13-4 攻撃を前に(2)
朝食を終えると、屋根に上って様子を眺める。
荷車や馬車の列が西に向かって行く様子が見て取れた。帰ってくる荷馬車は新たな資材を運ぶのだろう。
すでに、南北の城門付近には柵が作られ始めているかもしれないな。
ライアン姉さんの部隊も敵の見張りを狙撃に出掛けたに違いない。
1個分隊ずつに分ければ12丁の銃が敵を狙うことになる。城門を開いて打って出ようとしても、容易にとん挫させることが出来るはずだ。
私達の移動は昼過ぎになるのだろうが、2時間も掛からずに攻撃地点に到着できる。
西の増援部隊の動きが気になるが、、ヨゼニー達が確認に行ったのなら、安心して待っていられそうだ。
指揮所の屋根から下りて暖炉で体を温めていると、ラドニア小母さんが部屋に入ってきた。
私の傍に寄ると、深々と頭を下げる。
そんなにかしこまることは無いといつも言ってるんだけどなぁ……。
「例の男達の代表が是非とも御目通りを願いたいと……」
「ん? ああ、村を追われた連中だな」
今頃ここに来るとはなぁ。この戦が終わってからでも良いように思える。
「とりあえず、何もすることが無い。会ってみるか」
「直ぐに、呼び寄せます」
ラドニア小母さんが指揮所を走るようにして出て行った。もう直ぐ50歳を迎えるんだから、本来なら暖かな暖炉の前で孫のセーターを楽しみに編んでいるはずだ。
母様に伴ってコーデリアにやって来てから、苦労を重ねてしまっていることが申し訳ない。
あの世で母様に叱られないように、労わってあげないといけないと常々思ってはいるのだが……。
しばらくして小さな戸を叩く音がすると、ラドニア小母さんに連れられて2人の男が入ってきた。
壮年だな。オーガストよりは若そうだ。2人ともガロード兄さん並みの筋肉質だが、明らかな違いが1つだけあった。
片方は私を一目見て騎士の礼を取り、もう片方は小さく頭を下げただけだ。
兵隊崩れに樵の親方という感じがする。
「コーデリア王国の国王陛下と会うことができた事、私の一生の誉れに存じます。この度は、先だって用立てして頂いた食料のお礼に伺いました」
「先ずは、座ってくれ。別に礼はいらないぞ。困ったときなら施すのが当たり前だ。私達の兵糧からの施しだから、それほど多くはないはずだ」
私の言葉に、2人とも下を向く。
かなりありがたかったに違いない。それほど窮乏していたということだったのだろう。
「おかげで、女子供にパンを食べさせることが出来ました。さらに、ライムギの種まで用立てて頂いたこと、感謝に堪えません。ローデリア王国にも陳情に行ったのですが……」
無視された、ということなんだろうな。
とは言え麦が実るまでには、まだまだ時間が掛かるはずだ。さらに荷馬車2台分ほどを分けてあげれば良いのだろうか?
「お前達が私を訪ねてくる時期がまずかったな。近々我等は攻撃に向かう。食料を分けては上げたいが、少し時間が掛かるぞ」
「いえ、それならなおの事好都合。我等も戦のお手伝いをいたしましょう。総勢2個分隊ほどですが、腹を満たしてくれたお礼はしなければなりません」
う~ん……。考えてしまうな。
確かにありがたい援軍ではあるが、急な援軍は全体の作戦の邪魔になる。
ラドニア小母さんがワインを運んできたので、恐縮している彼等をテーブルに着けワインをご馳走する。
ワインを飲みながら、ふと地図を見た時、彼等の使い道を見付けた。
危険性は低いが、効果は大きいだろう。
「1つ頼まれてくれないか? メルザの西に大部隊が展開しているはずだ。深夜に北から火矢を放って欲しい。敵軍に攻め込む必要はない。2射したらすぐに引き返してくれ」
「それだけでよろしいのですか?」
兵士崩れの男が、驚いたように問い掛けてくる。
2人に笑みを浮かべる。 彼等が予想しないようなら、敵軍は全く考えもしないはずだ。
「十分だ。それで動きが鈍くなる。上手く戦が運んだなら、北ではなく南に開拓村を作る許可を与えよう」
「それなら……。承りました。それで何時?」
「今夜だ。我等はメルザに火矢を放つ。それを合図に敵軍に火矢を放ってくれ」
席を立つと、再び私に騎士の礼をすると2人が指揮所を出て行った。
心配そうな表情でラドニアさんが後を追って行ったから、麦の袋をいくつか持たせるのだろう。
おもしろくなってきたぞ。
我等の部隊構成は今日中におおよそ敵の手に渡るだろうが、北からの援軍は予想もしていないだろう。
2射の火矢を陽動と見るか、それとも東西に設けた柵に布陣する我等の兵士によって挟撃されるのかを素早く判断せねばなるまい。
想定外が起これば作戦は乱れる。統率の取れない軍は脆いものだ。
資材を積んだ荷馬車が3度ほど西を目指したところで、私達も西に向かうことにした。
マギィさん達が荷馬車に乗り、私は馬に乗る。マギィさんの部下も他の荷車に乗っているから、2時間も経たずに東の攻撃点に到着する。
