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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第5章 少年と己が護るべきモノ 〜千日紅の戦花〜
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第95話 晴天と混乱 2

「ふーん、なるほどね。“守護神”は病を患ってたのか。ならあの場で消費するのは最適だな。概ね計画は順調、特に“荒天”が生きてるってのは大きな収穫じゃないか」


 戦場からはるか離れた丘。そこで俯瞰する人物がいた。


「向こうの計画も順調。あー、今は“晴天”だったか? まぁ、呼び名なんてものどうでも良い。ともあれだ。お前の計画通り進んでいるのだから、さぞかし心地よいだろう。まったく、千日紅国は上手くやったよ」


 胸に十字架が描かれた鎧、同じく十字架が象徴される盾と剣。聖騎士のソレを纏った人物は、神に準じるに似つかわしくない邪悪な笑みを浮かべる。


「ノルマは達成したんだ、満足したろう?」


 かつて童の身体でエスペルトやグラジオラスと戦い、


「で、今日満足したお前はこの世界から1抜けだ。キングプロテアはお前の管轄じゃあない......だが、そのままじゃ還れないよなぁ? クク、看過できない代物が目の前にあるんだ」


 かつてエルアという少女の身体でゼデクの前に現れた男。


「急げ共犯者。北方の女王は帰った。奴はグラジオラスに目が行き、お前はノーマーク。奴が戦場に潜り込ませた監視者は俺が潰しておいた」


 頰に六花の紋様が浮かぶ。それは“晴天”やブローディアの女王と同じ紋様。


「みんなお前を侮ってるぜ? 誰もお前なんかが世界の中心にいるだなんて思っちゃいない。だったら殺そう。1人1人、邪魔な奴を静かに消していこう」


 男は笑う。


「お前の望みを叶えるにはそれしかない」


 魔法使いは笑う。すると、足元で横たわっていた人間が呻いた。


「貴様......女王陛下を裏切るつもりか?」

「んはっ、裏切るだぁ?」

「うぐっ、あぁ......」


 その頭を踏みしめた。


「何も知らねぇ小物が騒ぐんじゃねぇよ。俺はな、お前らの上司も、そこに群がる醜い人類供も、みんなみーんな味方だなんて思ったこたぁないね! 一度たりともなぁ! ま、ちょっとした片道切符を共有してる奴ならいるが」


 表情を伺うことも返答を聞くこともなく、頭蓋を丁寧に砕き切る。


「最高な気分だ......六国も他の奴も、ぜーいんッ出し抜こうぜッ! 俺とお前ならできる。少しずつ行こう。組み立てた盤面をひっくり返す快感はたまらないねぇ」


 監視者でできた屍山。それに腰掛けながら。


「なぁ? ......エスペルト」


 かつて魔法使いの始祖が生きた時代。神話の時代を生きたとも言える男は笑った。


 ◆


 刀を交える度、打ちのめされている気がした。対峙している彼女は、レティシア・ウィンドベルという存在は、どこか輝いていた。もちろん、魔法が成す輝きであることに違いはないが、それ以上に自分よりも眩いものを持っているからかもしれない。


 それに比べて自分は――


 紅葉は仰け反った。刀を持つ手が震える。彼女を見るまでは何てこともなかったのに、今になって心がすくみ始めた。


 見える。見えるのだ。紅葉の肩を掴む亡霊の手が。今まで彼女が殺してきた数の手が、呪うように彼女を引っ張る。


 現実としてそんなことはあり得ない。これは彼女の心の弱さ故に見える幻影だ。なぜ、こんな自分に“鍵”は宿ったのか、そこまで考えたところで思考が負の方向へ傾いたことに気付く。


「......ダメ」


 それでも、覚悟を決めた瞳が彼女を貫く。


「......ダメ、強く持たなきゃ」


 紅葉よりも精密に、強くコントロールされたオーラが貫く。


「......か、勝たなきゃ。もっと斬って、兵器としての役目を果たして――」


 私は強い、強い強い強い。そう幾度となく念じても、打ち砕けない概念があった。彼女は人を殺すのが限りなく――


 心が崩れ始める。“鍵”の所有者が平常心を保てなくなった場合、内に秘めた力が暴走を始める。しかし、今の彼女には別の制御機能が備わっていた。


「紅葉ッ!」


 真冬の空気をつん裂くような叫びが聞こえる。これ以上、彼女に心配を持たせ、負担を増やすわけにはいかない。


「私は、大丈......夫?」


 前を向いた瞬間、視界が真っ赤になった。生暖かい返り血が、顔を濡らす。おびただしい赤刃が地面から一直線に伸びていて、それが多くの人々を串刺しにしていて――


「......?」

「紅葉ッー! 心をしっかり――」


 真冬の声が止まった。腹部を貫いているのは、他ならぬ紅葉の力によって生成された赤刃。


「嘘......私は強い。制御できる。もしもの時は制御装置もあって、強くて強くて......」


 壊れかけた言葉を綴り続ける彼女の頭の中には無情にも現実が割り込んでくる。そして、じっくりと理解させられる。自制できなくなったこと、制御装置が作動していないこと、敵をたくさん殺したこと、味方すらもたくさん殺したこと、そしてなによりも真冬を刺したのは――


「う、うぅぅぅああああああああああああああーーーーーーッ」


 その悲鳴は彼女の倒壊と共に、悪夢の始まりを告げた。


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