5.勇者も魔王も必要な素質は同じだと思うのです
思わずといった感じで大きな声を出したアルだったが、次の瞬間には平静を取り戻したようだった。
「サク。治療魔法はまだしも、街中で無闇に幻惑魔法を使ってはいけないと言っただろう?」
諭すような声色で優しくふわりと笑いかけられる。
貴公子然(実際高貴な血筋なんだけど)としたキラキラの笑顔を見て、私は思った。
(めっっちゃ胡散臭い……)
いやまあ客観的に見ればそれはもう瞬く星の如き素敵な笑顔なんですけどね。
素の笑顔を知っているせいで違和感が半端ない。偽造純正100%って感じだ。
でもおかげでなんとなく色々察せました。ここ、言われたことないですとか幻惑魔法ってなんですかとか言ってはダメな場面ですね!
私は口答えはせず、代わりに窘められてしゅんとしたような、正しいことをしたのに怒られて不服なような、なんとも言えない表情を作る。
光れ小学校の学芸会で培った私の演技力!
「ああ、怒っているわけではないよ。よくやってくれたとは思っている。けど、ここでは人目についてしまうからもう行こう。」
アルがすかさず更に合わせてくれた。
茶番とか慣れてないのでむずむずしてしまうがなんとか堪えて頷く。
私が微妙な表情ながらもアルの手を取ると、呪縛が解けたように少しずつ人の波が動き始めた。
まだ多少視線は感じるが、とりあえず正義感で突っ走って幻惑魔法(?)をうっかり使ってしまった少女で概ね押し通せたんじゃないだろうか。押し通せたと思おう。茶番がバレバレだったら恥ずかしすぎて穴に埋まれる。
そうして私たちは近くにいたらしいアルの知り合いに少年を頼んでそそくさとその場を後にしたのだった。
*************
「それで?」
「それで……」
アル宅にトンボ帰りした私たちは机を挟んで向かい合っていた。
険しい顔で尋ねられて、ついおうむ返しで答えを濁してしまう。
するとアルがはっとしたように表情を緩めた。本当によく気がつく人だ。
「悪かった。質問を具体的にしよう。君はさっき何をしたんだ?」
私は慎重に言葉を選んで答える。
「えっと最初、あの子の身体をこちら側へ移動させました。…多分空間転移と言われる類のことをしたのだと思います。それから次に怪我を治そうとしたのですが、私は医学の知識がなく治療方法がわからなかったため彼の身体の時間を5分…殴られる前の状態になるよう“戻し”ました」
正直いっぱいいっぱいだったから自分でもなにやったのか微妙にわかってないが、なんとか言葉にする。
だけど努力むなしくアルは額に手を当てて考え込んでしまった。
感覚で乗り切ったから説明難しくて…わかり難くてごめん…!
「……つまり、君は魔法を使ったってことか?」
「魔法…多分そうだと思う。向こうの世界ではこんなことできなかったし初めてのことだから断言はできないけど。……あれ、えっ、まさかこっちって魔法使える人いないの!?」
いやそんなわけないよね!?さっき幻惑“魔法”がどうのって言ってたし!
案の定アルはすぐに首を振った。
それならどうしてそんなに難しい顔を?