10台の荷車が街道の南北に展開しているから、城門を開いて打って出てきても容易に跳ね返すことが出来るだろう。
「トリニティ様。こちらで四季を取ってください」
私の到着を待っていたかのように、カイゼルが走って来る。彼が腕を伸ばして教えてくれた場所には2台の馬車の荷台の柵を使って丸太を組み板を乗せてあった。
テーブルと椅子が数脚。金属製の筒のようなストーブが2つ置いてある。煙があまり立たないのは炭を入れているのだろう。
「御苦労。準備のほどは?」
「南北と違い、東は突入部隊ですからな。とはいえ、前方に荷車を並べています。このまま前進させれば我等の後ろを守ってくれるはずです」
確かにそうなるんだが、南北と異なり東側の陣は貧弱に見えるはずだ。
東を陽動部隊だと思ってくれるならありがたい。
板屋根の下のテーブルの傍にヨゼニーがいた。部下の報告を聞きながら地図に常用を記載している。
私に気が付いて慌てて騎士の礼をしてくれたが、私はそのまま作業を続けて欲しかった。
「すでに南北の柵を作り終えて、現在は城門の反対側にロープを数段に張っているところです。阻止具もありますが、騎馬は足元がお留守ですからね」
「それで十分だろう。見せかけのバリスタも用意しているんだろう?」
「3台ずつ用意してあります。改良型バリスタは荷車の中ですから、200リオン(300m)ほど城門から離しております」
見せているバリスタでは城門までは届かない。
だが、我等がバリスタを用意していることを知った敵側は穏やかではないだろうな。それをいつ前進させるのか、石垣の上でこちらをジッと眺めているに違いない。
「やはり西の戦力は分からないか……」
「煙の位置と数は前と同じです。やはり2個小隊以上1個中隊以下というところではないでしょうか?」
ヨゼニーの言葉に小さう頷く。
煙は我等への攪乱手段と考えられるな。ひょっとしてすでに町に入っていることも考えねばなるまい。
やがて日が傾き始める。
いよいよだな。夕食時に指揮所に集まってきた部隊長達が、口数少なく食事を取っている。
兄さん達は既に食事を終えて、バリスタの弦を引き絞っているかもしれないな。
攻撃は日没後なんだから、まだまだ早いと思うのだが。
食後のワインは無く、今夜はお茶になる。
さすがにほろ酔い加減絵戦をするようでは問題だ。
「いよいよ今夜、メルザを頂くつもりだ。通りを西に向かって進むことになる。丁度3人の部隊長がいるのだ、中央をカイゼル、左をライアン、右手をラドニアに任せる。
ただ単に西に向かうのではなく、前線は常に南北の線を維持する。通りを攻め抜き、次の南北の通りに出たら、3つの部隊がきちんと並んだことを確認して次の区画に進んでほしい。前線が東西方法にずれたなら容易に我等の前線を越えて来るだろう」
「伝令を用意すれば問題はありますまい。なるほど、上手く並ばねば、そこを敵兵が抜けて来るということですな」
「そう言うことだ。その後ろを我等が進む。1区画離せば安全だろうし、隠れた敵兵が出てきたとしても、数人を越えることは無いはずだ」
「私の部隊は3班に分かれて援護します。攻撃部隊の後方を守れば良いのですね」
「それで、カイゼル達の背後を心配せずに済む。2班で良いぞ。中央は我等で十分だ」
「私は、あの荷車を動かせばよろしいですね。最後は城門から3人分は慣れた位置に並べておきます」
「それでいい。ウーデンの役目は、南北の攻撃部隊への火消しだが、オーガストの部下が知らせてくれるだろう。その時は、銃を2発空に放って直ぐに救援だ。
私の部隊が城門に向かう。その時には中央の後方部隊がいなくなるから、カイゼル! 注意してくれよ」
私の言葉に大きく頷くと、その場で騎士の礼を取ってくれた。
それこそ私の望むところ、という感じだな。
だんだんと日が傾いてくる。
当方に見えるなだらかな丘が赤く照らされてきた。
「それでは、広場で会おう! 準備を始めてくれ。ラドニア小母さんショットガン兵を1人貸してください。合図はドラゴンブレスを使いますから」
皆が立ち上がり私に礼をすると、小走りに自分の部隊に向かう。小母さんを呼び止めてお願いすると、笑みを浮かべて頷いてくれたから直ぐにやって来るに違いない。
「隊長にここに向かえと指示されました!」
やってきたのは、まだ少年の面影の残る山の民だった。腰に巻いたベルトには20発以上の銃弾が収められている。胸の弾薬ケースには左右3本のドラゴンブレス用の銃弾が入っているようだ。6発だから、部隊の中から融通して貰ったのだろう。
「ショットガンに2発ともドラゴンブレスを装填してセーフティを掛けておくんだ。お前が空に放つドラゴンブレス2発が攻撃の始まりだ。合図は私がするから近くにいて欲しい」
私の言葉に頷くと、ストーブの傍にすわりこんだ。マギィさんが笑みを浮かべてお茶を用意している。
夕暮れが深まってきたが、もう1杯お茶を飲むぐらいの時間はありそうだな。




