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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第3章 少年と新設の魔法師団
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第33話 強者と弱者

 酷く惨めな気分だった。仲間を殺されて、醜態を晒して、挙句死にそうになったゼデクたちを救った男。それがよりにもよって、グラジオラス・ウィンドベルなのだから。彼はゼデクを冷たく一瞥すると、すぐにワーウルフと向き合った。


「王族様がわざわざなんの用で? まさか子守とは言わないよな?」

「それはこちらの台詞だ。ワーウルフの族長ともあろう者が、戦争の真っ最中に自身の持ち場を放り投げ、子供を嬲る趣味があるとは言うまい」


 ワーウルフの族長。確かに情報によれば、彼の部隊は千日紅国と交戦中のはずだった。その族長が、単独でここに居るのだから、可笑しな話だ。グラジオラスの言う通り、子供を嬲る為だけに抜け出したとは、到底思えない。


「俺ぁ王の命令ーー」

「嘘は良くない、ロゾ」


 2人の会話とは全く別の方向から、声が聞こえる。そして、その声と共にかかる重圧。殺気。悪寒。もうただごとじゃなかった。この後に及んで、まだこの場に踏み込む者がいるらしい。ゼデクたちの目の前にいる2人でさえ十分化け物なのに、それに勝る勢いで降りかかるプレッシャー。


 少し離れた所に、黒い靄が見えた。やがて、その靄を破るように1人の男が現れる。グラジオラスは眉を潜め、ロゾと呼ばれたワーウルフの表情に、初めて焦りが見えた。


「お、王! な、なな何故貴方がここに?」

「お前こそ何で居るんだよ。俺はそんな命令出した覚えなどないが?」


 黒と紫を基調とした甲冑。頭を覆う黒いロープ。その中から垣間見える、底無しの闇を宿した瞳。ゼデクはそれを辛うじて人間だと判断した。姿が人間であれ、纏うものすべてが魔法使いの領域を逸してるようにも見えたからだ。少なくともゼデクの目には。


 会話の流れから、ルピナス王国の国王と伺える男の背に、何か抱えられていた。男はそれを乱雑に投げ捨てる。それは、信じ難いものであった。


「土産だ。グラジオラス。こいつ、黄金の英雄のとこにいた奴だろ? 本当はアイツに向けての挑発のつもりだったが、別の所にいるなら仕方ない」

「なっ!? 副団長!」


 驚愕の声を上げるエドム。気付けば彼らは、ゼデクの側にまで来ていた。そんなゼデクたちの前に放り込まれたのは、見回りに出ていた筈のレオハートだった。地面に落とされてもピクリとも動かないレオハート。


「生憎、私への挑発材料にはなり得んな」

「おーおー、流石だ、グラジオラス。“黄金の英雄”か“天眼”辺りが出てくるとは思っていたが、ここに来たのはお前だったか」

「何の話だ?」

「白々しい。お前も追って来たんだろ? 俺も同じだ。互いに目標は空振りに終わったが、良いもんが見れたじゃないか」


 追って来る。目標。空振り。まるで別の目的でここに来たかのように思える両者。少なくとも今、ゼデクたちは完全に蚊帳の外にいた。彼らに出来ることは、精々怯えるか、吠えるかくらい。本当に惨めだった。


「だが関心できない。お前じゃ俺には勝てない。俺との遭遇を予期していたのであれば、国随一の実力者を当てるべきだ」

「......良く口が回る。貴様如きに、我が国の頂点に立つ、あの男が出向く訳なかろう」


 それを聞いた、ルピナスの国王は心底不快そうな顔をした。隣にいるロゾも、さらに焦りを露骨にさせる。


「何が言いたい?」

「私で事足りる」

「ふはっ、ふはははっ! 聞いたか、ロゾ! 俺が、俺が目の前にいるボンボン1人で十分だとよ!」

「は、はっ。誠に愚かな言葉かと」


 笑いを上げる国王。しかし、彼の纏う魔力に、笑みはなかった。対するグラジオラスも、殺気を隠さない。両者の圧に潰されそうになりながらも、ゼデクは目を離さなかった。いや、離せなかった。


「試してみるか?」

「ロゾ、お前は手を出すな」


 ボルテージの高まりが限界に達したところで、両者が飛び出す。ゼデクたちの目で追えたのは、そこまでだった。


 剣が交差する音、魔法による発光、衝撃と風。それらを感じ取れたとて、詳細に理解することは叶わない。規格外の速度が、彼らを置き去りにした。何合続いたのか? しばらくして、2人が間合いを置く。


