第34話 願望と出会
つい先程まで怒号が轟いていた戦場。それが今は、人馬が忙しなく動く騒音に変わっていた。ルピナス王国が戦闘を止め、引き上げたらしい。それが意味することはただ1つ。戦争の終わりである。ルピナス王国が“祠”を占領することを阻む。表向きの目的は達成したのだ。
無防備に背を向け、遠ざかっていく赤い甲冑の部隊を眺める男。ライオール・ストレングスだ。彼は追撃を試みなかった。今回の目的が彼らでない以上、不毛な戦闘は避けたい。それを理解しているからこそ、彼らも背を向けたのだろう。
『今日は終いじゃ。だが、大先輩にはよろしく頼む。次に会った時、必ず首を取るとな』
秋仙が残した物騒な言葉。彼も相当好かれているらしい。千日紅国の人間は、皆血眼で彼を追いかける。
そんなことを考えていると、ライオールの元に駆け寄る兵士が1人。彼は顔を曇らせていた。
「......副団長が戦死しました」
「......そうか、そうきたかぁ〜」
やっと腰を落ち着けると思っていた。しかし、彼を待っていたのは訃報である。
「誰にやられた? 半端な死に方をする奴じゃないだろう?」
あくまで冷静を保ち、部下に問い掛ける。
「エドムからの報告では、ルピナスの国王に」
「あの“暴君”にか......。出会ってしまうとは、彼も運が無い」
ルピナス王国の国王、“暴君”オスクロル。まず普通の王は前線に出てこない。だが、彼は違った。人や場所を選ぶように現れては、殺戮と蹂躙を繰り返す。今回その場に彼がいたのであれば、きっと何かを狙っていたのだろう。
「――どうでしたか? 貴方の戦況は」
会話に割り込む者がいる。ライオールが振り返った先に、エスペルトが立っていた。珍しく、装備がボロボロな様子。
「どうって、君の方こそどうなのさ? 目的は達成できたかい?」
「はい、それはもう十分に。しっかりと対話できましたよ」
「......ならマシか。彼も少しだけ報われる」
その言葉を聞いたエスペルトは不思議そうに首を傾ける。
「何かありました?」
「君のお気に入り部隊が襲撃された。それなりに死人も出た」
「でもゼデクたちは生きてるでしょう?」
「なんでそこだけ把握してるのさ」
「でなければ困ります。その為のグラジオラスですから」
どうやら、急襲も窮地に陥ることも、彼の予想の範疇だったらしい。であれば、自分の副官が死ぬこともその中に含まれているのか?
「うちの副団長が死んだ。これも計画の内かい?」
すると、エスペルトの表情が一変する。彼は心底驚いた後、申し訳なさそうに、
「......いえ。彼ほどの男がやられるとは思っていませんでした......どのように戦死を?」
なんて言う。正直、ライオールはこの答えが予想できていた。エスペルトはこういう人間なのだ。仲間を踏み台呼ばわりしたり、無関心を装ってたりするが、実は誰よりも仲間に敏感な男であった。そんな彼が、そう答えないはずがない。
だが、ライオールは聞かずにいられなかった。それだけ彼の心に余裕がなかった証拠である。
「“暴君”」
「このタイミングで彼が前線に? ......申し訳――」
「あー、謝らないで。互いに油断していた。計画に支障はないのだろう? であれば、僕から言うことは何もない」
戦場。この場では、いつ如何様に死んでもおかしくない。
ライオール自身が1番辛いはずである。なのに彼は全てを呑み込んで、そう言う。
「支障はありません。帰って次の準備を進めましょう」
「すぐに?」
「ええ、すぐに」
再び向き合う2人。いつまでも引きずってられない。数年前とは違うのだ。既にいつもの表情に戻っていた。そして、エスペルトは口を開く。
「長年待ちました。ついに反撃の時です」
◆
