込むことになる。魔法を上手く使えるようになるためには訓練するしかないぞ」
「はいはい、イフリートさん。ご教示ありがとうございますね」
「うむ。オレが指南してやろう。オレの教えは厳しいぞ」
イフリートが言うには、4体の精霊王と契約している俺の魔力量は、上級魔法程度を使う分には、ほとんど無尽蔵と言える状態らしい。
しかし、実際に魔法を使いこなすためには、繰り返し実践を積むしかないというわけだ。
これからはもう少し魔法に対して興味を持とうと思った俺なのであった。
***
「ママっ!」
家に着くなり、エリナがお母さんに抱きつく。
若いお母さんだ。
……たぶん俺より若いな。
「ケントお兄ちゃんがね! バーンって、狼をやっつけてくれたの!」
「ええっ?」
エリナのお母さんは、イフリートと俺の方をチラチラと見る。
俺はエリナの話を補足しながら経緯を話す。
俺たちがトゥルク連峰に向けて旅をしていることや、たまたまエリナを助けることになったことを説明した。
「そんなわけで、俺たちはこれからトゥルク連峰に向かうところなんです」
「ケントさんは、修行者様でしたか。ここ数日ずっと山の天気も悪いですし、天気が良くなるまで、この家でゆっくりしていってください。エリナの命の恩人なんですから」
エリナママ、カリナさんが、俺たちに頭を下げながら言った。
「パパの代わりに遊んでもらうんだー」
エリナが俺の腰のあたりにしがみついてくる。
「夫は領主様のいらっしゃるイマトラの街にしばらく仕事に出ているんです。最近、エリナも寂しがっていますし、宿泊先が決まっていなければ、是非泊まってください」
カリナさんがまた言う。
「ケントお兄ちゃん、いいでしょ?」
エリナにジッと見つめられる。
「……じゃあ、お邪魔しちゃおうかな」
せっかくのご厚意だしね。
「トゥルク連峰に行くまでは、ここで魔法の訓練だな。俺の教えは厳しいぞ」
イフリートが腕を組みながら、にやっと笑った。
夕方、カリナさんの作ったシチューをいただきながら、食堂でくつろぐ。
「こっちのほうには初めて来たんですが、真夏に雪が積もっていて驚きましたよ」
「私は生まれてからずっとこの村に住んでいますが、こんなことは初めてです」
真夏だというのに、ストーブの中では薪がパチパチと燃えている。
「……でも、薪はたくさんあるようで、良かったですね」
俺はストーブの近くに壁一面に積まれている薪を見ながら言う。
「ええ、夫が準備していてくれて助かりました」
……準備ね。
真夏だってのに随分と用心深いんだな。
「あら? マッチがしけっているのかしら」
カリナさんが、ランプをつけようと、マッチを擦ったが火がつかない。
「あ、どうぞ」
俺は人差し指から小さな火を出した。
「火の魔法だ! ケントお兄ちゃんは空も飛べるし、何でも出来るんだね!」
エリナがキラキラした目で見つめてくる。
「ケントさん、そのお若さで2属性の魔法を使えるんですか。すごい修行者様なんですね」
「いや、はは……」
実際は、4属性を使えるんだけどね。
まぁ、修行はしていないけども。
「カリナ、お代わりだ!」
イフリートは一人、もりもりとシチューを平らげていた。
 