「で、いつまで子守をするつもりだ? 俺相手には、身が持たないぞ」

「......」


 ルピナスの国王の言葉に、皆が視線がグラジオラスに向く。彼の腕から血が流れていた。


「答えないか。なら、先ずは荷物から消して楽にしてやろうじゃないか」


 ルピナスの国王の周りに、闇のような瘴気が渦巻く。辺りを覆った瘴気は程なくして、無数の矢に似た形を取り始めた。


「まずい、僕ら完璧に荷物だ! 早くここから離れないと!」


 荷物。その言葉がゼデクの胸に突き立てられる。悔しいが事実だった。信じられないことに、あの男に守られているのだ。かつて、レティシアを兵器呼ばわりした、彼女の兄に。


「そこを動くなっ!」

「闇魔法・“横雨な死"」


 2人の言葉が同時に放たれる。今逃げ出しても遅い。グラジオラスの制止と、迫り来る闇の雨に、ゼデクたちは動きを止めた。グラジオラスは胸中で、己が魔法を唱える。


 ーー“紫水晶の雫”。


 アメジストを溶かしたかのような水流が、ゼデクたちを守るように展開される。直後、2つの魔法は衝突した。爆音と煙が彼らを包む。


「他愛ないな。諸共飛んだか」


 ルピナスの国王がそう呟いた瞬間、煙の中から紫流が5本放たれた。彼はそれを見つめる。常人であれば見逃しそうな、死角からの不意打ちに反応して尚、満足しない。


 あらゆるフェイクを入れ、グラジオラス自身が懐まで飛び込むことすら見透かした。が、全てに対応できなかった。


「ふっ。お前の名に反して、厄介な魔法だな」


 普通の魔法なら、彼ごと捻り潰して終わりだが、そうは行かない。恐ろしい程に美しい紫色の水。果たしてアレに触れる事が許されるのか。


 否。ルピナスの国王は、即座に判断した。魔法を扱う本人は兎も角、一滴被ることすら憚れる紫流に全力で闇の瘴気をぶつけた。ほぼ同時にグラジオラスが剣を振るう。彼も剣で応じるが、さらに放たれた拳を貰った。


 そのまま吹き飛ばされるルピナスの国王。受け流された水滴が木々を溶かす。その様を仰向けに転がりながら見た彼は嗤うと、


「中々どうして、やってくれるじゃないか。あぁ、いけない。つい殺しそうになる。後ろのガキ共は良いが、お前にはいくつか質問があるんだ」


 難なく立ち上がった。


「お前たちはどこまで行った? アレには辿り着いたのか?」

「知らぬな」

「そんなこと言って、実は知ってるんじゃないか? 俺も追ってるんだ。教えてくれよ」

「......それが貴様が企てた、今回の戦争における所以か」

「さぁ?」


 場が静まり、凍てつく。両者の殺気ばかりが高まり、今にも再び戦闘に入ろうかというところで、ルピナスの国王は構えを解いた。


「まぁ、良い。今日は良い発見があった。それだけでも大収穫だ。撤収するぞ」

「......宜しいのですか? 王」

「挑発に乗ってしまったが、今回は殺しが目的じゃない」


 闇の瘴気が、ルピナスの国王とロゾを取り巻き始めた。


「逃げる気か?」

「ふふふ、焦るなよ。今度、俺の国で大規模なパーティーがあるんだ。お前らも来てくれ、続きをしてやろう」


 その言葉に、ロゾの肩がビクッと震わせる。しかし、それ以上何も言わずに、彼らは闇の奥へと消えていった。


 瞬間、場の緊張が解ける。生きてしまった。全滅してもおかしくない場面で、奇跡的に5人助かったのだ。その反面、ゼデクの中に絶望が残る。彼はその場にへたり込んだ。


「......嘘だ。ここまでのはず、ないだろ?」


 胸中で抑えたつもりの言葉が表に出る。全く太刀打ちできなかった。自分がここまで矮小な存在だと思っていなかった。


 七栄道。他国の強者。心の何処かで敵わないにしても、入り込む余地があると信じていた。自らが主体にならないとしても、何かの助けになると信じていた。だが、どうだ? 目の前のあれはなんだ? 魔法使いから見ても、彼らが自分たちと同じ人間なんて思えない。


 化け物だ。人の形をした化け物に近い存在。人間を優に超越している。エスペルトの元で、戦えていた日々は所詮、彼にコントロールされていたものだったのか? そんな考えだけが、ひたすらに渦巻く。


「ゼデク・スタフォード」


 すると、ゼデクの身体が持ち上がった。しばらくして、自らの胸ぐらがグラジオラスに掴まれていることを理解する。


「......何か言うことはないのか?」

「ありがとう......ござーー」

「歯痒いぞっ! ゼデク・スタフォード! 貴様の判断で、仲間全ての命を危険に晒した! 何故、貴様のような男に力が宿る? 何故、貴様のような男にレティシアが想いを寄せる?」


 挙句、あれだけ反感を抱いていた男から、説教を受ける。それも酷く正論だ。しかし、ゼデクに返す気力は無かった。何故、魔法は自分など選んだのか? ゼデク自身、もうわからなくなった。


「以前の勢いはどこへいった!......貴様にレティシアは護れん。エスペルトが肩入れさえしてなければ、今ここで殺したものの」


 そのまま地面に落とされる。


「......此度の戦争は終わりだ。直、エスペルトが来るだろう。貴様らは奴の元で生存者を集め、数えろ。精々、いつまでも奴の脛をかじるがいい」


 グラジオラスはそう言い残すと、森の奥へと歩みを進めた。その背を眺める。まるで、今の実力差を示すかのように、遠ざかる背。


 残されたゼデクの心には、ただ絶望と屈辱のみが広がっていた。

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