戦争の終わりは呆気なかった。やけにあっさりと、三国の軍は引き上げる。仲間の死を深く慈しむことなく、凄惨な争いを振り返ることなく、ただ淡々と凱旋する。
結局のところ、大きな被害が出たのはゼデクたちの魔法師団だけであって、他の部隊は、ルピナス王国の目的を阻止したことに、満足しているのかもしれない。
そんなことをゼデクは一人考える。冷たい畳に身体を押し付け、黙々と思いにふける。仲間が、エルアが死んだ瞬間。それが延々と頭の中を駆け巡る。
久しぶりに帰ってきた、エスペルトの屋敷。帰還から既に3日経っていた。
「まったく。以前の威勢はどこへ行ったのやら」
ゼデクが顔を上げると、エスペルトがこちらを見下ろしていた。
「やっぱり、踏み台と割り切った方が楽だったでしょう? 失った時に悲しまなくて済む」
「......」
「......完全に腐ってますね。ほら、修行の時間です」
「グラジオラスの戦う姿を見た」
すると、エスペルトは笑う。
「で?」
「化け物だと思った」
「それで?」
「本当にあの領域に至れるのか?」
「それは、もちろん。これでもか! と修行をひたすらに重ねて重ねて、努力すれば」
エスペルトが持ち出したのは精神論だった。でも、それは誰もができることではない。その過程で死ぬ人がいれば、壊れる人もいる。簡単にできたら苦労はしないのだ。
「俺にできるのか?」
「できなければ、全部諦めるだけです。そこまでの人間でした〜で終わります」
「......」
「貴方がこうしてる間に、みんな頑張っていますよ」
それを聞いて、思い出す。エドムたちのことを。全員を命の危険に晒したゼデクを、彼らは責めなかった。
『本音言えば怒りたい。君の判断で皆んな死んだかもしれないし、何よりもレティシア様が救われない。でもね、結果として君のお陰で僕ら2人は生き残っちゃった。奇跡だよ。だから、今回は何も言わない』
と、エドムは言った。他のみんなも納得しているようだった。彼らはあの戦闘を見ても尚、修行を続ける。そう躊躇いなく言い切ったのだ。
「......」
「ところでゼデク。私って強くないですか?」
「......は?」
「そんな強い私に鍛えられた貴方は、少なくとも戦場で恥をかくくらいには成長しました」
突然、変なことを切り出すエスペルト。ゼデクは思わず声を上げる。その言葉に意図があるかどうかも怪しいのに、自然と食いついてしまった。
「つまり貴方はキングプロテア王国の中でも屈指の強者。7人のうち、1人に教えを受けてここまで来たのです!」
「......嫌味か?」
「はい、嫌味です」
「......」
「......」
沈黙が流れる。が、その沈黙を徐々に撃ち破ろうとするものがあった。部屋の奥、玄関の方から、何かが走るような音がリズム良く響く。
「まぁなんにせよ、いつか最強を目指す。ですから、いっそのことーー」
音は次第に大きくなり、そしてーー
「エスペルトォォォォォ!」
部屋の戸を蹴り飛ばし、上半身裸の男が侵入してきた。何故だろう? ゼデクはその男に、見覚えがあった。呆然としてるゼデクを他所に、話は続く。
「いや、戸くらい普通に開けてくださいよ」
「すまんッ! そんなことよりもだ! お前が言っていたのは、あの少年か?」
「はい、彼ですよ」
間髪入れずにゼデクの身体が持ち上げられる。そして、
「少年よッ! お前の願いを教えてくれッ!」
男は満面の笑みで、そう言い放つのであった。
“七栄道”についてお知らせ。
名称の響きやかっこよさを考えた結果、他の名称に変更する可能性が出てきました。(名称だけです)
読み馴染んだ方、気に入ってくれた方には大変ご迷惑をおかけします。
なお、物語の進行上には影響ありませんので、ご安心ください。
これからも、「忘れじの戦花」をよろしくお願いします。