「確かに魔法自体は存在する。ただ、空間や時間を捻じ曲げるなんて強力なものは聞いたことがない」
「……失礼な質問かもしれないけれど、アルが知らないだけってことは?」
「もちろん私はその手の専門ではないから知らないことはあるが、仕事で会った普通の魔法使いは多少の火や風を起こしたり、人の精神に作用するのが精々だ。そのレベルから大幅に外れることはそうないだろう」
「人の精神に作用って相当なものだと思うのだけど」
「そういった魔法はかなり条件が特定される。代表的なのは精神が相当動揺した状態であることが必要、とかだな。それだって更に強い動揺を与えれば解けてしまう」
なるほど、催眠と似たようなものなのかもしれない。
「なにより魔法を使う前には必ず詠唱が入る。普通はな。無詠唱で魔法を使える人間なんて黎明の魔法使い、なんてお伽話の存在くらいしか聞いたことがない」
「……じゃあ、70年前に来たっていう異世界の人は?どうだったの?」
アルはまた首を振る。
「残念ながらその頃の情報は残っていない。いた、ということしかわからないな。戦時中だったから無理もないが」
「へっ?この国戦争してたの?」
突然の新着情報だ。
町は活気があったし、食べ物は豊富だったしであんまりそんな感じはしなかったのに。
……いや、ああ、そうか。
暴力を当たり前のように受け入れていた町の人たち。
表向きは平和そうでも戦争で治安が悪化した時はああいったことが日常茶飯事だったのかもしれない。
アルは私の様子に気が抜けたように椅子にもたれかかると、深く息を吐いた。
「……そうか…知らないのか……君は本当に別の世界から来たんだな……」
曰く、この世界では300年に渡り三つ巴の戦争が繰り広げられていたそうだ。
よくそんなに長い間戦っていられたものだとも思うけれど、更に驚くことにそれが終結したのは1年前というごく最近のこと。
和平条約という形で、戦争中の相互の被害については一切責任を負わない、難民の受け入れは各国が平等かつ積極的に行うなどの合意がなされたそうだ。
まあそんな最近の超重大な出来事を知らないなんて普通あり得ないよね。
奇しくも無知が私が異世界人たる最大の証明になってしまったわけである。
「ではサク。他にどんな魔法が使えそうだとかはわかるか?」
何度も言うけど私は魔法初体験者だ。
前の世界で人語を操る不思議な生き物と契約して秘密の魔法少女業なんかをやっていたわけじゃ決してない。
ない、が自分の力のことだからかなんとなくできることはわかっている。
「多分アルが思ってる以上のことはできるんじゃないかな。普通の魔法使いの人?ができることはできると思うし、それ以上だと…あ、天気とか変えられるかも」
少なくとも具体的な想像が及ぶ範囲のことは大体できると思う。
雨を降らせるくらいならまず可能だろう。雨が降る仕組みは、わかっているのだから。お、じゃあもしかして雪とかもいけちゃう……ちょっと待ってこれやばいのでは?
気圧が変動すれば嵐が起きる。地面から水分が抜ければ地割れや陥没が起きる。
私は自然現象が起きる原理がわかっている。わかるならきっと再現できてしまうんじゃないだろうか。というか十中八九できる。
天候に干渉するといえばそうだけどこれ、雨降らせるとかそんな生易しいものじゃ済まないかもしれない。
なによりこれらはほんの一例として考えてみたに過ぎないわけで。別に自然への干渉だけに限定された力ではない。
「……ごめん…やっぱり天変地異…とか…くらいなら全然起こせる…かも……」
何言ってるんだこいつみたいな顔されたらどうしようと不安だったが、なんとか勇気を振り絞って訂正する。天変地異起こせるってなんだ。起こせていいものなのか。わけがわからないので正直もう考えるのやめたい。
自分でも結構信じられないようなこと言った自覚はあるけど、意外にもアルは表情を変えず私の返答にそうか、と答えたきり黙った。
一連の出来事を通してもう何が起こってもおかしくないと思ったらしい。
深く考え込んだ彼につられて私も口を噤んだ結果、聞こえるのは僅かな外の喧騒だけになる。
「…」
(……あの子大丈夫だったかな。怪我ちゃんと治ってるといいけど)
「……」
(…そういえば魔法ってどういう仕組みなんだろう。もっと科学系の知識があったら分析できたかも。文系なのが悔やまれる)
「………」
(300年戦ってる戦争ってあっちだと朝鮮三国志時代くらい?一応350年のやつもあるけど、あれはなぁ。規模はこっちの方が大きいだろうし、そう考えると大変なことだよね)
「……………」
(あ、枝毛)
「………………サク。」
相手が集中しているのをいいことに、こっそり枝毛を探し始めたちょうどその時。
静かな部屋に響いた突然の声に私は椅子から飛び上がりかけた。
ごめんなさい、自分のことなのに現実逃避してごめんなさい…!
急いで背中を伸ばし普段の3割り増しくらいの真面目な顔で聞く姿勢に入る。
第三者のアルにばっかり考えさせて当の本人が遊んでるとか人としてアレだ。反省します。失態は今から取り返していく方向で行こう。
「君は王宮へは行かない方がいい」
それがアルの結論らしい。
私は少し考えてから思い当たった疑問を口にした。
「それは王家が疲弊しているから?」
彼は頷く。
戦争の終焉には様々な理由があれど、歴史上このような痛み分けの形で終わる時は戦争を続ける余力がなくなったからというケースが多い。
つまるところこの国も例に漏れず弱っていて、普通の人間ならともかく、私なんて爆弾を抱える余裕はないってことなんだろう。
「只でさえこの国は戦後で状勢が不安定なんだ。万が一君の能力が明るみにでれば相当な混乱を招くことになる」
混乱、なんてアルは濁してくれたけど言ってしまえば最悪の場合私の存在が戦争再開の火種になる危険性があるという話である。
アルがとっさに仕掛けた茶番は予想以上に重要な意味を持つことになってしまった。色々設定に無理があったっぽいけど、深く考える人がいないことを祈ろう。
先ほど“爆弾”と例えたように、思いたくはないが私はもはや兵器に等しいと言っても過言ではない。…本当思いたくない。2日前までどこにでもいる普通の18歳だったのに突然人間兵器になりましたとかそれどこの出来の悪いB級映画ですか。あまりに超展開すぎてさっきは思わず現実逃避しちゃったよ。
話を戻すがとにかく、そんな私を終戦直後のこの国が抱えていたことがバレる。
……私や国にそのつもりがなくてもまあ他国を刺激するよね。
しかも今のよわよわな王家では私を隠し通せない可能性が高いどころか、下手をすればトラブルを処理できず自爆。想像しただけで申し訳なさすぎる。
「…それに……いや、なんでもない」
「?」
「だから、君には私の知人の元に身を寄せて貰えたらと思っている」
確かに、個人の元に身を寄せるなら少なくとも国際的な問題にはなり難いはずだ。
一人で投げ出されたら私は全面的に魔法に頼らざるを得なくなるし、市井に身を潜めるのであれば誰かに協力して貰う必要があるのも解る。
それは解るのだけども、
「アルのところじゃダメなの?」
公爵家の次男という公的地位と権力がありつつ、万が一の場合家や周辺への被害が少なくて済む立場のアルは客観的に見て協力者の第一候補になるじゃないだろうか。
私としては別にアルに迷惑をかけたいわけではないし、彼の指示であれば従いたいのだけれども。
ただ、彼の性格を見るに自分の保身のためというより誰か…恐らくは私のための提案に思える。
だから理由が知りたかった。
「私のところはその……危ないんだ」
歯切れが悪い返答に、私は強い口調で質問を重ねる。
「危ないって具体的には?」
「……そこまで頻繁ではないが、時折刺客が来ることがある」
いやいやいやいや。何そのちょっと困っちゃうよねみたいな顔。
虫じゃないんだよ、殺し屋だよ?一回でもそんなの来たら大事件ですよ!?複数回来る方がおかしいからね!?
道理で初対面の時刺客?って言われたわけだ!
でも!でもそれなら尚更、
「尚更、アルのところに置いて欲しい」
彼が驚いたように目を見開く。
いやね、怖いですよそれは。
私、自分の命超大事にしてるもん。死にたくない。
命のやり取りとか全然想像つかないし、刺客って忍者みたいな感じの人が来るのかなとかそんなことしか思えないくらいにはわかってない。
だけど恩人がそんな怖い状況に置かれてるのに自分のために見て見ぬ振りをしたら私は絶対に後悔する。
その後悔はきっと、彼の側で危ない目にあってからする後悔よりずっと深いのだろう。
まあ実際の場面になったら半端なく後悔する可能性は大いにある。すっごくある。何も知らないから言えるだけかもしれない。
結局、その時になってみないとわからないのだ。
わからないならとりあえず、自分が納得する方に進んでみるしかないじゃないか。
「アルフォンス」
どんなに力があったって、小市民の私には世界征服は無理だと思うし、世界を平和にするのも同じくらい無理。
こんな規格外の力、絶対上手く使えっこない。こんなはもっと凄い、ヒーローみたいな人が持ってるべきもので。
私なんかが持ってたって持ち腐れた宝どころかパンドラの箱になりかねない。
でも、世界を救うのは無理だったとしても。
せめてこの力が目の前の人を、貴方を。助けられるようなものだったらいいと思うから。
だから、
「どうか私を、護衛として雇ってください」
色々考えるわりに自分が暗殺されるかもしれないという可能性が思い当たらないあたりが朔ちゃんが平和ボケ女子たる所以。
日本史選択の作者はたまに出る焼き刃の世界史知識が間違ってないかひやひやしてます…教科書ひっくり返して調べてます……なんで朔ちゃん世界史選択なの……。
そして魔術師の棺から来てくださった方はまたかよと思われるかもしれませんがまた戦争ネタです。今回は終戦後の設定なので許してください…!
ともあれこれで序章終わり!…の予定だったのですが次のエピソードが短めの予定なのでそれと併せて一章にしようかなと思います。
最後に前話の観覧とブックマークありがとうございました!
フィードバックを頂けるお陰で遅筆なりに頑張れてます…!本当に感謝です…!